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ブレイバーズ・メモリー(1)  作者: 橘 シン


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89/102

7-16


 竜騎士への試験が始まる。

 

 何度も見たし、やったし。


 竜は竜騎士が三名で手綱を持ち、不測の事態に備える。

  

 まずは、試験者が竜の前で手を出し、敵でない事を認識させる。

 それから竜を座らせ乗り込んで立たせる。

 この時、すぐに降りられるように、(あぶみ)に足はかけない。


「さて、どうかな…」

 あたし達のそばでファングリー卿が腕を組む。


 試験者を乗せた竜は、全然ピクリとも動かない。

 そのうち、大きく口を、まるで欠伸でもするように開けると座ってしまった。


「だめだね」

「分かりますか?」

「うん…。あれは竜が、今の試験者に対して興味を持っていない様子だ」

「確かにそう見えます」


 試験者は降りるよう指示されて竜から降りる。

 

 次の試験者が挑む。


 試験者を乗せた竜が立ち上がるが、すぐに足踏みを始め、低い唸り声上げる。

 試験者はすぐに降りた。


「あれはあたしも経験がある。拒否反応ってやつ」

「うむ」

 ファングリー卿が頷く。

「乗った瞬間に、これはダメだって」

 すごい違和感があるんだよね。


 この後も何人もの試験者が竜に乗るが、選ばれる者はいない。


 拒否反応をされる、暴れる、乗る前に叫ばれて乗る事すら出来ない者も。


 次々と竜に乗り、だめなら次の竜に乗る。


「乗る方も大変だけど、竜も大変ね。次から次からと…」

「ねえ。アタシが竜だったら、ふて寝するよ」

 ミャンの言葉にファングリー卿は笑う。

「あんたはいつもでしょ…」


 その時、歓声が上がる。

 

「おっと…竜騎士が誕生したか」

 歓声が聞こえた方を見る。


 竜騎士が歓声に答え、手を上げている。

 拍手や囃し立てる指笛。

 それを横目にこちらへとやってくる。

 そして、ファングリー卿の前まで来ると、竜を降りひざまずく。


「おめでとう」

「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

 

 竜騎士となった時にブリーダーの当主がいることは稀だ。

 あたしの時は居なかった。

 この竜騎士は運がいいね。


「竜騎士として第一歩…か」

 意気揚々と去る新人竜騎士を見ながら呟く。

「昔を思い出す?」

「うん…まあね」

 ウィルの問いかけに答える。


 ここからが大変なんだ。

 ただの一般兵から、ガラリと生活が変わる。

 覚えないといけない事が多すぎて、最初はついていけないだろう。

 少しづつ竜騎士として成長し、体と頭が出来上がる。

 

 竜騎士に王道なし。

 シュナイダー様から聞いた言葉。

 シュナイダーが考えた言葉じゃない。

 ずっと昔から言われ続けてる言葉。


 竜騎士に限らずどんな事にも、楽な道はない。


 今日、生まれた竜騎士はどんな道を歩むのか。

 これからの苦難に腐らないでほしいね。

 

 今回の試験では三名の竜騎士が誕生した。


「竜が二十頭、試験者が五十数名のうち三名が竜騎士か…」

「良い方でしょう」

 ゼロじゃないだけで、御の字さ。


「なあ、ウィル」

「はい?」

「君も竜に乗ってみないか?」

「ミャンの竜に乗ってますが…」

「君の竜ではないだろう?」

「はい…」

「君自身の竜を手に入れたいと思わないか?」

 ファングリー卿の問にウィルは戸惑ってる。

「え?…いや、僕は竜騎士になるつもりは微塵も…」

「わかってるさ」

 笑顔でウィルの肩を叩く。

 ファングリー卿は秘書に竜を連れてくるよう指示した。


 連れて来られた竜を見て、あたしは納得する。

「なるほど」

「何が?」

「竜騎士であるヴァネッサはわかってるようだね」

「はい。この竜、大人ですね?」

「そうだ」


 竜に近づき敵でない事を認識させ、牙を見せてもらった。

「へえ、牙の大きさで分かるんだ…」

「爪とかでもね」


「ウィル。君に勧めたのは、この竜はもう戦えないからだ」

「戦えない?」


 竜は若いうちに竜騎士となる者を選び、戦う事を覚えさせる。

 しかし、竜は大人なってしまうと、戦うという事を覚えない。

 例え乗る者を選んだとしても。


 戦えないが、馬より速いし力もある。戦闘用と比べると落ちるけど。


「竜騎士を選ばないというか出会えない竜は一定数いてね。産卵用に回す事になっている」

「そうなんですか…」

「大人でいいから竜がほしいという者はいる。もし君が乗る事ができたら…どうだろう?」

「どうと言われましても…無理ですよ。何十回も乗って選ばれるのでしょう?」

「そんな事ない。一回で竜騎士なる者いる。確率はかなり低いが…」

 ファングリー卿は竜を撫でながら話す。

「物は試しだ」


「ウィル…」

 リアンが心配そうに声をかける。

「やってみるよ。どうせ、だめさ」

 ウィルが柵の中へ入った。

 あたしも中へ入る。


 ウィルが竜に近づき、手を出す。

 まあ、このへんは経験済みだから問題ない。

 竜はウィルを意識し過ぎてるようには見えない。


「さあ」

 ファングリー卿は乗るよう促す。

「…」

 ウィルは緊張してるのか、無表情だ。

 

 試験時と同じく、三名の竜騎士が手綱を持っている。

 あたしは竜騎士に話しかけ手綱を一本変わってもらった。


「ウィル。ダメ元だよ」

「わかってる…けど…」

「拒否されたら、すぐ降りればいいだけだから」

「簡単に言わないでよ…」

 そう言いつつ竜にまたがる。


 鐙には足をかけず、ゆっくりと立ち上がらせる。


 竜は首をかしげ、低く鳴く。

「ヴァネッサ…」

 あたしは口の前に人差し指を立てる。

「…」

 ウィルが頷く。


 竜がゆっくりと首を曲げ、ウィルを見る。

 ウィルと竜が見つめ合う。

 しばし見つめ合った後、竜は前を向き首を上に伸ばし胸を張る。


 この姿勢はいい傾向だ。

 嫌な相手には警戒して身を縮める。

 でも、今は…。

 

 いけるか?。


「ウィル、手綱を持ちな。ゆっくりと」

「ああ…」

 手綱を手に取る。

「次は?…」

「鐙に足をかけろ。つま先だけに」

 ファングリー卿が近づき声をかけた。

「はい」

「焦らず、ゆっくりでいい」

 頷きつつ、鐙に足をかけていく。

 

 その間、竜は動かず鳴きもしない。


「もう少し手綱を緩めろ。いや、ウィルはそのままで」

 あたし達、竜騎士の方の手綱を緩める。

 

「軽く竜を蹴るんだ」 

「蹴る?あの…丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


 緊張してるのはウィルだけじゃない、あたしも緊張してきた。

 

 自分が竜に選ばれた時の胸のざわつきがよみがってくる。


 ウィルが右足で竜を軽く蹴る。

 

「歩いた!…いいぞ!」

 

 竜が足を踏み出し、ゆっくりと歩き出す。


「すげえ、一発かよ…」

「ていうか、誰なんです?」

 手綱を持っていた竜騎士が呟く。

「シュナイツの領主だよ」

「シュナイツ?ああ、あの方が」

  

 あたしは、手綱を竜騎士に渡してウィルの近づく。


 全く、やってくれたね。


「ウィル」

「ヴァネッサ。次はどうすれば?」

「次?もういいよ。竜はあんたを選んだ」

「ええ!?」

「あんたの竜だよ」

 ウィルは呆然としている。


「ははは!。おめでとう!、ウィル」

「フラヴィオ様…ありがとう、ございます…」

 ファングリー卿と握手をする。

「どうしたのさ。嬉しくないの?」

「いや…そうわけじゃないけど…ほんとに僕を選んだの?」

「そうだよ」


 柵の向こう側は騒然としている。

 リアンなんか口を両手でおさえ驚いてた。


「ほら、リアンの所まで行ってみな。竜はあんたに答えるよ」

 あたしや竜騎士が持っていた手綱は外す。

「やってみるよ」

 彼は軽く竜を蹴る。それに答えるように竜は歩き出す。

 まだおっかなびっくりだけど、ミャンの竜に乗っていたから、竜の動きにはなれてる。


「操作は馬と一緒だから」

「ああ、うん」

 手綱で進む方向を調整する。

「問題ないようだね」

「はい」

 ファングリー卿も付き添っている。


「すごいわ!ウィル!」

「ありがとう…」

 リアンはウィルの竜に手を伸ばす。

 竜はすぐに鼻先をリアンの手に寄せる。

「よしよし」

 竜の顔を撫でるリアン。


 周囲から称賛の拍手が送られる。


「ヴァネッサ、どうしよう…」 

「どうしようって、あんたは竜を手に入れたんだよ」

「入れてないよ。この竜、いくらするのさ?払える金額じゃないだろ」

「それはファングリー卿に…」

 ここで周囲の雰囲気が変わる。


「素晴らしい!」

 群衆の向こう側から声が聞こえる。

 陛下だ。 

 群衆が二手に分かれ、陛下と付き人達がこちらにやってくる。


「良い竜ではないか」

「陛下…」

 ウィルは慌てて降りようする。


「降ろして…座ってくれ」

「クア」

 ウィルの声に一鳴きした後、竜が座る。

 

「見ていた。やるではないか」

「いえ…」

 ウィルは片膝をつく。

 あたしもウィルに倣った。


「自分の竜を手に入れる事は容易ではない。私も若い頃、何十回と乗ったが、だめであった」

「…」

 陛下が手に入れる事ができなかった手前、ウィルはバツが悪そうだ。


「まだ自分の竜と決まったわけでは…」

「そうなのか?しかし、手に入れて損はない。そうであろう、ファングリー卿」

「はい。戦いには向いていませんが、馬以上の価値があります」

 ファングリー卿も膝をつき、陛下に答える。

「それはわかりますが…その、竜の代金を支払う余裕がありません。まずはファングリー卿と話し…」

「私が払おう」

「はい?」

 これにはその場にいた全員が驚く。

「陛下。恐れながらそれはいかがなものかと…」

 ウィルが陛下がいる柵に近づく。

「すでに補助金をもらっているのです。これ以上は…」

「補助金はシュナイツの為。竜はお前の為だ」

「身に余り過ぎます」

 陛下はウィルの肩を掴む。

「私はシュナイダーとシュナイツに何もしてこなかった。これは贖罪でもある。どうか支払わせてもらえぬか?」

 贖罪か…重すぎるね。だけど、陛下にここまで言われたら…。

 ジョエルの時と違って、素直に厚意を受けろとは言いづらい。

「ご厚意には深く感謝いたします。しかしながら、他の領主の手前もございます…。自分だけが陛下のご厚意を受けるわけには参りません」

「そうか…」

 そうだね。やっかみの対象になるかもしれない。


「ウィル」

 ファングリー卿がウィルに話しかける。

「この竜は戦闘用ではないから、相場はかなり安い。五万程度だ」

 通常の竜なら三十万から三十五万くらいはする。

 

 因みに鞍や手綱など一式も値段の中に含まている。


「この程度でどうこう言う領主はいないと思うが」

「そうですが…」

 値段より陛下が支払う方が影響は大きいだろう。


「あんたは真面目に遠慮しすぎるんだよ」

「ヴァネッサまで…」

「ここは一旦受け取りなよ。返すって方法だってあるじゃないか」

 小声で話しかける。

「拒否したらしたで、失礼になるよ」

「わかった…」


「陛下」

「うむ」

「陛下のご厚意、謹んでお受けします」

「そうか」

 陛下は笑顔で頷く。

「失礼な発言をお許しください」

「何を言う。私の方が無理強いしてしまってすまない…。だが、どうしてもお前に何かをしてやりたかった」

 陛下は柵越しにウィルの腕を取り、立ち上がらせる。

「陛下…本当に…」

「もう良い…。竜は勇気の象徴だ。シュナイツを受け継いだ、お前にこそ相応しい」

「もったいないお言葉」

 ウィルは頭を下げ、陛下としっかり握手をする。


「クローディア。良いな?」

「はい…。イシュタル卿の竜の支払いには同意できますが、支払いには国庫からではなく、陛下ご自身のご資産からがよろしいかと」

「無論だ。あくまで個人的な進呈であるからな」

 ちょっとだけ周囲がざわつく。


 国庫からはすでに補助金をもらっているからと判断だろう。

 だとしても、陛下が個人的に贈り物をするのは稀だろうね。


 竜はそれだけ価値あるもの。

 


 陛下はファングリー卿他の領主ともに訓練場を去って行った。




Copyright(C)2020-橘 シン

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