エピソード5 王都へ。
…ああ、あれね。
ウィル達と陛下に謁見しに、王都に行った話ね。
二度とごめんだよ、あんな事…。
今は転移魔法であっちこっち行ってるけど、この頃はさ、エレナが転移魔法を研究中で、まだ使えなかったんだよ。
別にエレナを責めてるわけじゃないから。
「考えてくれないか?」
って、どうしろと…。
陛下からご書状が届いてから何日たったっけ。二日か三日か…。
早く行かなきゃいけないんだろうけど…。
ああ、もう…。
ライノがレスターに剣を弾かれ、地面に落とす。
「その程度で剣を離すじゃないよ!」
思わず叫んでしまった。
「はいっ!」
ビクっと体を震わせ、慌てて剣を拾う。
これじゃ八つ当たりだね…はあ…。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
ガルドが声をかけてくる。何か気づいたか。
「いや…」
ガルドが気づくほどイラついていた。
フリッツ先生達が訪問診察から帰ってきたのが見えた。
相談してみるか…。
相談したからって解決するわけじゃないけど。
ウィルはリアンを連れて行きたい。
あたしは連れて行きたくない。
もし、先生からリアンを残していっても大丈夫というお墨付きをもらえれば…。
「…ガルド、あんた達に任せる」
「はい」
あたしは医務室へと向かった。
「よお、どうした?どこか痛めたか?」
先生は入ってきたあたしにそう声をかける。
「あたしはなんともないよ。ちょっと、リアンの事で…」
「リアンがどうかしたか?いつも通りに見えるが」
「うん…実は…」
あたしは陛下からウィルへの手紙の内容、王都に行かないといけない事、リアンが行きたがっている事、ウィルの考え、あたしの考えなんかと話した。
この件はまだ誰にも言ってない。
先生達にはまだ黙っててもらうように頼んだ。
「また難儀な事になったな…」
「ホントだよ、全く…」
フリッツ先生は苦笑いして、あたしはため息を吐く。
「あたしはリアンを連れて行きたくないんだよ。でも、ウィルあういうし…それもわかるんだけど…。先生から見てリアンはどう?」
「どう、と言われてもなぁ…」
先生は頬杖をつく。
「大丈夫だとは思うが…」
自信なさげだ…。
「どれくらいで帰ってこれる?」
「あー…この前来た竜騎士が、一週間以上かかったらしいから…あたしらなら、片道二週間かかるかも」
「という事は一ヶ月か」
これは順調にいった場合。
道中で雨が降ったりトラブルになったら当然もっとかかる。
「さすがに寝込むまではいかんと思うがな」
そう言って指先で机を叩く。
「連れていってみろ」
「先生、それ本気?」
あたしは拳で机を叩く。
「リアン自身、どういう状況か分かってないみたいだしな。連れていって分からせるのも、一考」
「それで悪化したら先生のせいだよ」
「取れる責任なら取ろう」
笑顔で言う。
この人は…何考えてんだか…。
「お前も…レオンだが、気を使いすぎだ」
「使うでしょ、普通」
「腫れ物に触るように扱って過保護していたら、いつまでたっても変わらんぞ。ウィルは、一応考えてるようだが」
「そうだけど…」
荒療治しろっての?。
「お前達で決めろ。リアンの事は若いもん任せると、ウィルにも言ってあるし」
そうなんだ…。
「年寄りに聞くほうが間違っとる」
「先生、そんな言い方されなくても…」
「そうですよ」
ミラルド先生とシエラが不服そうに言う。
「ヴァネッサ隊長は助言を求めてるんですよ」
「助言だと?違うな。こいつは、わたしの考えに乗っかろうとしているだけだ」
あら…見透かされてた…。
「こっちを見ないという事は図星か?」
「そうだよ…」
「らしくないな」
「リアンが関わるとなるとね…」
ウィル一人の護衛ならなんとかなる。けど、リアンまで連れてくとなると…。
「ごめん先生、時間取らせちゃって」
「構わんよ」
「あたしの方で考えるよ」
そう言って医務室を出た。
先生の言う通り、あえて連れて行くのものありか?。
連れて行くリスクは、リアンにだけじゃない、あたしやウィルのリスクにもなる。
でも無事に行けば、リアンのトラウマ克服に繋がるかもしれない。
あたしは竜騎士な以上、いつどうなるか…。
竜騎士じゃなくたって、人の死は誰にも分からない。
突然やってくるからね…シュナイダー様のように…。
いつどうなってもいいように、リアンには強くなってもらいたい。
「やってみるか…」
あたしは執務室に足を向ける。
ノックもしないで執務室に入る。
「びっくりした…ノックぐらいしなさいよ」
「あーごめんね。それよりリアン…」
「何よ…」
リアンは顔をしかめ、あたしを睨む。
「王都に連れて行ってあげる」
「え?…ええ?…いいの?」
彼女は呆気にとられ、ウィルをあたしを交互に見る。
「なんなの、急に…どうしたの?あんなに反対してたのに」
「別に」
「別にって…」
リアンは訝しげな表情を見せるが、そのまま話しをする。
「危険、リスクがあるってわかってるよね?」
「もちろん、分かってる」
「覚悟は出来てる?野宿になるかもしれない、怪我をするかもしない。それでもあんたは行くんだね?」
これじゃ、脅しだ。
「ええ、行くわ」
リアンは真剣な顔でしっかりと頷く。
「じゃあ、あたしの指示に、絶対、従うこと。いいね?」
「分かった」
「嫌だとか気に入らないとか、不平不満なんて聞かないから覚悟はしときな」
「え、ええ…」
戸惑いの表情を見せる。
「ウィルに感謝するんだね。あんたも連れて行ってほしいってさ」
「そうなんだ…ありがとう、ウィル」
「いや…。それで、ヴァネッサ。どうすればいい?持っていかなきゃならない物とか行程とか」
頭の中ではもうだいたい出来上がってる。
「今日の昼にでも」
「それじゃあ、昼以降に公にする?」
「そうだね。みんなに集まってもらって」
黙って行く事はできないからね。
「領民の方々には?」
シンディがそう聞いてくる。
「言わないといけないよ。秘密にしたら不安と不信を招く」
「でも、言ったら心配するんじゃない?」
「するだろうけど。王都に、陛下に謁見しに行くんだ。散歩や遊び行くのとは違うから、ちゃんと言わないと」
「公務、ということでしょうか?」
「そういう事だね」
シンディの言葉にウィルは頷く。
みんなに話す前にウィルとリアンに、護衛の人数やルート、準備とか色々を話しておいた。
話が終わった時、雨が降り出していた。
その雨がなんか、嫌だなって思ったね。
どうにも嫌な予感がする…あたし、嫌な予感だけは外さないんだよね…。
そして、昼。
昼食を食べた後、各隊、各部の責任者のみ(雨だったので)多目的室に集まってもらう。
領民を代表してトムにも来てもらった
「忙しい所集まってもらって申し訳ない」
ウィルの喋り出しで場が静かになる。
「みんなに集まってもらったのは、重要案件について伝えなければいけないからです」
みんながウィルの話に聞き入る。
「先日、王都から竜騎士が来ました…陛下からの書状を持って」
ウィルは王都から竜騎士について話す。
「陛下から僕宛の手紙には、励ましと労い、そして会って話をしたいので王都に来てほしいとあって…」
ここで少しざわつく。
「陛下から会いたいという言葉を、さすがに無下に扱うことはできない。そこで、僕は王都に行こうと思う。.というか、行ってくる」
一瞬の静寂の後、驚きの声が上がる。
「陛下に会うって、ここから王都に行くのが大変ですよ」
「だから、無視しちゃおよ」
「それはできないと言っただろう。ぼくは十中八九行くだろうと思っていた」
「という事は帰ってくるまで領主不在と…どれくらいなるのか…」
「最低一ヶ月だな」
「一ヶ月…」
「心配することもあるまい。光陰矢のごとしとも言うしな。シュナイダーの時はもっとあっただろ」
「にしても、フリッツ先生は余裕ですね…」
「伊達に年は重ねておらんよ。トム、お前さんもどっしりと構えたほうがいいぞ」
「…見習います」
とかの会話が聞こえる。
「それともう一つ!」
ウィルの大声でみんなが注目する。
「リアンも同行する」
そう言ったとたん、驚きとともに沈黙しリアンを見る。
リアンは居心地悪そうに下を向く。
「お待ち下さい」
そう言ったのオーベル。
後ろにいた彼女は前へ出てくる。
「ウィル様。リアン様を連れて行くのは、ウィル様のご意思なのですか?」
「いや、僕の意思ではありません。リアンが行きたいと、そして僕が了承しました」
「左様でございますか…でしたら、ご再考願います」
オーベルはウィルを真っ直ぐ見つめて言う。
「ウィル様はだけなら…いいえ、ウィル様が行かれる事にも反対なのですが…リアン様まで…。危険とお分かりなっていないのですか?」
「分かっています。ですから、ヴァネッサに護衛を頼んであります」
「ヴァネッサ隊長は優秀な竜騎士ですが、この北部は賊も多く…たとえヴァネッサ隊長でも…」
あたしってオーベルには頼りなく見えてるのかねぇ…。
「そもそも、リアン様が行かれる必要はないではありませんか。行きたいと申しても、お断りするのが最善。どうしてご了承したのか、理解できません」
ここまで話すオーベルはあまり見たことはない。
相当、頭に来てるね。
「オーベル!」
リアンが叫ぶようにオーベルを呼ぶ。
「私が行きたいっていう気持ちは無視するわけ?」
「リアン様…」
オーベルはちょっと驚いた表情を見せる。
「ご自分のお気持ちよりもお立場や状況をお考えくださいませ」
「補佐官だから行くなって?危険だから外に出るなっていうの?私を閉じ込めて、どうしようというのよ!」
「わたくしは閉じ込めるつもりは毛頭…」
「言ってることはそういう事でしょ!」
「…」
オーベルにそんなつもりはない。そんな事は分かってる、
リアンが心配だから、怪我なんてさせたくないから、そう言ってるだけ。
そう思ってるのはオーベルだけじゃなくて…あたしもウィルも他のみんなもそう思ってる。
あたしはリアンを落ち着かせるため、彼女の目の前に立った。
Copyright(C)2020-橘 シン




