2-13
気がつくと知らない部屋の中だった。
「起きたようだね」
「エレナ?…大丈夫か」
「まずは水を飲ませて。ゆっくりと」
背中を支えられて少し体を起こし、水を飲む。
飲んだ水が体に染み渡る。
「落ちついたら、これを飲ませて。後は食事を少しづつ。そうじゃないと体がびっくりするから」
「分かりました。ありがとうございます。いくら払えば…」
「金はいいよ。…例の物を…少し…いいかな?」
「もちろん、いいですよ。後で届けます」
「頼むよ。それじゃ、わたしはこれで…」
助けられた?
あの懐かしい声の主は?…。
体は重だるい。私を覗き込む人がひとり。
「エレナ?」
「…誰?」
「オレだよ。レナードだって」
「レナード…。兄さん?」
「ああ、そうだよ」
そう言って左手の痣を見せてくれる。
間違いない。この痣は兄のものだ。
私も左手を出して痣を見せる。
「もう見たぜ」
そう言って、痣同士を合わせるように手を握ってくれ。
「とりあえず安め。事情は後で聞くから」
「はい…」
小さな丸薬を飲んでもう一眠りする。
正直、死を覚悟した。しかし、それは運良く回避できた。
「よかったわね。お兄さんに会えて」
「ええ、まあ…」
「嬉しくないの?」
「…兄が私にした事を思うと、複雑な気持ちです」
リアン様の問にそう答えた。
次に目を覚ました時には、体の異常な重だるさはなく、楽に起きる事ができた。
謎の丸薬が効いたのかもしれない
兄は部屋に居らず、私は起き上がって部屋の中を見て回る。
今いる部屋には小さな窓が一つ。
開けて外を見る。
高さがある。ここは二階らしい。
左右を見ると。同じような窓が並んでいる。集合住宅ような大きな建物の一角ということになる。
窓の下の人通りは少ない。路地裏のよう.。
で、見上げると回りの建物よりも大きな壁が見える。城壁だ。
壁は内側へ湾曲している…ということは、ここは城下町?。
兄は城下町に住んでいた…結構聞き込みしたはずだが、なぜ見つからなかったのか。
部屋の中にはベッドとチェストが一つづつ。
広い部屋ではないし、使い込まれた感がある。
窓の反対側にドア。
開けてみる。そこは廊下…じゃなくて踊り場のような感じ。採光用と思わる小さな窓がある
左に一階へと続く階段がある。途中に窓。
窓から外を覗く。人通りは結構ある。
一階へ降りる。左右にドア。
左の部屋は二階の真下あたる。二階の部屋と同じ位置に窓。
奥に小さいなドア。多分、裏口だろう。
中にはテーブルと スツールが二脚とチェストが一つ。
テーブルには陶器製の水差しとカップ。
それと小さな抽斗がたくさんある大き目のチェストが一つ。
右は部屋は…。
「これは?…」
建物の構造から玄関かと思ったが、そこにはお店のカウンターような物が置かれていた。その向こう、通り側にドアある。あそこが玄関だろうか?。
そのドアが突然に開く。
「レニーちゃーん、いつもの…うお!?す、すみません。間違えました」
男性が一人入ってきて、出ていった。
部屋を間違えたらしい。
だが、またすぐにドアが開く。
「部屋番号あってるじゃねえか…」
「誰ですか?」
「あんたこそ誰だよ。レニーはいねえかよ」
レニー?
「レニーという人物は知らない」
「知らないって、ここレニーの家だろ?引越したなんて聞いてないぞ」
男性と数刻睨みあう。
また、ドアが開く。
「お?。おやっさん来てたのか。悪いなちょっと出かけてた」
兄だった。
「よお、レニー。いつものやつくれよ」
レニーとは兄の事らしい。
こっちではレニーと名乗っていると後で聞いた。フォートランとも名乗ってないい。
どうりで聞き込みをしても見つからないはすだ。
「いいぜ。100ルグな」
そういうとカウンターの一部を跳ね上げて入ってくる。
「これ持って奥に行っててくれ」
そう耳打ちされ、紙袋を渡されて背中を押される。そしてドアを締められた。
「誰だよ。さっきのは?」
「誰でもいいだろ」
「女連れてこむなんて初めてだよな?」
「そういうのじゃないって…」
「行きずりか?行きずりとか流れ者はマジで危険だから気をつけろよ」
「だから、違うって…。さっさと行けよ。しつこいともう売らないぜ」
「わ、わかったよ。もう言わねえから。また頼むよ、レニーちゃん…」
漏れ聞こえる会話を聞きながら、一階の部屋へ入る。
紙袋をテーブルに置き、スツールに座った。
兄と男性の会話から、兄は何かの商売をしてるようだ。
「ギルドには登録されていなかった…どういう事?…」
商人全員がするわけじゃないとマリーダさんは言っていたけど…。
何の商売を…まさか、翼人の羽?。
いや、それはない。こんな所で露骨に売れるわけない。すぐに見つかり処罰されるだろう。
後は麻薬とか盗品…どちらにしろ王都で売買するには場違いな気がする。
「どうだ気分は?」
兄が入ってきた。
「悪くはない」
「そうか、良かった。それ、食べていいぞ」
紙袋を指差す。中身はサンドイッチやクッキー、果物。
「こんなに食べれない」
「オレの分も入ってる」
そう言ってサンドイッチを食べ始めた。
彼は私の顔を見ながらサンドイッチを頬張る。
居心地が悪い。
サンドイッチは半分だけ食べた。
「もういい…」
「ああ、無理して食べてなくていい」
何を話せばいいのか分からない。
まずは礼を言うべきだろうが、先に兄の謝罪の言葉を聞きたかった。
「で、なんでお前が外町のベンチで死にかけてのか、教えてくれないか?」
「…」
やはり話さなければいけないのか…。
兄は水差しからカップに水を注いてくれる。
「まあ、話したくないなら別にいいが…」
「話す」
私にとって一生忘れる事ができない、いえ忘れてはいけない事。
シファーレンの研究所で仕出かした事を話し、それにより国外追放された事や王都にくるまでの出来事を話した。
「そうか…まあ、なんだ…気を落とすな。失敗なんて誰にでもある。よくここまで来たよ」
兄は怒る様子はない。
「食うには困らないから、そこは心配しなくていい。安心してくれ」
そんな事を聞きに来たわけじゃない。
兄に再会できたら訊きたい事があるのだ。
「私も訊きたい事がある」
「…そうだろうな。こっちじゃレニーって名乗ってい…」
「そんな事じゃない」
それも咎めたい点の一つ。それよりも…。
「なぜ私を捨てたの?」
「捨てた?なに言ってるんだよ。孤児院に預けたろ?」
「私は行きたくなかった…。兄さんと離れたくなかった!なのに!」
その時の事を思い出し涙で視界が滲む。
こんなに感情が昂ぶるのいつぶりだろうか。
「嫌がるお前を置いて行くのは忍びなかったが、ああするのがお前のためだったんだよ」
「私のため?嘘…孤児院に預ける事のどこが私のためなの!?」
「色々考えた結果、そうしたほうがお前がいい暮らしができると…」
「あの頃の暮らしに何の不満も不自由も感じていなかった」
生活は確かに良いとはいえなかった。だけど一人ではないという安心感があった。
「色んな人に訊いて相談したんだ。レーヴさんにも」
「レーヴ?シンシア・レーヴ先生?」
「ああ、そうだ」
「それは孤児院に預けるための事前連絡でしょ?私に秘密して」
「事前連絡もそうだが、そのずっと前から相談していた」
ずっと前?孤児院へ預けられたのは急な話でない?
「オレはお前が邪魔だから預けたわけじゃないぞ」
「ずっとそう思ってた…」
どういう事?
「そんなわけあるか…。お前、何も聞いてないのか?」
「聞く?何を?」
「マジか…レーヴさん、言ってないのか」
「だから!何を!」
私はテーブルを叩き、兄に詰め寄る。
「お、落ち着けって。話すから…静かにしてくれ隣との壁は薄いんだからさ」
「そんな事はどうでもいいから話して」
「わかったよ…」
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