7-8
陛下はクローディア様と少し話をしてからこっちに来る。クローディア様は退出していった。
護衛はドアの所に立っている。
「待たせてしまったかな」
「いいえ。先程来たばかりです」
陛下が着席してから、あたし達も座った。
座るとすぐに料理が運ばれてくる。
「おほー!」
「ミャン!」
ミャンは両手で口を塞ぐ。
あたし達に運ばれた料理と、陛下に運ばれた料理が違う。
陛下のはスープに小さなパンが一つ。隨分、質素だ。
「陛下。あの、恐れながらどこか体調で悪いですか?」
「ん?特に問題ないが…」
あたしの尋ねに、表情は変えない。
「そうですか…」
「陛下さまは、それだけで足りるんですか?」
ミャンが手を上げ、陛下に尋ねる。
彼女が空気を読まずストレートに言葉にするのが怖い。
「ああ、これか。いや~朝から会合で飲んだり食べたりでな…。腹がもたれているのだ。だからこれだけにしてもらっている。」
なるほど。
「でしたら、無理に僕達と食事をなさらなくても…」
「うむ。お前達と話をしてたくてな…。私を気にせず、たくさん食べなさい」
そう言われては食べないほうが失礼になる。
「うっま!なにこれ!?」
早速、食べてるし…。
食べ方が汚いんだよ。
ミャンにとって礼節とかマナーはうざったいものだろうけど、最低限のことは教えておくべきだった。
「ははは!。いい食べっぷりだ」
「すみません…。陛下の前で…こんな…」
リアンが謝ってる。
「いやいや、構わんよ。彼女にはどんどん出してあげなさい」
ミャンの前に料理が並べられる。
「おおお!ありがとうございます!陛下さま!」
ミャンが食べ散らかす様子を陛下は笑顔で見てる。
「さあ、皆も食べなさい」
陛下は、ミャンの食べっぷりに呆然としているあたし達に声をかける。
「はい」
あたしとリアンは食べ始めるが、ウィルは食べようとしない。
「どうしたの?」
小声で話しかける。
「あの…どれから使えばいいのかな?」
「え?ああ…」
フォークやナイフ、スプーンが何本も並べられている。
「外側からだよ」
「ありがとう」
あたしもあまり知らなくてね。
竜騎士になるとこういう席にも呼ばれる可能性もあるからと、新人の時に教わるようになっている。
リアンはちゃんと出来てるね。元お嬢様だし、子どもの時に教わったんだろう。
陛下もスープを飲み始める。
「誰か。酒を」
陛下が給仕にお酒を注文する。
「ウィル、酒は飲めるか?」
「あまり強くはありません。嗜む程度で」
「うむ。リアンはどうか?」
「はい。少しだけなら」
「そうか」
給仕がグラスにワインを注ぐ。半分くらいか。
「ヴァネッサ、お前も飲めたであろう?」
「はい。ですが、この後城下町に用がありまして…」
「そうなのか」
「申し訳ありません。今は遠慮させていただきます。帰ってきてから少しだけいただきます」
「うむ。後でゆっくり飲むが良い」
ここでミャンが手を上げる。
「陛下さま。アタシがヴァネッサの分もいただきます!」
「おお、良いぞ」
「あんたね…」
あたしは頭を抱える。
ミャンのグラスにはなみなみと注がれ、それを一気に飲み干す。
「ぷっはぁ~。ああ、しあわせぇ~」
給仕係が笑いを堪えてるよ。
陛下とお話をしながら、美味しい料理に舌鼓。
こんな事、なかなか出来ない。
陛下は気さくで話しやすく、会話は盛り上がる。
「陛下はヴァネッサとは何度も食事をなさっているのですか?」
「ああ。何度もしている」
「二人だけでですか?」
「いや、流石に二人だけはないって」
ウィルの言葉を否定する。
陛下と二人だけで食事なんてしたら、また変な噂が出る。
「シュナイダーが必ずいたな」
「はい。他にもファンネリア様がいたり、クローディア様だったり」
ウィルが呆然とあたしを見る。
「すごい人なんだね、君は…」
「どこもすごくないよ。シュナイダー様が来いっていうから…」
断れなかったんだよね。
「まさか、陛下がいるとは思いませんでした」
「ははは。初めて会った時だな?」
「はい」
「覚えている。噂の女竜騎士に会えると楽しみだった」
「それは…」
「だが、お前は何を訊いても、はいといいえ、だけ」
「申し訳ありませんでした…」
「どうして?」
リアンは不思議そうにあたしに訊く。
「緊張してたの。それに当時、あたしは口がかなり悪くて…」
今はマシなったけど。
「失言しなようにしてたのさ」
「緊張していたのは、手に取るようわかった。なのに、レオンは一切助けなかったしな」
陛下はそう言って、少し笑う。
テーブルマナーを習った後で良かった。じゃなかったら大恥をかいてたよ。
「ヴァネッサの第一印象は覚えていますか?」
「ウィル…そんな事訊くんじゃないよ…」
「うむ。ヴァネッサの最初の印象か…」
どうにも恥ずかしくて聞きたくない。
「目に力があって、他の竜騎士にない雰囲気…威圧的なものを感じた」
「あの、陛下…過剰評価ではありませんか?あたしはまだ新人で…」
「その新人らしからぬ雰囲気だったからこそ、強く印象に残ってるのだ」
「はあ…」
ミャンがあたしを見てイヒヒと笑ってる。
「レオンは、お前に持って生まれた何かを見たんだろう。それは間違っていなかった。その後のお前、そして今のお前を見てるとな」
陛下は感慨深げに話す。
「レオンは先に逝ってしまったが、お前に関しては悔いはなかっただろう」
そんな事はない、と否定したかったが、シュナイダー様は最後に教える事はないと言っていたの思い出す。
「すまない。レオンの話を出すべきではなかったな」
「そんな事は…」
「暗い雰囲気では料理が不味くなってしまう」
「え?全然美味しいですよ」
「そうか?それならば良い」
ミャンの空気読まない言葉に、陛下は笑顔で頷く。
「ウィル、お前には期待している」
「はい…期待していただけるのは光栄なのですが、それだけの力量が僕にあるかどうか…」
「それは追々ついてくるだろう。期待しているというは…最近、領主の平均年齢が上がっておってな…」
領主を引き継ぐ若者が減っているのだという。
世代交代が進まず、質が落ちる。
その辺は領主に限らず竜騎士や事務官なんかも同じだね。
ウィルはシュナイダー様からの直接の引き継きはない。
ゼロからのスタートだ。リアンやシンディがいるから、まだ大丈夫だけどね。
「だから、若者には期待しておるのだ」
「なるほど。ご期待に添えるか分かりませんが、全力を尽くしたと思います」
ウィルの言葉に、陛下は満足そうに頷く。
「この後、領主か一堂に会する場を設ける事になっている。参加してみるといい」
「はあ…。僕が行っても、話についていけるでしょうか…」
「顔を知ってもらうだけでもいい。そこから繋がりができるやもしれぬ」
「分かりました…」
ウィルは乗り気じゃないね。
行けば注目の的だろう。何を言われるか…あたしは行かなくてもいいと思ってたよ。
「それから…」
陛下は小さな紙片をポケットから取り出す。
「そうそう。補助金について話は聞いたかな?」
「説明は受けました。ですが、具体的は金額については、まだ検討中です」
「うむ。上限は決まってないらしいからな。都合のいい金額構わん」
「はい…。それがなかなか難しく…多く貰うのもどうかと…」
「そうか…。レオンには財政支援はいらない断られた。資産でやりくりするとな」
「資産だけでは…」
「うむ。資産だけでやっていけないことは、本人も分かっていたはずだ。迷惑をかけたくないのでだろうが、そこは友人として気兼ねなどして欲しくなかった」
迷惑か…。
陛下は友人としてシュナイダー様と接して、シュナイダー様の方は立場を重んじてたかもしれない。
「私はレオンにできなかった事をシュナイツにしてやりたいと思っている」
「陛下のお気持ちは分かりました。ご配慮に深く感謝します。しかしながら、上限が決まってないからと、必要以上の補助金をいただくつもりはありません」
ウィルは補助金は貰うが、いつかは補助金に頼らなずシュナイツだけで自立したいことを少し熱っぽく語る。
それを陛下は頷きながら聞いていた。
「…いつまでにと、お約束はできませんが…」
「うむ。そこまで考えてとはな…。レオンなんかよりよっぽど領主らしいではないか」
「いえ…シュナイダー様の足下にも及びません」
机仕事をサボるシュナイダー様より領主らしいと言える。
「ウィル、お前の考えを尊重しよう」
「はい。ありがとうございます」
「だが、困った事があったらいつでも相談に乗る。遠慮はいらんぞ」
「はい…」
ウィルはそう返事するが、気軽に相談できる相手じゃない。
「ヴァネッサ」
次はあたしですか?。
「お前は渡したい物がある」
「はあ」
渡したい物?…。
「レオンが執筆した兵法書は知っているか?」
「はい。知ってはいますが、実際に見た事はありません」
「見てない。意外だな」
「簡易版をもらってそれだけですね。教本ような物です」
「ふむ。そうか…」
シュナイダー様は、戦争が終わった直後から研究し始め完成させた。
ブリッツ教官も協力したと聞いてる。
軍の再編、運用に大きく貢献した。
「へいほうしょって何?」
リアンが訊いてくる。
「兵士の用い方を書いてある本だよ。戦争における戦術、戦略その他関係があることを書いてある」
「へえ」
「だけ、ではないのだ」
兵法書には上に立つ者の心構えや指導方法。兵士の訓練方法など。
かなり詳しく書かれているらしい。
「上に立つ者…僕が呼んでも参考になるでしょうか?」
「ああ、きっと役立つだろう。私も呼んだが、レオンの言葉は小難しく回りくどくてな…」
陛下が苦笑いを浮かべる。
「読み解くに苦労するかもしれん」
「そうですか」
「で、その兵法書の原本を、ヴァネッサ、お前に託したい」
原本ということはシュナイダー様の直筆…。
「それは…王国の方で管理すべきでは…大事といいますか、貴重なものですので」
「管理はしている。写本もいくつも作成ずみなのだ」
「でしたら、写本の方で構いません」
「原本はいらぬと?」
「はい。ご好意はありがたいのですが、シュナイダー様が自身が書かれたものならば、王国の宝ではないかと…」
そんな貴重な物を、はいありがとうございます、と気軽には受け取れない。
「ふむ。私は竜騎士シュナイダーの意志を継ぐ、お前に受け取ってほしかったのだが…」
「はあ…」
意志を継ぐか…。
あたしはシュナイダー様から継ぐとか継がないとか、そんな事は聞いてないし、話もしていない。そんなつもりもない。
「ヴァネッサ、ここは頂いておくべきじゃないかな」
ウィルがそう話かけてくる。
「あんたは価値が分かってないから、そう言えるんだよ」
「分かってるさ。陛下も分かった上で、君に託そうとしている。君は竜騎士としてシュナイダー様に長く仕えた」
「だからって…」
あたしより付き合いが長いのは陛下やブリッツ教官達だ。
シュナイダー様を守れなかった、あたしに原本を貰う権利はない。
「君が貰わないなら、僕が貰うよ」
「はあ?何であんた貰うの?あんたは竜騎士じゃないんだから意味ないでしょ」
「軍関係以外の事も書かれているらしいじゃないか。それを参考にさせてもらうよ」
「それだけなら、写本で…」
「ちょっと、二人とも。陛下の前なのよ」
「あ」
陛下は怒っている様子でないが、真顔であたしとウィルを見ていた。
「申し訳ありません」
ウィルと一緒に謝罪する。
「…」
陛下は黙ったまま、立ち上がった。
「ヴァネッサ、二人で話そう」
そう言って、後ろの壁際に向かう。
ウィル達に背を向け、陛下ともに壁に向かって立つ。
「ヴァネッサ、なぜそうまでして拒否する?」
「…あたしには原本を受け取る権利はありません。シュナイダー様を守れなかったあたしなんかに…」
「それは過ぎた事だ」
「ですが…」
「いつまでもレオンの死に囚われていてはいかん」
「わかっています」
「なら、原本を持ち帰りお前のものとし、役立ててみせよ。レオンはきっと喜ぶ」
陛下はそう言って、あたしの肩に手を置く。
「持つべきはお前だと、心からそう思っている」
「陛下…」
陛下は何も言わず、微笑むだけ。
あたしは陛下に向かって敬礼する。
「兵法書原本、受領いたします」
「うむ。役立ててくれ。期待している」
「はい」
部屋のドアが開き、クローディア様が入ってくる。
「陛下、申し訳ありません。お時間です」
「分かった。皆、すまない。時間となってしまった。私は行くが、食事を続けなさい」
退出する陛下をみんな立って見送った。
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