5-7
何やってんだ、あたしは!。
「リアン様!」
ガルドは剣を引き抜き、素早く振り下ろす。
リアンに刺さった矢を短く切り落とした。長いままでは竜の揺れで矢まで揺れて傷が広がる。
「くうっ!」
リアンは苦悶の声をあげる。
「矢をご自分で支えてください!」
矢が刺さった場合、無闇に引き抜きてはいけない。
返しが付いていたら、無理に引き抜くとさらに傷を広げてしまう。
「ヴァネッサ!何があった!?」
ウィルが振り返えり叫ぶ。
「大丈夫だから!前向いて!」
彼は頷いて前を向く
「リアン、頑張りな!。もう少しだから」
あたしは左手を後ろに回し彼女を支える。
彼女の表情は見えない
くそっ、まだか?
矢はもう飛んで来てないけど、いつまた来るかもしれない。
「見えた!」
ミャンが叫んで槍を降る。
レスターが立ち上がり、手綱を離して大きくサインを出す。
詰め所から騎馬隊四頭が出てくる。
「ガルド、あんた達は帰りな!」
「ですが、まだ…」
「ここでいい!」
「了解…レスター!帰るぞ!」
レスターが速度を落とし、ガルドと並走する。
「リアン様!…」
あたしは二人に向かって、人差し指を口の前に立てる。
「誰にも言うじゃないよ、絶対」
二人は大きく頷いた。
リアンの事を知らなければ、心配する必要はない。
レスターとガルドは辛いだろうけど、我慢してもらう。申し訳無いけど。
「行きな。深追いしないでさっさと帰るんだよ。警備隊にも言って」
「了解」
二人が離れて行く。
レスターとガルドの後ろ姿を見届け後、詰め所へ突っ走る。
詰め所の門が開いてて、兵士が手招きしてる。
全速力のまま詰め所へ駆け込んだ。
竜と止まらせ、リアンを降ろそうとしたが…。
「リアン、降りて」
「足が動かない…」
「待ちな」
リアンに刺さった矢は、ふとももに付けた革鎧を貫通していた。だけど出血は少ない。
「ヴァネッサ?どうかしたの?」
ウィルがそばに来る。
「リアン!?そんな…」
「ウィル、手伝って」
「ああ…うん」
呆然とするウィルに手伝ってもらってリアンを降ろす。
「シュナイツの方ですか?」
「そうだよ。ここに医者か看護師はいるかい?」
「医者は、今日はいます」
いつもはいないらしい。看護師も。
「案内して。ミャン!あんたは竜に水やって」
「任せてよん」
兵士に案内され、医者の元へ急ぐ。
リアンの背中と膝裏に腕を通して持ち上げる。
「リアン、大丈夫?…」
「うん…」
怯える彼女にウィルが心配そうに声をかける。
「大丈夫だよ」
「でも、動かないって…」
案内された建物へ入っていく。
「あんたが医者かい!」
「え?ああ…そうだが」
なんだかぼーっとしているしている青年。年齢はわからないが、あたしと同じくらいか少し上か。
「こいつを見てくれ!」
リアンのふとももを見せると顔つきが変わった。
「そこに寝せて」
寝台の上に寝せる。
「リアン、あんたは目を閉じて耳を塞いでな」
「うん…」
医者は不思議そうにあたし達を見る。
「気にしないで、矢を見て」
「ああ」
リアンの腰に白い布が被せられる。
「失礼します」
「彼女は助手、看護師ね」
「よろしくおねがいします」
医者と同じくらいの年齢と思われる女性。
「なるほど…ここの左脚の防具はすぐ外せる?」
「できるよ」
「じゃあ外してくれないか。できるだけ静かにね」
ふとももの防具はすね当て、膝当てとつなげてるある。(動きに支障ないよう工夫した)
ふともも裏の紐をほどいて緩める。
医者が防具とふとももの隙間から刺さった部分を覗き込む。
「よかった…。深く刺さっていない」
「抜けないように返しが付いてない?」
「大丈夫だろう。ここいらの賊は、返しなんてこったものは使わない」
「そうかい?…」
あたしは不安だった。
「信用できないかもしれないが、どちらせよ引き抜かないといけない」
「確かに…」
「じゃあ抜いてしまうよ。布をくれ」
「はい。どうぞ」
看護師から布を受け取る。
「矢を抜いた後は左脚の防具をすべて取ってくれ」
「ああ」
「じゃあ行くぞ」
医者が引き抜く。
「うっ」
リアンが呻く。
医者は鎧とふとももの隙間に手を入れ、傷口に布を当てる。
「いいぞ、外してくれ」
「ああ。ウィル、突っ立ってないで、手伝って」
「…ああ、うん…」
ウィルと一緒に鎧防具を外し始める。
医者は抜いた矢の矢じりを観察していた。
「血、だけ洗い流してくれないか」
「分かりました」
矢を看護師に渡す。
「どうかした?」
「いや…」
「なんなの?」
「矢じりに毒を塗ってあるようだ」
「毒!?ヴァネッサ…」
ウィルは焦ってあたしの肩を掴む。
「落ち着きなよ。リアンは足が動かないって」
「そうか…本人に聞きたいんだが…」
「…いいよ」
防具を急いで外す。
「リアンは血が苦手なんだ。その事は言わないで」
「いや~。わたしも苦手だけどね」
苦笑いをしつつ肩を竦める。
「…」
「すまない…冗談だ」
看護師が後ろで笑いをこらえてる。
リアンの頭側へ回る。
彼女は浅い呼吸を繰り返していた。
彼女の手を取り耳から外す。
「リアン、目は閉じたままでいいから」
「うん…」
「大丈夫だから、矢は抜いたよ」
「うん…」
力ない返事。
「医者が…先生が症状を聞きたいって。いいかい?」
「うん、大丈夫」
「先生」
「やあ。よろしく。痛みはどうかな?」
「痛みは…さっきよりは…痛くない」
「そう。動かす事はできるかな?」
「動かない…動かないの」
リアンはあたしの手を強く握る。
「他に痛い、苦しいとかは?」
「ないです…けど…」
「けど?」
「左脚がないみたい…」
先生はリアンの膝に手を乗せる。
「君の膝を触ってるが、分かる?」
リアンは首を横にふる。
先生はすね、足首と順に触っていくが、リアンはわからないと言う。
「つま先は?」
「なんとなく分かる」
「そうか…ふとももの上の方は?自分で触ってみて」
リアンは恐る恐るふとももを触る。
「上の方は大丈夫です」
先生はふうっと息を吐く。
「ということは、麻痺系の毒だろう」
「麻痺って…ヴァネッサ…」
「大丈夫だよ」
リアンの目から涙が溢れ落ちる。
「そう大丈夫。これは麻痺させるだけで、それ以上の事はないから」
「命には問題ない?」
「ああ、全然問題ない」
先生は自信をもって頷く。
「よかった…」
先生の言葉にウィルとリアンは安心して大きく息を吐く。あたしもね。
「先生。洗いました」
「ありがとう…やはりな、濃い緑だ」
確かに矢じりが濃い緑になっていた。
「麻痺系の毒は甘い匂いがするって聞いた事あるけど、ほんと?」
「そうそう。よく知ってるね。嗅いでみるかい?」
「いや、いいよ」
毒で一番危険なのは、傷口が黒くなるものだって、教わった。
ほぼ即死。
「で、治療なんだが…特にすることはなくてね。自然と毒が抜けるのを待つしかない」
「どれくらいで治りますか?」
「それなんだが…はっきりと言えないんだ。人によるし、毒の濃さ、種類によってまちまちでね。調べれば、ある程度分かるが、ここには調べるための道具はない」
「そうですか…解毒薬もないと…」
「解毒薬?ああ!解毒薬はあるぞ。君、ちょっと押さえててくれ」
看護師が先生の代わりにリアンの傷口を押さえ、本人はその場を離れる。
そして、鞄を持って戻ってきた。
「持って来ているんだ、忘れていたよ」
取り出したのはガラス製の透明な瓶。
中には、ドス黒い液体。
「正確には傷薬なんだけど、解毒作用もある」
「大丈夫ないかい?それ」
「大丈夫だ。なにもしないよりは回復は早い、はず」
はずって…。
「うーん。傷口は縫ったほうがいいね」
「え?やだぁ」
リアンは目を開き、頭だけを上げて自分の左足を見てから、周りを見回す。
「やあ。どうも」
「先生?」
「ああ、そうだよ」
「痛いのは嫌…」
「そんなに痛くないし、縫った方が治りも早い」
「だとさ。我慢しな」
あたしの言葉にリアンはまた目を閉じる。
「じゃあ、早くしてください」
特に痛みもなく縫い終わった。
そもそも麻痺毒なんだから、痛みも感じないんだけどね。
布にドス黒い液体を指先ほど塗り、それを傷口にあてて包帯を巻く。
「これでよし。わたしにできることはここまでだ」
「ありがとうございます」
リアンは体を起こし礼を言う。
あたしとウィルも礼を言った。
こうなった原因はあたしにある。
責められても、言い訳のしようがない。
「帰ろう…」
ウィルが静かに言った。
「そうだろう?ヴァネッサ」
「ああ…そうだね…」
「嫌…私は王都へ行く」
リアンは両手を握りしめる。
「リアン、無理だよ。こんな状態でどうするんだ」
「ヴァネッサは最後までやり遂げろって言った」
確かに言ったけど。
「怪我をしていなかったらの話じゃないか。こうなったら、まずは帰らないと…。ヴァネッサ、君からも言ってよ」
「ウィル。帰るのも大変なんだよ」
ここからシュナイツに帰るのは厳しい。
来た道を引き返せば、賊がいるだろう。しかしレスター達は帰してしまった。
ここの警備隊はいるが心もとない。
ポロッサ経由でも崖崩れで道は塞がっている。何時直るかはわからない。
こっちも賊がいる可能性はある。
「ポロッサで待てばいい」
待つにしたって金がかかる
「竜の鱗を持って来てる。あれを売れば…」
買ってくれる人がいればの話。こんな田舎で1万ルグをポンと出せる人はいないと思う。これはウィル自身が言っていた。
かと言ってリアンを連れて王都へ行くの厳しい。
「参ったね…」
「私が行くって言ったら行くのよ」
「だから、リアン…」
二人は喧嘩を始める。
「先生、リアンはすぐ動かしても大丈夫?」
「ああ…大丈夫だと思う。が、正直を言えば、もう少し経過を診たい」
先生は腕で組んで、リアンを見る。
「短時間で治るもんじゃないんでしょ?」
「そうだが、症状が悪化する可能性は捨てきれない」
なるほど。
「じゃあ、もう少しここに居させてもらうよ」
「ああ」
あたしは戸口へ向かう。
「ヴァネッサ、待ってくれ」
「何?」
「どうするんだ?まさか王都に行く気じゃ…」
「判断する時間を頂戴」
そうため息交じりに言って外へ出た。
Copyright(C)2020-橘 シン




