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ブレイバーズ・メモリー(1)  作者: 橘 シン


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5-18


 ウィルは蹲り吐いていた。

「ちょっと、大丈夫かい?」

 青ざめた表情。

 ミャンが背中を擦っている。

「大丈夫。怪我はしてないよ」

「そう…」

「ヴァネッサ…僕は彼を…」

 そう言って側に倒れてる賊を見る。

「彼を殺してしまった…」

 また咳き込み嘔吐(えず)く。

 なるほど。吐いてる理由が分かった。

「ウィル、あんまり考えるじゃないよ」

「でも…」

「あんたが殺らなきゃ、あたしら全員殺られてたかもしれないんだ。リアンを含めてね」

「リアンも…」

「ウィルは悪くないよ。襲ってきたのは、向こうなんだから」

 ミャンはそう話す。

「そうだよ。舐めたまねした罰さ」

 そう言ったところで、ウィルの罪の意識がすぐに消えるわけじゃない。

 こんな事とは無縁だったんだからね。それに何よりもウィルは優しい。


「リアン、リアンは大丈夫だよね」

「大丈夫だよ」

 竜に乗せて、強引に逃した事を話す。

「そう…竜と一緒なら大丈夫か…」


 いつまでこうしてはいられない。

「ミャン。周囲に気配は?」

「とりあえず、大丈夫だよ」

 そう。

 ウィルの側から死体をどかさないと。

 

 ミャンと一緒に死体を運んでいる時、賊のうなじに何か刺さってるのが見えた。

 細長い円錐形。

「なんだい、これ?」

「どしたの?」

「これだよ」

「ん?これ…ばあちゃんの吹き矢だ」

「本当?」

「間違いない」

 そう言って矢を取る。矢が刺さっていた部分が赤くなっていた。

「いつの間に…」

 ミャンは周囲を見回す。

「もう行っちゃったかな?全然気づかなかったよ」

 あの混戦じゃね。


「これ、毒矢だよ」

「クァンさんは毒も詳しいの?」

「詳しいよ。いい薬と悪い薬…毒ね、両方知らないといけないんだって」

 へえ。

 息切れしていたのは、このせいかもしれない。

 それをウィルに言っても気持ちは分からないだろう。

 

 クァンさんには感謝しかない。

 賊に毒矢を打ってなけれなばどうなっていたか。


「落ち着いたかい?」

「ああ…うん…」

 とは言うものの、青ざめた顔。

「リアンにこの事は言わないでほしい…」

「もちろん。誰にも言わないよ」

 言えるわけがない。

「ミャン、いいね」

「うん、分かってる」

「ありがとう…」

 

「ミャン、このへんに水辺は?血を洗いたいんだけど」

「このへん?えっと…ちょっと西に行くとあったはず…」

 自信がなさげだ。

 行ってみるしかない。

「あんたは、汚れてないね」

「まあね。槍は血が付いちゃてるけど」

 ミャンの服をよく調べて、血が付いてないか確認する。

「大丈夫だね。あんたは先にリアンの所に行って」

「アタシだけ?」

「うん。竜と一緒だから大丈夫だと思うけど、いつまでも一人にするわけにはいかないでしょ?不安だろうし…」

 だいたいの方向を示す。ミャンなら気配で分かるだろう。

「わかった」

「短槍は洗ってやるから」

 ミャンから短槍を預かり行かせる。


「あたしらは水辺に行くよ」

「ああ」

 水辺へ急ぐ。


 水辺へ行く途中、何も話さなかった。


「ここか…」

 小さな小川。半歩もない。

 上流側にウィルを、あたしは下流側。

 あたしはその辺の草をむしり、自分の剣を川に浸しこすり洗う。

 川の水が赤くなってく。

「ヴァネッサ…」

「なに?」

「今頃、震えがきたよ…」

 見るとウィルの手が震えてる。

「うまく水を掬えない…参ったな…」

 ため息とともに乾いた笑いをする

 手を振ったり、握ったりして震えを止めようとしている。

 近くにあった大きな葉っぱを取り、彼に渡した。

「これを使ってみな。それとも飲ませてあげようか?」

「え?いや…大丈夫だよ」

 プライドを傷つけてしまったか?。

 ウィルはなんとか水を口に含み、ゆすいで後ろに吐きだす。それを何度も繰り返す。


 周囲を見つつ、武器を洗う。

「君は強いね…」

 ウィルがボソリと呟く。

「あたしが強い?あたし程度の竜騎士なんて、ザラだよ」

「そうじゃなくて…気持ち的な。落ち着いていて…冷静で、さっきだって」

「そいつは慣れさ」

「慣れ…」

「何度も修羅場をくぐって来ると、慣れてくるんだよ…」

 自分でも驚くくらいね。

 

 慣れるだけなら、普通。これを通り越すと、麻痺してくる。

 修羅場自体が普通になってくるんだよ。自分が危ない状況にいるのが当たり前で、別におかしいとは思わない。

 そして、さらに酷くなると、快感になってくる。

 修羅場という緊張感が高揚感に取って代わる。何もない平静時が違和感になってくるとか。

 聞いた話だけどね。

 ここまではウィルには話してない。


「慣れか…僕には無理そうだ…」

「バカだね。当たり前じゃないか。あんたは慣れる必要なんてないんだよ」

「そうは言うけど…」

「怖かった事は恥じる必要はないよ。怖いと思うのは普通なんだから」

「うん…」

 ウィルの表情は優れない。

 ため息を吐いている。

「そんなに怖かった?」

「いや、怖かったのは怖かったけど…ガルドに借りた剣が折れちゃったからさ…」

 それね。

「折れたものは仕方ないでしょ。ガルドは気にしないよ」

「そう、かな…。彼はシュナイダー様を尊敬してるし、そのシュナイダー様から貰った剣だよ」

「だから、折れたんだから仕方ないって。ガルドの顔を伺いすぎだよ。あいつが何か言ってきたら、あたしが、またケツを蹴ってやるよ」

 

 ガルドがシュナイダー様を尊敬してるのは確か。たけど、傾倒してるわけじゃない。

 傾倒してるならなら、シュナイダー様から貰ったショートソードをウィルに貸したりはしないはず.。

 あたしの命令でもね。


「あんたを認めてるから、貸してくれたんだよ」

「君が言ったんじゃないの?」

「言ったよ。嫌なら、それなりの態度するでしょ。しなかったし、普通だったでしょ?」

「まあ…そうかな…」

 ウィルが自分を納得させるように頷く。


「手伝うよ」

 あたしのショートソードを手に取る。ショートソードは血まみれだ。

「無理しなくていいって」

「もう大丈夫だから」

 止めたけど、ウィルはショートソードを洗い始めた。

 あたしはミャンの短槍を洗う。


「あたしのもそうだけど、ミャンの短槍も刃こぼれがひどいね…」

 新調したいけど…お金が…。

「仕方ないか…」

「ヴァネッサ、これでいい?」

「ん?ああ、それでいいよ。ありがと」

 こっちも終わりっと。

「拭いたほうかいいよね」

「別にいいよ。振り回してりゃ、そのうち乾く」

「錆びちゃうよ」

 そう言って鞄を弄る。

「そうだけど、拭くものなんてないでしょ。…ん?あんた、その鞄どうしたの?」

 ウィルの鞄にいくつも切り傷が付いているのに気づいた。

 昨日まではなかったはず。

「ああ、これは…さっき、盾の代わり使ってさ…」

「そう。それで…」

 機転を利かせたか。

「革が厚めの丈夫なやつで良かった。中身には問題ないから。それより、これ使ってもいいじゃないかと」

 彼が取り出しのは、リアン用にと、詰め所の医者がくれた当て布。

「これはリアンに使うものでしょ」

「そうなんだけど、結構あるんだよ。傷の大きさにしては多すぎると思って…」

 なるほどね。

「王都に行くままでの分は十分にあると、思う。ここで少し使っても、必ず町に寄るから入手できると思うんだ」

「そうだね」

 リアンには悪いけど、少し拝借させてもらう。


 当て布で綺麗に拭き上げ、剣は鞘へ収める。


 服と鎧に付いた血も洗い流す。

 どうしても取れないものは、草の汁をつけて誤魔化しした。


「行くとするか」

「リアンの居場所はわかる?」

「だいたいの方向は分かってる。後は足跡を辿れはい」


 来た道を戻って、賊の死体がある所まで一旦戻る。

 戻った所で、遠くから何か聞こえる。

 蹄の音…馬か!?。

「ウィル!森の中に、早く!」

「え?」

 ウィルの背中を押して、森の中へ。

 少し入って、木の陰に隠れる。

 

 やってきたは馬四頭。

 乗ってる奴はどう見てもカタギには見えない。賊だ。


 増援?。それにしては遅すぎる。

「リアンが…」

「黙って。ミャンが行ってるから大丈夫だよ」

 小声で話す。


「マジかよ…」

 話し声が聞こえる。

「まだ暖かい。殺られてから、そんなに時間たってねえぞ」

「近くにいるかもしれん」

 馬を降りて周囲を見回してる。

 あたしは身をかがめ、できるだけ動かずに、ウィルは地面に伏せさせている。

 そして、ゆっくりと剣に手を添える。

 

「だから、止めとけって言ったんだよ。馬鹿がっ」

 賊の一人が死体につばを吐く。

「おい」

「いいんだよ。竜騎士相手にイキリやがって」

「全員、竜騎士にやられたのか」

「当たり前だ。この人数を一度にできるは竜騎士ぐらいだろ」

「女の竜騎士なんだろ?やべえな…」

「他にもいたって話だぜ」

「二人だったか?。七人いて勝てないんじゃ、相当の手練れだぜ。殺れば箔がつくって、死んだら意味ねえじゃねえか」

 賊達が黙り込む。


「行くぞ」

「このままでいいのかよ」

「近くにいるはずだ」

「おまえら、死にたいのか?竜騎士相手に四人で勝てるわけがない。おれはごめんだぜ」

 一人がさっさと馬に乗り、行ってしまう。

 他三人も行ってしまった。


 なんか色々勘違いしてるけど、まあいい。


 一応、周囲を丹念に見回す。

 大丈夫か…。

「ふぅ…」

「行った?」

「ああ。もうちょっとだけこのまま…あ、起きていいよ」

 ウィルはゆっくり起き上がる。

「やっぱり賊が多いんだ…」

 クァンさんが言ったとおりみたいだ。

 

 北部には竜騎士隊の駐屯地ない。シュナイツの南にある警備隊の詰め所みたいなのはいくつかあるだけ。

 その周辺はいいけど、少し離れたらこれだ。

 常駐しろ、とまでは言わないけど、巡回してくれたら、だいぶ違うのに…。


「そろそろ、行こうか」

「うん」

 周囲を警戒しつつ、森を出る。

 賊の死体の脇を通って、竜が走って行った方へ。


 あった。竜の足跡。これを辿って行けばいい 


 クァンさんが言ったとおり、森から離れるほど草丈が高くなってる。

 ウィルの背丈と変わらない。あたしはまだ大丈夫だけど、ウィルは見えづらいだろうね。

「ウィル?」

「大丈夫。すぐ後ろにいるよ」

 一旦止まって、周りを見る。

「どこまで行ったの…」

「どう?見つかった?」

「いや、近くまでは来てると思うけど…」

 完全な足跡が残ってるわけじゃなかった。

「頼むよ…」


 あたしは小さく指笛を鳴らす。

 草むらからひょっこりと竜が顔をのぞかせた。

 いた!

「見つけたよ」

「そう。良かった…」

 若干、右へ進路修正。

 もう少しかかりそうだ。

 

 しばらく歩いて、ようやく到着。

「リアン、ミャン」

 草むらをかき分けると二人と二頭がいた。

「リアン、ヴァネッサが来たよ」

 リアンはミャンに肩を抱かれてた。

「ヴァネッサ…」

「リアン、ごめ…」

「っ!!」

 彼女に側によったとたんに、平手打ちを貰う。

 ウィルが止めようとしたけど、あたしは手で制した。

「いいから」

 リアンは涙目で、あたしの頬をまた殴る。

 リアン程度の力じゃ、大した事はない。

「あの時は、ああするのが一番だったんだよ。でないと、あんたが…あたしらが…分かるよね」

 リアンの目をしっかり見て話した

 彼女はもう一度殴ろうしたのか、手を振り上げた。だけど、手を下ろす。

 そして、あたしの胸に額をつける。

「怖かったんだから…」

「ごめん…ごめんよ」

 すすり泣くリアンを優しく抱きしめる。

 泣き止んで落ち着くまで、あたしはそのまま抱きしめていた。


「もう、大丈夫…」

 リアンはあたしから体を離す。

 目に涙が溜まっていたが、それを拭って小さく微笑む。

「リアン…あの…」

 ウィルが心配そうに声をかける。

「ウィル…ウィルは大丈夫だった?」

「え?ああ、うん。大丈夫だよ。ヴァネッサとミャンが助けてくれたから」

「そう…もう賊は追って来ない?」

 そう言って、あたしとウィルが来た方向を見る。

「賊なんか、しっぽ巻いて逃げて行ったヨ」

 ミャンが明るい口調で話す。

「アタシ、強いから」

「あんた一人で、相手したみたい言うんじゃないよ」

「そうだけどさぁ、あたしの槍捌きをちょおっと見せただけで、ビビってたもん」

「はいはい…そうだね」

 リアンの前で詳しく言えないからって、好き勝手に言ってる。

「とりあえず、怪我がなくて良かったよ…」

 

 ウィルの言う通りだと、つくづく思う。今でもね。

 ほんとに、二度とあんなのはごめんだよ。

 

 悪い予感は消えていた。

 この後は、悪い予感なんて全然しなくてね。ほんとに順調だった。



「何もなかったわけじゃないんだよ」

「ここで話す内容じゃないだけ」

「いつか今度ね」

「まだ続けるの?休ませてくれない?思い出しながら話すの意外に疲れる…」


「私が少し代わってもいいよ」


「リアン…。あんた、仕事は?」


「一段落ついたとこ」


「ほんとかい?ウィルに押してつけたんじゃないだろうね?」


「失礼ね…。やってないわよ、そんな事」


「そう。じゃあ、あたしは訓練見てくるから、その間お願い」


「はい。いってらっしゃい」

「よっこいしょっと。え?体調?特に問題ないわ。お腹が重たくなっていくのは大変だけど」

「それじゃ、どのへんを話そうかしら…」

「私が印象に残ってる所でいい?」

「そう。じゃあ始めるわ」



エピソード5 終

Copyright(C)2020-橘 シン

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