エピソード3 英雄の最後
ベッキーの魔法が暴走したことなんて忘れはじめた頃の話。
「今日の訓練は終わり」
あたしは竜騎士隊にそう声をかける。
「ありがとうございました」
「お疲れさまでした」
「あいよ」
午後の訓練は基本的に自主練で、あたしからは何も言わない。そばで見守ってはいる。
あたしがいないからといってサボるわけじゃないけど、あたしがいる、誰かがみているという緊張感を持たせるようにしている。
戦術とかの事を聞かれたり、剣や体術の相手してほしいって来たら対応するけど。
「今日は終わるの早くないですか?」
「そうかい?」
レスターにそう言われてから気がついた。
「午前はともかく、午後はこれくらいの時間でも変わらないんじゃない?」
「まあ、そうですね」
「やり足りないなら、まだしてていいよ。あたしは上がるからね」
そう言ってその場の去る。
剣兵隊はまだ訓練してる。
それを見ながら館へと帰った。
多目的室には、あたし以外来ていない。
いつもの席に座る。
「やっぱり早かったか…」
だけど、今更戻ってもね…。
ん?何やら執務室から声が聞こえる。
「後は私とシンディがやるから、ウィルはもう隣行っていいよ」
「まだ、時間あるし手伝うって」
「いいから、やるから。夕食までには終わるし」
執務室への小さなドアが開きウィルが入ってくる。
「じゃあ、任せるよ…」
渋々といった感じでドアを締め、席に着く。
「お疲れー」
「お疲れさま」
「リアンはどうしたの?」
「手伝おうとしたら、自分たちの分だからって。別に僕がやっても問題ない物なんだけど…」
「本人がやりたいっていうなら、やらせておけば?」
リアンが仕事に積極的なのはいい傾向。
「うん。リアンは強情な所あるよね」
「あるね」
その強情さがウィルを領主にした。あんな事してね。
「…ヴァネッサ、ちょっといい?…」
「どうしたの?」
ウィルは後ろの執務室を気にしてる。
「いきなりで申し訳ないんだけど、前に君が言ったシュナイダー様の事、今日聞かせくれないかな?夕食の後で」
「いきなりだね、ほんと」
「ごめん。今日がダメなら君の都合がいい時でも…」
「構わないよ、今日で。都合のいい日なんてないから。でも、リアンはどうするの?」
「リアンには…先に部屋に行ってもらって…僕とヴァネッサがここに残る」
「そう…うん」
リアンだけ、うまく部屋に行くかどうか…。
いつも、だいたいみんなで多目的室を出るんだけど。
「君のとっては思い出したくない事だろうけど」
「良い思い出じゃないね」
悪い思い出は誰にでもある事なんだけど、事が大き過ぎた。
エレナの事と比べたら、いや比べる物じゃないんだけどさ、状況違うし…どっちかいったら、あたしの方がね…。
そんな事を思っていたら、多目的室のドアが開いた。
「お疲れさまです」
エレナだった。
「お疲れさま」
「これは先生、お疲れさまです」
「私を先生と呼ぶのはやめて」
エレナはあからさまに嫌な顔をする。
「先生?ああ…」
「どうだい?座学は?」
「まだ、慣れない」
彼女はそう言ってため息を吐きながら席につく
「元々、魔法を教えてたわけだし、その延長でしょ?」
「魔法を教えるのとはわけが違う」
「そう?でも、あんた決めた事だからね」
「分かっている」
最初、教本を使って座学をするって聞いた時は、何をするのか?と思ったね。
ちょっと興味あってあたしも座学に参加したけど、よくわからない単語が出てくるからすぐに退散した。
「お疲れちゃん」
「お疲れさま」
ミャンとライアも帰ってきた。
ミャンは、あの時以来、真面目に短槍の訓練をしている。
型はジル(と、たまにアリス)に手伝ってもらって完成させた。
でも、ミャン独特の体捌きは教えるのは難しい。
本人は習ってない、というからミャン自身が編み出したものなんだろうか?。
それとも猫族誰もが知ってるものなのか?。
「ありゃ、リアンは?」
「まだ仕事してるよ」
「珍しい。いつもウィル様と一緒にいる印象だが…」
「補佐官なんだから、普通でしょ?」
「そうだが…」
ライアは少し納得いってない様子。
「ウィルは優しすぎるんだよ。もっと仕事ふればいいのに。何でもかんでも引き受けてんじゃないの?」
「僕は自分の分しかやってないよ」
「ほんとかい?」
「本当だって。さっきのは明らかに二人の方が大変そうだったから、声をかけたんだよ」
ウィルは肩をすくめつつ、そう説明する。
「まま、いいじゃないの~。優しい所がウィルの良いところでしょ?」
あたしはウィルの優しすぎる所が気にかかってる。
「…じゃあ、シンディお疲れ」
「お疲れさまでした」
仕事が終わったリアンが多目的室へ入ってくる。
それと同時に食事も運ばれてきた。
「いいタイミング」
「リアン、お疲れ」
「お疲れさま」
リアンとウィルが声を掛け合う。
食事が各人に配られ、食べ始める。
今日は、いつもの違って淡いクリーム色。
牛か何かの乳でも入れたみたいだね。
「うっま」
ミャンがああ言ってるけど、いつも言ってるから。
食事の後はアルが入れてくれた紅茶を飲みながら雑談。
「ふぅあ~」
ミャンが大きなあくびをする。大体、これを合図に自室に行くんだけど…。
「そろそろ、部屋に行く時間かしら?」
「そうかもね。僕はもう少しいるよ」
「あたしも」
あたしとウィルはお互いに視線を交わす。
「そう?…」
リアンは何か気づいたようで、あたしとウィルを何度も見る。
「何?」
「何?って、私が聞きたい」
「リアン、何でもないよ。疲れたでしょ?部屋に行っても構わないよ」
ウィルがそう言うがリアンは黙ったまま、あたしを睨む。
「どしたの?」
異変に気づいたミャンが訊いてくる。
「知らないよ」
「怪しい…」
ミャンまで…。
「ウィル、あんたからちゃんと言った方がいいよ」
「うん…。リアン、あのね。ヴァネッサにシュナイダー様の事を聞こう思ってるんだ。だから…」
「シュナイダー様の…何を、聞くのよ」
「最後だよ」
リアンはあたしの言葉にびくりと体を震わせる。
「そんな事…そんな事、ウィルは聞かなくてくいい…」
彼女はテーブルを見つめたまま呟く。
「ウィルがそう望んでるんだよ」
「だからって…ヴァネッサだって言いたくないでしょ?」
「別に」
「嘘。絶対、嘘」
「ウィルだけ、知らないってのはどうなの?」
「知ったからどうだっていうの?知らなくても何の問題もない。そうでしょ、ウィル」
リアンは立ち上がり、訴えかける。
「…かもしれないけど、僕は知りたいんだ。何も知らないまま、シュナイダー様の後を継ぐのは、嫌なんだ」
ウィルは真っ直ぐリアンを見つめ話す。
「みんな知ってるのに、僕だけ知らない。これじゃ、いつまでたっても客人扱いだよ」
「そんな事ない。あなたは間違く、シュナイツの領主よ。そう思ってるのは、私だけじない。ライア、あなただってそう思うでしょ?」
「ん?ああ、もちろん」
話を振られたライアと少し戸惑ってる。
「しかし、現領主が前領主の事を知らないというはどうなのだろうか?…」
「だから、知らなくても…」
リアンはため息を吐く。
「ウィルは聞きたい、ヴァネッサは話してもいい。これ、もう決まりでしょ?」
ミャンがそう言って立ち上がる。
「ミャンは黙っててよ!」
リアンはミャンを睨むが、ミャンは臆さない。
「リアン、もう行こうよ。アタシも自分の部屋に帰るからさ」
「一人で行ってよ」
「さあさあ」
ミャンはリアンの腕を引っ張り連れて行こうとする。
「ちょっと、離してよ…」
「あとはよろしく~」
「待って…話、終わってない…」
「だいじょぶだって」
多目的室を出て行った。
リアンがすぐに戻ってくるんじゃないかって思ったけど、そんな事はなかったね。
「ミャンは分かってなさそうで、分かっているのが、ぼくには解せない」
ライアの言葉にあたしは笑っちゃった。
「空気読むがうまいんだよね」
リアンにあたしやウィルがああだこうだ言ったら、収集がつかなくっていたかもしれない。
「で、あんた達は?あんた達は聞かなくても分かってるでしょ?」
ライアとエレナは顔を見合わせる。
「あー…ぼくは残るよ。ウィル様が良ければ、だが」
「全然、構わないよ。ライア、君からも当時の事を聞きたいな」
「もちろんだ。ぼくも見聞を話そう。ヴァネッサだけに辛い話はさせないさ」
彼女は笑顔でそう言う。
「そういう事なら、私も残る」
エレナまで…。
「あんた達は…全く…」
「後はいいから、もう休んでいいよ」
ウィルはアルとメイド達を帰した。
「いや~お待たせ~」
ミャンが戻ってきた。
「何で、あんたまで…」
「アタシもちょっと聞きたい。最初の、シュナイダー様が襲われた直後の事は知らないんだよ。物音で廊下に出たら、大変な事になってて、そこからしか知らないし」
「はいはい…」
まあ、いいか。ミャンがいれば、場が暗くならなくてすむかもしれない。
「実はぼくもなんだ。ざっくりとした概要は知っているが」
「同じく」
「もうさ、アリスとジルも呼んじゃおうよ」
「勝手にしなよ、もう…」
「あはは…」
あたしは頭を抱えて、ウィルは苦笑いを浮かべる。
エレナがジルを呼びに行って、ジルがアリスともに多目的室へやってくる。
「こんばんは。ウィル様」
「こんばんは」
「こんばんは。悪いね、二人とも」
二人にはここにみんなが集まってる理由を説明する
「…ということなんだけど」
「分かった…分かりました」
「そういう事でしたら」
「すまない。僕のわがままに付き合せちゃって」
「謝るようなことではありません」
「シュナイダー様の事を聞くことは、とても勇気がいること。ウィル様は偉い…です」
アリスとジルは気にする様子はなく、むしろウィルの考えを好意的に感じているみたいだった。
アリスはリアンの席に座り、ジルが傍らに立つ。
主要な者が揃った。
あたしは記憶をたぐり寄せ、シュナイダー様が襲われた当時の事を思い返す。
胸のあたりがズシリと重たくなる。
言うと決めたのは、あたしだ。
それにウィルが領主を引き受けてくれた勇気に対する礼でもある。
ウィル達を見回す。
ミャンはあたしと目が合うと、にっこり笑って親指を立てる。
仲間がいるのが悪くないってこういう時に思う。
「当時は真夜中でね…」
あたしは話し始めた。
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