5-5
「すっごい雨」
「だね…」
ミャンと館へ戻って二階の廊下の窓から外を見る。
雨足はどんどん強くなってる。
何時止むだか…。
「この時期ってさ、雨多くない?」
「うん…」
そうだった。参ったね…。
突然、空に閃光が走る!で、地響きのような轟音。
やだぁ!
「リアン…」
リアンは雷が嫌い。
「イヒヒ…」
ミャンは含み笑いをしながら執務室へ向かう。で…。
「ドーン!!」
叫びながらドアを開けた。
「きゃあ!…ミャンのバカ!」
「あははは!」
大笑いするミャンの後ろから執務室の中を覗く。
中には怒りの形相のリアン、こめかみを押さえてるシンディ、それに苦笑いを浮かべるウィルがいた。
「荷物入れる鞄あげるからちょっと来て」
ウィル、リアン、ミャンを連れてあたしの部屋へ行く。
「どこだっけ…とあった」
チェストの奥から鞄を引っ張り出す。
「はい。これね」
一つづつ三人に渡す。
「これ一つだけ?」
「そうだよ」
「小さすぎない?」
鞄の中を見て、不満そうに言う。
「下着の替えぐらいでしょ?他に何持ってくの」
「服はどうするのよ」
「一着か二着くらいなら入ると思うけど」
「他に櫛とかブラシとか手鏡とか…」
リアンは指折り数える。
「あんたね、旅行に行くんじゃないんだよ。おしゃれに気を使ってどうすんの?」
「陛下に汚い格好で会うの!?」
「それは向こうで借りればいいでしょ」
汚い格好で会わせてくれるわけがない。さすがにそこは配慮するでしょ。
「荷物ぐらいは軽くしたいんだよ…」
あんたが荷物なんだよ…。本人には言わないけどさ。
「ヴァネッサ。この鞄って竜の鞍に付けるやつ?」
「そう。あんたとリアンのは後ろに付ける」
ウィルの疑問に答えた。
あたしとミャンのは、胸の下あたりに長めのベルトで鞍に取り付ける。
「あんたたち方がちょっと大きいんだからね」
「そうなんだ…」
「ウィル、これ小さいよね?」
「僕は大丈夫かな」
「ええー…」
リアンは肩を落とす。
「アタシも大丈夫」
「何なのよ、もう」
口を尖らせ、あたしを睨む。
「睨んだって鞄は大きくならないよ」
「自分の肩にかける鞄は持つのはだめ?」
「うーん…良いけど、できるだけ荷物は少なくね」
ウィルは頷いたあと、リアンに話しかける。
「分かってる。リアン、僕のでよかったら貸してあげるよ」
「ほんと?、ありがとう…」
二人は話しながら、出ていった。さっきの、ウィル最低、はどこ行ったのか。
「あんたは行かないの?」
「アタシはそんなに持ってく物ないし…」
ミャンの視線は部屋のすみに置かれた鎧に向けられていた。
「ヴァネッサは鎧着てく?」
「もちろん着てくよ。全部じゃないけど」
「アタシも着るんだよね?」
「着たほうがいいと思うよ」
ミャンはあまり鎧は着たがらない。よくて鎖かたびら程度。
「まあ、アタシはいいとしてさ。あっちの二人はどうすんの?」
「あっち?」
ミャンはあたしの部屋の隣を見る。壁の向こうはウィルの部屋。
あっちの二人…。
「あっ…そうだ。忘れてた…」
ウィルとリアンの鎧を用意しないと。
ミャンに気づかれるとは…。
「知らないよん」
彼女は鼻歌交じりに部屋を出ていった。
鎧はどうしたかって?借りるしかないじゃない。
ウィルは普通の体格だからまだ大丈夫だった。手直しなしで着ることができた。
問題はリアン。
あの小さい体の合うのなんかありはしない。
分かってる。ミレイのを借りればいいんでしょ?
あたしだって考えたさ。
ミレイの革鎧でもちょっと合わない。アリスの物も合わせたけど、彼女のは彼女は体型にピッタリ合わせて作られてるかから、合わない。
胴鎧の下に厚手の服を着ることにした。
手甲とすね当ては革ひもで締め上げればなんとかなった。
できるだけ隙間のなくす。
太ももや二の腕も。なんとか工夫して隠す。
「やだ。こんなの着たくない…」
「わがままいうんじゃないよ。あたしに従うって約束したでしょ?従わないなら留守番だよ」
「分かってるけど…」
「一日着たら慣れるから」
「うん」
荷物、鎧の準備は終わったものの、雷雨は振り続いていた。
数日、様子見かな…。
一日待ったが、雨は止まず強弱を繰り返しながら降り続いた。
二日後、早朝。まだ夜が明けきらない時間に起きたら、嘘にように雨があがっていた。
この時期は雨は多い。
止んでる今が行き時だ。待ったらまた降り出すかもしれない。
竜騎士隊を起こしに宿舎へ行ったら、全員が起きていた。
「あんたたち、早いね…」
まさか、一晩中起きてた?
「隊長こそ。どうしたんです?」
「今日、今行こう思ってね」
と言ったら…。
「ほら、おれが言った通りだろ。雨がやんだらすぐ行くって。誰だよ、様子っすよって言った奴は?」
「オレでぇーす」
サムのとぼけた言い方に笑いが起こる。
「で、どうします?」
全員があたしを見る。
「ポロッサまでの道を見てきてくれない?」
「了解」
サムとスチュアートを行かせた。
「ポロッサまでなら護衛して良いですよね?」
「ああ、いいよ」
ガルドの尋ねにそう答えた。ダメだって言っても付いてきそうな顔をしてる。
「準備はできてます」
そう準備はできていた。全員、鎧は装着済。
竜にも鞍そして竜用の鎧までが取り付けられている。あたしとミャンの分も。
「外で騒ぐんじゃないよ」
「わかってますって」
そうみんなに注意をしてから、レスターを連れ館へ戻ってウィルやリアン達を起こす。
「リアン、行くよ。用意しな」
「嘘でしょ…まだ、夜…」
「すぐに明るくなるよ」
無理矢理起こして、メイドに鎧を付けさせる。
鎧の付け外しは手間がかかる。できるだけ手早く済ませるためメイドにも付け方を前々から教えてある。難しいものじゃない。
ウィルの部屋を覗く。
「やあ、ヴァネッサ。おはよう…」
「おはよ。あんた寝れた?」
「うーん。あまり…」
苦笑いを浮かべてる。
「おはようございます、ウィル様。濃いめ紅茶をご用意したのでお飲みになってください」
アルが紅茶を運び入れる。
「ありがとう」
「レスター、ウィルに鎧付けてやって」
「はい」
ここはレスターに任せ、次はミャンと。
「ミャン!さっさと…」
「起きてるよん」
ほんとに起きていて、準備は終わっていた。
袖なしの鎖かたびらに手甲、すね当ても付け終わっている。
「君にしては珍しいな」
起きてきたライアがそう話しかける。
「アタシはちゃんと、状況分かってるから」
「いつもこうだと助かるんだけどね」
「全くだな」
ライアと一緒にため息をつく。
「ヴァネッサは準備いいわけ?」
「あたしはこれからだよ。ライア、手伝ってくれる?」
「いいとも」
部屋に戻り、鎧をつけ始める。
「悪いね。こんな事になって…」
「何故、謝る?君のせいではないだろう?」
「そうだけどさ」
陛下に呼ばれ、行くと決めたのはウィルとあたし。
「謝りたいのは、ぼくの方だ」
「どうして?」
「今回、ぼくは待っている事しかできない」
「あんたは待つんじゃなくて守るのが任務だよ。いつも通りにしていればいい」
「ああ、分かってるさ」
ライアは手伝ってくれながら話す。
「あんたがここに残っているのは安心材料だよ。ミャンが残ることになってたら…ありえないけど…不安で仕方がない」
「ミャンのことだ。間違いなくサボるだろう」
「そうだよ。宿舎の屋根の上で居眠りして…」
「はははっ。で、寝ぼけて落ちるんだ」
「そうそう」
ライアと二人して笑う。
「紅茶はいかがですか?」
アルが紅茶を持って来てくれた。
「アル、ありがとう」
ライアと一緒に飲みつつ話を続ける
「ただ待つ辛さは、任務で何度も経して、あたしは知ってるから、気持ちはわかるよ」
「うん」
「できるだけ良い方に考えな。悪い方に考えたら悪循環で気分が落ち込むからね」
「なるほど、そうだな」
「同じ事を考えないように、気を紛らわす。弱気になってるは奴は、剣でも体術でもやらせて、発散させた方がいい。少しの喧嘩なら黙認して、程々の所で止めたりね」
「ほう」
「あと話す。自分の中に不安を溜め込んで、見せないのもいる。そういう奴にには、話しかけて吐き出させる」
ライアは感心したように何度も頷く。
「シュナイダー様は二ヶ月空ける事もあったら、心配しなくても大丈夫だと思うけどね」
「ぼくは未経験だからな。エレナも。アリスとジルはあるようだが」
「フリッツ先生とオーベル達は何度も経験してるし、考えすぎ」
「考えすぎか…。知らないぞ、帰ってきたら部屋で泣きながら寝込んでいるかもしれない」
「やめなよ」
あたしは笑ってライアの肩を叩いた。
「そんな事になってたら、ケツを蹴るよ」
「それは嫌だな。蹴られないように努力するよ…さあ、出来た。これでいいだろう」
「ありがと」
鎧は付け終わった。
「すまない…今、起きた…」
エレナが部屋に顔を出す。
いつもならまだ寝てる時間だ。
「いつも通り、で結構」
「こういう事なんだな。いつも通りでいるというは」
ライアは腕を組み感心する。
「言っている意味がわからない」
「あー、こっちの話」
「そう?。私にできる事があれば…」
「そうだね…。鞄持っていってもらえる?ウィルとリアンの分も。そしてミャンと一緒に厩舎に…」
ここで廊下から大きな足音が聞こえてくる。
なんだ?
「隊長!ヤバいっす!」
「崖崩れが起きてます!」
サムとスチュアートが部屋に顔を出すなり叫ぶ。
「なっ…たくっもう…」
なんでこんな時に…。
「魔法でなんとかできる。規模は?」
「大規模っすよ」
「土砂は川まで達しています。もしかしたら複数箇所という可能性も…」
「複数…通るだけなら、数時間あればできる」
エレナこう言うけど、時間が惜しかった。
日の出は間近。雨は上がったが、青空ではなく曇り。雲は厚い
「もう数日様子みたらどうすか。その間にエレナ隊長に崖崩れを直してもらって…」
「…」
雨がこのまま上がると分かってればそうするけど、また振りだして崖崩れ起きる可能性もある。
「何かあったの?」
リアンとウィル、レスターがやってきてあたし達を見回す。
「ポロッサへの道で崖崩れが起こって、通れないんですよ」
「魔法で対処できるが、時間がかかる」
「おいおい…」
レスターが頭を抱える。
「竜で土砂を越えることはできない?」
「僕ら竜騎士一人ならできると思いますが、タンデムでは…」
「難しいな」
「越えてる最中にまた崩れだしたら…」
「危険だね」
参ったね、こりゃ。
「サム、上行って南の山見てきてくれる?」
「南すか…いいですけど…」
「さっさと行きな」
「了解」
サムが走って出ていく。
「まさか、隊長。南の山、越える気じゃ…」
「まさかじゃなくて、そのつもり」
「あっちも危険ですよ。道あるけど、悪路でさらに雨でぬかるんでますよ」
レスターが、止めた方かいいと強く言う。
「ぬかるみ程度なら問題ないよ」
「賊がいる可能性も…」
「分かってるよ」
あたしはさっさと行って、さっさと帰って来たかった。
バカみたいな焦りで判断ミスしまったと後で気づく。
期限指定されてるわけでもないのにね。
数日待っていれば雨も上がってたし、ポロッサ経由で行けば、あんな事にはならなかったはずだよ…。
Copyright(C)2020-橘 シン




