2-17
薮の中へどんどん入っていく。
いきなり刺されなかっただけまだ良い。
もし刺されていたらここで終わり…。
気が動転して魔法の事は忘れていた。
「悪いなぁ、もう少し静かにしてぇな?」
私は口を塞がれたまま頷く。
声は若い女性のよう。
大きな木の根元の所で解放される。
「こんなん乱暴してすまんかった。でも、あのままやったら、賊に襲われてたで?」
「え?」
人の気配には気づかなくなった。
だからといって口を塞ぎ、藪の中へ連れ込むのはどうかと思う。
「それは…ありがとうございます…」
「ええんやで」
聞き慣れない口調、言葉遣い。
「それで、あなたは誰?」
「うちか?うちはアスカ。アスカ・レミンスキーやで。アスカちゃんって呼んでもええで?」
「私はエレナ・フォートラン」
「アスカ?」
「はい」
「多分…友人だと思う」
「ほんとかい?あんたって顔が広いんだね」
「普通だと思うけど。その名前と言葉遣い。香辛料の商人じゃなかった?」
「はい、そうです」
「やっぱり…。アスカとも会っていたのか…」
ウィル様はやや重い表情で話す。
「女性よね?どういう人なの?」
「どう?えっと同じ孤児院で同い年。孤児院を出たのも同じ時期。気さくで明るい人だよ。マリ姉と似てるかな」
「ウィル。マリーダの事を話す時と随分違うね。マリーダの事は楽しいに話すのに。あんた、アスカって人、嫌いなのかい?」
「別に嫌いじゃないよ…」
「あ、なんか訳あり?元彼女とか?」
ヴァネッサはニヤリと笑いながら、ウィル様に尋ねる。
「元カノ!?」
リアン様が身を乗り出した。
「違う、違うよ。そういうんじゃないんだ…」
「だったらなんなの?」
「一緒に商売をしてた時期があって…」
「一緒に?夫婦みたいだね?」
「夫婦!?」
「だから、そういうんじゃないって。最後まで聞いてよ…」
ウィル様は頭を抱えため息を吐く。
「一緒に行動してただけだよ。それ以上はないよ。で、考え方や意見が合わなくなって喧嘩になってそれで止めた」
「意見が合わない?どんなさ?」
「今聞く?エレナの話を聞くんじゃなかった?」
多少イラついたようにリアン様とヴァネッサに聞き返す。
「まあ、そうだけど…」
「話は省くけど…喧嘩して、そのまま。それ以来、ロクに口も聞いてない。マリ姉以上にね」
その件についてリアン様は色々、ウィル様に聞いたが、彼は答えてくれなかった。
ほぼ真っ暗で何も見えないので、杖の先を発光し直した。
「ちょ、やめえや。バレてまうやん」
「あ、ごめんなさい」
光量を落とす。
「けったいなランプ持っとるとおもたら、それ魔法やないか?」
「そう」
杖を顔あたりも持ってくる。
私を藪へ連れ込んだ人の顔がよく見える。
片八重歯で、青っぽい髪を後頭部で結んでいる。
私と同じくらいの年齢に見える。
「もう一つ訊きたい事がある。どうしてこんな所に?」
「え?ああ…うちな、寝坊してもうて…」
近くの村で商売と休憩をしていたが、朝出発の予定が昼となってしまったと言う。
「急いだんやけど、無理やった…。そして夜になってもうて。この辺は賊が多いから藪の中で隠れてたんや。で、自分が現れた」
「なるほど」
「う、うちの事はええねん。魔法士様なら、賊どもやっつけてや」
「様をつけるのは止めてほしい。それとやっつけるのは無理」
「なんや光らすだけかいな…」
残念そうに肩を落とす。
「いいえ、それ以上の事もできる」
「ほんまか!?ほなら…」
「できない。したくない…」
「なんでやねん」
「人には使いたくない。私個人の考え」
「人って賊やぞ。かまへんかまへん」
「かまへん?」
「別に使ってもいいちゅうとるんや」
「私の信念に反する。失礼する」
私は立ち上がろうしたが、腕を掴まれる。
「どこ行くねん。賊がいる言うたやろ?」
「身を守る方法はある」
「あるんか?う、うちも守ってくれへん?」
腕にしっかりと抱きつかれる。。
「賊に対して魔法を使えという、あなたの希望にはそえない」
「使う、使わないはエレナ様の自由やで?守ってくれたら、なんでもしたるさかい」
「なんでも?」
兄からできるだけ交渉しろ、と言われいる。
1ルグでもいいから値切ったり、得するようにしろと。
なんでも…。
「とりあえず様は止めて…。あなたは商人のようだけれど、荷物は?」
「あるで。少し離れた所に荷馬車あるんや」
荷馬車…があるなら乗せてもらおうか?。
「それで、どこまで?」
「リカシィや」
リカシィ!よし!。
「荷台に乗せて」
「ええで!それだけでいいんか?」
それだけ?。まだ交渉の余地がある?。
マリーダさんの強引さを思い出す。
「それと…リカシィまでの、ゆ、夕食を奢って…」
多少罪悪感があるものの、お金はできるだけ節約したかった。
「リカシィまでの夕食?ちょ…ちょっと待ってぇな…」
アスカは腕を組み、考え込む。
しまった大きく出過ぎたか?。しかし、私は彼女の身を守るという大義がある。
命より価値の高い物はない。
「嫌なら…」
「分かった。奢ったる…」
「交渉成立」
私達は握手をする。
「で、どうするんや?」
「障壁を展開して進むだけ」
「しょうへき?」
まずは荷馬車を確認する。
荷台はそれほど大きくはない。中は荷物で一杯。
前の方にアスカと並んで座る形。
一頭引き。
「ただ普通に行けばいいんか?」
「ええ。ただ町に向かって走ればいい」
「だ、大丈夫なん?…」
かなり不安な様子。
「大丈夫、信じて」
「よっしゃ、ほな行くで」
藪の中から街道にでてリカシィ方面へ。
「誰もいない…」
「さっき、めっちゃぎょうさんいたんや。頼むで、ほんま」
「まかせて」
障壁を荷馬車の周囲に展開する。ほんの少し光を帯びている。
「なんやこれ?」
「壁、見えない壁」
「こんなん初めてみたわ」
右から甲高い音が聞こえた。
「ひっ」
「矢が飛んできたもよう」
右側を杖で照らす。
賊が数人見えた。
弓を構えている。
「やっぱりおったか」
「速度を上げて」
「上げたいけど、そんなに出えへんよ」
「荷台を軽くする」
「へ?おお!」
速度上がっていく。
左右方向から矢が次々と飛んでくる。その度に甲高い音がなる。
「大丈夫やと分かっていても、怖いな…」
「まきつつある。もう少し…あれは?…」
「なんやねん?」
まずい。馬で追ってくる。
「だから、なんやねん!」
「馬で追って来てる。2頭で」
1頭が先行してどんどん近づいて来る。
「マジやんけ!」
「速度を上げて、もっと」
「これが限界や」
賊の馬はとうとう追い付いて、並走されてしまう。
馬上の賊は剣を引き抜き、私達に振り下ろす。
剣が当たった衝撃で障壁に波紋が生じる。この程度では障壁は破壊されない。
何度も当たりそのたびに波紋が生じる。
「ひえっ!、大丈夫なん?」
「大丈夫、問題ない」
「問題、大ありや。追っ払ってくれや」
「でも…」
「このまま、町まで連れて行くんか?町で暴れまわれたら、けが人がぎょうさん出るで?」
けが人が…。それはいけない。
「でも、人に魔法は…」
「アホ!馬や、馬を狙わんかい!」
「馬?…なるほど」
私は火球を作り出し、タイミングを計る。
障壁は攻撃を防げるが、障壁の内側からの攻撃はできないのある。
障壁を一度消さなければならず、消せばこちらに被害が、アスカが怪我をする可能性が高い。
賊が疲れを見せはじめ、振り下ろす速度が下がってきた。
大きく振りかぶった所で障壁を消す。
「ここで!」
火球を馬の首辺りに当たるように放つ。火球は見事に当たり、馬が前足を大きく跳ね上げた。
突然の事で、賊はバランスを失い落馬する。
「やるやん!」
「もう、一頭…」
障壁と再展開し、二頭目に備える。
二頭目は速度を落とし追っては来なかった。
「追ってこない…」
「ホンマか?」
「うん」
確かに馬の姿は見えない。
「「はあ~…」」
二人して深く息を吐く。
「怪我ないか?」
「ない。あなたは?」
「大丈夫や」
荷馬車は若干速度を落とし、町へむかう。
「助かったで、ホンマ。ありかとうな?」
「いいえ…」
礼を言われるほどの事をできたのだろうか?。
もっと賢く、臨機応変にできなかったか?。
反省すべき点は多い。
目的の町に着く。
空いていた宿を借り、ベッドへ倒れ込む。
「疲れた…」
「うちも…」
そのまま眠りに落ちしまった。
Copyright(C)2020-橘 シン




