3-2
深夜、あたしは何かの物音で目を覚ます。
深い眠りはあまりしないから、ちょっとした物音で起きてしまう。
「何なの…」
ベッドから起きて、窓から外を見る。
警備通路の兵士が、防壁の外ではなく館側を気にしてた。
何やってんだが…。と、思った瞬間。
ドン!と東側から、大きな音がした。
書斎?。
シュナイダー様は深夜まで書斎にいることがよくある。
嫌な予感がする…。
あたしは剣を持って、廊下へ出た。
書斎のドアは開いていて、光が漏れている。
近づこうと一歩踏み出し時。
アリスが、転がり出てくる。
「アリス!?」
彼女はすぐに書斎へ入って行った。
書斎の中では、アリスが影というか黒い煙のような物と戦っていた。
影は人ようだけど、動きは人のそれとは全く違う。
何がどうなっているのか、わかんなくて立ちすくむ。
「ヴァネッサか…」
呼ぶ声がするの方に目を向ける。
シュナイダー様がお腹を押さえ、壁に持たれたていた。
「シュナイダー様!」
駆け寄る、あたし。
手の間から血が漏れ床に血溜まりができている。
「抜かったわ…」
「大丈夫ですか!何が…」
シュナイダー様はあたしじゃなく、その後ろを見る。
「後ろだ…」
「っ!…」
振り向きざまに剣を抜いて、横に一閃する。
影を斬ったはずだけど、手応えは一切ない。
アリスが追撃を仕掛ける。が、影は彼女の攻撃を物ともしない。
大型のナイフ二本と体術では、負け無しのアリスの攻撃が通じない!?。
「クソっ!」
あたしは剣を握り直し、影へ仕掛ける。
「こいつ!」
明らかに剣は当たってるのに、やはり手応えはない。
何度、斬ろうが刺そうが手応えは全くない。
この影の不思議な所は、影自身に実体ないが、影が持っている剣には実体がある所。
剣はガラス様な半透明な物。
こちらの攻撃が効かない以上、影から攻撃を防ぐ事しかできない。
「どうしろっての」
「あいつ、強い…」
アリスを手こずらせるなんてね。
「アリス、シュナイダー様をこれ以上、傷つけるんじゃないよ」
「うん。はい」
剣やナイフが効かないんじゃどうする事もできない。
シュナイダー様の怪我を、早く先生に見せないと…。
怪我の程度は重そうなんだよ。
「ヴァネッサ様、なんか変」
影の動きが止まり、影がどんどん大きくなる。
「あ?なにすんの…」
何が起きても対処できるように、身構えた。
影は二倍くらいに大きくなって、真ん中からゆっくりと二体に分かれはじめた。
「これはまずい…まずいって…」
一体でも手こずってんのに…。
分かれた一体が、書斎を出ていく。
「アリス、叫べ!みんなを起こすんだよ!」
「了解!」
アリスは大きく息を吸い込み、思いっきり叫んだ。
耳をつんざく様な強烈な叫び。
耳だけじゃなく頭にも響く。
「ちょっと、ごめん。叫びって?」
「あーなんて言えばいいか、わかんないんだけどさ。とにかくすごいとしか」
「へえ…」
言葉で表現するのは難しいんだよね。
「吸血族が使うものでして。要警戒、要危険の意味があります」
「そうなんだ」
「なんていうかね、ギイィィィン!とかギャィィィィン!て感じ」
ミャンの言い方とジェスチャーに、アリスが口を押さえ笑いを堪えつつ、頷く。
「領民にも聞こえたんじゃないの?」
「うん、まあ…。抜き打ち訓練だって言ったけど、どう思ってるか…」
変に思ってたかもしれないね。
シュナイダー様が病気中に抜き打ち訓練とか、おかしいと思われても不思議じゃない。
書斎を出ていった二体目を追いかけようしたが、シュナイダー様に呼び止められる。
「ヴァネッサ!…」
「何です?」
「ヤツは…くっ!」
シュナイダー様はがくりと片膝をつく。
「シュナイダー様!」
「大丈夫だ…」
床の血溜まりが大きくなっている…。
「動かないでください。今、先生を…」
「いいから、聞け」
肩をガッチリと力強く摑まれる。
「ヤツには剣も体術も効かん…」
「分かってます。どうすれば…」
「おそらく、これは魔法だ…」
魔法?。
「操っている者が…そう遠くない場所にいるはず…そいつを殺れ」
「どこです?」
「エレナ、なら分かるはずだ…彼女に探らせろ…」
「了解」
私は立ち上がり、行こうとした。
その瞬間、影がわたしへ迫る!。
構えを解いていたから、対応できない。
ダメか…と思った刹那、アリスがわたしとシュナイダー様を庇うように、影との間に割って入ってきた。
だけど、同時にアリスは左肩を前から貫かれた。
「アリス!」
「…大丈夫です」
彼女はうめき声を出さずに、肩に刺さった剣を引く抜く。
そして、剣を床に叩きつけた。
剣は砕け、ジワリと溶けて消えていく。
そして、影の腕らしき先端から剣が生えてくる。
やっぱり、魔法なのか?。
「早く行け…ヴァネッサ!」
「でも…」
負傷した二人をおいて書斎を出るのは…。
でも、行かないと影を消す事はできない。
「ヴァネッサ様、行って…。ここはわたしが。シュナイダー様を守ってみせる。絶対に」
「アリス…」
彼女の眼が紅く光りだす。
「…わかった。シュナイダー様を頼むよ」
廊下の出ると、影が三体になっていた。
十字路に一体。他二体は執務室の方だ。
十字路の一体とジルが戦っている。
「ジル!」
彼女の攻撃を隙きを埋めるように、あたしも攻撃を仕掛ける。
が、攻撃が当たったところで何の効果もない。
「ヴァネッサ隊長!これはどうなっているのですか!?」
「魔法らしいんだよ。くそっ!」
影からの攻撃を避け、弾く。
「シュナイダー様とアリス様は?」
「書斎にいて。二人とも怪我してる」
「二人も?なんてことを…」
ジルは眼を光らせ激昂する。
「落ち着きな。あんたはエレナの所に行ってもらう」
「エレナ隊長の所へですか?」
「そうだよ。エレナに、影を操ってるのはたぶん魔法士だから、そいつの位置を探せって」
「エレナ隊長に分かるのですか?」
「わかんないけど、シュナイダー様の指示だよ。そんなに離れた位置じゃないらしいから。くっ、しつこいね、こいつは」
影の攻撃を弾きながら話す。
「エレナに敵の位置を聞いて、あんたとミャンで討ち取ってきな」
「分かりました」
影の攻撃の隙きついて彼女を送り出す。
「今だよ!」
ジルはスライディングで攻撃をかわし、エレナの所に行った。
「ヴァネッサ…」
リアンは部屋の入口でしゃがみこんでいた。
「リアン!あんたはそこにいな。動かずに下を向いてるんだよ」
頷くが、明らかに怯えてる。
「ヴァネッサ!何なんのこれ!アタシの槍が効かないよぉ」
「こんな奴は初めてだ。どうすればいい?さすがのぼくもこれでは!…」
「泣き言言ってんじゃないよ!」
ミャンとライアはそれぞれ一体づつ相手している。
「動きが読めずに苦労した…」
ライアも手を焼くほど、影の攻撃。
「影もこちら攻撃は効かないと分かってるんだろう。防御の構えすらしない。うかつに突撃して反撃を何度かもらったよ」
「影とやりあって怪我してないのはいなかったね。ガルドとレスターも負傷したし」
あたしもそう。あたしの怪我なんて大した事ないけど。
「魔法は?魔法は効かなかったの?」
「残念ながら、効きませんでした…」
エレナが力なく首をふる
魔法でも影に干渉できない。
「隊長!うおおおおお!」
見張り塔側からガルドがすごい気合いで突っ込んでくる。
その後からにサム、ミレイ、ステインが来てる。
ガルドの剣は影を斬るが、効果はない
「何だこいつは!?くそっ」
「ガルド、無闇に剣を振るな。影に当てても意味ない!」
「どうしろと?…」
「攻撃を見極めて防ぐんだよ」
「防ぐだけ?」
「そうだよ!」
ガルドは常に攻めるのが好きだから、こういう戦い方は嫌いなんだよね。
「ふざけやがって!」
「サム!あんたらはリアンを守るんだ。いいね?」
「了解!」
サム以下三名をリアンに付かせた。
レスターは執務室の方にいる。
剣は効かない防戦するよう、サインを送った。
レスターは臨機応変に対処できるから大丈夫だろう。
後はエレナが、影を操っている魔法士を見つけてくれれば…。
「影を操っている魔法士を探すのは大変だった。そういう事はしたことなかったので…もっと早く見つけていれば、敵を捕える事ができたかもしれない…」
エレナは力なく話す。
「やった事ないのに、できたんだから上出来だよ」
「もっと早く気づいていれば…ああいう魔法があるとは」
「気づいた時には、遅すぎる。世の中そういうものだ。それに予想を超える事は、往々にしてある。後悔の気持ちはよくわかるよ」
「…」
ライアの言葉にエレナは小さく頷くだけ。
「禁忌の魔法かもしれないんだよね?」
「はい…。わたしが知る限り、通常の魔法ではありえない使い方なので…干渉もできない…」
エレナが神妙な表情で話す。
「通常、魔法を離れた所に発動、操作させる事は非常に難しいです。魔法力は距離に応じて減衰、減っていくのです。今回の様な複雑な魔法は、相当魔法力を消費するはずです。しかし、魔法士がいたのは、私が考える以上に遠距離で…」
「いたのは西の山の中だよ」
「ポロッサまですぐそこでした」
ミャンとジルが証言する。
「だから通常の魔法とは違う特殊な…禁忌魔法ではないかと考える」
「水晶を使った可能性は?」
ウィルの疑問にエレナは首を振る。
「あれだけの複雑な魔法を封じ込めるにはかなり大きな水晶か、もしくは小さくても大量に必要です。ですが、持ち込まれた形跡はありません」
「そうか…バレずに持ち込むのは無理と」
「そんなものがあったら報告があるはずだよ」
内通者がいる線は捨てきれないけど、頻繁に連絡し合う方法はないし、各隊各部所には信頼できる者を配置している。
だからといって、百パーセント大丈夫ってわけじゃないけど。
状況から内通者はいない。
魔法でシュナイダー様の部屋に直接乗り込む事ができたんだ。
内通者なんて必要ない。
Copyright(C)2020-橘 シン




