7-6
隊長との模擬戦が終わったベルリはその場にへたり込む。
「大丈夫か?誰か、水持ってこい!」
ベルリはよろめきながら立ち上がる。
「なかなか良い剣さばきだった」
「はい…あ…ありがとう、ございます…」
ベルリの呼吸は荒いが隊長は余裕だ。
「次、やりたい奴は?」
新人全員が手を挙げる。
「おいおい…全員は無理だって。ロキ、お前もやれ」
「はい」
ロキの他にも隊員数名が新人の相手をし始めた。
あたしは教官に声をかけてその場を立ち去る。
「教官、あたしはこれで」
「おう、ありがとな」
「いいえ」
教官と握手をする。
「意地悪は程々に」
「ははは。そうだな、程々にしておこう」
次は…。
ファンネリア様か…。
ファンネリア・ハーシュ
シュナイダー様の親友。いや、親友以上の間柄だった方。
戦争以前からの知り合いで、恋仲だった。
シュナイダー様からプロポーズをし、ファンネリア様もそれを快く受けた。とシュナイダー様からは聞いてる。
でも、その後すぐに戦争が始まる。シュナイダー様は理由を言わずに婚約を一方的に破棄。
ファンネリア様は当然、激怒。戦後、友人としての付き合いはするが、それ以上の関係には戻らなかった。
あたしは国立魔法研究所へ足を向ける。
ファンネリア様は宮廷魔道士(魔法士の上位)で研究所所長。
聖道士という肩書を持っている。
研究所は宮殿内ではない。竜騎士隊の訓練場や事務官の職場などと同じエリアある。空堀の内側。
研究所入口の受付に声をかける。
「ファンネリア様にお会いしたいんですけど」
「申し訳ありません。ハーシュ様は外出中となっております」
外出中か…。
「戻られるのはいつ頃?」
「いつまでと申されずに出て行かれまして…」
「そう」
どこに行ったかも分からないらしい。
「参ったね…」
今すぐ会わないといけないわけじゃないし、帰るまででいいか。
「言伝あれば、承りますが」
「いや、いいよ。ありがとう」
宮殿の宿泊部屋へ帰る事にした。
「あれ?」
自分の部屋の前に人物が二人。
ファンネリア様とヒルデガルト様だ。
わざわざ出向いてくれた。
ヒルデガルト・シンクレア(ヒルダ)
前・陛下付補佐官。クローディア様の前任。
今の陛下が国王になられた時に陛下付補佐官となる。
戦後の復興に貢献した。
シュナイダー様、ファンネリア様、ヒルデガルト様の三人は、王国の三羽烏なんて言われていた。
近づくあたしに気づく。
「お久しぶりです」
「久しぶりね、ヴァネッサ…」
「久しぶりですね」
ファンネリア様はあたしが知ってる優しげな表情だけど、どこか寂しげだ。
ヒルデガルト様はいつも通りに見える。この方は感情をあまり表に出さない。
「話は中で…」
「ええ」
二人を部屋に招き入れる。
「申し訳ありませんでした」
部屋に入って早々、あたしは謝罪した。
「ヴァネッサ…顔を上げて。あなたのせいではないわ」
「そうよ。これは自業自得」
「ヒルダ…」
ヒルデガルト様らしい冷たい言い方。
「いいえ。シュナイダー様のそばにいたのはあたしです。なのに…」
「もういいから」
ファンネリア様はあたしを優しく抱きしめてくれた。
「陛下の支援を拒否なんてしなければ…」
ヒルデガルト様はそう言うが、支援があってもどうにもならかった。
あの時どうすればよかったのか、今でも自問自答することがある。
「シュナイダー様からファンネリア様に言伝を預かってます」
「私に?」
「はい…」
これを言ったらファンネリア様がどうなるか、あたしは怖かった。
「何かしら」
「甲斐性なしですまない。もし、いつか会えたら、今度こそ一緒に、と…」
ファンネリア様は胸を押さえ目を伏せる。そして、大きく息を吐いた。
「ああ…」
「何て人…ファンネの気持ちを弄んで」
ヒルデガルト様は吐き捨てるの言う。.
「いいの。彼の、レオンの気持ちは分かってるから…」
「だけど…」
「若かったのよ、お互いに…。気持ちばかりが先走って…」
懐かしそうに遠くを見る。
「戦後、やり直す機会はいくらでもあった」
「戦後は忙しかったから。それはあなたも知ってるでしょ?」
「あなた達はそれを言い訳にしてただけ。わたしはあなたには幸せになってほしかったのに…」
「うふふ。ありがとう」
ファンネリア様はシュナイダー様と一緒になれなかった事を、悔やんでいないのか…。そんな事はない。
あたしはシュナイダー様とファンネリア様が親しげに話してるのを何度も見てる。
婚約までいった事を知った時、あまり驚かなかった。
それくらいお似合いの二人だと思ったから。
その二人はもう会えない…。
「ヴァネッサ。レオンから言伝は、確かに受け取りました」
「はい」
「悔やむ必要はないっと言っても、あなたは悔やむでしょうけど、前を向かねばなりません」
「はい」
「あなたはあなたの使命を果たしなさい」
あたしはしっかりと頷く。
「今日は会えてよかった…」
もう一度、あたしを抱きしめてくれる。
ここからは昔ばなし。
シュナイダー様本人がいないのをいい事に、文句や暴露話で盛り上がる。
本人が逃げ出すくらいの話が出るわ出るわ。
流石に言えないね。
「ヴァネッサ、いる?お風呂用意してくれるって!…」
リアンがノックもせずにドアを開けた。
「あの…すみません…」
で、そっと閉める。
「今のは?」
「リアンです。リアン・ナシル」
「彼女が…そう」
「ナッシュビル家の忘れ形見ね…」
ナッシュビル家
長く続いていた名家。
事務官の育成に力を入れていた。
ナッシュビル家で学んだ者は就職先には困らないなんて言わるほど。
その分、それなりの学費を払わないといけない。その価値はあった。
学費で私腹を肥やしていたわけじゃなく、運営費にまわしたり、孤児院へ寄付、町の発展の投資に、ほとんどが使われていた。
そして、例の事件。
リアンだけが生き残り、シュナイダー様とブリッツ教官が見つけ保護。
彼女が生き残ったと知られれば、狙われる危険性を考慮。
リアーナ・ナッシュビルからリアン・ナシルと変える。
リアーナ・ナッシュビルは死亡とし、リアン・ナシルの出生記録を作成。
作成にはヒルデガルト様が、寄宿学校の手配をファンネリア様が手伝った。
ナッシュビル家についてウィルはこの時点では知らない。
「元気そうね」
「今は。シュナイダー様が亡くなった時は寝込むほど落ち込んでました」
「そう…あなたが励ましたのでしょう?」
ファンネリア様の言葉に、あたしは首をふる。
「あたしは何も…。他の者のほうがよくやってくれました。ウィルが来てからからは安定してるかと」
「ウィル?」
「ウィル・イシュタル。レオンの後継者」
「ああ…そう言えば来ていましたね」
「呼んできましょうか?」
二人に尋ねる。
リアンが来たということは、補助金の話は終わってるはず。
「そうね…。こちらから出向きましょう」
話が一段落したので、ウィルの部屋へ向かう。
「領主を呼び捨てにしてるのは、構わないの?」
「本人がそれでいいと」
「そう」
「友人みたいな関係でうまくいってる?」
「特に問題ないですね」
ヒルダ様にそう答えた。
実際、問題ないし、むしろ良いんじゃないかと思う。
傍から見ればおかしなもんだろうね。
ウィルの部屋のドアをノックする。
「はい」
出てきたのはリアンだ。
彼女の向こう側にウィル…と、あれは事務官か?。
ウィルとテーブルを挟んで二名座っていた。
「まだ終わってなかった?」
「終わってる。けど、ウィルが補助金以外にも聞きたい事があるって…」
リアンがあたしの後ろにいる人物に気づく。
ファンネリア様とヒルデガルト様には部屋に入ってもらって、隅でリアンから紹介する。
「はじめまして、シュナイツの補佐官リアン・ナシルと申します」
「こちらは宮廷魔道士のファンネリア・ハーシュ様と前陛下付補佐官のヒルデガルト・シンクレア様」
「はじめまして、リアン」
三人は握手をする。
「二人ともシュナイダー様の友人だよ」
「そ、それは…あの、お悔やみを…」
「それはこちらのセリフよ」
ファンネリア様が笑う。
「補佐官になってどれくらい?」
「三年ほどです」
「若くして補佐官にはなれないものよ。才能があるのね」
「いえ、全然。他にやる人が居なくて…シュナイツはやる事が少ないのですし…」
ヒルデガルト様の言葉に、リアンは苦笑いを浮かべ謙遜する。
ウィルと事務官がこっちに気づき、そそくさと片付けを始める。
「今日のところはこれで。また明日に」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
事務官がファンネリア様とヒルデガルト様に深々と頭を下げ出て行った。
リアンがウィルに駆け寄り耳打ちする。それを聞いたウィルが慌ててこっちにやってくる。
「申し訳ありません。お待たせしてしまって…」
「いいえ、大丈夫よ」
ファンネリア様は笑顔で答える。
「はじめまして。ウィル・イシュタルと申します」
ファンネリア様とヒルデガルト様が挨拶する。
「レオンとはどこで出会ったの?」
「シュナイツです」
ウィルは会った時期や状況を説明する。
「そう…。なぜ、レオンがあなたを後継者に選んだのか…ずっと考えていました」
ヒルデガルト様がウィルを見つめながら話す。
「それは僕も知りたいです」
「本人に会えば分かるかと思ったけど…。本当に、シュナイツで会ったのが初対面なのですね?」
ヒルデガルト様は厳しめに訊く。
「正確には子供の頃、孤児院で会っています。何度か」
「ほんとかい?」
それは知らなかった。
「ああ。でも、名乗ってないしその他大勢の内の一人だからシュナイダー様は覚えてないよ」
「なるほど、そうですか…」
「あの…」
リアンがおずおずと手を上げた。
「なんでしょう?」
「シュナイダー様の知り合いですとか、親類縁者でなければ後継者になってはいけないでしょうか?」
「いいえ」
「では、なぜ…その怪しむといいますか…ウィルの事を問い詰めるように…」
「リアン、ちょっと…」
リアンを止めようとしたが、ヒルデガルト様が止めた。
「構いません」
「はい…」
「興味があったのです」
ヒルデガルト様はあたし達を見ながら話す。
「竜騎士であるヴァネッサでもなければ、補佐官であるリアンでもない。ほぼ初対面のウィル・イシュタルを選んだ。誰でも興味を持つでしょう」
「それで、実際に見て僕の印象はどうでしょう?幻滅されました?」
「分かりません」
ヒルデガルト様はきっぱりと言う。
この人は本音で話すことが多いらしい。
「そうですか…」
「しかし、レオンがあなたを選んだなら、何か光る物があったのでしょう。竜騎士ヴァネッサを見出したように」
「僕は彼女ほどの才はないと思いますが」
「そんな事はありません。陛下との謁見、見ていました」
「え?」
「陛下の対してあの物言い…なかなかできまません」
彼女は不敵に小さく微笑む。
「見ておられたですか…。あれは咄嗟に出てしまって…足が震えていました」
ウィルは苦笑いを浮かべる。
「あ、あれは私が悪くて…」
「良い悪いの問題ではありません。あそこであの行動を取れる勇気を評価しているのです」
ウィルは反応に困ってる。
「はあ…」
「あくまでわたし個人の感想です。気を悪くしたのなら謝罪します」
「気を悪くなど…身に余る評価です」
ヒルデガルト様は比較的辛口な人だ。
それなりの評価を貰えたということは、ウィルは何かを持っているのかもしれない。
Copyright(C)2020-橘 シン




