2-3
私は寝ているベッキーに近づき、額に手を当てた。
意識を集中して彼女の中の魔法力を探る。
魔法力を感じる。どの程度の量かはわからない。
「エレナ様。ベッキー、大丈夫ですよね?…」
ベッキーのそばで見守っていたナミが心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫。魔法力は残っているから、それが回復すれば目を覚ます」
「どれくらいで目覚めますか?」
「早ければ夕方、遅くても明日までには…」
「そうですか…」
魔法力の回復速度は個人によって微妙に違う。
限界を突破することで回復速度が上がるようになっている。
「エレナの魔法力をベッキーに分け与えるというは?」
「そう都合のいい事は出来んのだよ」
ウィル様の言葉に先生は首を振りながら言う。
先生のいう通りそんな事は出来ない。
「なくなったのなら継ぎ足せばいいのでないか、と思ったのだろう?」
「はい」
「わたしもそう思ったよ。初めて魔法力が減って倒れた者を診た時はね」
魔法士に笑われたけどな、と言って肩を竦めた。
「単純なものではないんですね」
ウィル様は苦いを浮かべる。
「そう考えるのは、先生やウィル様だけはありません。魔法士も同じです。過去、幾度も研究され不可能という結果が出ています」
魔法についてはまだまだ分からない事が多い。
しかし、魔法力を他人に分け与える事はできない。と判明している。
「先生、ベッキーをよろしくお願いします」
「おう」
「あなた達はここでいて。ベッキーの側に」
「わかりました」
ベッキーを先生達に任せ、執務室へと向かう。
執務室の前にはオーベルさんを含むメイド達が集まっていた。リアン様やシンディもいる。
メイド達は少し不安そうな表情。
「あの…もう」
「もう大丈夫だよ」
私が言うより早くヴァネッサが声を掛けた。
「で、何があったわけ?」
「それは後で説明するから」
「ヴァネッサ隊長が大丈夫というのであれば、安心していいでしょう。皆さん、それぞれ仕事を再開してください」
メイド達は仕事をするため散っていく。
「ヴァネッサ隊長、わたくしにだけでも説明していただけると嬉しいのですが…」
「もちろんするよ。オーベルだけじゃなくみんなにね。少し、時間頂戴」
ヴァネッサは私を一目見た後にそう話す。
嫌だ、と言っている場合ではない。暴走がメイド達を不安にし、仕事が止まるという事態が起きている。
「ベッキーの魔法の発動に不備があった。それは私の指導監督不足が原因。今はこれだけしか言えません。後ほど詳しく説明します」
「…わかりました」
オーベルさんがそれだけ言うと、私達に一礼して去っていった。
「オーベル、怒ってない?」
え?私には表情の変化は分からなかった。
「だろうね。メイドも状況によってやる事は違ってくる。その状況説明が、後でなんて言われたら納得いかないさ。特に問題なかったとしてもね」
「申し訳無い…」
「とりあえず執務室に」
ウィル様に促され執務室に入る。
「おかえりなさいませ」
マイヤーさんが行儀良く頭を下げウィル様を迎え入れる。
「ただいま。マイヤーさん、怪我は…ないようですね」
「ええ、このとおり。しかし先程のあれは何だったのでしょうか?」
「魔法の暴走だそうよ」
「ほう…」
マイヤーさんはリアン様の言葉に分かったような分からないような表情をする。
ウィル様達が席に着く。
ヴァネッサとマイヤーさん、私にも椅子が用意される。
私はウィル様の正面に椅子を置かれそこに座った。
「さあ、話してちょうだい」
ヴァネッサは腕を組み、私を見る。というより、睨んでいる…。
「わたしくはここに居ても良いのでしょうか?…」
マイヤーさんは居心地悪そうに尋ねる。
「いいよ。シンディもいいから」
「はい」
シンディは私の事情を知っている一人。マイヤーさんは初めて聞く。
「エレナについて知らないのは、僕だけなのかな?」
「そうだね。知ってるのあたしとリアン、シンディと、シュナイダー様だけ。その他は知らないよ」
「リアンは知ってるんだ?」
「うん、知ってるのは何でシファーレンを追放されたのか、ぐらいだけど」
「追放?」
そう私はシファーレンを追放された。
「私はシファーレン国立魔法研究所で働いていました」
「国立?」
「はい…。研究所は宮殿内にあります。宿舎も、研究所から離れています。そこで魔法の発動に失敗、暴走し研究所を大破させてしまいました…」
「…」
ウィル様は驚いた表情のまま沈黙する。
「幸い、死者はおらず軽傷者ですみました。詳しい人数は分かりませんが、多数と聞いてます」
「君は大丈夫だったの?同じく暴走させたベッキーは意識を失ったけど」
「体を壁に強く打ち付けられ、気絶しただけです」
「だけって…」
暴走した魔法を強制的に解放した結果、衝撃波が起こり研究所が大破、私は吹き飛ばされた。
気がつくとベッドに寝ていた
解放が出来ていなったら、大爆発が起こり私はここにいない。
大破どころではなく、更地になっていただろう。
「その件で、追放に?」
「はい…。正確には最初、終身禁固刑を言い渡されました」
私が起こした事件の国王陛下が激怒され、終身禁固刑を言い渡された。
魔法が使えない特殊な結界が張られた独房が用意されそこで一生を過ごす。
「やりすぎよね?研究所は壊したけど、軽傷者だけなのよ」
「そうだけどさ、魔法研究で最先端を行くシファーレンで、魔法の暴走事件は国の威信に関わるから妥当といえば妥当ってシュナイダー様が言ってたね」
「シファーレンにとっては一大事だったと。でも、禁固刑は免れた」
「はい。恩師が陛下に直訴し掛け合ってくれました」
シンシア・レーヴ先生。
私が魔法を習い始めた頃から…否、その前から恩師である。
「恩師であるシンシア先生の尽力により国外追放、入国禁止という処分に変更されました」
先生には大変ご迷惑をかけた。申し訳ない気持ちでいっぱい。
「魔法研究を停止せよ、と通告を破ったしまった私が悪かった」
だから、ベッキーを責める事はできない…。
「研究を停止?」
「それ初めて聞くよ」
「私も」
それは当然。初めて話す。
「何かあったの?」
ヴァネッサの問に首を振った。
「何があったのか、詳しくは分からない。教えてくれなかった。シンシア先生も…。禁忌の魔法に触れた者がいるらしい、という会話を聞いたのみ」
禁忌魔法に関する書物は厳重に管理されているはずだが、誰かが侵入したのかもしれない。この時点では詳細はわからなかった。
「禁忌の魔法というのは?」
「破壊力が強すぎるものや人の心や精神を操るもの、擬似的な生命を扱うもの、それから…暗殺用などです」
「暗殺ね…」
ヴァネッサは小さく息を吐く。
「シュナイダー様は魔法士に殺られた可能性が高くてね…」
「そう…ってそのへんの話まだ聞いてなんだよね」
「あんたが訊かないなから」
「タイミングが…」
ウィル様は苦笑いを浮かべる。シュナイダー様の殺された件について詳細はまだ聞いていない様子。
「今してもいいよ。リアンに一旦出てもらって…」
「やめて。そんな事ウィルは聞かなくいい。だいたい今はそんな話をする時じゃないでしょ?」
リアン様は顔をしかめる。
「うん…そうだね。で…禁忌の魔法の件で、研究が停止して」
「なのに、あんたはやらかした。これじゃベッキーと変わんないじゃないの…」
「返す言葉もない…」
ヴァネッサが呆れ顔でため息を吐く。
「停止って一時的なものでしょ?待てなかったの?」
リアン様の指摘どおり、一時的なものだろう。
「当時は私は魔法研究にのめり込んていて、我慢できなくなってしまい衝動的に魔法を使ってしまいました」
私は自分の魔法に絶対的な自信を持っていた。
暴走させるなんて微塵にも思っていなかった。
「禁忌の魔法とエレナの暴走二連続で不祥事起こされたら、そりゃ国王も激怒するよ」
「…」
あの時に戻れるものならば戻りたい…。
「貴方の人生はまだ終わってはいないわ。これからどう生きるか、貴方自身が考えて生きて行くの。ここで学んだ事より多くの事を知る事ができるし、出会いもある。辛い事もあるでしょうけど、貴方ならきっとできるわ」
シンシア先生が別れる時にかけてくれた言葉。
私を抱きしめてくれた時の、暖かな感触を覚えている。
そして私は、魔法士にとって楽園であろうシファーレンから追放された。
追放だけで終わりではない。
シュナイツに行く着くまでが大変だった…。
Copyright(C)2020-橘 シン




