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シファーレンの都を出て、都南部にある港から船で北部の港町へ行き、そこからヴェルヌ大陸の西側、セレスティア王国が統治する西の港町リカシィへ。
ここまで男性兵士と魔法士一人つづ、女性魔法士一人がつきっきり。
「魔法が使えないよう特殊なブレスレットをはめられました」
「魔法が使えないあんたを三人がかりで?」
「逃亡を警戒してのことだと思われる。私はそんなつもりなかった。だいたい逃げた所でシファーレンには行くあてもないし、お金も500ルグしか渡してもらえなかった」
「500ルグじゃ、一週間もたないよ」
貰えただけで、まだましというもの。
リカシィでブレスレットを外され解放された。
「それでリカシィからシュナイツに来た、と」
「いいえ。王都へ行く事にしました。兄がいるので」
「お兄さんがいるんだ」
「出来れば兄とは呼びたくはないのですが…」
私には年の離れた兄が一人いる。両親の事は知らない。
物心ついた時には兄と二人暮らし。
お金は彼が稼いでいました。どこでどうしたのか教えてはくれず、数日家を出て、お金と食べ物を持って帰ってくる。。
当時の私は彼を慕っており、そんな毎日でも彼がいるという事だけで、十分幸せだった。
だが、ある日突然…。
「彼は私を捨てた」
「捨てた?」
「セレスティア王国へ行くと言って、嫌がる私を孤児院に預け、行ってしまいました」
「ほんとに、お兄さんなの?」
「わかりません。確かめる事はできませんし…兄、とはもう思っていませんので、確かめようとも思いません」
孤児院でシンシア先生と出会う。先生が孤児院の代表者だった。
そして先生に魔法士としての才能を見いだされ、魔法士となる。
「お兄さんから連絡は?帰ってきてお金を預けたりは?」
「ありません。一度手紙が来ました。王都にいると」
「それだけ?」
「他にも書いてありました。ですが、読む気に慣れず燃やしました」
そんな彼に頼るのは不服だが、そうするくらいしか私には思いつかなった。
港町リカシィから王都まで行程をどうするか。
地図を見て考えたかったが、地図を買うお金が惜しい。
リカシィについたのが昼過ぎ。もう空が赤くなり出してるような…。
「500でリカシィから王都はちょっと…。商売しながらならとか、馬を使うなら…」
商売なんてわからないし、馬なんて買うどころか借りるお金さえない。
そもそも私は馬術の心得がない。
「あんた魔法が使えるんだから、なんか出来なかったの?」
「なんかとは?」
「早く歩けるとか…」
「そんな魔法は私は知らない。あるかもしれいないけど、その時は焦りや不安で、魔法でどうこうという考え自体が頭に浮かばなかった…」
「それでどうしたのさ?」
「とりあえず市場で一番安いクッキーを袋で購入した」
市場には他にもあったが色々見て回って考えた結果。クッキーが一番安く且つ
量が多いと判断し購入した。
「その後、公園のベンチで過ごしました」
「公園って丘の上にある?」
港、海が一望できる。そこでこの後どうするか、どうすれいいのか考えていた。
「はい、そこで次の日まで…」
「野宿?宿屋には?」
「はい。1泊100ルグがほとんどで…」
「食事割引付で90ルグの所がなかった?」
「ありました、けど…」
ウィル様の言うとおりあるにはあったが…。
「まあ、先の事考えたら使えないね」
ヴァネッサがそう言う。
ベンチで一晩。居眠り程度しか出来なかった。
翌日、クッキーを一つ食べて港町を歩き回る。
たくさんの人が出入りしてる建物を見つけた。
「ギルドだね」
「はい」
「前日の夕方も同じだったと思うけど」
「気付きませんでした…」
周囲の状況をよく見なよ、とヴァネッサに怒られた。
ギルドの入り口にこう書いてあった。
困り事があったらギルドへ、と。
「エレナは商人じゃないんだから、ギルドに行っても意味ないんじゃない?違う?」
リアン様はウィル様にそう尋ねる。
「基本的には商人、職人用なんだけど、求人募集とか伝言板、掲示板なんかを利用する事もあるから商人だけってわけじゃないんだ」
「へえ」
ウィル様の言うとおりギルドには、老若男女が入れ代わり立ち代わり出入りしていた。
出入りしている人達をかき分け、受付と札がかかっている窓口へ行く。
「いらっしゃいませ。ギルドにようこそ」
「あの、王都まで行きたいのですが…」
「はい、王都ですね。町を南へ出て、街道を道なりに。王都の北側まで続いてますので、迷うことはありません。よろしかったら地図をどうぞ」
受付の女性は屈託のない笑顔で地図を渡された。
王都の位置は王国領土の東西方向ではほぼ真ん中、南北方向では少し南になる。
ギルドで地図をもらえるとは。しかも無料…しかし。
「よかったじゃない?」
「ええ、まあ…」
その地図は全然詳しくなく、主要街道と大きな町と思われるものしか記載されていない。ほぼ白い
そうそう、とウィル様が笑顔で頷く
「ええ?地図なのに?」
「自分で書き足すんだよ。メモみたいに」
「自分で作れって事?面倒くさいわね」
「作る、とまでは…必要なら」
「売ってないの?」
ヴァネッサの言葉にウィル様は首を振る。
「もちろん売ってるよ。エレナも見たでしょ?」
「はい、たしか…200前後だったはずです」
「それくらいだね。ならそっちのほうが…まあ、エレナは無理だったけど。売ってる地図は情報が古かったりするんだよ。詳しいのは良いんだけど、地図上では村があるはずだけど、廃村なっていたり、逆に村、町が出来ていたりで…」
「あー…そいつはまずいね」
村がなくなれば、そこへ続く道は草で覆われなくなり、村が出来れば新しい道が出来る。と説明してくれた。
「僕は併用していたよ」
「なるほどね。シュナイダー様は自分の地図持ってきてたね。かなり古い」
それなんだけど、とリアン様の後ろの壁を指差す。
そこにかなり詳しい地図、いや地形図だろうか。
山や谷、川が詳しく書かれている。
詳しく書かれているのは、セレスティア王国とイースタニア帝国のみで他はさほど詳しく書かれていない。
かなり古い物のようで、端が破れかかっていたり色あせ、穴が目立つ。
「これすごいよね。いくらしたんだろう?」
「軍で使っていたやつみたいだから、売ってないと思いよ」
「そうなんだ」
「勝手にもち出しちゃっていいわけ?今更だけど」
「持ってきたのはシュナイダー様だし、あんたのいうとおり今更だよ」
ヴァネッサはさして気にしていない様子。
と、ここでマイヤーさんが紅茶を入れ、各人に配られる。
私にもくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます…」
紅茶を一口すする。
綺麗な琥珀色。そしていい香り。
しかし、私にはいい思い出はない。
兄に捨てられあの日、シンシア先生の話を紅茶を飲みながら聞いたのだ。
あの日、私には突然だったが、兄は前から計画していたようで、孤児院とシンシア先生に連絡、了承済みだった。
確かにシンシア先生は驚く様子もなく、孤児院側の手続きも速やかに行わた。
私には秘密していた、そう考えると怒りがこみ上げくる。
「突然の事で混乱しているでしょうけど、大丈夫ですよ。私達がいますからね。困った事があったら何でも言ってください」
呆然とする私に優しく話しかけるシンシア先生。
「お兄さんはどうしてもセレスティアに行かなければならないようです」
理由は先生も聞いていない。
孤児院にいた最初の頃の事はよく覚えていない。
ただ言われるまま過ごしていたような気がする。
「エレナ?…エレナ!」
「はい?」
誰に呼ばれたのか気づかず、周囲を見る。
「大丈夫かい、あんた」
「ごめんなさい」
余計な考えにふけっていた。
「やめようか?いい思い出話じゃないだろう?」
「いいえ、大丈夫です。聞いてください」
紅茶を半分のみ、マイヤーさんに返す。そして椅子に座り直し姿勢を正した。
Copyright(C)2020-橘 シン




