6-1 エピソード6 王都到着
北の深き森の襲撃以降、何事なかった。
農家の納屋に泊まる事はあったけど、森の中で野宿するよりは安全だったし、何より快適だったわ。
シュナイツを出発してから十日以上。あと王都まで一日くらい
左脚の麻痺も大分治ってきて、自分で歩けるようになる。まだちょっと引きずる感じだけど。それとまだ膝を深く曲げるのができないでいた。
歩けるようになったのは嬉しかった。それまでは抱き上げられたり、おんぶされたり情けなくて…。
ウィルに掴まって歩けたのはすごくラッキーだったわ。
ヴァネッサとミャンがからかってきたけど。
東の街道を竜に乗り南へ。.もう王都の城壁は見えてるんだけど。
「まだかかるの?」
「意外にかかるんだよ」
ウィルは何度も来てわかってるから気にする様子ない。
私も何度か来たことあるけど、かなり前であまり覚えていない。
「でっかいねぇ…王都って」
ミャンは初めてなので、驚いている。
今は昼すぎくらい。今日泊まる予定の町までもう少し。
その町は王都に近く且つ比較的宿が確保しやすいというウィルの話。
お金関しては間に合った。
「ヴァネッサ、あそこ竜騎士隊の駐屯地じゃない?」
ウィルが右側を指差す。竜騎士隊の旗と王国の国旗がはためいていた。
「ああ。二番隊だね…」
ヴァネッサはちょっと不機嫌。
それもそのはず。これまで駐屯地や小さい砦のそばを通るたびに、どこの所属なのか、王都に行く理由を尋ねられたのだ。
その度に説明してきた。
「ちょっと急ぐよ」
ヴァネッサは竜を早足にする。
揺れが大きくなるから嫌いなのよね。いっそ走ってくれたほうがいいんだけど。
でも、通行人は私達だけじゃないから、竜を走らせるのは危険。
ミャンが後ろを振り返る。ウィルも一緒に。
「ヴァネッサ、何か後ろから来てる」
「分かってる…」
私も振り返って、ヴァネッサ越しに見る。確かに来てる竜騎士が…。
ヴァネッサがウンザリとした声でため息を吐く。
「またかい…」
「そこの竜騎士止まれ!」
「はいはい…」
竜を道の脇に寄せ止める。
ドドドっと足音を鳴らし、近づいて来たのは四頭。
髭をはやしたおじさん竜騎士(シュナイダー様よりは若い)が一人と、若い竜騎士が三人。サムやスチュアートとよりも若くみえる。
私達の前後に二人づつ。前におじさん竜騎士ともう一人。
ヴァネッサとウィル、ミャンが竜を降りる。私は乗ったままでいいって言われるた。
すぐに降りたのは敵対する意思がないと事を示す、とヴァネッサから聞いている。
「所属と名前を」
「シュナイツ竜騎士隊隊長、ヴァネッサ・シェフィールド。彼は領主の…」
「ウィル・イシュタルです」
「アタシはミャン・ロンで~す」
「あたしの竜に乗ってるは補佐官のリアン」
それを聞いた竜騎士達は少し慌てて竜を降りる。
「失礼しました。自分は二番竜騎士隊班長ルーク・ストレイアです」
と敬礼し名乗ったは若い竜騎士。濃いグレー色の髪色、そして長身。
「あんたが班長?」
「はい」
「へえ」
ヴァネッサはちょっと驚いた様子。
私もちょっと驚いた。おじさん竜騎士の方が班長さんだと思っていた。
一応、国王陛下から書状を見せ、私達がシュナイツの者だと証明した。
「シュナイダー様ご逝去、お悔やみ申し上げる」
そう言ったのはおじさん竜騎士。
「新人の頃、よく鍛えていただきた事を思い出します」
「そう…」
「いや、失礼…続けてくれ」
「…はい。王都に向かう途中という事でしょうか?」
「まあね」
「陛下がお会いしたいとの事で…」
「そうですか」
「大変ですな」
「ええ…はは…」
「ご書状、後ろの部下にもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
「汚さないでよ」
「承知しました」
持って行ったのはおじさん竜騎士。
おじさん竜騎士が後ろにいった後、ヴァネッサが班長さんに話かける。
「あんた若いね。竜騎士になってどれくらい?」
「自分ですか?ああ…ええっと、三年くらい…かと」
「三年で班長なら、まあまあ早いほうなんじゃない?」
「そうでしょうか?…」
班長さんは特に態度を変えない。
「あたしは四年かかった。まあ、あたしは女だからだけど」
ヴァネッサは肩をすくめる。
「班長にはまだ早いと思っていたんですが…」
「そう?」
「先輩に推薦されて…」
私の後ろを見る。
「先輩って髭の?」
「はい…。おれは別に上に行けなくてもいいんですが…」
「淡白だねぇ…。実力もないのに推薦なんかしないでしょ?」
「本人はそろそろ引退するみたいな事を言ってまして、それで譲ると」
「ああ、そう」
「おれじゃなくても…」
班長さんはため息を吐いてる。
「やりづらいんですよ」
「何が?」
「年上の部下って…」
「ああ…」
ヴァネッサは頷いてる。
「あたしも経験あるけど、年齢関係ないから。軍組織ってそういうもんだよ」
「はい…」
「年齢が上だろうが、あんたが上官なんだからそれなりの態度を取らないと、舐められるよ。命令系統が狂ちゃって、あんた自身の首を締める事になる」
「はい」
班長さんはヴァネッサの厳しい言葉に表情を固くする。
ヴァネッサと班長さんの会話中、後ろでは…。
「本物ですか?女なんですよね?」
「間違いなく、竜騎士ヴァネッサだ。剣を交えた事はないが、何度か見ている。女性だが、侮ってはいけない。相当な手練れだぞ。隊長も勝てんだろうな」
「それほどですか…」
「短槍を持ってる女性も竜騎士でしょうか?手綱を持っていますが…」
「見たことはないが…」
そう後ろから聞こえた。
「申し訳ありませんが…」
「はい?」
おじさん竜騎士が私に小声で話しかけてきた。
「短槍を手にした者も竜騎士でしょうか?」
「いいえ。彼女は竜騎士じゃありません。彼女は…」
ミャンが獣人である事、乗ってる竜が特殊であることを説明した。
「ほう…」
笑顔で頷くおじさん竜騎士。それを聞いてた後ろの竜騎士達も驚いている。
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる。
「いえいえ」
そして、ヴァネッサの方へ行く。
「竜騎士ヴァネッサの噂は聞いてますよ」
「どんな噂?」
ミャンがすかさず訊く。
「え?…。シュナイダー様が唯一人認めた竜騎士、とか最初で最後の弟子」
「ふふっ…」
私は思わず笑ってしまった。
そんな噂は全部嘘。
認めた?確かに竜騎士として認めたかもしれないけど、ヴァネッサだけじゃない。
ガルドやレスター達と平等に認めていた。
弟子?シュナイダー様とヴァネッサはそんな関係じゃない。これはヴァネッサ自身から聞いている.。
じゃあ、どういう関係かというと、本人達もよくわからない関係なの。
「へえ」
ウィルとミャンが声をあげる。
「鵜呑みにするんじゃないよ」
「それはいい噂です。ご書状ありがとうございます」
「はい。悪い噂もあるんですか?」
「悪いというか、なんといういうか…」
「どんな噂?」
ミャンがこれまた、すかさず訊いた。
「愛人、隠し子など…」
「あははっ」
「マジ?」
「だから、全部ウソだって」
ヴァネッサは頭を抱える。
当然、愛人でもないし、隠し子でもない。
「女性で竜騎士でなければ、そんな噂はなかったでしょう」
「当たり前だよ…とんだ迷惑だっての」
「あのさ、このへんでいいかい?」
「えっと…」
班長はおじさん竜騎士を見る。おじさん竜騎士は後ろの竜騎士の見てから班長向かって頷く。
「はい。ありがとうございます。お引き止めして申し訳ありませんでした」
「別にいいよ」
ヴァネッサ達が竜に乗り込む。
向こうも竜に乗り込んだ。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「何でしょう?」
「王都に近づくほど、警備の兵士が多くなってる気がするんだけど、何かあったの?」
そう確かに多くなっていた。
物々しいとはいかないまでも、ちょっと違和感があった。
時間がなかったので、特に調べもせずにここまで来のだが…。
「今、会合中だからではないでしょうか」
「会合!だからか…すっかり忘れてた」
「会合?」
会合。正確には、領主定期会合
各地の領主が集まり、会談や陛下に謁見する行事。
特産品の商談や貢物なども行なわれる。
領主の同士のコミュニケーションの一環。
「そんなものがあるんだ…」
私も知らなかった。
「シュナイダー様も出ていたのかな?」
「シュナイダー様は出てない。そういうの嫌いな人だから」
シュナイダー様はそういうのには出たがらない。
シュナイツからだと時間がかかるのもあるけど、行ったら行ったで英雄として人前に出なければいけない。
本人自身は英雄とは思っていないし、そう呼ばれるが嫌いなのよね。
私的な付き合いがある領主はいるみたい。手紙がくる事がたまにある。
「王都は領主が連れてきた使用人やら護衛やらでごった返してるでしょうね。いつも以上に」
「だろうね…」
「もしそうなら、早め行った方が…宿の事もあるし。ヴァネッサ」
「そうだね。じゃあ、あたしらは行かせてもらうよ」
「今日の行き先はどちらまで?」
「この先の町です」
「そうですか…。なら、そこまで護衛しましょう」
班長はそう言っておじさん竜騎士を見る。
「うむ。我々は後は帰投するのみですので、町まで護衛する時間はあります」
おじさん竜騎士も護衛を進言する。
「いいから。目立ちたくないんだよ。それでなくても竜騎士ってだけで目立ってるに」
「でしたら、二番隊の駐屯地で少し休憩されては?」
「できるだけ王都に近づいておきたいんです。王都周辺は人が多いので、入場するだけで時間かかりますし…特に今は…」
「なるほど…そうですね」
「ここでいいからさ。気持ちだけ受け取っておくよ」
「…わかりました。それではお気をつけて」
竜騎士隊に敬礼で見送られ、その場を去った。
Copyright(C)2020-橘 シン




