8-3
「他の者と同じ物を売っていたら、いかんぞ」
「差別化せんと売上には繋がらん」
とは、じいちゃんの言葉。
宿屋と食事処はどこの町にもある。
それはリカシィでも同じだ。
コールマンさんの宿は小さく目立つ存在ではない。
食事処も同じ。
このままでは収入増に繋がりづらい。
「じゃあ、どうする?でっかい看板でも付けるか?」
「それもいいんですが…宿屋と食事処両方にお客さんを誘導出来ないかなって」
せっかく隣にあるんだから。
僕のように常連なら、分かっていると思うけど、新規のお客さんは分からないだろう。
それと宿屋は使うが、食事処は使わない。その逆もある。
「宿屋に泊まったお客さんには、食事を割引くというはどうでしょう?」
「おお。それなら両方に来てくれるな」
「割引くってことは利益が減っちゃうんじゃない?」
「食事だけのお客さんもいますし、全体を見ればそれほどに利益減にはならないかと」
「…そうね。逆は?。食事をしてくれたら宿代を安くする」
「それはしません」
あくまで宿屋が主体だ。かと言って食事処がおまけではないんだけど。
泊まれる人数に制限がある。宿代を安くしてしまったら、それこそ利益が減る。
「なるほどね。食事代で割引分を補うとなると、お客さんに多く来てもらわないといけない」
「多く来てもらう保証はありませんし…」
「来ても捌ける人数に限りがある」
「そうです」
「食事って、朝昼夜全部やるの?」
ジーナが話に加わる。
「ああ…うーん…」
三食全部は負担が大きすぎる…。仕込みがあるだろうし。
「食事処は昼からだよ」
シノさんとバズさんは午前中に仕込みをして昼から開店。
「宿屋も昼からでしたよね?」
「昼以降にチェックインだな。午前中は清掃があるから」
しかし、宿泊客は前日から朝のチェックアウトまでいる。
夕食は当然出すとして…朝と昼はどうするか…。
「朝食を出してもらえると助かるんですけど…」
朝食は早めに開店してる露店で買うのが定番だ。
買いに行かずにすぐ食べられるなら便利だと思う。
「朝食を作るなら早起きしないといけないね。仕入れをしないと」
そうなるよな。
「前日の夜に仕込みしておけばいいんじゃないのかい?」
シノさんの提案に頷く。
「なるほど」
「朝は宿泊客分だけでいいよね。それで簡単にできるもの」
「いいと思います」
凝った料理はいらない。時間をかからないものがいい
「おばあちゃん、そういうのある?」
「あるよ」
ジーナの問いに、シノさんは笑顔である。
そして、料理の値段を決めた。
「大体、これで終わりか?」
「ですね。後は…」
周りを見渡す。
「どうした?」
「いえ…。失礼ですが、古さが目立ちますね」
「そりゃね。わたし達と同じだよ」
「掃除はしとるんだがな。さすがにくたびれとる」
シノさんとバズさんは苦笑いを浮かべる。
「直しましょう」
「ウィルさんがやるの?」
「いいえ、知り合いに大工屋いるんで、そっちに頼んでみます」
「頼むって、金がかかるんじゃないか?あまり出せないぞ」
「料金に関してはできるだけ便宜を図ってもらいます」
「そうか?…」
テオさんは心配そうだ。
「大丈夫ですよ」
棟梁ならうまくやってくれる。
「それともう一つ」
「まだ、あるのか?」
「こっちも大事です。店の内装に関して、こっちも知り合いに頼みます」
「どれだけ知り合いいるの?」
フレデリカさんが驚いている。
「そんなにいませんよ。それは置いといて…多分知ってる人です」
「そうなの?」
「アスカ・レミンスキーっていうですが…」
「おお、知ってる」
「あの子、そんな事してるの?香辛料売ってるって聞いたけど」
「ちょっと変わってますよね」
シノさんとバズさんは知らないと言ってる。
アスカはこっちの店には来てないようだ。
「内装の相談にはお金はかからないと思います。それより香辛料を買ってほしいと言われうかもしれません」
「まあ、香辛料なら。必要だし」
「内装を変えるには、かかるだろ?」
「そっちはかかりますね。出来るだけ抑えてもらうように頼んでおきます」
これくらいだろうか。
その他には譲渡契約書やギルドへの提出書類などか。これはギルドに行ってもらう。
そっちの方が詳しいからね。
後日、アスカと棟梁達が来て、改装と修繕、増築が行われ、新装開店となる。
「ほんと、変わってるね。あんたは」
「え?僕は普通だよ。普通の商人だった」
「普通の商人がこんな事するかい?」
するかどうかと言われれば、しないだろう。
「変わってていいのさ。そのおかげで、店を大きく出来たし、娘も学校に通わす事が出来た。返しても返しきれない恩がウィルさんにはある」
「そうだよ。ありがとう、ウィルさん」
フレデリカさんのジーナが礼を言ってくれた。
僕自身は提案しただけ、何もしていない。
内装はアスカだし、建物の修繕と増築は棟梁達、大工の仕事だ。
「棟梁にしばらく会ってないんですよ」
今回、マリーダ姉さんとは会えなかった。アスカとは色々あって会いづらい。
棟梁がいる店は王都の外町にあるんだ。今回は行かなかったけど。
注文を店で受けて、出張する。そういう経営。
王都に寄った時は必ず行くんだけど、いつもいない。
「棟梁なら、ここリカシィにいるわよ」
「ええ!?ここに?なんでです?」
「あら、噂をすれば…」
フレデリカさんが店の入口を見る。僕もそっちに目を向けた。
棟梁と他に五、六人ぐらいが店に入ってきた。
「よう!どうも!」
懐かしい声。元気で豪快な振る舞い。
「おまかせで、人数分頼むわ」
「ほんとだ…」
僕は立ち上がって、棟梁の所へ行こうとする。
「ちょっと、待ちなよ」
ヴァネッサは僕の腕を掴んで止めた。
「大丈夫。知ってる人だから」
「たくっもう…」
彼女が心配するのいつものだし、理由も気持ちもわかるが、棟梁は心配するような人じゃない。
棟梁達は入口に近いテーブルに座った。
僕はそこに近づき、声をかける。
「棟梁!」
「ん?おお!ウィルじゃねえか!久し振りだなぁ、おい」
棟梁は僕の両肩を掴んで揺らしたり肩を組んで力強く叩く。
ダロス・ガーリンさん
大工の棟梁で、もうすぐ六十なる。
髪の毛に白い物が目立つようになった。
「どうして、ここにいる?仕入れか?」
「棟梁こそなんでここに?店は王都でしたよね?」
「こっちにも店を出してよ。一ヶ月前くれぇか?」
「ですね。よっ久し振り」
「お久し振りです。アムズさん」
アムズ・ウィスラーさんは、棟梁の弟子の一人。
年は四十手前だったはず。
二人には大工見習いとして四ヶ月ほどお世話になっている。
「王都に寄ったら店は行くんですけど、いつも居なくて…」
「悪りぃな。基本、現場だから」
店は注文、商談の場でそこは弟子に任せられている。
「お前の方は何やってんだ?リカシィには結構寄ってるって聞いたぞ」
「僕の方は色々あって…」
「こっちを怖い顔で睨んでる姉ちゃん、お前の知り合いか?」
「ええ、まあ…」
事情を説明し、リアン達を交えお互いに紹介し合う。
「シュナイダー様の引き継いだってお前だったのかよ…違うんじゃないかっ」
「だかた言ったろ?間違いねぇって。ウィルはおれが見込んだ男なんだよ。いつかでっかい事をやるって信じてだぜ」
棟梁は、腕を組み頷きながら話す。
「なんでこんなにあんたの事、持ち上げてんのさ?」
ヴァネッサが耳打ちする。
「僕もよくわからない…」
棟梁達は料理を食べつつ、僕達と話す。
近況報告や思い出話で会話は弾む。
近況は当然、陛下に謁見した事や竜の事を。ものすごく驚いていたよ。
思い出話は僕が大工見習いをしていた時の事を。
「家のドアを直した時は感心したけどね」
「直した内に入るかどうか…でも、棟梁から貰った道具一式は役に立ちましたよ」
「だろ?持たして正解だ。ウィルはな、筋がいいんだ」
「ああ、飲み込みが早かったな」
「ありがとうございます…」
「ウィルと棟梁って、なんか親子みたい」
ミャンが言った何気ない言葉に、棟梁の顔から表情が消える。
「お、おう…」
「棟梁?」
「あー」
アムズさんが咳払いをして、慌てる素振りを見せる。
「いや、まあ。息子じゃないんだけど、ウィルにばかり、教えるから他の見習いから文句が来たりして。ね?棟梁」
「おう…すまねぇ…」
棟梁は立ち上がり、店を出て言ってしまった。
「アタシ、悪い事言った?」
「いや、全然。ちょっと失礼…」
アムズさんも行ってしまう。
「棟梁さん、どうしちゃったの?」
リアンが心配気に外を気にする。
「分からない。ちょっと行って来る」
棟梁は店を出てすぐの所にいた。アムズさんがそばにいて、何か話かけていた。
僕もそばに行こうとしたんだけど、ヴァネッサに肩を掴まれる。
「やめな」
「大丈夫だよ。すぐそこだから」
「違うって」
違う?。
「あんた、棟梁のあういう姿みたことある?」
「いや、ないよ」
棟梁は袖で目を拭っているように見える。
泣いてる?。
「そっとしておきなよ。何か思い出したんじゃない?」
「思い出した?」
「他人の言葉や仕草で、ふと昔を思い出す事ってない?」
「なくはないけど」
「あんたに、久し振りにあって何かを思い出したのかも」
ヴァネッサはそう言うが、僕には分からなかった。
棟梁の所にいたのは四ヶ月程度だ。
興味深い時間だったし楽しかった。
棟梁には、僕以上の思い出深い事だったのかもしれない。
「そう…だね」
僕らは席に戻る。
棟梁はすぐに戻ってきた。
「いや~、わりぃわりぃ」
「大丈夫ですか?」
「おう!なんともないぜ」
棟梁は明るい振る舞う。
「あの、ごめんなさい…」
「姉ちゃんは悪くねえから。気にすんな」
ミャンの言葉に、棟梁は笑って首を振る。
「棟梁。今日はもういいんじゃないですかね。食事もしたし」
「おう…そうだな」
棟梁達が立ち上がる。
名残惜しいが仕方無い。
「棟梁。今日は会えて嬉しかったです」
「おれもだ」
彼はニッコリと微笑む。
棟梁の店を教えてもらって、明日出発前に必ず立ち寄る事を約束する。
「待ってるぜ。それじゃあな」
棟梁達が去って静かになる店内。
程なくお客さんが来て、席が半分埋まった。
フレデリカさん達は、客の応対で忙しくなる。
「部屋に戻ろうか」
「そうしましょ」
「フレデリカさん、ごちそうさまでした」
「はい、どうも!」
料金を支払う。
「美味しかったよん」
「ありがとう」
僕達は宿屋へ戻る。
宿屋の出入り口で、テオさんが外に向かって呼び込みをしていた。
「部屋空いてまーす!泊まってくれた方には食事割引付き!」
「テオさん、どう?部屋埋まりそう」
「一階は埋まったんだけど、二階が空いてるな」
一階は一人用が五つ、二階は一人用が一つと二人部屋が二つ。
計十名まで泊まれる。
「向こうは忙しそうだよ?手伝いに行かなくていいのかい?」
「ああ…行きたいんだが…」
宿屋が主体だ。部屋が埋まるに越した事はない。
人数的には後一人で満員だ。
「あ、誰かこっちに来る」
ミャンが外を見てる。
僕達は邪魔にならないように階段へ。
「今からでも良いかい?」
「もちろん、良いですよ!どうぞ」
荷物を抱えた男性が入ってきた。
テオさんは笑顔で僕向かって親指を立てる。僕も親指を立て返した。
部屋に戻って、地図を広げる。
リカシィからポロッサまでは農村ばかりで宿屋はなし。
農家の納屋などを借りるしかない。野宿はごめんだ。
「道なり行かず、農村を渡り歩いた方がいいかな?」
「まあ、泊まる事を考えたらね」
「竜なのよ。ポロッサまで一気に走れない?」
リアンが僕の地図をなぞりながら話す。
「できればそうしたい。でも、一日で行ける距離じゃないし、登りだから」
「そう…」
「ヴァネッサはシュナイダー様と行き来してるけど、どうしてた?」
「農村をめぐりながらだね。あんたは?」
「僕も同じだよ。商売しながらね」
商売人は大体そうだ。
「できれば距離を稼ぎたいね」
それには同感だ。
「まずは道なりに行く。午後以降は農村を回る」
「分かった。それで行こう」
ガチガチに予定を立てたりしないのが、ヴァネッサのやり方。
状況を見て、臨機応変に。
全部、このやり方をしてるわけじゃない。これも状況によって変えていく。
ちゃんと予定を立ててそのとおりに行動する。
予定が決まった所で就寝となる。
僕とリアンはそれぞれベッドに。
ヴァネッサは窓辺にイスを置いて座り、ミャンは入口のそばで丸くなって寝る。
「パイ、忘れないでね」
「あんた、それ何回目?…」
ヴァネッサは呆れてる。
「アタシも楽しみ~」
「あまり期待しないほうがいいよ。お城で食べたケーキの方が美味しいと思う」
「それはそれ。別よ」
「分かったから。もう寝なって…」
僕達は眠りにつき、何事なく朝を迎えた。
Copyright(C)2020-橘 シン




