5-11
「いや~、さっきの大ジャンプは気持ちよかったね~]
「「どこが?」」
ミャンの言葉にリアンとウィルはため息を吐く。
「飛ぶなら、飛ぶって…いや、飛ぶ必要あった?」
ウィルはミャンに抗議している。
「アタシに言わないでよ。ヴァネッサだよ、飛べって言ったのは」
「ヴァネッサ?」
「いいじゃないの…」
「良くないわ。怪我をしていたかもしれないのよ」
大丈夫、怪我はしていない。
速度を落としたくなかったから、飛んだんだよ。
追手は見えなかったけど、詳しくは分からなかったし。
一度、止まって二人に確認しろとでも?。
「気を付けるよ、今度からね…」
森を進んで行く。
ジメジメとした空気。雨が上がった後だからか。の割にはさほど木々は濡れていない。
真っ昼間なのに薄暗い。
同じような濃い緑色の景色が続く。前も、後ろも、左右も。
ミャンは少し先を行ってる。短槍を振り回し、邪魔な枝葉や茂みを切り裂きながら。
ウィルは竜を降り、手綱を引いてミャンに続く。
あたしも竜に乗らず、手綱を引いて彼についていく。
「ミャン、本当に分かってる?」
「だからぁ、ここはアタシの庭なんだって。庭で迷う人いるぅ?」
ウィルの不安気な言葉にミャンが答える。
そう思うのも仕方ない。
この鬱蒼とした森は、あたしも不安になる。
「ねえ、ヴァネッサ。本当に大丈夫なわけ?」
リアンが声を潜め、あたしに訊いてくる。
「大丈夫も何も、ミャンを信じるしかないでしょ。ここ知ってるのはあいつだけなんだら」
「そうだけど…もう暗くなって来てるし…」
不安なそうに周りを見る。
「聞こえてるよ。なんなのさ、リアンまで…。大丈夫に決まってるでしょ」
リアンはバツが悪るそうに口をおさえる。
さらに進むと、木の本数が少し減って見通しがよくなる。
右手から何か音が聞こえた!。
「静かに。ミャン」
「分かってる」
ミャンはウィルの右側に移動して、短槍を構える。
あたしは自分の竜を座らせ、リアンを守るよに彼女の右側に立つ。
ゆっくりと剣を抜き、正眼に構える。
「ミャン」
「人じゃない、たぶん」
「動物?」
「うん、気配は一つ。さっきからしてたよ」
なんでもないように言う。
「あんたね、気づいてたんなら、いいなよ」
「明らかに人じゃないし、こんな所まで来るやつなんかいないって」
と言うが構えは崩さない。
「いつまでこうやってんの?」
リアンが小さく呟く。
「動物って、大きさとかは?」
「よくわかんない…そんなに大きくはないと思うんだよね」
物音ともに木の陰から何かが出る。
「子鹿でした」
「はあ…」
びっくりさせじゃないよ…。
子鹿はこちらを見てるだけで動こうしない。
「かわいい…」
「美味しそう…」
「え?…」
「美味しいんだよ。鹿は」
ミャンの言葉に、リアンは嫌悪感をあらわにする。
「やめて。そういうの」
「僕もちょっと…」
ウィルも同じ感じ。
「えー。あの距離なら即捕まえられるのに」
「絶対にしないで」
あたしはいくつか石を拾い子鹿の側の木に向かって投げる。
子鹿は驚いたのか、走り去って行った。
「これでいい。さあ行くよ」
「もったいない」
再び歩き出す。
「シュナイツじゃ、鹿獲ってるでしょ?」
「あれは大人」
大人の鹿は、いや野生動物は凶暴することがある。
近づいてきたら、できるだけ刺激せず手早く仕留めている。
「子供は追っ払るよ」
ミャンはブツブツと何か言いながら前を行く。
「ミャン、まだかな?暗すぎてよく見えないよ」
「あたしも限界だよ」
「もう少しだから」
森の中は暗くなるのが早い。
真っ暗じゃ何もできない。火を起こすにも苦労する。
エレナが発光石を勧められたが、断ったのが悔やまれる。
水晶なら一週間は発光しつづける、と言ってた。
こんな事になるならね…。
「ちょっと、何あれ?」
「あれが御神木だよ」
前方に青白い光が縦に伸びている。
「あれが…」
ミャンが言ってた御神木。あれ目標に進む。
「あれ光ってるのは御神木じゃなくて、表面の苔が光ってるんだよ」
光る苔は見たことあるけど、ここまでのはない。
「綺麗…」
「そうだね。こんなものがあるなんて」
ウィルも感嘆の声を上げる。
「ここへんまでかな」
ミャンが立ち止まった。
御神木はまだちょっとある。
「これ以上はダメ」
「どうして?」
「御神木には妖精族が住んでいるから、できるだけ刺激したくない」
「妖精がいるの?」
「いるらしいよ。アタシは見たことないけど」
「僕は一度見た事ある」
ウィルが誰かが肩に乗せていたのを見かけたらしい。
「どんな感じなの?」
「どんなって言われも…手の平くらいの小さな人だったよ」
「そうなんだ。本には光る羽があるって」
「あった気がする。観察したわけじゃないから、それくらいかな覚えてるのは」
「いいな~、アタシは見たことないんだよ」
ミャンが羨ましがる。
「話は後で。まずは火を起こさないと。どっかいい場所ある?。できれば水辺が近いほうがいいね」
「う~んと…もう少し南側がいいかな」
彼女についてさらに移動する。
御神木の光が助かる。周囲がなんとか見える程度だけど。
「ここがいいかな。平らだし」
「いいね」
倒木が背もたれにちょうどいい。
「水辺はヴァネッサの後ろのほうね」
「あいよ」
リアンと鞄を降ろす。
リアンは倒木に一旦腰掛けさせた。
「ウィル、火打ち石は使える?」
「使えるよ」
「じゃあ、火起こして」
あたしは鞄から火打ち石を出そうしたが、ウィルが肩掛けの鞄を弄る。
「何やってんの?」
「え?火打ち石を出そうと…」
「あんたも持ってきてたんだ」
「一応ね」
じゃあ、使い慣れたやつの方がいいか。
火起こしはウィルに任せて、水辺へと向かおうとする。
「アタシは何すればいい」
「あんたは…何か食える物を獲ってきて」
「え?今から?ていうか買って来てるよね?」
「来てるけど、節約したいし、こんだけ広い森なんだから何かあるでしょ?あんたの庭なんだからさ」
「ある思うけど、ちょっと面倒くさいなぁ…」
「はぁ?」
「行きます」
ミャンはそそくさと離れて行く。
「私は?」
「リアンは座っていいよ」
ウィルがそう声をかける。
「怪我はしてるんだし」
「そう…だよね」
彼女は肩身が狭い思いをすると思うが、何もできない。
ミャンの竜を二人のそばにおいて水辺に向かう。
「ここか」
小さな水たまり。それが湧き溢れて東側に流れ出ている。
その先は分からない。
「よく頑張ったね」
竜に声をかける。
竜はガブガブと水を飲み始めた。
飲んでる間に足の鎧と兜を外す。
竜の弱点は鱗がない足首から先や腕、頭と顔だ。
そこを覆う専用の鎧がある。
鎧を外して、水をかけてやる。
足首を触る。やっぱり熱くなってた。
「今日はもう動かないから、安心しな」
そう言いながら、顔にも水をかける。
鞍も外したいが、念の為に付けておく。
あたしも飲まなきゃね。
「ふぅ…」
と、息をついた。
その時…。
「痛った!」
何かが頭に当った。
慌てて剣に手を添える。
耳を澄ませ、周囲を警戒する。が、特に変わった様子はない。
それに竜は無警戒だ。
「なんなの?」
「クア」
竜があたしの足元を見てる。
「どうしたの?…これは…クルミ?」
足元にクルミが落ちていた。さっきはなかった。
「どこから…あ」
頭上を見る。クルミは上から降って来たんだろうけど、枝しか見えない。
「何か分かるかい?」
竜に話しかける。
竜も見上げるが、首を捻る。
「クゥ」
「あんたが警戒してないってことは敵じゃないんだろうけど…まさか、妖精?」
妖精だとして、あたしに落とすのは勘弁してほしいね。びっくりするじゃないか。
周囲を見つつ、クルミを拾い、竜の兜に入れる。
そして、エレナから借りた竹製の水筒に水を入れて戻った。
ウィルとリアンの所に戻ると、焚き火が赤々燃えていた。
「ほら、水だよ」
リアンに水筒を渡す。
「ありがとう」
「ウィルと二人で飲んでね」
「え?あ、うん…」
「何?」
「ううん、何でもない」
少し慌ててる様子。まあ、いい。
「ミャンが戻って来ないよ」
どこまで行ったんだか…。
「おまたせ~」
戻ってきたね。
「いや~。これしか獲れなかった」
外套にくるまれた物。
「山ぶどうとハスカップだよ」
「良いじゃない」
「あたしはこれ」
兜に入ったクルミを差し出す。
「ヴァネッサが採ったの?」
「いや、上から降ってきた」
上を指差す。
全員が上を見る。
「そんなわけないじゃない」
「妖精だ…」
ミャンが呟く。
「多分…そうとしか考えられないね」
「見た?見たの?」
リアンか興味津々に訊いてくる。
「見てないよ」
「なんだ…」
彼女は残念がる。
「妖精かどうかは分からないが、ありがたくいただこうよ」
「そうだね」
ミャンが竜に水をやった後、町で買った物と収穫物で夕食となった。
「美味しくない…」
「我慢しなよ」
カチカチに硬いパンをミャンは睨む。
「エレナの話で興味あったけど…パンていうよりビスケットね」
「ビスケットにしたってまずいよ」
サクサクではなく、ガリガリかな。
水飲みながら食べる。
「僕は久しぶりだから、少し懐かしく思う」
「あたしも野戦訓練や任務でよく食べたよ」
まずくても食べれるってだけで安堵感はあった。
夕食が終わって雑談。
雑談の内容が森の事やミャンの事に変わって行く。
「ミャンがいた村が森の東側にあるんだって」
「そうなの?」
「うん…」
「寄って行こう。家族が…」
「もういないから…」
普段、明るい性格の彼女が暗い顔を見せる。
「どうして?」
「うん…村は病気が流行ってみんな…ほとんど死んじゃったから…」
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