7-20
翌朝、起きたのは早朝だったと思う。
日は上がっていただろうけど、少し薄暗い。
目は覚めていたけど、あたしは横になったままベッドの天蓋を見つめる。
「起きるか…」
起きるには少し早いかもしない。
だけど、起きてから体を動かしたかった。
体を動かして、いつもの感覚に戻さないといけない。
ガウンのまま、腕立て伏せやスクワットを少し。それから体術のシャドートレーニング。
体が温まった所で、顔を洗い着替えた。
ミャンの部屋へ行って、彼女を起こす。
「あー、もう少しだけ…」
「さっさと起きなよ」
だらけてるね。
「このベッド持って帰りたいぃ…」
「持って帰れるなら、どうぞ」
ミャンはため息を吐きながら、起き上がる。
「あんた、荷物の整理はしたの?」
「したよ~。アタシはそんなに多くないからすぐに終わった」
「こっちで貰った服は?」
「入れたよ」
彼女はガウンを脱いで着替え始める。
「帰りってさ、来た道を戻るの?」
着替え終わった彼女は、体を動かしながら訊いてきた。
「いや、リカシィの方へ行く」
「ああ、そうなんだ」
「リアンが海を見たいってさ」
「え?見たことないの?」
「いや。リアンがシュナイツに来る時、リカシィ経由で来てるから見てるよ。久しぶりにってことでしょ。それと…」
「それと?」
「多分。パイ」
「え?オッパイ?」
ミャンは自分の胸を持ち上げる。
あたしは彼女の頭を引っ叩く。
「痛った」
「んなわけでしょ。食べる方のパイだよ」
「ですよねぇ」
「リカシィに数量限定のパイを売ってるらしいんだよ」
エレナの話。
「へえ。それは楽しみですねぇ」
あたしはそれほど楽しみじゃないけど。
リカシィに寄って支障はないからね。
ということで、とりあえずの目標がリカシィ。
ミャンと一緒にウィルの部屋へ。
ウィルはもう起きていて、着替えも済ませてあった。
「二人ともおはよう」
「おはようさん。起きてたんだね」
「うん、なんかわからないけど…目が覚めてね」
緊張してるのかもしれない。
「リアンは?」
「これから」
リアンの部屋へ。
ノックして呼びかけるが、反応はない。
「まだ寝てるんだよ。もう少し寝かせておこう」
ウィルはそう言うが、着替えてなんやかんや準備してたら結構時間かかるから。
寝かせておきたい気持ちもわかるけどさ。
「声だけかけてくるよ」
あたしは部屋へ入る。
ベッドに近づき声をかける。
「リアン」
「うーん…」
「朝だよ」
「あー…うん」
毛布から顔だけ出す。
「おはよう…」
「おはよう。もうそろそろ起きな」
「うん…」
「ウィルの部屋で待ってるからね」
「はい…」
そう言って毛布に被った。
大丈夫か?。
「二度寝するんじゃないよ」
「はーい…」
毛布から手だけ出して振る。
朝食までに起きなかったら、また来よう。
ウィルの部屋へ戻り、朝食とリアンを待つ。
待つことしばし。
リアンは朝食とともにやってきた。
「みんな、おはよう」
「ああ、美味しい料理ともお別れか…」
ミャンがポツリと呟く。
「よく味わって食べるんだね」
こういうのはたまに食べるから美味しいんだよ。
いつも食べてたら、それは普通になっちゃう。
食べ終えた頃、ロマリー達事務官がやってくる。
「おはようございます」
「見送りかい?」
「もちろん。担当だもの。わたしはあまり来なかったけど」
そう言って肩を竦める。
「お世話になりました」
「いえいえ。快適にお過ごしいただけたのなら幸いです」
「陛下とは、やはりお話しできないのでしょうか?」
「はい。申し訳ありません。スケジュールの方が…代わりという訳ではありませんが、殿下と姫様が来られるそうです」
「そ、そうですか」
「来なくていいのに…」
リアンは露骨に嫌な顔をする。
「どこの門からお出になります?」
「どこ?」
城門は東西南北に四つある。外門(城下町と外町の間)も東西南北四つある。
「北は混んでるはず」
「なら西門だね」
「西門ね」
それ聞いた事務官の一人が、連絡のためだろうか立ち去る.
「イシュタル卿。これを」
「これは?」
ロマリーが革封筒を渡す。
「補助金になります」
「ありがとうございます。確かに受け取りました」
これほど重要な物はない。兵法書よりも重要かもしれない。
諸々の準備を進める。
革鎧を着て脛当てや手甲もつける。
リアンはうんざりした顔をしてたけど。
「慣れたでしょ?」
「うん…まあ…」
嫌って言っても着てもらうんだけどさ。
準備が終り、ロマリーの先導で宮殿を後にする。
武器を受け取り、今度は竜の厩舎へ。
竜にはすでに鞍等がつけられていた。
鞄を竜に取り付ける。
ウィルの竜には、彼自身の鞄とミャンのを、ミャンの竜には兵法書を。
「あんたの後ろ席に乗せるから、任せたよ」
「はいはい」
不安はあるが、仕方無い。革ベルトとしっかりと取り付けた。
あたしの竜にはあたし自身の鞄とリアンの鞄を。それとリアン自身。
それと肩から下げる鞄は当然自分で。
あたし薬が入って鞄を下げる。
手綱を引いて、西門まで移動。
西門手前には殿下と姫様。それにマリウス卿とファングリー卿もいた。
「マリウス卿とフラヴィオ様まで…」
予定があるだろうにわざわざ来てくれた。
二人と挨拶を交わし、殿下の所へ。
「ヴァネッサ、お前とは久しぶりに剣を合わせたかった」
「それは今でなくも…」
「ああ、いつかな。武運を祈ってる」
「感謝します」
私は敬礼する。
殿下は拳を突き出してきた。その拳にあたしも拳を出し軽くぶつけ合う。
「ウィル。竜を手に入れたそうだな、それも一度乗っただけで。驚いたぞ」
殿下はウィルの肩を叩く。
「はい…。運が良すぎて、怖いくらいです」
「良い事だ。竜を持っているといないとでは、雲泥の差があるからな」
「戦闘用ではないと事ですが…」
「それでも竜は竜だ。大事にしろ」
「はい」
「手をかけてやれ。竜はきっと答えてくれる」
「はい。心得ておきます」
ウィルは丁寧に頭を下げる。
「ところで…」
「はい?」
「妹がお前の事を気に入ってるそうだが?…」
「申し訳ありません。恐れ多い事を…」
「いや。あまり気にするな」
殿下はウィルに耳打ちする。
「いつもの事だ。優しくされたりすると、すぐに熱を上げる」
「はあ…」
「一週間だ。一週間もすれば、お前のことなど露程にも思っていない」
「そ、そうですか…」
「だから、安心しろ。リアン嬢もな」
「え?あ、はい…」
「気をつけてな」
そう言って二人の肩を叩いて、去っていった。
「ああ、ウィル。妾は悲しい…次はいつ会えるのか…」
「申し訳ありません…」
「その凛々しい鎧姿は忘れませぬ」
姫様は目を潤ませる。
「早くしてよ…」
リアンが呟く。
「ああ?今なんつった?」
姫様はリアンに近づき、迫る。
「早くしてくださいませんか?フィオレット姫様っ」
「痛って!?ワレぇ、やるやんけっ!」
「痛った!?お褒めに預かり光栄ですぅ!」
よく見ると、お互いの足を踏んづけていた。
あたしは姫様の付き人を手招きする。
「もう下がった方がいいよ」
「そのようですね…」
「姫様。もうお時間です」
「もうか?ああ、ウィル。妾はずっとお慕い申しております」
「はい…。ありがとうございます、姫様。お元気で」
姫様は名残惜しそうに何度も振り返りながら去って行った。
「はあ…」
「お疲れさん」
「何故か疲れる」
「もう、早く行きましょう。引き返えしてくるかもしれないわ」
ありえるかも。
あたし達は竜に乗ろうとした時。
「待って、ヴァネッサ」
ロマリーが少し慌てた様子で話しかけてくる。
「どうしたの?」
「陛下が見てるそうよ」
「陛下が?どこから?…」
ここにはいない。
西門から宮殿はわずかに見える。城、宮殿を守る城壁あるため全部は見えない。
「あそこじゃない?」
「ああ、あそこかだね。ウィル、リアン陛下が城壁の上から見送ってくれているよ」
「本当に?」
あたしは城壁の上を指し示す。
城壁の上は警備の通路が設けられている。そこに陛下と近衛竜騎士隊ともに居た。クローディア様もいる。
城壁は建物三階分ある。
「わざわざ、あそこに上がってくれたんだね」
陛下はこちらに向かって大きく手を振っている。
あたしは敬礼をした。
ウィルとミャンは胸に手を当て、大きくお辞儀してそれから手を振った。
そして、リアンは…。.
リアンは片膝立ちで胸に手を当てて陛下のいる城壁を見上げていた。
一昨日、陛下の前でできなかった片膝立ち。
「リアン…」
その様子を見ていたウィルがリアンに倣う。
あたしとミャンも片膝立ちで陛下を見上げた。
ここから陛下の表情は分からないが、もきっと驚いているだろう
近衛竜騎士隊の一人がサインを出しているのに気付く。
「ありがとう。無理をするな…だとさ」
「うん…」
「大丈夫かい?」
「大丈夫だけど…ウィル、手を貸して」
「ああ、いいよ」
彼女はウィルの手を借り、立ち上がる。
まだ、万全じゃなかったみたい。
立ち上がり、陛下に手を振る。
陛下も手を振り返りしてくれた後、去って行った。
今度はクローディア様が手を振ってくれている。
彼女も少しして去って行った。
城壁の上には警備兵以外は誰も居なくなった。
「無理しちゃって」
「ごめん…どうしてもしたかったの」
リアンは苦笑いを浮かべる。
「さあ、行くよ」
あたし達は竜の乗り込んだ。
「ロマリー、ありがとう」
「いいえ。また今度…」
竜の上から彼女と握手する。
「手紙待ってるわ」
「うん、ちゃんと書くよ」
「ロマリーさん、ありがとうございます」
あたしの前に乗ったリアンも握手する。
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
ウィルやミャンも挨拶をして、西門へと向かう。
西門への橋に竜騎士達が竜に乗り並んでいた。
向かって左側に一番隊、右側には…。
「右に並んでるのは新人だよ。わざわざ見送り?」
「わお。すんごいネ」
ミャンは喜んでる。
こんな事されるいわれはないんだけど。
一番隊は全員ではない。
隊長とロキがいる。
ウィルとミャンが挨拶した後、あたしもそれに続く。
「見送ってやるから、感謝しろよ」
「頼んでもいないのにご苦労さまです」
隊長と拳を合わせる。
「レスターとガルドによろしく」
「ああ。あんたは無理するんじゃないよ」
頷くロキとも拳を合わせる。
次は新人竜騎士達の所へ。
新人竜騎士達も全員じゃないね。三分の二くらい?。十名、それと教官二人。
内一人は元一番隊隊長。
新人を代表してベルリが進み出てくる。
「イシュタル卿。お初にお目にかかります。ベルリ・バンクスと申します。今日はお願いを聞いていただきたく、参りました」
「お願い?…」
ウィルはそう言いながら、あたしを見る。
あたしは何も聞いてないから、肩を竦めるしかない。
教官が何も言わないってことは、ベルリの独断ではないということだ。
「外門までの護衛を、許可願います」
そういう事か。
「護衛…ヴァネッサ、どうする?」
正直いうと、してほしくない。目立つし、通行の邪魔だ。
だけど…教官は小さく頭を下げた。頼むって感じ。
訓練に付き合ってくれと、そういう事だと思う。
じゃなかったら、ここにはいないだろう。たかが新人だ。おいそれと出来はしない。
あたしがいるってもある。
「いいんじゃない?」
「そう?それじゃあ、お願いします」
「ありがとうございます!」
ベルリが指示を出すと、新人達が位置に付き始める。
あたし達は、ミャンを先頭にウィル、そしてあたしが続く。これがいつもの隊形。
たまにあたしが先頭に立つ事もある。
新人達の動きが遅いね。ここは素早く位置に付きたい。
「遅いって、何やってんの」
「さっき練習しただろ」
「はいっ」
そばにいる一番隊から声をかけられる。
さっき?…予行演習済みだったのか。
「あんな言い方しなくなって…」
「明らかに遅いから、そう言われても仕方ないよ」
「でも、新人なんでしょ?」
「新人だけど、もうすぐにどこかに配属される。もう出来ていないといけないから」
「そう…だけど」
ああやって、発破をかけられて成長していく。
あたし達の前を先導するように二名、両脇にそれぞれ一名ずつ、そして殿に二名。その後ろに教官がいる。
あたしの右にベルリが着いた。
配置に着いたところで、城門を出る。
やはり西側は北側に比べて空いていた。
とはいえ、王都だからそれなり人数はいる。
外門へと移動する。
竜騎士の集団はやっぱり目立つ。
民衆の目がこっちに集中する。
道端から見る者、窓から覗く者等…。
「前ばかり見るなよ!前後左右に気を配れ!」
「はいっ!」
いい返事だね。
「ベルリ、あんたが護衛の言い出しっぺかい?」
あたしは小声で話しかける。
「違います。教官ですが…きっかけは自分かもしれません」
「どういう事?」
「今日、朝食は教官もいたんです。その時、シェフィールド隊長は今日お帰りなるといったら、護衛をやってみるかって」
「へえ」
「許可はお前達で取れよ、と」
無責任じゃない?。
直接、頼み来ればいいのに。
「で、あんたが代表して?」
「はい…。押し付けられた感じで…」
ご愁傷さま。
ベルリが一番あたしと面識があるからかな?。
前を行くウィルの竜が少し蛇行して安定しない。隣にいる新人とぶつかりそうなる。
「うちの領主は竜を手に入れたばかりだから、左右もうちょっと間開けて」
「はい」
左右の竜騎士が少し間を開ける。これでぶつかる事はないだろう。
「護衛訓練は初めてかい?」
ベルリではなく、左側の新人に話しかけた。
「いいえ。城内で模擬訓練はしていますが…城外は今日が初めてです」
そう言いつつ、周囲へ警戒は怠らない。
「足元が死角になるから気をつけな。子供や犬がいることがある」
「はい」
竜に蹴られたりしたら、大怪我じゃ済まない。大抵は死ぬ。
人混みを避けるのはこういう事案があるから。
外門が見えてきた。
人の出入りは多い。
ベルリの指笛で一旦止まり、周囲の人々に注意しつつ、ゆっくり移動する。
外門に近づくにつれ、人の密度は高くなっていく。
こっちは止まったり、前身したりを繰り返す。なかなか進まない。
「ここまでいいよ」
「外門まではまだ…」
「これ以上は邪魔になるだけだから」
竜三列だとね。
あたしは後ろの教官にサインを送る。
教官は頷き、手を上げた。
「ベルリ。先頭に竜一列通れるスペース開けるようにサインを出してみて」
「はい」
彼の指笛で先頭の二人がこちら向く。その二人に向かってベルリがサイン出した。
二人は頷いて手を上げた後、竜を脇に寄せ降りて門へ向かう。
門にいる警備兵とともにスペースを開け始めた。
多少、文句も言いつつも協力してくれる民衆。
こういう事は初めてじゃないからね。
そろそろいいか。スペースは開いたみたいだ。
「今度会う時は、もう少し手応えがほしいね」
ベルリにそう声をかける。
「はい。頑張ります」
「ああ。じゃあね」
お互いに拳を出し、軽く合わせる。
「お気をつけて」
「ミャン」
ミャンに声をかけ、前方を指差す。彼女は親指を立てた後、前進し始める。
あたしも前進しつつ、新人達に声をかけ、拳を合わせる行く。
ウィルやリアンも挨拶する。
「ありがとう、みんな」
スペースを開けてくれた新人と警備兵にも礼を言う。
外門をくぐって外町へ。
外町へ出たところで振り返り、新人達と教官に手を振る。向こうも振り返りしてくれた。
「それじゃ、帰ろうか」
「帰ろう」
「うん」
「シュナイツが待ってるヨ」
あたし達はシュナイツへの帰路についた
「王都での話はこんなもんかな?」
「なんか聞きたい事ある?」
「え?ロマリーの事?それは本人に聞きいたら?」
「は?あたしが竜騎士になる前の話?やだよ!」
「シュナイダー様との出会いもって…シュナイツに行くまで?いい加減にしなよ…面白くないから」
「実家とロマリーに聞きに行くって?いやいや、それはダメ!分かった…今度、気が向いたらだよ。」
「はいはい…どうも。続きは後日ね…」
エピソード7 終
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