5-9
道を下って行くと町が見え始めた。
「町だ」
ミャンが声を上げ、指を指す。
ワーニエの町。
ポロッサよりも少し賑わってるか?
山道は町の西側の入り口あたりに出る。
山道を降りきった所で竜を止めた。
「ヴァネッサ…お腹が減ったよ…」
ミャンがお腹に手を当ててる。
もう昼を過ぎた。あたしも減ったよ。
「町で買うか、食べるかしよう」
「ああ、そうだね」
買いに行く事にして、あたしとウィルが行く。
ミャンだけを行かせるつもりだったんだけど、ウィルが竜の鱗を売りたいと言ってきたから、あたしとウィルが行く事になった。
「所持金が少ないんだ。できるだけ早く売りたい」
一応、持ってきてはいる。だけど、二、三日が限界だろう。
売れる可能性は低い。高額な商品を取引する場所じゃないからね。
ウィルもそう思っているが…
「良い鱗だから、価値を分かっている人がいれば、なんとか…」
元商人としてプライドか、それとも血が騒ぐのか、目つきがいつもと違う気がする。
リアンを竜に乗せたまま、手綱はミャンに渡す。
「ちょ、ちょっと待って。私だけ乗ってて大丈夫?」
「大丈夫って、乗った事あるでしょ」
一度、試乗してる。特に問題なかった。
「あの時は、ヴァネッサがそばにいたから…離れたら暴れたりしない?」
「黙って乗っていれば、暴れたりしないって」
「うん…」
リアンは不安そうに頷く。
「ミャン、賊が集まってきたらポロッサへ逃げな」
竜に近づく奴はいないと思うが…。
「いいけどさ、ヴァネッサとウィルはどうすんの?」
「後から行くよ」
そうならない事を祈るしかない。
ポロッサまで歩くとなったら夜になるけど。
そして町中へ。
町中は結構な人手のよう。
もう春だし、どんどん多くなるんじゃないかとウィルが話す。
「ところでさ、ヴァネッサ」
町に入ってすぐにウィルは立ち止まる。
「なんだい…」
あたしは、周囲を警戒しながら返事する。
「リアンは、その大丈夫?山道の所でさ…」
「ああ、大丈夫だよ」
「ほんとに?」
彼は訝しげにあたしを見る。
「あんたがリアンの事ちゃんと考えてるの知って感動して、ウルッと来たのさ」
「僕だけじゃない、君や他の人達も…」
「それも含めてさ、リアンも罪悪感みたいのがあったんじゃない?」
「そう…。罪悪感なら僕もある。リアンを連れて行きたいって言ったのは、僕だし」
そう言って眉間に皺をよせる。
「行きたいて言ったのはリアンで、守れなかったのはあたしの責任だし…あんた一人が思う必要はないよ。ていうか、こういう人が多い所で話すのは勘弁してほしいね」
「え?」
「あたしは護衛が任務で、あんたは護衛対象なんだから。もう少し自覚してもらわないと」
「ごめん…」
「まあ、いいよ…」
ウィルの背中を押して前に行かせる。
「そういう話は無事帰ってきてから、話そうじゃないか。笑いながら」
「笑いながら…そうだね」
彼は小さく息を吐く。
町中に入る前にウィルに話かけた。
「ウィル。腰の剣は目立つに見せな」
「どうして?」
「武器を持ってる事をアピールしとけば、襲う奴は躊躇するから」
「僕の剣の腕知ってるでしょ?」
「あたしはね。他の奴は知らないから、効果はある」
後ろから、小さく声をかける。
「無用の長物って言葉がぴったりだと思うよ」
「見せるだけで、ビビてくれるなら十分役に立ってる」
彼の肩を叩いた。
「参ったな…」
「いざという時は、躊躇わず剣を抜くんだよ」
「はあ…」
ウィルはため息を吐く。
まず、昼食を買おうと、露店や店舗を一通り覗いたが…。
「出来合い物しかないね…」
「かつ、美味しそうに見えない…」
ミャンなら何でも食べるだろうけどさ。
「食事処もあったけど…」
「高い。何であんなに高いの?」
露店もの高いとウィルは言う。
「この辺でまともな町はここだけだからだと思う、多分」
ポロッサまではまだ距離がある。
東の街道までは村は点在するが、ワーニエほどの色々揃ってる町はない。
「ヴァネッサ、どうする?」
「どうするったってね…。日持ちするやつを買い込むしかないんじゃない?」
「やっぱり、そうなるよね」
町によるからには食事くらいはまともな物にしたかった。
なのに、初っ端からこれ。
「ミャンの残念がるかも」
「仕方ないよ」
町はここだけじゃない。
必要な食べ物をできるだけ安く買い込んで、次は竜の鱗を売る。
「あんたの商人としての、実力見せてもらおうじゃないか」
「そういうプレッシャーかけるのやめてくれない?」
と、言いつつも態度は変わらず、むしろ意気揚々と前を歩く。
「あたしには鱗を買ってくれそうな気前のいい店はなかったように見えたよ。さっきは」
「僕にもそう見えたよ」
「大丈夫かい?」
「やってみるさ」
どこの店も通り過ぎる客に声をかけている。
良い物だとか、どこそこで仕入いた物だとか、とにかく売り込みに必死だね。
そんな中、ウィルは特に迷う様子もなく、目星をつけていたらしい店で立ち止まる。
「やあ。こんにちは」
ウィルはすぐに鱗を売ろうせず、店の品物を見る。
「どうだい兄さん。彼女のためにプレゼントしてみては」
「ああ…」
この店はアクセサリーを売ってる店。
百ルグを越える物はない。高くて六十ルグくらいだったかな。
宝石や貴金属を使った物はない。革、木製、竹製が主。
「帝国で仕入れ物だ。物はいいぜ」
帝国で仕入れた物をここで売るのはどうかと思うけど。
いや、ここじゃなくてシファーレンに行く途中って事もあるか。
「これ全部、帝国で仕入れたの?」
「そうだぜ…えーと、姉さん?…」
なんで訊く。鎧着てちゃ、女に見えないのか。
横でウィルが笑いを堪えてる。
「帝国で仕入れた物で間違いないと思うよ」
デザインが帝国風なんだとか。
「どうですか?おひとつ」
「申し訳無い。買いによったんじゃなくて、買ってもらいによったんだ」
「買ってもらいに?」
少し訝しげにあたし達を見る。
「すごく良い物なんだ」
「いや…」
断ろうする態度をする。が、ウィルは強引に話を進める。
「とりあえず見てくれないかな」
鞄から鱗を挟んだ板を取り出す。
鱗は最初、厚め本に挟んであったが、それでは欠けるかもしれないからと、板に挟んで持ってきた。
「これなんだけど…どう?」
ウィルは板を開き、竜の鱗を見せる。
「竜の鱗か…本物かい?」
「もちろん。よく見てほしい。欠けてる所はどこにもない」
「確かに…綺麗だ。すげえな」
品定めの途中でウィルは板を閉じ、紐をしっかりと巻く。
「ここまで綺麗な物は滅多に無い。これを一万で買ってほしい」
「一万?いやいや、無理だって。一万も持ってねえから」
首を横にふる。
「商売人なら分かってると思うけど、この鱗を帝都か王都に持って行けば一万五千で売れる」
「だろうな。もしかしたら、もっと上でもいける」
「なら、買わない手はない」
ウィルは板を鞄にしまう。
商人の視線は鞄だ。
「手持ちがあればな…。だいたい何でここで売るんだよ?あんたが、王都でも行って売ればいい」
だね。
「そうしたいんだけど、今どうしてもお金が必要なんだ。だからここで売っておきたい」
「そうなのか…金があれば買うんだが…悪いな」
商人は腕を組む。
「九千ならどう?」
「ウィル…いいのかい?」
あたしは耳打ちする。
いくら金が必要でも安く売っては意味がない。
損はしないけどさ。
「いいんだ」
ウィルは表情を崩さない。
一方、商人は驚いている。
「九千?…そのちょっと待ってくれよ」
あたし達に背を向けて何かしている。
「あいつ、何してんの?」
「旅費の計算さ」
「旅費?」
「そう。竜の鱗を手に入れたって、王都か帝都辺りまでの旅費ないと、竜の鱗を手に入れた意味がないでしょ?」
「確かに意味ないね」
何のため手に入れたかわからなくなる。
「ちょっと、これほしいんだけど」
中年女性が商人に声をかけた。女性は髪飾りか分からないけど。指を指してる
「え?あー、すみません。ちょっと待ってください」
旅費の計算は、まだ終わってないみたいだね。
「これですか?…二十ルグですね」
ウィルが値札を見て、女性に話す。
「あなた、ここ人?」
「いいえ、違います。彼とは商談中でして、代わりに僕がお代をいただきますよ」
彼の超自然な対応にあたしは驚く。
「ああ、そうなの?」
女性は多少疑いつつも、お金が入っている革袋を取り出す。
「色違いもどうです?二つで三十五ルグしますよ」
「え?そう?…じゃあ、これも」
ウィルは女性から代金をもらう。
「ありがとうございます。また、どうぞ」
女性は去って行った。
代金は商品が並べてある台の商人側に置く。
「なんであんたがそこまでするの?…」
あたしは呆れ返る。
「普通だよ。やったり、やってもらったり」
「ほんとかい?」
彼の自然な対応を見る限り、嘘じゃないみたいだけど。
「兄さん。悪いけど、やっぱ無理だわ」
「そう…」
「あんた、ふざけんじゃないよ」
あたしは台を拳で叩く。
「ウィルがあんたの代わりに、客を対応したの知ってるでしょ?」
「え?ああ…それは、どうも、ありがとうございます…」
商人は腰が引け、顔が引きつってる。
「それでも、断るって!?どういう了見してんの」
「八千なら…」
「はあ!?」
「ヴァネッサ、もういいって」
ウィルがあたしの肩を掴む。
「目立つよ…」
「え?ああ…」
周囲の何人かがこっちを見てる。
「ありがとう。邪魔したね」
「ちっ」
商人を睨みつつ、その場を離れた。
「なんなの、あれ?」
「仕方ないよ。よくある事だよ」
ウィルはさして気にしてない様子。
「次の店に行こう」
店はすべて回ったが、鱗を買ってくれる店はなかった。
「結局というか、やっぱりというか…」
「しょうがない。出発するよ」
最初に売ろうした店の事を考えると、むかっ腹が立つ。
今、出発してどこかの村で納屋なんかを借りたい。
宿屋なんて街道に出るまではないだろうからね。
野宿はリアンにはさせたくなかった。
あたし達は竜の所に戻る事にした。
Copyright(C)2020-橘 シン




