2-7
王都まで着く間に商売をしていくものと思っていた。
しかし、商売らしい商売をしている所はあまり見ていない。
「しないわけじゃないのよ」
リカシィを出て最初の町に着いた時の出来事。
確かに 商い中と書かれた札を下げてぼんやりと待つ…。
正直、大丈夫なのかと思ってしまう。
「大丈夫よ~」
と、笑顔で言う。
かと思えば、別の町で店や個人宅を周り声をかけ、売り込みをする。
匠な話術で商品を売っていく。
「まあ、こんな感じ?」
「おみそれしまた」
「マリ姉は口がうまいからなぁ」
買い付けの時もそうだったが、荷馬車の移動中や食事中もよく喋る人だった。
「王都まで特にトラブルはなし?」
「あそこは大きな街道だから、問題ないよ」
ヴァネッサの疑問にウィル様はそう話すが、私は首を横に振った。
「え?本当?僕は一度もなかったな…」
マリーダさんの話では、王都までの街道沿いに町や村はあるが、宿と食事処がある所は限られているらしい。
「今日はちょい急ぎで行くから」
「はい」
朝食を済ませ、昼食を買い込んですぐに出発。
村を2、3箇所素通りする。
昼食と馬の休憩兼ねて、何度か止まった以外は移動だった。
「まずい…」
彼女はぼそりと呟く。
「どうしたんです?」
「町に着く前に日が沈むかも…」
空を見上げたり、周り見渡してそう話す。
いつもなら、もう町が見えてるはず…と焦り表情を見せている。
「いつもとは違う状況、イレギュラーが発生している…」
「いつもと違う状況?」
彼女は私を見る。
「エレナがいる。別にあなたがいるからって、そうは変わらないでしょ?」
「では、これは…」
私は後ろの荷台を見る。
山と積まれた商品。
「いつもこれくらいの量ですか?」
「いいえ。いつもはこれの半分くらいかな…あ」
「量が多いということは重い。私を含めて、いつもより馬にかかる負担が大きいのでは?」
「確かに休憩が多かった…ああ、もう。わたしとしたことが!」
彼女は悔しげに手綱を握りしめる。
「エレナが運んでくれるから、調子に乗って買いすぎた!」
まるで私が悪いような言い方。
「と、とりあえず急がないと」
馬に鞭を入れ速度を上げる。
「魔法で荷台を軽くします」
「そんな事出来るの?早く言ってよ…」
「遅れているとは知りませんでしたので」
そう言いつつ、魔法を発動させ軽くさせた。
速度は多少上がったか?…。
「おお、いいね。さすが国立魔法研究員」
「元、研究員です…」
速度は上がったものの、町に着く前に日が沈むのは避けられないようだ。
そして夕方が来て、とうとう日が沈んでしまう…。
私は魔法の杖を取り出し、先端を光らせ周囲を照らす。
「もうエレナ様様ね。助かるわ~」
これでどこが道か分かる。
なくても今日は月が出ているので、なんとなくは分かるといえば分かるが…。
「この小さい丘を越えたら町が見えるはずよ」
彼女は頑張って~と馬に声をかけつつ、鞭を入れる。
ようやく丘を登りきった。
「町が見えるわ」
彼女が指差す先に町の灯がぼんやりと見える。
後は下って町に向かうだけ。
「大したトラブルじゃないね」
「問題はこの後。下りきった所で賊に囲まれた」
「あら」
丘を下りきって、後は町へまっしぐらと思った…その時道沿いの茂みから人が飛び出てくる。
「止まれぇ!」
「ちょっ、何なのよ!」
マリーダさんが慌てて馬を停める。
相手は一人じゃない。何人もいて囲まれた…。
「金と荷物を置いて、さっさと立ち去れ!」
「はあ?何ふざけた事言ってんの。大事な商品ほっぽり出す商人がどこにいんのよ?」
彼女は物怖じせず、言い返す。がしかし、手綱を持つが少し震えていた。
「危ないなぁ…僕だったら言われた通りすぐに逃げるよ」
「賊もそれを狙っていたんだろうけど…マリーダって人なかなか骨があるじゃないか」
賊であろう男たちは武器を手に、囲みを狭めてくる。
「そうかよ、だったらお前らの命もいただくぜ!」
私は周囲を見つつ、魔法を使うべきか迷う。
研究所を魔法で壊し怪我人が出した事が恐怖心となって自己抑制が働いていた。
賊相手なら使っても構わないだろうが、威力調整はどうする?…。
間違えばマリーダさんも巻き添えになる。それだけは絶対に避けなければならない。
賊に囲まれるという初めての経験で判断力や集中力が失われていた。
「ほらほらどうするよ」
ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべ近付いてくる。
「やめて、やめてってば!」
マリーダさんが鞭を振り回し、それが男の顔に当たった。
「…痛って…このクソアマ!」
激情した男が剣を振り上げ、マリーダさんを狙う!。
私は咄嗟に立ち上がり、その賊に向かって魔法を放った。
どんな魔法を使ったか覚えていない。
男の体が後方へ飛び転がっていく。倒れまま動かない。
静寂に包まれる。
攻撃魔法を人に向かって使ったのは初めてだった。
胸の鼓動が痛いくらいに大きい。
「はあ…はあ…」
「エレナ…」
攻撃魔法を人に使ってはいけない、という規定、規則はない。
元々は戦うため、戦争のためのものだ。
私自身は戦争になんて興味はない。
私は単に魔法が好きなだけ。
「やりやがったな!…」
倒れた男を見ていた仲間がこちらに近づく。
私は近づく男に手をかざす。
「やんのか?。やって見ろよ」
男は剣を構えたまま、にじり寄る。
もう一度魔法を放とうとしたその時、別の男が間に割って入る。
「やめろ!」
「は?やめろだって?仲間がやられたんだぞ!?」
「相手は魔法士だ…」
その後は小声になり聞き取れない。私たちに近づこうした男の肩を掴み、説得してるように見える。
間に入った男が仲間たちに合図のようなものを出す。
合図に合わせ賊たちが遠ざかって行く。
「悪かった…行ってくれ」
そう言って後ろに下がって行った。
「賊にしちゃ冷静な奴だね」
「魔法についての知識を持ち合わせいたと推察する」
「持っていなくても目の前で魔法を使われたら驚くよ」
「まあ、奴らにとってはアクシデントでしかないね」
「エレナ、座って」
私は男に手をかざしたまま呆然と立っていた。
「エレナ!」
「はい?」
服を引っ張られ、呼ばれている事に気づく。
「座って。行くよ」
周囲を見つつ、ゆっくり座る。
馬車が動き出した。
賊たちは追ってこない。緊張が少しづつ解けていく。
私は両手で口を塞いで、魔法を人に向かって使ってしまった事に後悔と自己嫌悪で震えていた。
「どうしたの、大丈夫?怪我したわけじゃないよね」
「大丈夫です…」
心配そうに声をかけてくれる。
「初めて人に向かって魔法を使ったので…ちょっと…」
「そう…なんだ」
「もしかしたらあの人は…し」
「エレナ!、聞いて。あなたが魔法を使ってくれなかったら、わたしはどうなっていたか分からないわ…」
「…でも」
マリーダさんは私の肩を抱いた。
「あなたは間違った事はしてない」
「…」
「そのとおりだよ。あんたは降りかかる火の粉を払っただけさ」
「分かってはいる。例の事件を起こして以降、補助魔法はともかく攻撃的、破壊的魔法は使うべきではないと、当時自分で決めていたから…」
私はマリーダさんにシファーレンを追放された事。その顛末を話した。
「そんな事が…」
彼女は肩を抱いたまま話を聞いてくれた。
「私は魔法を使うべきではない…」
「それは違う。荷台を軽くしてくれた。これはあなたの魔法のおかげよ」
「これは補助魔法だから…」
「補助でも何でも魔法は魔法よ。あなたは確かに魔法で失敗したかもしれない、でも失敗しなかったらあなたとこうして出会う事は出来なかった」
肩を強く掴まれ、頭を撫でてくれる。
「わたしもたくさん失敗してきたわ。今日だってね、ふふ」
マリーダさんは小さく笑う。
「最初は失敗ばかりで店長に怒られたり、愛想つかされたり…商売の才能ないのかなって、別の仕事のほうがいいのかも、そう思う事は何度もあった…」
「でも、続けている。どうしてですか?」
「わたし、好きなのよ商売が。色んな人と出会えたり話したり…。あなたはどう?魔法が嫌い?」
私は首を横にふる。
「いいえ、好きです」
「そう…好きなら、とことん極めるの。ね?」
彼女は優しい口調でそう言った。
魔法を極めるなんて…。
「でも、また失敗したら…」
「失敗したっていいの。失敗しない人なんていないんだから。エレナだって最初から魔法が出来たわけじゃないでしょ?」
「はい…」
「わたしだって、さっきもいったけど失敗ばかりだったわ。でも、失敗から学んで、すこしづつ前に進めた気がするの。そして楽しめるようになってきた」
そう話すマリーダさんは笑顔だ。
「あなたにも出来るはず」
「…」
私はこの時、何も言えなかった…。自信なかったから…。
町へは無事に着き、マリーダさんが宿の手配をし遅めの夕食を取り、特に会話をすることもなくベッドに入る。
しかし、魔法を人に向かって使った事が頭から離れず眠る事はなかなか出来なかった…。
Copyright(C)2020-橘 シン




