2-5
王都への道は分かったが、私が知りたい事は別の事。
「450ルグで王都まで行けますか?」
「え?450…でですか?少々お待ち下さい」
そう言うと奥へ行き、何か資料のような物を見ている。
戻って来ると苦笑いを浮かべた。
「450ではちょっと…あの馬で、ですよね?」
「いいえ、歩きです」
「無理です」
即答された。真顔で。
「な、何とかなりませんか?」
「そう言われましても…歩きですと、10日以上はかかりますしその間の食事、宿泊費用など考えて1500は最低ほしいですね」
1500…手持ちの3倍必要。
「商人なら、商いをしながらという事もできますが…」
「私は商人ではありません…」
「そうですか…日雇いでお金を貯めるのはどうでしょう?」
「日雇い?具体的には?」
「港町ですので、船への荷積みと荷降ろしですね」
「どう考えてもあんたには無理」
「分かっている」
それこそ魔法を使うべきだろう…けど。
この時、自分の魔法の知識に偏りあることに今更気づく。
私は強力な攻撃魔法を生み出す研究に専念しぎて、補助魔法の知識が少なかった。
荷積み、荷降ろしなんて魔法だったら造作もない。
今から、研究を…いや、そんな時間はない。
「他には?」
「他は日雇いではありませんが、どこかの店に雇ってもらうはでしょうか。こちらは一定期間働くのが条件となっています」
魔法しかできない私をどこの誰が雇うというのか。
大失態を犯した私を。
「あんた、まだかかるのかい?」
肩を叩かれ振り向くと、後ろに数人並んでいた。
「すみません…」
受付にまた来ます、と伝えた。そして受付を離れ、壁際に置かれたベンチに座り、目の前を行き交う人達を見つめる。
私は選択に迫られいた。
ここで働き口を探すか、歩いて行くか…。
ある女性が受付の女性と話しているのに気づいた。
なぜか私を何度も見ながら話している。
また何か失態を犯してしまった?心当たりはない…。
受付を離れ、こちらに女性がやってくる。
「おはよう」
「おはよう…ございます」
気さくな笑顔で挨拶してきた。
彼女はオレンジ色の髪の毛にスカーフを巻いて、スカートではなく動きやすい服装をしていた。
隣に座り、私を見る。
「私に何か?」
「うん。受付で聞いたんだけど、あなた王都へ行きたいんですって?」
「はい、でもお金がなくて…」
「それも聞いたわ。わたしも王都へ行くの。正確には王都に寄って別の町に行くんだけどね」
「はい…」
笑顔で話す表情から悪い人ではなさそう…。
「わたしの商売を手伝ってくれないかしら?手伝ってくれたら王都までの旅費は全額わたしが払う」
「…え?」
旅費を払ってくれる?この人が?それも全額!?。
しかし、何を手伝うのか?私は商売の事は分からない…。
「太っ腹な人もいるもんだねぇ」
「ええ」
「手伝いってなにしたの?」
「商品の積み下ろしを手伝ってほしいの」
「…私は体力に自信がありません。そういうは男性の方が…」
「そんなに重い商品じゃないから大丈夫よ。それに女性同士なら気兼ねしないでしょ?」
「まあ…確かに…」
「じゃあ、決まりね!」
強引に握手をされた。
「え…あの」
了承したわけでは…。
握手したまま手を引っ張られ立ち上がる。
「それじゃよろしくね。わたしはマリーダ」
「マリーダ!?」
ウィル様が驚き身を乗り出す。
「は、はい」
「まさか…フルネームは?」
「すみません。聞いていません」
「そうか…」
彼は椅子に腰を降ろし、ふぅと息を吐いた。
「誰?ウィルの知り合い?」
「姉さんかもしれない…」
「あんた、姉貴いたの?」
ヴァネッサの問にウィル様は首を振る。
「いや、実の姉じゃないんだ。年上で同じ孤児院の出身で、よく世話をしてくれた。商人になってからも…それで僕は姉さんって呼んでる。エレナ、その人はどんな商売、商品だった」
「確か…布、それから糸などを大量に…それに孤児院出身と言っていました」
「マリ姉に間違いないと思う。魔法士の話なんて聞いた事ないけど…」
ウィル様は懐疑的に話す。
「狭いね、世間ってやつは。あたしら知らずにすれ違ってるのかもね」
「そうかもね」
そう言って笑う。
「もしかしてウィルの荷台にあった布とかって…」
「そう、マリ姉の所から仕入れた物だよ」
まずは朝食にしよう、とマリーダさんに言われ、店に入っていく。
「おはよう、二人分お願い」
「おはようさん。二人分ね。あーマリーダは割引くけど、もう一人は…」
「わかってるわ」
こんな会話をして札のようなものを渡し、席につく。
私は割引きを受けられないらしい。
「うん、そこの店は宿屋も営んでいて、宿屋に泊まってくれた人に対して食事の割引きをしてるんだ」
「へえ、そんなに詳しいってことはあんたも…」
「もちろん、泊まった事あるよ何度もね」
「割引きをしても大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったらやらないよ」
「そうよね」
リアン様は苦笑いを浮かべる。
「一応、宿屋が主体だから食事はオマケに近い。凝った料理じゃないから材料費も手間もかからないし、エレナのように食事だけ人も来るから赤字にはならない」
「なるほど」
席についてさほど待つ事なく食事が運ばれてくる。
「はい、どうぞ」
目の前に置かれたのは、きつね色の焼き目がついた細長いパン。それに切れ目を入れて何かを挟んである。野菜の酢漬け(いわゆるピクルス)と肉、たぶんベーコンかハム。
言うなればサンドイッチ。
私にはすこし量が多い。
「朝食は大事よ。これから働くんだから」
そう言われては食べるしかない。
一口かじる。パンは硬そうに見えたが、そんな事はなかった。
「美味しい…」
「でしょ?」
昨日、セレスティアについてからクッキー2つしか口にしていない。
まともな食事はこれは初めてだった。
食事をしつつ、身の上話をする事に。
研究所を破壊してしまった事はこの時点では言っていない。
「お兄さんに会いに王都にね…」
「はい」
「ふーん…魔法士ってお給料低いの?」
「いいえ、そんな事は…」
研究所からそれなり報酬はもらっていた。が、全て没収された。
「色々ありまして…工面出来ず…」
「そう…」
この事はあまり話したくない。が、黙る事も出来ず、なんとか適当にはぐらかした。
「あの、マリーダさんはどんな商売を?」
「マリーダ、でいいわ。わたしは生地屋よ。布とか糸を売ったり買ったり」
「そうですか…」
「針とかボタンなんかも売ったり買ったり。生地を中心に裁縫全般ってとこかしら」
商売には疎いのでどうにもイメージできない。
「難しい事はないわ。安く買って、高く売る。それだけー」
と、彼女は明るく話す。
「そんな単純じゃないんだけどね…マリ姉は商売上手だから、そう言えるんだよ。商売で悩んでる、なんて聞いた事ないし」
「才能があった人なのね。それか教える人が上手かった」
「そうなのかな…僕の前では悩んでないように振る舞っていただけかも」
「才能あってもやらかすのもいるけどね」
ヴァネッサはそう言って、私を見る。
「ヴァネッサ…ちょっと言い過ぎじゃ…」
ウィル様は顔をしかめた。
朝食をとった後、ギルドの側に停めてあったマリーダさんの荷馬車を市場の近くに移動させた。そしてそこにいた人にお金を渡す。
「何故、お金を?」
「管理してもらうの。まあ.見張りね。盗難とか、悪戯されないように」
「なるほど」
ギルドには警備のための兵士がいたはず…。
「ギルドでも良いんだけど、市場から離れてるし…荷物を運ぶのはあなたよ?近い方がいいでしょ?」
「はい」
荷物がどの程度か分からないが、離れているよりは近い方が良いのは確かだ。
そして私達は市場へと向かった。
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