7-16
竜騎士への試験が始まる。
何度も見たし、やったし。
竜は竜騎士が三名で手綱を持ち、不測の事態に備える。
まずは、試験者が竜の前で手を出し、敵でない事を認識させる。
それから竜を座らせ乗り込んで立たせる。
この時、すぐに降りられるように、鐙に足はかけない。
「さて、どうかな…」
あたし達のそばでファングリー卿が腕を組む。
試験者を乗せた竜は、全然ピクリとも動かない。
そのうち、大きく口を、まるで欠伸でもするように開けると座ってしまった。
「だめだね」
「分かりますか?」
「うん…。あれは竜が、今の試験者に対して興味を持っていない様子だ」
「確かにそう見えます」
試験者は降りるよう指示されて竜から降りる。
次の試験者が挑む。
試験者を乗せた竜が立ち上がるが、すぐに足踏みを始め、低い唸り声上げる。
試験者はすぐに降りた。
「あれはあたしも経験がある。拒否反応ってやつ」
「うむ」
ファングリー卿が頷く。
「乗った瞬間に、これはダメだって」
すごい違和感があるんだよね。
この後も何人もの試験者が竜に乗るが、選ばれる者はいない。
拒否反応をされる、暴れる、乗る前に叫ばれて乗る事すら出来ない者も。
次々と竜に乗り、だめなら次の竜に乗る。
「乗る方も大変だけど、竜も大変ね。次から次からと…」
「ねえ。アタシが竜だったら、ふて寝するよ」
ミャンの言葉にファングリー卿は笑う。
「あんたはいつもでしょ…」
その時、歓声が上がる。
「おっと…竜騎士が誕生したか」
歓声が聞こえた方を見る。
竜騎士が歓声に答え、手を上げている。
拍手や囃し立てる指笛。
それを横目にこちらへとやってくる。
そして、ファングリー卿の前まで来ると、竜を降りひざまずく。
「おめでとう」
「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」
竜騎士となった時にブリーダーの当主がいることは稀だ。
あたしの時は居なかった。
この竜騎士は運がいいね。
「竜騎士として第一歩…か」
意気揚々と去る新人竜騎士を見ながら呟く。
「昔を思い出す?」
「うん…まあね」
ウィルの問いかけに答える。
ここからが大変なんだ。
ただの一般兵から、ガラリと生活が変わる。
覚えないといけない事が多すぎて、最初はついていけないだろう。
少しづつ竜騎士として成長し、体と頭が出来上がる。
竜騎士に王道なし。
シュナイダー様から聞いた言葉。
シュナイダーが考えた言葉じゃない。
ずっと昔から言われ続けてる言葉。
竜騎士に限らずどんな事にも、楽な道はない。
今日、生まれた竜騎士はどんな道を歩むのか。
これからの苦難に腐らないでほしいね。
今回の試験では三名の竜騎士が誕生した。
「竜が二十頭、試験者が五十数名のうち三名が竜騎士か…」
「良い方でしょう」
ゼロじゃないだけで、御の字さ。
「なあ、ウィル」
「はい?」
「君も竜に乗ってみないか?」
「ミャンの竜に乗ってますが…」
「君の竜ではないだろう?」
「はい…」
「君自身の竜を手に入れたいと思わないか?」
ファングリー卿の問にウィルは戸惑ってる。
「え?…いや、僕は竜騎士になるつもりは微塵も…」
「わかってるさ」
笑顔でウィルの肩を叩く。
ファングリー卿は秘書に竜を連れてくるよう指示した。
連れて来られた竜を見て、あたしは納得する。
「なるほど」
「何が?」
「竜騎士であるヴァネッサはわかってるようだね」
「はい。この竜、大人ですね?」
「そうだ」
竜に近づき敵でない事を認識させ、牙を見せてもらった。
「へえ、牙の大きさで分かるんだ…」
「爪とかでもね」
「ウィル。君に勧めたのは、この竜はもう戦えないからだ」
「戦えない?」
竜は若いうちに竜騎士となる者を選び、戦う事を覚えさせる。
しかし、竜は大人なってしまうと、戦うという事を覚えない。
例え乗る者を選んだとしても。
戦えないが、馬より速いし力もある。戦闘用と比べると落ちるけど。
「竜騎士を選ばないというか出会えない竜は一定数いてね。産卵用に回す事になっている」
「そうなんですか…」
「大人でいいから竜がほしいという者はいる。もし君が乗る事ができたら…どうだろう?」
「どうと言われましても…無理ですよ。何十回も乗って選ばれるのでしょう?」
「そんな事ない。一回で竜騎士なる者いる。確率はかなり低いが…」
ファングリー卿は竜を撫でながら話す。
「物は試しだ」
「ウィル…」
リアンが心配そうに声をかける。
「やってみるよ。どうせ、だめさ」
ウィルが柵の中へ入った。
あたしも中へ入る。
ウィルが竜に近づき、手を出す。
まあ、このへんは経験済みだから問題ない。
竜はウィルを意識し過ぎてるようには見えない。
「さあ」
ファングリー卿は乗るよう促す。
「…」
ウィルは緊張してるのか、無表情だ。
試験時と同じく、三名の竜騎士が手綱を持っている。
あたしは竜騎士に話しかけ手綱を一本変わってもらった。
「ウィル。ダメ元だよ」
「わかってる…けど…」
「拒否されたら、すぐ降りればいいだけだから」
「簡単に言わないでよ…」
そう言いつつ竜にまたがる。
鐙には足をかけず、ゆっくりと立ち上がらせる。
竜は首をかしげ、低く鳴く。
「ヴァネッサ…」
あたしは口の前に人差し指を立てる。
「…」
ウィルが頷く。
竜がゆっくりと首を曲げ、ウィルを見る。
ウィルと竜が見つめ合う。
しばし見つめ合った後、竜は前を向き首を上に伸ばし胸を張る。
この姿勢はいい傾向だ。
嫌な相手には警戒して身を縮める。
でも、今は…。
いけるか?。
「ウィル、手綱を持ちな。ゆっくりと」
「ああ…」
手綱を手に取る。
「次は?…」
「鐙に足をかけろ。つま先だけに」
ファングリー卿が近づき声をかけた。
「はい」
「焦らず、ゆっくりでいい」
頷きつつ、鐙に足をかけていく。
その間、竜は動かず鳴きもしない。
「もう少し手綱を緩めろ。いや、ウィルはそのままで」
あたし達、竜騎士の方の手綱を緩める。
「軽く竜を蹴るんだ」
「蹴る?あの…丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
緊張してるのはウィルだけじゃない、あたしも緊張してきた。
自分が竜に選ばれた時の胸のざわつきがよみがってくる。
ウィルが右足で竜を軽く蹴る。
「歩いた!…いいぞ!」
竜が足を踏み出し、ゆっくりと歩き出す。
「すげえ、一発かよ…」
「ていうか、誰なんです?」
手綱を持っていた竜騎士が呟く。
「シュナイツの領主だよ」
「シュナイツ?ああ、あの方が」
あたしは、手綱を竜騎士に渡してウィルの近づく。
全く、やってくれたね。
「ウィル」
「ヴァネッサ。次はどうすれば?」
「次?もういいよ。竜はあんたを選んだ」
「ええ!?」
「あんたの竜だよ」
ウィルは呆然としている。
「ははは!。おめでとう!、ウィル」
「フラヴィオ様…ありがとう、ございます…」
ファングリー卿と握手をする。
「どうしたのさ。嬉しくないの?」
「いや…そうわけじゃないけど…ほんとに僕を選んだの?」
「そうだよ」
柵の向こう側は騒然としている。
リアンなんか口を両手でおさえ驚いてた。
「ほら、リアンの所まで行ってみな。竜はあんたに答えるよ」
あたしや竜騎士が持っていた手綱は外す。
「やってみるよ」
彼は軽く竜を蹴る。それに答えるように竜は歩き出す。
まだおっかなびっくりだけど、ミャンの竜に乗っていたから、竜の動きにはなれてる。
「操作は馬と一緒だから」
「ああ、うん」
手綱で進む方向を調整する。
「問題ないようだね」
「はい」
ファングリー卿も付き添っている。
「すごいわ!ウィル!」
「ありがとう…」
リアンはウィルの竜に手を伸ばす。
竜はすぐに鼻先をリアンの手に寄せる。
「よしよし」
竜の顔を撫でるリアン。
周囲から称賛の拍手が送られる。
「ヴァネッサ、どうしよう…」
「どうしようって、あんたは竜を手に入れたんだよ」
「入れてないよ。この竜、いくらするのさ?払える金額じゃないだろ」
「それはファングリー卿に…」
ここで周囲の雰囲気が変わる。
「素晴らしい!」
群衆の向こう側から声が聞こえる。
陛下だ。
群衆が二手に分かれ、陛下と付き人達がこちらにやってくる。
「良い竜ではないか」
「陛下…」
ウィルは慌てて降りようする。
「降ろして…座ってくれ」
「クア」
ウィルの声に一鳴きした後、竜が座る。
「見ていた。やるではないか」
「いえ…」
ウィルは片膝をつく。
あたしもウィルに倣った。
「自分の竜を手に入れる事は容易ではない。私も若い頃、何十回と乗ったが、だめであった」
「…」
陛下が手に入れる事ができなかった手前、ウィルはバツが悪そうだ。
「まだ自分の竜と決まったわけでは…」
「そうなのか?しかし、手に入れて損はない。そうであろう、ファングリー卿」
「はい。戦いには向いていませんが、馬以上の価値があります」
ファングリー卿も膝をつき、陛下に答える。
「それはわかりますが…その、竜の代金を支払う余裕がありません。まずはファングリー卿と話し…」
「私が払おう」
「はい?」
これにはその場にいた全員が驚く。
「陛下。恐れながらそれはいかがなものかと…」
ウィルが陛下がいる柵に近づく。
「すでに補助金をもらっているのです。これ以上は…」
「補助金はシュナイツの為。竜はお前の為だ」
「身に余り過ぎます」
陛下はウィルの肩を掴む。
「私はシュナイダーとシュナイツに何もしてこなかった。これは贖罪でもある。どうか支払わせてもらえぬか?」
贖罪か…重すぎるね。だけど、陛下にここまで言われたら…。
ジョエルの時と違って、素直に厚意を受けろとは言いづらい。
「ご厚意には深く感謝いたします。しかしながら、他の領主の手前もございます…。自分だけが陛下のご厚意を受けるわけには参りません」
「そうか…」
そうだね。やっかみの対象になるかもしれない。
「ウィル」
ファングリー卿がウィルに話しかける。
「この竜は戦闘用ではないから、相場はかなり安い。五万程度だ」
通常の竜なら三十万から三十五万くらいはする。
因みに鞍や手綱など一式も値段の中に含まている。
「この程度でどうこう言う領主はいないと思うが」
「そうですが…」
値段より陛下が支払う方が影響は大きいだろう。
「あんたは真面目に遠慮しすぎるんだよ」
「ヴァネッサまで…」
「ここは一旦受け取りなよ。返すって方法だってあるじゃないか」
小声で話しかける。
「拒否したらしたで、失礼になるよ」
「わかった…」
「陛下」
「うむ」
「陛下のご厚意、謹んでお受けします」
「そうか」
陛下は笑顔で頷く。
「失礼な発言をお許しください」
「何を言う。私の方が無理強いしてしまってすまない…。だが、どうしてもお前に何かをしてやりたかった」
陛下は柵越しにウィルの腕を取り、立ち上がらせる。
「陛下…本当に…」
「もう良い…。竜は勇気の象徴だ。シュナイツを受け継いだ、お前にこそ相応しい」
「もったいないお言葉」
ウィルは頭を下げ、陛下としっかり握手をする。
「クローディア。良いな?」
「はい…。イシュタル卿の竜の支払いには同意できますが、支払いには国庫からではなく、陛下ご自身のご資産からがよろしいかと」
「無論だ。あくまで個人的な進呈であるからな」
ちょっとだけ周囲がざわつく。
国庫からはすでに補助金をもらっているからと判断だろう。
だとしても、陛下が個人的に贈り物をするのは稀だろうね。
竜はそれだけ価値あるもの。
陛下はファングリー卿他の領主ともに訓練場を去って行った。
Copyright(C)2020-橘 シン




