7-15
城に戻り、ウィルの所に行く。
部屋には事務官はいなく、代わりにファングリー卿が一人。
リアンを交えて談笑だった。
「おかえり。ヴァネッサ、ミャン」
「ただいま。買ってきたよ」
「ありがとう」
荷物はチェストの上に置いた。
「何を買ってきたのかな」
「薬です。シュナイツで使う為に」
「そうか」
「王都まで来たついでです」
王都まで来ないと、手に入らない薬もある。
「ファングリー卿はお一人で?」
「ああ…まえね」
あたしの質問には曖昧に答え、視線を泳がし紅茶を飲む。
ドアがノックされた。
リアンが応対に出る。
「はい。…ええ。おられます」
入ってきたのは、ファングリー卿の秘書。
「フラヴィオ様!」
秘書は怒ってる様子。
「はあ…見つかってしまったか…」
ファングリー卿は頭を抱える。
ウィルはあたしに肩をすくめて見せた。
なるほど。
ファングリー卿も会合は苦手な口か。
「困ります。勝手にいなくなっては…」
「私がいなくても支障はないだろう?」
「あるない関わらず、居ていただけないと…。ご当主の代役なのですよ」
ファングリー卿は大きくため息を吐き、立ち上がる。
「わかったよ…。ウィル、後でまた」
「はい」
ウィルが立ち上がった。
「見送りはいいから」
ファングリーは秘書に小言を言われながら出て行った。
「後でって、竜騎士試験の事かい?」
「うん。午後にやるそうだよ」
一番隊の訓練場でやるんだよね。
「補助金の方は?」
「決まったよ」
「そう」
これで飢えずに済むわけだ。
「問題がなくはない」
「問題?」
問題は補助金の支給方法にある。
補助金は現金で支給されるのではく、金券のよって支給される。
金券は王国が発行してたもので、ギルドで現金に変える事ができる。
ギルドは金券を王都にある所定の場所で、王国から現金をもらう事ができる。
金券と現金は等価値だから支払いに使われる事もある。.
金券のメリットはかさばらない。どんなに高額でも。
デメリットは換金場所が限られる。
あと、紙製だから濡れたり燃えたりする。扱いにくい。
偽造は一発極刑。
偽造防止技術は日進月歩で進化してるから、やすやすとできないけど。
「換金できる場所が限られる。シュナイツから一番近いのはリカシィだけ」
「竜騎士出すしかないね」
竜なら往復で十日かからないはず。
「ポロッサで換金できればいいのに…」
それが理想だね。
竜騎士を換金に行かせたのは数度で、エレナの転移魔法が完成した後は魔法士に任せてる。
「マリウス卿から夕食を誘われたよ」
「そう」
ウィルとリアンは行くらしい。
「君はどうする?」
「ああ…。それってマリウス卿だけ?」
「いや、他の領主達も参加するみたいだね」
「陛下も来るそうよ」
「へえ」
どうするか…。
「あたしはパス。あんた達も無理して行く事ないんだよ」
「今更断れないよ」
真面目だねぇ…。
「それから夕方に兵法書が届くんだ。だから居ないと」
「そう」
昼食は部屋で食べた。
「いいな~こんなの毎日食べてるんでしょ?」
ミャンが羨ましく言うけど、ごく一部だからね。
本当なら護衛の身分でこんな豪華な昼食は食べれない。
「ヴァネッサがここにいる時は、食事はどんなだった?」
「竜騎士になる前はシュナイツと変わんなかったね。竜騎士になってからはそれなりのいい食事」
いい食事と言っても、食堂に行ってみんなで食べるんだけどね。
竜騎士と事務官は食堂が共通だったりする。
たまにロマリーに会ったり。
隊長、副隊長以上なるとさらにいい食事になる。
事務官もある程度上に行くといい食事なる。
「でもちょっと量が少ないんだよ。今は知らないけどさ」
「え~お腹空くじゃん」
「あたしは大丈夫だけど、男連中はぼやいてたね」
城内は基本的に二十四時間体制。メイドなど使用人たちと警備巡回の兵士など。
そのため、軽食を扱ってる売店が設けられている。
これは使用人だけなく、警備巡回などで決まった時間に食べれない兵士も売店を使う事ができる。
「そういうのがあるんだ」
「ただじゃないけどね」
あたしは数えるくらいしか使った事がない。
ロマリーがよくおすそ分けしてくれたから。
「おすそ分けぇ?」
城内では打ち合わせ、顔合わせ等に紅茶とお菓子がテーブル上に出される。
飲み残しは紅茶は当然捨てるが、余ったお菓子はメイドに配られるのだ。
それをロマリー経由でもらう。
「昨日行った会場にもケーキとか調理前のフルーツなんかあったでしょ」
「あったわ。あれも?」
「そうだよ」
「直接、兵士にはあげないの?」
「あたしは知らないね」
それやると取り合いになるからかも。
「それでね…」
今、思い出した事を話した。
ロマリーからもらった物は、あたしが全部食べたわけじゃない。
よくあげたのはガルドだ。
あの体格に、あの量では全然足りない。
おかわりすればいいが、当時は竜騎士といえど下っ端。そうそうできない。
売店で買ったものを食べてるの見てる。
そこであたしはロマリーからもらった物をガルドにあげていた。
ロマリーからもらった物だと話しもした。
「で、ある日ね。ガルドと城内と歩いている時、ロマリーとすれ違ったんだよ。そしたらアイツ、ロマリーに深々と頭下げて、いつもありがとうございますって…」
あたしはここで吹き出した。
「ロマリーはなんの事かわからなくて、困っててさ」
ロマリーにはガルドにあげてるのは言ってなかった。
あたしもガルドが、なんで頭下げてるのかわからなくて…。
「いつも余りをもらっているんで…」
「ああ…だからって頭下げるまでしなくても」
いつもどうもって会釈程度でいい。
上官ならまだしも、メイド相手にさ。
「彼らしいと思うよ」
「義理ってことかしら」
「そんな感じなんだろうけど」
ガルドはそういう奴なんだ。
ウィルとは違う真面目な奴。ちょっと頭が固い。
昼食を終えて、一番隊の訓練場に行く。
訓練場では竜騎士試験の準備が進められていた。
「結構な人がいるね」
試験に挑む者と野次馬達。
今日は領主達が見に来てるね。
「隊長」
後ろから声をかけられる。
ロキだ。
革鎧を着込んでる。夕方に巡回に出るらしい。
ウィル達にロキを紹介する。
「元部下のロキだよ。こっちがうちの領主」
「あ、どうも。はじめまして」
「はじめまして。ウィル・イシュタルです」
握手を交わす。リアンとミャンとも。
「こっちって、言い方いいんですか?」
「いいんだよ」
「別にいいんだ」
「ほら」
「そうですか…」
ロキは苦笑いを浮かべる。
「今日は何人受かりますかね?」
「さあね」
「ゼロではないんじゃないかな?あんなに竜が来てるし、試験者も多い」
「それがそう上手くいかないんですよ」
ウィルの言葉にロキが答える。
「ゼロなんて珍しくないですからね」
「へえ」
竜しだいだからね。
「ウィル」
ファングリー卿が秘書を従え、訓練場を横切りやってくる。
「中々大きなイベントですね」
「会合中だからか、多少多いかもしれない」
試験を始めるには準備が必要らしい。
「時間まで君の竜を見せてくないか?」
「ええ、いいですよ」
竜の厩舎へ移動する。
厩舎から自分の竜とミャンの竜を連れ出す。
竜はファングリー卿を目の前して、興奮気味に大きく声を上げる。
威嚇ではない。
ファングリー卿は臆する事なく近づき、竜の顔やたてがみを撫でる。
「よしよし。元気だったか?」
竜が顔をファングリー卿に激しくこすりつけてる。
「あんな様子、初めて見たわ」
「アタシも」
「竜はフラヴィオ様を覚えているのです」
秘書が説明する。
「あの竜は生まれた時に初めて見たのがフラヴィオ様ですから、親と認識しているのかもしれません」
「なるほど」
何年経っても覚えているらしい。
「竜はほんとに不思議な生き物でね…」
ファングリー卿は竜二頭にもまれながら話す。
「竜自身は子育てはしないんだ」
「え?しない?」
「ああ」
雌雄の区別がなく、人の頭ほどの卵を生んであとはほったらかし。それを人が回収、孵化させる。
「温めて孵化させるのですか?」
「ああ。毛布でくるむだけだけどね」
産卵から十日から十五日ほどで自ら殻を破り出てくる。
「全部の孵化を見てるんですか?」
「今はね。以前は父が見ていて、少しづつ私が見る量が増えていった」
「大変ですね…」
「産む時期がだいたい決まってるから、その時期はね」
そして、生まれた後、育てなければならない。
「鱗がない状態で孵化するんだ」
ふわふわの産毛で覆われいるらしい。
「とても可愛いです。孵化してすぐは」
秘書がそう話す。
「鱗が生えてからは革手ぶろやエプロンが必要となります」
子どもようにはしゃぎ纏わりつくという。
「言いつけてやめる子もいれば、なかなか直らない子もいてね」
「そのへんは人と同じですね」
そう言って、ミャンを見る。
「…なんでアタシを見るのさ?」
「いや、別に」
「アタシはいい子にしてるヨ」
「そうかい?」
「だよね?ウィル、リアン」
二人は顔を見合わせる。
「あー、うん…」
「そうだね…」
曖昧な答えに、ミャンは納得いってない様子。
少し前のミャンを知ってる以上、いい子かと問われれば疑問にもなる。
「シュナイツの竜が卵を産む事はないのでしょうか?」
「それはない。これも不思議なんだが…」
竜は平穏平和でないと卵を産まない。
なのでシュナイツや駐屯地等では産む事はない。
ファングリー家の牧場も人目につかないよう厳重に管理されてる。
「記録を見ると戦争中はあきらかに産卵数が減少している。戦地とはかなり離れてるはずの、私の牧場でさえね」
竜が何かを感じて、そうなってしまったのだろうと、ファングリー卿は話す。
「警備担当はいるが、何も持たせていない。ナイフすらも」
「繊細なんですね…」
産卵数が減れば、供給数が減る。という事は、竜騎士の減少つながる。
「父は戦中、王国からかなり発破をかけられていたようだよ。だからと言って、父には何もできないんだけどね」
ファングリー卿は肩をすくめる。
秘書の所に誰か来て、耳打ちする。
「フラヴィオ様。準備ができたようです」
「わかった」
ファングリー卿は竜にもまれ続けていた。
あたしは竜二頭を引き剥がし、厩舎へと連れて行く。
「ここまでだよ」
竜達の顔を撫でる。
「気持ちはわかるから」
言って聞かせた。少しづつ興奮が治まってきた。
「偉いね」
大丈夫だろう。
様子を見つつ、少しづつ離れて行く。そして厩舎をでる。
「流石、竜騎士。手慣れてるな」
「ファングリー卿こそ」
あれだけもみくちゃされて、怪我をしてない。こっちが流石と言いたいね。
ファングリー卿とともに訓練場へ戻った。
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