2-25
ベッキーは夕方に意識を回復する。
「ん…うーん…」
「ベッキー!?ベッキー!」
「あ?ああ…ナミ?」
「良かった…」
ナミが安堵の表情を見せる。
私はウィル様達への説明の後、ずっと医務室にいた。
「あたし…」
「よお、気がついたか?」
「先生…」
「具合はどうだ?」
「具合?」
ベッキーは不思議そうに聞き返す。
「お前さん。自分に起こった事、覚えてるか?」
「え?えっと…確か魔法の制御が…」
「うむ。覚えてるなら大丈夫だな」
「はい…」
ベッキーはまだうわの空だ。
「一時的な記憶の混濁はあるかもしれんが、心配しなくていい」
先生はそばにいた私の肩を軽く叩くとその場を離れた。
「ベッキー」
「エレナ様…あれ…」
ベッキーは起き上がろうとしたが、起き上がれない。
「体に力が、入らない…」
「そのまま、寝ていていい。まだ魔法力が回復していないから体に不調が起きてると思われる」
「はい…」
彼女はじっと私を見つめる。
「どうかした?」
「あの…エレナ様…。ごめんなさい…」
「自分で何をしたか分かっているのなら、それでいい。今は休んで」
「はい…」
彼女は少し涙ぐんでいるように見える。
「やっほ~、ベッキー。起きたぁ?」
「痛いしっぺ返しだったね」
「バカ野郎」
リサ達が話しかける。
「何なのよ、あんたたち…頭痛いんだから、静かにし…何これ?」
ベッキーは両手に巻かれた包帯に気付く。
「火傷と凍傷だって。四日くらいで治るみたいだよ」
「はあ…」
大きなため息を吐く。
ベッキーはまだ起きれる状態ではないので、謝罪は翌日に行う事にした。
朝食後、多目的室にベッキーを呼び、ウィル様やリアン様はじめヴァネッサ、ライア、ミャンそれにアリス、ジルに謝罪した。
「すみませんでした…」
「申し訳ありません」
二人して深々と頭を下げる。
「うん…。二人とも頭を上げて。何はともあれ大事にならなくてよかった」
「ベッキー。手は大丈夫?」
「平気です。このくらい」
私が過去に起こした事情も話す。
事情を知らないベッキーは驚いていた。
「本当ですか?…」
「嘘ではない」
「魔が差したという事か?」
ライアが少し厳しい表情で尋ねてくる。
「というより我慢できず衝動的に言ったほうがいい」
魔が差すとは言い訳である。差そうがどうしようが、実行したのは自分。
「そういうってあるよね~。アタシしもさ、この毒キノコだから食べちゃだめだよって言われて、でもどんな味なのか気になって気になって、我慢できずに食べてさ…お腹痛くなっちゃったんだ。毒キノコはね、だべちゃだめだよ」
ミャンの話にアリスは笑いそうになるのを我慢していたが、それ以外は沈黙する。
「ミャンのは別にして、これは誰にでも起こりえることだと、僕は思う」
「そうだね。欲求のままに後先考えず行動しちゃいけない。いい戒めなったよ」
「謝罪は受け入れる。これで終わりでいいと思うけど、ヴァネッサは何か罰をっていうんだよね」
「罰ですか?…」
ベッキーは不安げだ。
「言うほどの罰でもないんだけど…とりあえず魔法士隊は魔法の使用を今日を含め向こう五日間禁止」
「はい…。隊ってことは…魔法士隊、全員ですか?…あたしだけ、は…」
「連帯責任」
「はい…」
ベッキーは肩を落とす。
「エレナもだよ」
「エ、エレナ様もですか?エレナ様が何かしたわけじゃ…ないので、除外できませんか?」
彼女はは気をつかってるのか、私は庇い除外を申し出る。
「ベッキー、エレナは魔法士隊の隊長、責任者なんだよ。責任者は責任を取るためにいる。部下の不始末は隊長として責任を負う。普通のことだよ」
「…」
「私は構わない。あなたが気にする必要はない」
「はい…」
ベッキーは頷く。
「発光石、領民からの依頼、緊急時は別だよ。いいね?」
「分かりました…。本当にすみませんでした」
ウィル様達への謝罪と事情説明は、これで終わる。この後は関係各所への謝罪となる。
私とベッキーに加え、ヴァネッサも同行する。
ウィル様は自分も、と言ったが、ヴァネッサが断った。
関係各所には領民もはいっている。
集まってもらい謝罪と事情説明とした。
領民達には被害は及んでいない。
魔法についての説明は、できるだけわかりやすくしたが、納得してもらえたものの、なんとなく分かった程度だと思う。
それよりも私の過去の方に驚いていた。
そんな事をしでかすような人物には見えないらしい。
「ベッキーちゃん、手は大丈夫?」
デボラさんがベッキーを気遣う。
「平気です。動かせますから」
そう言って両手を閉じたり開いたりする。
「そう良かった…」
「自分の魔法で怪我する事もあるんだなあ」
「ナイフで自分の手を切ってしまう事と同義です」
「魔法は便利な物と思ってたぜ」
「おれもだ。畑広げるのに、でかい木をスパッと切り倒して、地面から切り株を根ごときれいに引き抜いた時は感心したもんだ」
「そういうのはあんた達、男の仕事でしょうに…エレナ隊長に頼むなんて、情けない」
「無理言うなよ…」
「私は構わないから、用があればいつでも言ってきてほしい」
それがここでの役割だから。
館へ戻り、使用人達にも謝罪、事情説明。それと私の過去を話した。
「以後、お気をつけていただければ幸いです」
オーベルさんの言葉。
「若気の至りというやつだな」
「すみませんでした…」
「申し訳ありません」
「失敗しないと、分からん事もある。どんどんやれ」
先生は笑っていたが、
「真に受けるんじゃないよ」
ヴァネッサはため息を吐いていた。
次は兵士達。
謝罪、事情説明。私の過去を話す。
納得はしてくれた模様。
「賊に魔法を使いたくなかったのは、事件のせいだったんですね。そういえば、最初に訪ねてきた時も、障壁だけで賊に魔法は使ってませんでした」
スチュアートがそう話す。
「そういう事なら言ってもらないと…」
「言って変わるような雰囲気じゃなかったっすけどね」
サムの言葉にガルドは彼を睨む。
一悶着あったのはこの後。
剣兵隊での出来事。
「すみません」
「申し訳無い」
これで終わりかとおもったが…。
「やるなって言ってんのに、やる馬鹿がどこにいんだよ」
そう言ったのは、レドだ。
彼とベッキーは仲が良くない。
「だから、謝ってじゃん…」
ベッキーは口を尖らせ、ボソリと呟く。
「何だよ、その態度は…。上から命令に従うのは基本だろうが」
「…」
「遊びでやってんじゃないんだぞ」
「分かってる…」
「分かってんなら、あんな事にならないだろ?。そんなんだから、いつまで経っても成長しないんだよ」
「レド、やめないか」
ライアが止めに入る。
「彼女は怪我をして、重々反省している。もういいだろう」
「怪我してからじゃ遅いでしょ?何もなかったからいいものの、もしかしたら巻き添え食らってたかもしれないんですよ」
彼の言っている事は間違ってはいない。
「才能ないんだよ」
レドの心無い言葉に、ベッキーは両手で顔を覆い泣き出してしまう。
「レド、言い過ぎだ。エレナ、ここはもういい。行ってくれ」
「分かった。申し訳無い…」
立ち去ろうした時、ベッキーがレドに向かって舌を出した。
「お前!今の見ました?あいつ…」
「もういいって、やめろよ…」
隊員達が彼を止めた。
槍兵隊、弓兵隊は特に問題はなく、謝罪を受け入れてもらえた。
そして最後に、魔法士隊である。
「みんな、ごめん…」
「申し訳無い」
私の過去も話した。
「そんな事が…」
「意外です」
「そうだね。僕も意外に思うよ。決まり事には厳しい隊長からは考えられない」
「だから、昔ばなしはしたがらないんですね…」
「私は二度の限界突破をしてけど、人生経験はあなた達と変わらない。指導者としは力不足」
「…かもしれませんが、エレナ様からしか魔法を学ぶしか…他にあてがありません」
ウェインの言葉に他の者も頷く。
「人生経験なんて後からついてくる物だと思うけどね」
「そう。だから、そういう事は期待しないでほしい。でも、魔法に関しする指導は全力で取り組む」
「よかった…やめるのかと思いました」
「全力という言葉に不安を感じる…」
ナミとベッキーは安堵と不安を口にする。
「ちょっといい?。あんた達には、ケジメとして罰あるからね」
ヴァネッサの言葉に皆が驚く。
「達ってことは…ベッキーだけじゃなく、俺らもですか?」
「連帯責任だよ」
「みんなごめん、ほんとにごめん」
「連帯責任って、俺らはとばっちりじゃねえか…」
エデルは腕を組み、ベッキーを睨む。
「そうとも言えない。僕らは止める事ができなかった」
「止めようとしたが、聞かなかったんだぞ」
「それでも、止めるべきだった。体を張ってでも。今回はベッキーだっただけで、もしかしたら僕らだったかもしれないんだ」
「俺はあんな事、絶対にやらないけどな…」
エデルは連帯責任に納得いってない様子。
「これは決定事項。私も罰を受ける」
「エレナ様も?なら、わたし達は何も言えないんじゃない?」
リサが肩をすくめ、そう話す。
「ですね。ベッキーだけだと気が引けるから、わたしはむしろ良かったです」
「ナミ…ありがとう」
「魔法士隊は魔法の使用を今日を含め向こう五日間禁止。魔法は禁止だけど、発光石、領民からの依頼、緊急時は別だからね」
「発光石…それは助かります。何もしないと、勘が鈍る気がするんですよ」
「わかる!」
ウェインの言葉にリサが同調する。
「空いた時間は何すればいいのでしょうか?」
「それはあんた達が考えな」
「わたし達で決めてしまっていいんですか?」
「いいよ。だからって、ただ寝て過ごすのはダメ。ミャンみたいね」
皆が少し笑う。
「あたしと一緒に剣の訓練とかでもいいよ」
「あはは…御冗談を…」
ナミは困った様子で笑いを返す。
私も何をすればいいか、考えなければならない。
「とりあえず、こんなところかな。気をつけてよ、ほんとにさ」
「はい。申し訳ありませんでした」
ベッキーが頭を下げる。
「それじゃあね」
ヴァネッサが宿舎を出て行った。
「魔法禁止だって。何しよう…」
「僕は体術を習ってみようかな」
「えー、どうして?」
「特に理由はないんだけど、いつも隣でやってるから。興味をもってね」
「体術は習っといて損はない」
エデルは頷きつつ、ウェインに話す。
「俺も膝がまともなら、体術したいぜ…」
そう言いながら立ち上がり、出て行こうとする。
「どこ行くんですか?」
「警備のシフトを変えてもらってくる。それぐらいしか思いつかん」
エデルはそう言って出ていった。
「じゃあ、僕も行ってくる」
ウェインも出ていってしまった。
二人は決断が早い。
「体術か…ジルさんはかっこよく見えるけど、やりたいとは思わないなぁ」
「どうしましょうか?」
「あたし、こんな手じゃ…何すればいいのよ。体拭く事もできない…」
「わたしが拭いて、あ、げ、る。フヒヒ…」
「やだ!変な笑い方しないでよ」
「私が手伝うから」
「二人がかりで…フヒヒ…」
「やめてよぉ…」
そんな三人の会話を聞きながら、ため息をしつつ私は立ち上がる。
「エレナ様?何するか決めたんですか?」
「いいえ。自分の部屋で考える。あなた達も早く決めて」
私は宿舎を出て、自室へと戻った
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