1-7
「ウィル様、今お時間よろしいでしょうか?」
声をかけて来たのはオーベルさんだった。
他にもメイドが二人。
二人は何かをもってた。一人は 白い布?、一人は木箱だ。
「はい、構いませんよ。何ですか?」
「廊下ではなんですから、執務室へお願いたします」
そう促され、執務室へ入った。
リアンとヴァネッサも一緒。
ヴァネッサは訓練の方に、本当に戻らなくていいのだろうか。
いつまでもいたら、ミャンの事は言えなくなるんじゃないか。
「オーベル、どうしたのよ」
「はい、服のお直しが必要になりましたので。ウィル様、これをお召しになってくださいませ」
彼女はメイドの一人が持っていた布を広げる。
「シャツ?」
見るからに僕にはサイズが大きいんだけど…。
今、着てる服のままでいいからと言われ、大きいシャツをきた。
「…これ大きいですよ?」
袖から手が出ず、裾は膝上くらいまで掛かっている。
リアンとヴァネッサは笑っていた。
「ですからお直しをするのです」
このシャツはどこから…いや、誰のだろうか?ヴァネッサかと思ったが、彼女が着ても大きいだろう…ガルドと思ったが、彼のシャツを持ってくる意味がわからない…まさか。
「これははシュナイダー様の物じゃ…」
「そうです。これをお直しし、日々のお着替えにいたします」
なるほど。
袖をまくられ、木箱から取り出したマチ針で留められる。
「本来なら一からお仕立てしたいのですが…何分状況が」
「それは分かってます」
さっき知ったばかりだ。
「そうですか、恐れ入ります」
裾はちょうどいい長さあたりで折られ、マチ針で留められた。
「ウィル様、お嫌ではありませんか?シュナイダー様の私物でございます」
「僕は特に気になりませんよ。嫌だ、なんて言ったらシュナイダー様に失礼になるんじゃないかと」
「アル、あんたは嫌なの?」
ヴァネッサがマイヤーに問いかけた。
「いえ、嫌ではないのですが、主人のそれもシュナイダー様が着ていた物に袖を通すのは恐れ多いと個人的にはそう思います」
「あなたらしいわね」
リアンが苦笑いを浮かべる。
「僕も抵抗がないわけじゃ…」
「そうなの?」
「これ絹だよ。絹製のシャツなんて初めて着たよ」
商品として絹を扱ったことはあっても、自分用として購入したことは一度もない。
「全てが絹製ではありませんので、ご安心くださいませ」
オーベルさんにそう言われ、少し安心する。
彼女にマチ針に気を付けながら脱ぐように言われ、シャツを脱いだ。
「ありがとうございます。お疲れ様でした。ズボン方は後日また伺いますので、その時はよろしくお願いいたします」
そう言って執務室を出ていくオーベルさんたちをヴァネッサが呼び止めた。
「オーベル、ちょっといい?あんた、革鎧の直しはできる?」
「革鎧?…ヴァネッサ様のでしょうか?」
「あたしのじゃなくて」
ヴァネッサは僕を見る、それに釣られてようにオーベルさんも僕を見た。
「ああ…さすがに革鎧までは…申し訳ありません」
「だよね。わかった、もういいよ」
そう言うとオーベルさんたちを執務室から送り出す。
「ヴァネッサ、僕には…」
「わかってるよ。いらない、でしょ」
彼女は肩をすくめる。
「こういうのは一揃え持っておかないと」
「さっきの剣術こともそうだけど、物騒だよ」
「実際物騒なんだよ、ここは。じゃなかったら兵士はいらないって」
ここに何度が来ていたが、特に何もなかった。
「あんたを襲ったって実入りはたかが知れてる」
「ここを、襲ったってヴァネッサたち竜騎士たちはいるし、襲う方がリスクはあるんじゃ…」
「そうなんだけど、バカなのか何度もくるんだよ…」
彼女は盛大にため息を吐いた。
「ウィル、持っておいて損はないわ。私も一応持ってるし」
「リアンも持ってるの?」
持ってはいるが、着たことはないと言う。
シンディとマイヤーさんからも薦められた。
「わかった。それでどうする?買う余裕はないよ」
「分かってるよ、だからシュナイダー様のを、直して使えないかと思ったんだけどね…」
それでオーベルさんに頼んだのか。
「まあ、無理と。厚手の革で良い物だから再利用したくて…」
「余ってはいませんでしょうか?」
「あると思う…けど、しまいっぱなしだから」
シンディの問にヴァネッサは腕を組み、首をひねる
「余っているんなら、僕はそれでいいよ」
「カビてるかも」
「え…それはちょっと、嫌だな…」
食べ物じゃないけど、保管には気を使ってほしいよ。
装備品ついては個人で管理してるらしい。
「シュナイダー様の革鎧はちゃんと管理してる?」
「わたくしめがしております」
マイヤーさんがしてるなら大丈夫だろう。
「今すぐ、必要というわけじゃないし、できるだけ早くってことで」
シンディがメモをコルクボードに留めた。
「そんな事言って、今日襲撃が来たりしてね」
「やめてよ」
ほんと、平和であってほしい。
竜の鱗を売れば革鎧を買う資金は調達できるが、僕は行かせてもらえないだろうな。
誰かに頼みたいが、適任者はいるだろうか?元商人なんて人がいればいいけど。
売れそうな所は麓の町くらいだけど、買ってくれる人がいるかどうかも不明だ。高価すぎて買い手がつかないかもしれない…。
自分の席に座り、ため息を吐く。
「参ったな…やっぱりお金、お金か。鎧一つ気軽に買えないとは…補助金は、最低でも一ヶ月、いや二ヶ月先だろうな。手紙のやりとりをして、申請する、いくら貰えるのかな。っとその前に鱗を売らいないと…もし麓で売れなかったら…」
「ウィル様、考え詰めるのはいけませんぞ」
マイヤーさんが僕の肩に手を置く。
「そうだよ。考えたってお金が湧いて出てくるわけじゃないんだからさ」
「そうだけど、何も考えずにただ座って紅茶を飲んでるだけじゃ、時間を無駄にしてる事になる」
「考えて解決できないなら、何も考えないとの同じ。時間の無駄でしょ」
「…」
ヴァネッサの言葉に反論できない。
「あんたは今朝、領主なったばかり、しかもまだ午前中。一日たっていないんだよ。何か成果を出そうとしたって無理に決まってる」
「ヴァネッサ!そういう言い方ないじゃない。ウィルが一生懸命考えてるのに」
「考えてどうにかなるならいいけど」
「じゃあ、どうしろと?ミャンみたい昼寝でもしようか?」
彼女は首を横にふる。
「机にへばり付いてるのが領主かい?あんたはまだ、ここの事、あたしらの知らないでしょ?エレナじゃないけど、お互い知らないままじゃ先に進めないよ。まず、ここの奴らと話をするのが、あんたの最初の仕事になるんじゃないの?」
「今、それどころじゃない状況なのに?」
「でもガルドと話をしたいって言ったのは、あんただよ」
確かに言ったけど…。
「ウィル様、失礼ながらヴァネッサ隊長の言ってることはごもっとでこざいます。シュナイダー様も、時間があれば皆と話されていました。補助金に関してはまだ先のようでございます。今は皆と話をされたほうがよろしいかと」
マイヤーさんは諭すようにそう言った。
「わたくしもヴァネッサ隊長の意見には賛成です。挨拶状の見本は午後まで用意いたしますので、今はヴァネッサ隊長ともに皆さんと話をされてはいかかでしょうか?」
シンディもヴァネッサも意見に賛成か…。
ヴァネッサが正論を言っていることは、僕にだってわかる。けど、話して、雑談でしてみんなはどう思う?
僕の事をよく思っていないであろう、ガルドなんかには悪印象じゃないか?
「もしかして、怖い?」
「は?別に怖くないよ。人と話すのが怖かったら、商人なんかやってない」
僕は立ち上がり、ヴァネッサを睨む。
「だよねー」
「ウィル、無理する事はないわ。ヴァネッサも挑発みたいのやめてよ」
「いいよ、リアン。行けばいいんでしょ。行くよ。ヴァネッサの言って事は間違ってない。無駄に時間を過ごすよりはよっぽどいい」
「ウィル…」
ヴァネッサは何も言わず執務室のドア開け、僕が出ていくの待っている。
マイヤーさんはシンディを手伝うとの事で残った。
リアンには別に来なくてもいいっと言ったけど。
「心配だから、私も行く」
心配?…子どもか、僕は。
執務室を出て階段へと向かう。
こういうのは乗せられた、というのだろうか。
ヴァネッサを見るが、特に怒ってる様子ではない。
「ウィル。”行き急ぐ”って言葉知ってるかい?」
「行き急ぐ?いや」
「成果や結果を急いで求めすぎることをいうんだよ」
「成果や結果を求めるのは普通の事じゃ…」
「そうだよ。でもね、急いでこだわってると、必ずどこかに歪みや綻びが出てきて…」
「出てきて?」
「壊れる」
壊れる。
彼女がそう言った時、お腹あたりがズシリと重くなった。
「さっきのあんたは行き急いでいるように見えた」
「僕が?」
僕はただどうすればいいか、少し先の事を考えていただけだなんだけど…。
「考えてどうにかなるなら、苦労はしないよ」
彼女は立ち止まって窓の外を見る。
外は兵士たちが訓練していた。
さっき見ていた時と変わらない。
「あたしもシュナイツに来てすぐの頃はあんたと同じように考えて焦ってね。シュナイダー様に怒られて」
「シュナイダー様に?」
「ああ、そうだよ。あたしは、こっちに来るまで部下は三人までしか指揮をとったことないんだよ。で、これでしょ。当時はもう少し少なかったけど」
外に目を向けたまま、彼女は少し笑う。
「理屈では分かってるんだよ。座学も受けたし、実際、指揮をするとなるとね。あたしは兵士全員を見ないといけないと思って、一人で全部こなしてた。訓練の内容から見張り、警備のシフトとかね」
「あの人数を一人はさすがに…」
「バカよね?」
「ほんとだよ。あたしは任された以上、やらなきゃやってみせるって意気込んでた。そして、壊れた」
「まさか倒れた?」
ヴァネッサは笑って否定した
「違う違う。賊ども襲撃があったんだよ。当然、賊に対処しなきゃいけないでしょ。そうすると兵士の位置や編成が目まぐるしく変わる。それだけじゃない、領民の方にも気を配らなきゃいけないし、入ってくる情報に頭が追いついて来なくなって、しまいには頭の中が真っ白になっちゃって、ただ呆然と立ってるだけ。その後シュナイダー様が助けくれた」
「そんなになってからじゃ遅すぎない?それまでシュナイダー様は助けてはくれなかった?」
「ああ。あたしのやる事に一言も言わなかったし、あたしもできると勘違いしていた。今なら分かるんだよ、あの人はあたしを試しいてたんだ」
試さなくても、一から教えれば済むんじゃないか。失敗もしない。
「あの人はまずは失敗例、悪い例から教えるんだよね。それは分かってはいたんだよ。すっかり忘れててあのざま」
彼女はそう言って自嘲気味に笑う。
「シュナイダー様に怒られたてって殴られたりした?」
「平手一発だけね。おまえは部下の事をどう思っているのかって」
「どうって…」
「あたしは答えられなくて。もしチェスの駒が百あったら同時に使う事はできるかって」
「同時にはどう考えも無理」
「あたしも無理さ。でもシュナイダー様にはあたしがそうしていたって、無理な事をやってて壊れた、てね」
「でもそれをするのがヴァネッサの仕事で…」
ヴァネッサが僕の肩に手をおいた。
「そうだよ、それがあたしの仕事。でシュナイダー様は、お前一人で戦っているわけじゃない、駒を信頼できる者、能力のある者に預けろって」。
なるほど。
「落ち着いて考えみれば、気づけることだった。適材適所で人材を配置して任せる」
「なるほど。そうすれば、ヴァネッサの負担も減るわけだ」
彼女は大きく頷く。
「ああ。だからあんたも、一人で何でもかんでも考えたり、悩んだりするなってこと」
「わかってるよ。でも、お金の事は僕の仕事だろ」
「お金はまだ余裕はあるし、挨拶状?それだってシンディとリアンに任せたっていいんじゃないの?ね?」
彼女はリアンに声をかけた。
「え?…うん」
リアンの表情はすぐれない。
「リアン、どうしたの?」
「だいじょぶかい?」
「全然、大丈夫よ。違うの、私…ちょっと楽できるかななんて、考えてて…ごめん」
ヴァネッサは呆れるたようでため息を吐いた。
「あんたは…」
「別に構わないよ。僕が領主を引き受けたのは、君に全責任を押し付けたくなかった事もあるから…」
「ウィル…」
「優しいねぇ…領主様は」
ヴァネッサはそれだけ言って階段へと向かった。
「ウィル、私、ちゃんと手伝うからなんでも言って。ね?」
そう言うと僕の袖を引っ張り、階段へ向かう。
「ありがとう、リアン」
「うん、私の方こそ、ありがとう」
当たり前だが、僕は一人じゃない。一人では何もできない。
もう少し誰かに頼ってもいいのかもしれない
階段を降りると、フリッツ先生に出くわした。
シエラやミラルド先生も一緒だ。彼女ら二人はカバンをもっている。
「お出かけかい?先生」
先に降りていたヴァネッサがトウドウ先生と声をかけた。
「ああ」
「どこに行くんですか?」
「ちょっと外にな」
シュナイツには娯楽どころか飲食店すらない。
何もないのにどこへいくんだろうか?。
「先生、ちゃんと説明しないといけませんよ」
「面倒くさいからおまえたちがしてくれ」
シエラの窘めにダルそうな表情をする。
「もう…私たちはこれから訪問診察に行くんです」
「診察?誰か具合が悪い人が?」
病人がいるなら大変だ。
「おらんよ」
「え?でも診察って」
「はい、病気は早期発、見早期治療が基本です。病状が重くなってからでは治療方法が限定され、長期間になったり手の施しようがなくなってしまう事があるんです」
ミラルド先生が答えてくれた。
毎日行っているわけでないらしい。不定期ということだ。
「だからな、こっちから出向いて診てやるんだよ。具合が悪いのに我慢する奴もいるしな。早目に病気の芽は摘んでおく、ということだ」
我慢するヤツがいる、という言葉に心当たりがあり、耳が痛い。
「あー、ウィル?だったか。まずは、お前を診てやろう」
笑顔でそう言うと僕の頭を両手でガッチリと掴み、下瞼を下げられた。
「ふむ…じゃあ口を大きく開けて、そう、舌を出してみろ…なんともないな。他は痛いとか痒いとかないか?」
「いえ、特にないですね…」
僕の肩を叩き、大丈夫だなと言って診察は思わる。
次に先生はヴァネッサに目を向ける。
「お前さんは…大丈夫だろ」
「まあね」
ヴァネッサは肩をすくめる。
先生はヴァネッサを診察することなく、今度はリアンを診る.。
「あははっ」
シエラが突然笑い出す。彼女の視線の先はリアンが…なんて顔してるんだ。
リアンは自分で下瞼を下げ、口を開け舌を出していた。
ミラルド先生も笑いを堪えている。
「全く…ああ、大丈夫だな。もういいぞ」
トウドウ先生は呆れているようだ。
「リアン、お前さんはもう少し上品にした方がいいぞ」
「そう?」
リアンはとぼけ、先生はため息を吐きつつ首を振る。
「お前たち三人が健康ならシュナイツは安泰だろう。それじゃあな、わたしらは行くよ」
見送りはいらんぞ、と言うと先生たちが館を出ていく。
「先生!」
僕は出ていく先生の背中に声をかけた。
「おう、なんだ?」
「あの、後で先生の所に伺ってもいいですか?」
「ああ、構わんよ」
フリッツ先生は笑顔で頷く。
先生たちは門の方へ向かう。三人だけで。
「ヴァネッサ、先生たちに護衛は?」
彼女は首を横に振る。
「医者や看護師には敵でも味方でもない中立って考えて方があるから」
「あるからって、襲われないとは限らないし、シュナイツの医者でしょ?」
「そうなんだけど、先生が絶対にいらないって怒るからね」
そういうものなのか。
「腕に紅白の布を巻いてるでしょ?あれ、自分たちが医療関係者って意味があるんだよ」
確かに巻いてる。
「先生は本当に敵味方の区別しないで治療するのよね?」
リアンがヴァネッサに訊いた。
「ああ、するね。襲ってきた山賊や盗賊がしなくていいって拒否してもするんだよ。黙れって一喝してね」
「すごい人なんだね。でも納得できない人いるんじゃないの?気持ち的に」
「そりゃ、いるさ。そいつらでこっちにも怪我人が出てるんだから」
そうだよね。
「納得できないヤツにも、黙れってね」
ヴァネッサは少し笑う。
「まあ、大丈夫でしょ。賊が現れたら報告あるから」
彼女はそう言うと竜騎士隊の方へ歩き出す。
「今まで先生たちが襲われた事はないから、大丈夫よ、たぶん」
リアンはそう言うけど、今日襲われるとは考えないのか。
僕に護衛をつけるよりも先生たちに付けた方がいい気もするけど…。
「いいんだよ、さあ」
ヴァネッサが手招きする。それにつられ僕とリアンも歩き出した。
「竜騎士隊、整列!」
ヴァネッサの掛け声で訓練中だった竜騎士たちが、一斉に横一列に並ぶ。
竜もレスターとまだ名前がわからない者の後ろに並んだ。
僕たちか見て左側からガルド、レスター、サムそして他二名が並んだ。
「で、なんなんです?」
「ウィルに竜騎士隊はじめ各隊を紹介しようと思ってね」
レスターの問にヴァネッサは片手を腰に手を当て答える。
「そうですか。二名いませんけど…」
「ああ、あの二人はいいから、紹介したし。で、竜騎士隊は今はいないスチュアートとミレイを含めて八名」
ヴァネッサの紹介に頷く。
他二名の名前も教えもらった。ステインとライノだ。
ステインの後ろに竜がいる。彼のだったか。
ステインとライノは竜騎士になって一年、それにミレイは竜騎士になってまだ半年も経っていない新人だそうだ。
サムとスチュアートが同期。
「こんなとこだね」
「それだけ?」
リアンが多少、呆れたように言う。
「他に知りたい事ある?」
「いや、急に言われても…」
ヴァネッサは訊くが、そう簡単に出るものじゃない。
「じゃあ、いいね」
彼女は早々に切り上げてしまった。
「それじゃ…サム、素振りはもういいから」
「はい…」
サムがふっと息を吐いた。
「ガルド、あんたはウィルに竜騎士のついて教えてあげて」
「はい」
ガルドは特に表情を変えずに返事をする。
「あの、それはおれがやりますよ」
そう言ったのはレスターだ。彼はガルドが僕に対して失礼な発言をした(僕自身はそう思ってい
ないが)所を見ている。
また、何か言うのではないかと思ったんだろう。
「あんたはいいから」
「でも…」
僕を方を見るレスターに一つ頷いた。
「サム、あんたも一緒にね」
「え?あ、はい」
サムはちょっと驚いている。
ヴァネッサはガルドとサム以外は訓練の続きをするよう指示した。
訓練の邪魔ならないように少し離れる。
リアンは僕から離れずついてきた。
ガルドを威嚇でもするかのように見ている。
ガルドもわかっているようで、居心地が悪いようだ。
「竜騎士の事を教えるなら、竜が必要っすよね?」
「そうだな。サム、俺のも一緒に連れてきてくれ」
「うっす」
ガルドの指示でサムが厩舎の方へ行く。
「あの…ウィル様、リアン様。先ほどはすいませんでした」
「え…ああ、いや僕の方こそ…」
ガルドの謝罪。
僕自身は彼が間違っているとは思っていない。
「ウィル、あなたは悪くない、正しいのよ。彼の方が全面的に…」
僕は彼女の発言を手で制してガルドを見上げた。
「今、考えれば君の言う通り、余計な仕事だったかもしれない。あの時じゃなくても後日でも問題はなかった」
「いえ、非は自分にあります。これからは発言や意見は止めます。上に従うのが軍人ですので」
控えるとは言わず、止めると言った。
「それは困る」
「え?」
「僕はまだ分からない事だらけだ。君をはじめ、下からの意見なしにやっていくのは難しい」
「隊長たちがいます」
「もちろん、ヴァネッサたちの意見は聞くよ。でも、君たちの意見も重要だよ。立場や職が違えば物の見方も変わってくる。それを知りたい。戸惑うかもしれないけど、これが僕のやり方だから」
「はあ…」
早速、戸惑っている様子。
サムがすでに竜とともに戻ってきてこちらも戸惑っている
「変に畏まる必要はないってだけだよ」
「…わかりました」
「何の話っすか」
「なんでもねえよ」
ガルドはサムから自分の竜の手綱を受け取る。
リアンが隣にいない。ついさっきまでいたはずだけど…。
見回すとすぐ後ろにいた。
「リアン?どうしたの?」
「私、竜が苦手なの…」
そうなんだ。
竜は目の前、手が届く所にいる。
近くで見ると、やはりというか迫力がある。
「苦手なら、ヴァネッサの方に行っててもいいよ」
「でも…」
彼女はガルドをちらりと見る。
彼がまた失礼と働くんじゃないかと思っているんだろうか。
「私の事はいいから」
いいと言うなら、ガルドとサムの話を聞こう。
「ウィル様は竜を見るのは、初めてじゃないですのよね?」
「ああ、もちろん。でも、ここまで近づいたのは初めてだよ」
竜は二足歩行の動物。ほぼ全身が鱗に覆わている。
人が乗る所は馬よりも少し高い。太く頑丈そうな脚。三本指で鉤爪。
胸のあたりに腕、いや前足か?、太さは僕の腕よりも太い
太い首。たてがみがある。馬ほどでないが、顔は面長。黒い瞳が正面にある。
大きく切れ込んだ口角。口は閉じているが、牙は見えている。
「まずは手を前に出してもらえますか」
そうガルドに言われ、自分の胸の高さくらいに手を出す。
彼は手綱を引っ張り、ゆっくりと竜の顔を僕の手に近づける。
「噛んだりしない?大丈夫?」
リアンが後ろから覗いて心配する。
「大丈夫っすよ」
「竜は頭が良い、出来た奴で敵か味方か分かる、というか感じとる事ができるんですよ」
「へえ、それはすごいね」
竜は鼻先を僕の手に近づけ、フンッフンッと鼻を鳴らす。鳴らしつつ、瞳は僕の顔を見ている。
僕は敵と思われないかと少し緊張したまま、竜の反応を待った。
「大丈夫だよね?」
「はい。これはなんというか挨拶みたいなもんで、長かったりするのはよくあります。それに俺と話をしてる所を見てますからね。敵とは思ってないでしょう」
「そんな事までわかるのか…」
竜が鼻先で僕の手にを掬い上げる。
「もう、これで大丈夫です」
ガルドが手綱を離し、たてがみを撫でる。
「触ってもいいですよ。牙に気をつけて下さい」
「触っていい?こう…」
竜の顔、頭周辺は鱗ではなく、柔からな毛に覆わている。
撫でるよう触ると気持いいのか、目を細め、クククと鳴く。
味方と思ってなければこんな事はできないだろう。
「顎の下も喜ぶっすよ」
サムが自分の竜の顎の下を撫でていた。そちら竜も同じ反応だ。
「リアンもどう?」
「うん…いや、やっぱりいい」
興味はあるようだが、やっぱり怖いらしい。
「そう?…ガルド、さっき君が竜が見ていたから大丈夫っていってたけど、人の言葉も分かったりもする?」
「はい、竜は人の言葉を理解しています。どこまでわかってるのかまでは不明ですが」
やっぱり、そうなのか。
話してる所を見てるだけじゃ、状況は分からないよね。
「ほんと、言葉が分かるのはすごいっすね」
「ねえ、サム。何かやって見せてよ」
リアンがサムに言った。
何かって、サーカスのショーや飼い犬じゃないんだけど。
「いいっすよ。ほら、座れ」
と、彼は言ったが竜はピクリとも動かない。
「おい、座れって!」
多少、強め言うが竜は動かない。
「おいおい…」
ガルドはため息を吐いた。
サムは何度も口調を変え言ってみるが、竜は動かない。
「サム。その竜、あなたの物のなの?」
リアンは疑いの目を向ける。
「俺のっすよ…おい…」
竜が動き出した。が、座らずに僕の方にやってくる。
ゆっくり近づき、鼻先を僕の太腿に擦り付ける。
「これは?…」
「ウィルに触ってほしいんじゃない?」
そうなのかな?。
ガルドの竜は僕を探るような仕草をしたけど、サムの竜はしてこなかった。
サムの竜の顔も触ってあげる。目を細め、クククと鳴いた。
「ええ…」
「ウィル様の方が言うことを聞くんじゃねえか、これ」
「そ、そんなわけないでしょうよ」
「ねえ、ウィル。座って、言ってみて」
「サムの竜だから、座らないと思うよ…座れ」
おお?竜がゆっくりと座った。座ってしまった。
座ったまま、鼻先を僕の手に擦り付けてくる。これは催促してるみたいだ。
左手でサムの竜を、右手でガルドの竜を触っている。なんなんだ、この光景…
「嘘だろ…なんで…」
サムがガックリと肩を落とす。
「なあにやってんの?あんたたちは」
ヴァネッサが呆れ気味のようすでやってきた。
「向こうからじゃ、遊んでるようにしか見えなかったよ」
「ヴァネッサ、サムの竜がウィルの言うことを聞いたんだけど」
「え?」
彼女に事情を説明する。
説明を聞いた彼女はとくに驚く事はなかった。
「まあ、それくらいなら聞くよ。ウィルは領主なんだから、当然。竜も分かってるよ」
竜が敵と判断しなければ、それなり言う事は聞くらしい。
同じ竜騎士じゃないと言う事を聞かないわけじゃなく、僕にもできるとヴァネッサは言った。
ヴァネッサはサムの竜の顔を撫で回す。さすが馴れた手付きだ。
「よしよし。サムの言う事を聞かなかったのは、イタズラみたいなもんだよ」
「イタズラ?竜が?頭がいいとは聞いたけど…」
「不真面目なヤツには無視してやろうって思ったんじゃないの」
不真面目と言われてサムはヴァネッサから視線を外す。
「竜にもあたしたちと同じ人格があるんだ。竜はあたしたちに応えてくれて、あたしたちも竜に応える。そうやって竜と竜騎士は強い絆で結ばれて、強くなっていくんだよ」
彼女はそう言うと手綱をサムに返した。
「あんたの事、見てるんだよ竜は」
「シュナイダー様が、竜は自分を映す鏡だっとも言ってましたよね」
「ああ、言ってたね」
「すいません…」
サムは反省した様子で、自分の竜を撫でている。
「あんたの竜はあんたしか、乗れないんだからね。竜が泣くよそれじゃ」
え?どういう事?
「ヴァネッサ、反省してるようだし、もういいじゃないか。それより今、あんたの竜はあんたしか、乗れないって…本当?」
「本当だよ。馬とは違って、一頭に乗れるのは一人だけなんだよ」
それでさっき、絆で強くなると言っていたんだ。
「竜騎士になるのも独特ですよ。人間の方から竜を選ぶんじゃなくて、竜の方が乗る人間を選ぶんです」
ガルドがたてがみを撫でつつ教えてくれた。
「竜の方が?どうやって?」
「取っ替え引っ替え乗るんですよ。さっきウィル様にしたような挨拶をしたあと、乗るんです」
「それで?」
「それで、ちょっとでも拒否反応したらダメで、すぐに降りる」
「面倒くさい…」
リアンがボソリと呟いた。
彼女の呟きにヴァネッサが笑う。
「確かに面倒くさいね。あたしは十回以上乗って降りて…十回までは数えた、それ以上やめたよ」
ヴァネッサは肩をすくめた。
「十回乗るのは普通ですよ。五十回以上乗ってダメで諦めるヤツもいますし」
「厳しいんだね…」
「その分、自分を選んでくれた時の嬉しさったらないよ」
ヴァネッサの言葉にガルドとサムが頷く。
「自分しか乗れないから、愛着がわくしね」
「他の人が乗ったらどうなる?」
「振り落とされる」
それで怪我をする者もいると言った。
ヴァネッサやガルドたちは初騎乗で怪我をしたことはない。
「普通はすぐに降りるし、降ろすんだけど…いるんだよねぇ、バカなヤツが」
彼女はため息をはく。
「ハンスですよ。あいつ、無理矢理乗りこなそうしやがった。すぐに降りてりゃ怪我なんてしなくて済んだのに」
「…」
ハンスは肩を強く打ってしまったそうだ。今は回復し大事なっていない。
彼は竜騎士志望らしいのだが…。
「そんなことがあったの?」
リアンは初めて聞いたらしい。
「あたし、思わず手が出ちゃってね」
ハンスはヴァネッサからもう絶対に竜に乗るなと言い渡された。
無理をしてしまったのは、彼の竜騎士になりたいという気持ちの現われと思うけど。
ヴァネッサは、もうその話はいいよと打ち切った。
「竜と完全なペアか…どちらか怪我や病気で亡くなってしまった場合はどうなる?」
「どうって、竜を失えば竜騎士じゃなくなる」
そうだよね。ただの剣士、兵士になる。
竜騎士として知識や経験があるから、ただの兵士よりは断然に使えるけどね、と彼女は言った。
なるほど。
「じゃあ、逆に竜騎士がもし…ごめん、こういう事は訊いちゃいけないかな?」
「構わないよ。竜騎士が死んだらどうなるでしょ?…しばらくいて竜も後を追うように死んじゃうんだよ」
後を追うように竜も死ぬ。これに少し驚いた
「…え?そ、そうなんだ…。新しい騎士を乗せる事は?」
ヴァネッサは首を横に振る。
「それができないくらい、竜と竜騎士は強く結びついてるんだよ」
それ程までに強固なのか。
「不便なものだね…」
「そうだね。でも、悪い事じゃない。そうでないと困る事もある」
「困る?」
彼女は頷いた後、ガルドとサムの竜を並べさせた。
「二人の竜を見比べて、どう?」
「え?どうって突然言われても…んー…」
二頭とも同じ見えるけど。
「ガルドのほうが少しだけ大きくない?」
そう言ったのは、僕の後ろから見ていたリアンだ。
言われみれば、確かに…。
「リアンの言う通り、ガルドの方が大きいね」
「そう。じゃあ、なぜ大きいか?」
「なぜって、そういう竜なんじゃ…」
ヴァネッサは首を横に振った。
「違うんだよ。竜は乗り手に合わせて成長する。ガルドは見ての通り体格でしょ?あれを支えるには龍も体を大きくしないと、まともに戦えない。竜はそう感じて体を大きくしたの」
脚も見てみな、と言われ、リアンと二人しゃがんで見てみる。
うん、ガルドの竜の方が太くがっしりとしている。
「その分、足が遅いっすけどね」
「そいつはしょうがねえな…だが、絶対に押し負けたりはしねえよ」
ヴァネッサが言うには、乗り手の戦い方で竜でも成長変化するのだそうだ。
ガルドの竜が特別というわけではない。
彼女が言った困るの意味が分かった。
乗り手が一人でないと、竜はどう成長していいか、分からないのだ。
「ねえ、竜は今でも成長してるの?」
リアンがガルドに話しかける。
「いえ、もう成長はしてなくて安定期?ってやつだと思います」
ヴァネッサを見つつ、そう答えた。
「五年くらいで止まるね」
「オレは三年目くらいまで違和感があったっすね。その後はしっくりきていい感じっす」
「ああ、そんな感じだな。いつも間にか違和感がなくなってた」
違和感って何?ってリアンが気になっている様子。
どんな感じなのか、僕自身も気になる。
「あれは口じゃ説明できないね」
ヴァネッサは笑う。
竜騎士として一人前になるには最低でも三年はかかるのか。
でも、ミレイは確かまだ竜騎士なって半年経っていない。でも…。
「ヴァネッサ、ミレイは確か竜騎士なって半年経っていないんだよね?でも、足の速さはここでは早い方入る。これは?…」
「そうそう、よく気づいたね。ミレイの竜はなぜか、足の速さだけは成長が早くてね。あたしもびっくりしてる」
ミレイが竜騎士になるまではスチュアートの竜が一番早かっただそうだ。
今ではミレイの竜が半年経たずに、スチュアートの竜と同じ速さとなってしまった。
「ミレイの竜が順調に成長すれば…」
「スチュアートを追い抜くだろうね。間違いなく」
サムによれば、スチュアートは竜の速さに自信があったらしく、ミレイに抜かれたら悔しがるじゃないかと話した。
「速いだけが竜の取り柄じゃねえだろ」
「そうだよ。ミレイのは例外だろうしね。それにあたしは、何か意味あるんじゃないかって思ってる」
「意味?」
僕の問にヴァネッサは肩をすくめる。
「分からないけど、竜はあたしたちには分からない特殊な感覚をもっているって聞いたことがあるんだよ。ミレイの竜はミレイ自身の何かを感じてああなってるのかもしれない」
「単純に体重が軽いだけじゃないの?」
リアンの言葉にヴァネッサは笑う。
「そうかもね。例外と考えてるのは人間側だけなのかもしれない」
「例外といえば、例外中の例外がここにはいるんすよ」
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