2-8
翌日、早朝少し眠る事は出来たが、眠りは浅くて眠ったという実感はない。
マリーダさんに呼ばれ、重だるい体を起こす。
「おはよう」
「おはようございます…」
朝食はマリーダさんに任せ、いつでも出発出来るよう準備をしておく。
「おまたせ~」
朝食は無発酵パン(シュナイツと同様の物)でハムとピクルスを巻いた物と果物。
「今日は急ぐ必要はないから」
「はい」
ここからは王都に近付くに連れて町が多くなり規模も大きくなるという。
「商売は同業がいるだろうからあまり実入りは期待できないかも」
「はい」
「まあ、ここは主戦場じゃないし、そもそも今回は輸送が仕事なんだけとね」
「はい」
「…ねえ、エレナ。昨日の事、まだ気にしてる?」
「はぃ…いいえ、気にしてません」
そう言っておく。言い直した事については特に何も言われなかった。
「王都まではあとどれくらいですか?」
「うーんと、あと三日かな。明日の夕方には王都に一番近い町に行けると思う」
「そうですか」
あと三日…。
頼れるのが憎むべき兄、かつ王都のどこにいるのか、そもそも王都にいるのか分からない状況。無謀過ぎる事は承知している。
そんな事を考えながら左手の平にはある指先ほどの痣を見つめた。
「やだ!これ、怪我してるじゃない!」
マリーダさんが私の痣を見て慌てる
「違います。小さい頃からある痣です」
「え?そうなの?びっくりしたぁ」
この痣は物心ついた時にはもうあった。
兄はいつできたか知っているようだが、教えてはくれなかった。
ただ、兄は、
「これがおまえの運命のはじまりだ」
と、訳のわからない事言っている。
私はこの痣が嫌いで、何とかならないかと兄に無理を言った事がある。
すると、兄は突然、燃える薪を自分の左手の平に押し付ける。苦悶する兄に私は慌てて泣きながら止めるよう訴えた。
「これでお前と同じだ。お前だけじゃないから…」
それ以来、私は痣の事は口にしていない。
当然ながら兄の手には火傷の痕が残っている
私は兄の顔を知っている(記憶が薄れてきているが)。しかし、向こうは分からないかもしれない。
成長した私を認識できない可能性は十分にありえる。
捜索にあたり名前以外の手がかりとして痣は役に立つはず。
二日後、王都最寄の町に到着する。
「夕食にはちょっと早いわね」
「ですね」
まだ日は沈んでおらず、明るい。夕方になりつつあるといった感じ。
「あれが王都ですか?」
「そうよ」
町に到着前から見えていた。
ここから王都、じゃなく王都を守るための高い城壁が見える。
もう歩いて行けそう。
「すぐそこにあるように見えるけど、意外と距離があるのよ。馬車でも半日はかかる」
「そうですか」
そうなら相当高い壁という事になる。
手配した宿の裏手に馬車を停め、水と干し草を与える。
「さて、どうしようか」
夕食まで時間をどう過ごすか、という事になり目抜き通りへと出た。
通りは街道そのものであり、それに沿って店、宿などが立ち並ぶ。
通りの幅は大きく取られ、たくさんの人と馬車が行き交っている。
夕食を今のうちに決めておこうと言うので、通りを歩きはじめた。
食事処は店舗と露店、屋台があり、どちらも店前に黒板を置きメニューと値段を表記している。
「何にしようかなぁ。ガッツリお肉いっちゃう?」
「私は特にどれでも…」
食事に関してはこだわりはない。
「そう?食べたいのあったら言ってね」
「はい」
「昨日は何食べたんだっけ?」
「オムレツでした」
「そうそう。イマイチだったよのね…」
彼女はそう言うが、私は特に不満のあるものでなかった。
「魚はどうでしょう?」
シファーレンを出て以降、魚を食べていない事に気がつく。
シファーレンは島国なので、魚介類は日常的食べられている。
「わたしはちょっと苦手。内陸のこの辺だと干物か塩漬けなんだけど、どれも生臭いし」
「新鮮であれば臭みはないと思います。生で食べる事できます」
「知ってる!知り合いにシファーレン出身がいるんだけど、その人が普通に生で食べるって」
そう言って笑う。
シファーレンにも魚介類が苦手な者は当然いる。
加工方法が多いので全てが駄目という者はいないだろう。
魚介類を食べないと生きていけないわけでない。
「ん?なんか、焦げ臭くない?」
めぼしい食事処を巡り終わったあたりで焦げ臭い匂いがし始めた。
周囲の人達も匂いに気づいたようで、あたりを伺っている。
私も周りを見る。
「あれでは?」
左手に側に黒い煙が見えた。おそらく火事だろう。
王都を背にしているから町の南側だ。
「あっちはたしか住宅地よ…行ってみましょう」
火事を見に行く人たちにつられる様に私達も向かう。
「あそこね」
人が集まり騒然としている。
低い石塀に囲まれた比較的小さな家で二階建て。周り家々も同じ感じ。
一階はすでに火の海となっている。
「リミちゃん!出てきて!」
おばあさんが燃える家に向かって叫んでいる。あの人の家らしい。
「ばあちゃん!もうダメだ!」
叫びながら家に近づくおばあさんを、近所の人が抑えている。
「まだ中に人がいるの?嘘でしょ…」
マリーダさんは口に手を当て、狼狽えている。
木造なので火の回りが早い。もう助けるのは無理だろう。
「エレナ、魔法で何とかならない?」
「魔法で、と言われも…」
火を消すだけならば、出来なくはないが…。
中に人がいるとなると、水を大量に浴びせては溺れてしまうかもしなれない。
威力と間違えば、家そのものを破壊してしまう。
私も何とかしたい。どうする?…。
「諦めてはダメよ」
「諦めては前へは行けない」
シンシア先生の言葉を思い出す。
「魔法がこの世に誕生した初期の頃、先人たちは知恵と勇気と研究を進めた。今もそう。後世に伝えるため、自分の成長させるため進んできた。あなた自身もそうだったでしょう?」
「はい」
「諦めたらそこで止まってしまう。知恵と勇気もって壁を突破し、前進する」
「知恵と勇気…」
私はやじ馬をかき分け前へ出る。
「エレナ、どうするの?」
「家はもう持たない。外から魔法を使うと崩れる可能性が高い。私が中に入って助け出す」
「何とかならないていったけど。さすがにそれは無理よ!あんなに燃えてるのよ」
「それしか方法はない」
杖を取り出し、おばあさんに近づく。
「リミという子はどこに?」
「に、二階よ。びっくりして駆け上がってしまって…」
「分かりました。私が助けてきます」
「あなたが?…でも」
不安そうに私を見つめる。
「無理だ。やめた方がいい」
「死にたいのか?あんた」
死ぬつもりなんてない。
周囲の人達は私を止めよう説得する。
「私は魔法士です」
「だからって…」
今、ここで魔法士の私が行かずにどうする。
おばあさんから家の間取り聞き、家へ近づく。
炎が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。
「熱い…」
これでは私自身も燃えてしまう。
魔法で水を出し、外套を濡らす。重くなってしまうが、燃える事はないだろう。
「エレナ!やっぱりやめたほうがいいわ」
マリーダさんが私の背中に隠れるようにして声をかけてきた。
「危ないです。下がっていてください」
彼女を後ろに押し下げさせる。
「おばあさんはもういいって、諦めるって言ってる。無関係のあなたまで怪我させたくないってそう言ってる」
マリーダさん越しにおばあさんを見た。彼女は首を横に振っている。
正直、おばあさんがどう思っていようと関係なかった。
「私は、魔法で命を救える事を証明したいだけです」
「救える事はもう知ってる!。わたしを救ってくれた。それでいいじゃない。あの火の中に入ったらあなた自身の命が危な…いいえ、死んじゃうのよ!」
マリーダさんは必死に訴える。が、私はそれを無視して燃え盛る家の中へ入って行った…。
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