3-3
「ミャンとジルは犯人の顔、見てないの?」
「後ろ姿だけなんだよ。見たのは…」
「わたくしたちに気づいたようで、すぐに去ってしまって…申し訳ありません」
二人とも悔しさを滲ませる。
「でも、間違いないは、竜に乗ってた!」
「竜に?」
「正確には竜騎士と魔法士の二人組です。わたくしも見ました。間違いありません」
「竜騎士…」
ウィルはあたしを見る。
「知らないよ。見当もつかない…ただ、賊にも竜騎士いるからね」
「竜騎士なのに?」
「そうだよ。なんで賊だの野良でやってるのかは、本人に聞かないとね。あたしはどうでもいいけどね」
「竜騎士は正義の味方だと思っていたけど」
「正義って立場で違うからね。向こうは向こうの正義で生きている。あたしらから見たら、賊は悪で敵。向こうから見たら…ね」
「そうだけど、明らかに…」
ウィルは納得できないみたい。
「ここで言い争っても意味ないよ」
「うん…」
「それで…とっ捕まえようと思って、後を追いかけようとしたら、ジルに止められて…アタシはちょい無理そうだったけど、ジルになら余裕で追いつけたと思うんだよね」
ミャンは不満気に話す。
「申し訳ありません。シュナイダー様とアリス様が心配で…それと陽動という可能性あるのではないかと…」
「追わなくて正解だよ」
「でもさ…」
「待ち伏せに会ってたかもしれない。状況を聞く限り、追って来る事を予測してた可能性は高い。引きが早い時は特に」
「むぅ…」
ミャンは口を尖らせる.
「待ち伏せされて数で対抗してきたらどうする事もできないよ。一流のあんたたちでもね」
ジルとミャンが出ていって、しばらくして影が姿を消す。
廊下の三体は煙のように消え失せる。
「消えた…シュナイダー様!」
あたしは急いで書斎に向かう。
書斎の影も消えていた。
シュナイダー様は血溜まりの中、壁にもたれ、顔面蒼白。
「おう…やったな…」
「はい」
気丈にも笑顔を見せる。
「誰か!先生を呼んできて!」
そばで誰かが膝をつく。
「シュナイダー様…」
「アリス…あんたは大丈夫かい?」
彼女はいたる所に傷を負っている。
吸血族は生命力が高く、傷の治りが格段に早いと知ってるけど、それでも心配になる。
「わたしは大丈夫…でも…シュナイダー様が…」
「シュナイダー様、横に…」
「ああ…」
ゆっくりと寝かせ、傷口を押さえる。
生暖かい血があたしの手を濡らす。
「先生は!?早く!」
「今、来る」
ライアがあたしの肩を掴む。
「落ち着くんだ」
落ち着いていられるか。
ライアの他、エレナやガルド達もいる。
「どけ!どかないか!」
「先生!早く!」
到着したフリッツ先生達がシュナイダー様の手当てを始める。
「どうしてこうなった?」
「どうもこうも…」
何から話せばいいのか?…。
「後で聞く。傷は?」
「完全に背中まで…」
「ちっ…背中の傷を押さえろ!」
背中に左手を回し傷口を押さえた。
「ヴァネッサ?…」
リアン!?
「リアン!来るな!来るんじゃない!誰でもいいから書斎に入れるんじゃないよ!絶対に!」
こんな所、リアンに見せたら…。
「リアン様、入らないでください!」
「ダメです。入っては!こちらに」
ガルドとシンディ、オーベルがリアンを遠ざけてる。
「何なの?離して!シュナイダー様がどうかしたの!?シュナイダー様ぁ!」
リアンの悲痛な叫びが響く。
「リアン…すまない」
「シュナイダー様、喋らないでください」
「ああ…くっ!」
シュナイダー様は顔を歪ませる。
「レオン。この程度の怪我なんぞ、大した事ないぞ。わたしがいつも通り治してやる」
「先生…今回ばかりは…。流石に…自分で分かるよ…」
「バカをいうな!。わたしより年下のお前が、先に行ってどうする。お前は、まだ竜騎士としてヴァネッサに伝えないといけない事があるだろう!」
先生は手当てをしながらシュナイダー様に話しかける。
脇でミラルド先生とシエラが手伝い、エレナが杖を光らせ手元を照らしている。
「十分伝えた…もう、教える事など何もない…」
あたしを見ながらそう話す。
「シュナイダー様、あたしはまだ…」
あたしは何も教わってない…。
シュナイダー様の後をついて来ただけ…。
「ヴァネッサ。ミャンとジルが戻って来た」
ライアの声で後ろに振り返る。
窓から二人が入って来た。
「ヴァネッサ…」
ミャンは首を横に振る。
くそ!…。
「シュナイダー様、仇は取りました」
「この、嘘つきめ…」
そう言いながら笑顔を見せる。
「仇など取らんでもよい…」
「いつか、必ず…」
「やめろ…仇をとれば、お前が誰かの仇になる。お前に死が…つきまとうぞ…」
それは分かるが…。
「そんな事はどうでもいい…。皆、すまないな…急になってしまって…」
「シュナイダー様!気を確かに、自分達は大丈夫です!」
ガルドが強く声をかける。
「ああ…心強いな…」
シュナイダー様の声がだんだん小さくなる。
「自らが…信じる道を行け。振り返るな…」
「シュナイダー様…くそっ…」
「ヴァネッサ…」
シュナイダー様が上げた右手を、あたしはしっかりと掴む。
初めてシュナイダー様にあった時、こうして手を握りあい力比べをした…。
「…私の前を、行け…竜騎士として…」
「はい…」
あたしの手を力強く握りしめる。あたしも握り返した、強く。
「ファンネリアに…」
「ファンネリア様に?何です?」
耳を近づける。
「甲斐性なしですまない、と…もし、いつか会えたら、今度こそ…い…一緒に…」
「それは、ご自分で…」
「お前なら罵られる事はないだろ…はは…」
シュナイダー様は小さく笑う。
「それと、リアンを…頼む…元気づけてやってくれ…すまないが…」
「分かってます」
「ああ…後とは任せたぞ!…」
シュナイダー様はふっと、小さく息を吐いた後。目を閉じた。
手から力が抜ける。
「いかん!レオン!目を開けろ!寝るな!」
先生がシュナイダー様の顔を平手打ちし、胸を思い切り叩く。
「…」
この現実感のなさ。
「ヴァネッサ!何をしてる、呼び起こせ!」
あたしの腕を叩きそう言う。
「レオン!どうした!起きろ!まだ終わってないぞ!」
シュナイダー様はもう…。
「ミラルド!、シエラ!何をボケっとしている!針をよこせ!」
「先生…やめてください」
ミラルド先生が止めに入り、シエラは両手で顔を覆って泣いていた。
あたしの中に、シュナイダー様の死を拒否してる自分と、受け入れてる自分がいる。
受け入れる自分が大きくなっていく。
死に顔は驚くほど穏やかで…。
「やめてどうすんだ!バカモン!」
「ですから…もう」
胸のあたりが重くなる。
「先生…もういいから…」
先生の肩を掴み、手当てを止めさせる。
あたしはゆっくり立ち上がり、シュナイダー様の血で真っ赤になった手を握る。
そしてそれを左胸の当てた。
「ヴァネッサ…。くぅ…」
先生が堰を切ったように泣き始める。
その場にいた全員が敬礼していた。
泣きながら…。
後で聞いた話じゃ使用人以外の兵士全員が敬礼してたらしい。
あの人らしいといえば、らしい死に方だったのかも。
英雄なのにこんな田舎で…って思うかもしれにないけど、本人は目立つのは嫌だったからね。
本人は気にしてないよ。
この後は、箝口令を敷いてお墓の事やら書斎の掃除…。
ウィルは目に溜まった涙を拭う。
「最近は良くなったが、亡くなった直後の雰囲気は…あまりいいものではなかったな…」
ライアが肩をすくめ、そう話す。
「そりゃね…悪くなるなってほうが無理でしょ。察してあげなよ」
「君の事だぞ」
「あたし!?いつも通りだったでしょ?」
あたしは驚いて聞き返す。
「いつも通りなものか。竜騎士隊全員、倒れるまで訓練して…何日も」
「倒れるまでって…それ、本当?」
ウィルも驚いてるけど…そうだっけ?。
「ぼくまで…異様な雰囲気だった」
「悪かったよ…」
「いやー巻き添えくらっちゃったね」
ミャンは笑顔で話す。
「ミャンは大丈夫だったの?」
「うん。アタシは隠れてたし~」
彼女は指をクルクル回す
ほんと、こいつは…。
回してた指をジルに向ける。
「で、ジルが巻き添え~」
「わたくしは巻き添えと思った事は…訓練に付き合ってほしいとの言われたので。いつもより多少厳しめでしたが…」
「悪かったよ。ほんと…」
何故かあんまり覚えてないんだよね。
「わたしも巻き添えされたかった…」
アリスが何故か不満気。
「ヴァネッサ様との組手は楽しいから」
そういう事ね。
「今度、やってあげるよ」
「やった…」
彼女は嬉しそうに両手を握りしめる。
「エレナ、あんたには何もしていないよね?」
一応、確認してみる。
魔法士とは剣も体術もしないから大丈夫でしょ。
「多少、態度が冷たく感じられた…」
「え?…」
あたしは頭を抱える。
「犯人の居場所探しに、時間がかかってしまったから、それで…怒ってるのかと」
「違う。単なる八つ当たりだよ、全部…情けないね」
自分では平静のつもりだった。
「君も人の子だったという事だ。いつも沈着冷静だったから、心胆は鋼でできていると思っていた」
「それ、慰めてんの?」
「…そのつもりだが?」
よく分かんないね…。
「とにかく、すまなかったよ」
あたしは素直に謝った。
気をつけなきゃいけない。
「それで、リアンは?寝込んだらしいんだけど…」
「うん…」
あの頃のリアンを思い出すのもちょっと辛い…。
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