2-2
間違い無い。魔法が暴走している。
制御を失い、暴発寸前のよう。
初期の魔法の暴発なら少しの火傷程度で済む、が扱う魔法力が大きいと暴発した時のダメージも大きくなる。
そうならない様に当然訓練もするので滅多に起こったりしないが、今回は…。
通常の暴発ではない。
「離れて!早く!」
私は出来る限りの大声で叫ぶ。
兵士達は動こうしない。状況が分かっていない。
「離れなさい!」
そう声を掛けつつ、魔法士隊の宿舎へ急ぐ
「ベッキー!魔法を止めるんだよ!早く!」
ヴァネッサの声が聞こえる。
暴走させているのはベッキーらしい。
集まってしまった兵士たちを回り込む様に走る。
「はあ…はあ…ベッキー…」
息を整えつつ彼女へ近づく。
「エレナ!あんた、これどうなってんの?」
ヴァネッサに肩を強く捕まれた。
「暴走している…」
「暴走って…止める事は出来るんだろうね?」
「大丈夫。出来る。だから、みんなを遠くに離して。警備通路も含めて」
「…わかったよ」
彼女はまだ何か言いそうだった。
「エレナ様、ベッキーが…助けてください」
ナミが泣きそう顔で私に縋り付く。
「あのバカ。調子に乗りやがって」
「止めたんですが…」
「絶対にダメって、言っても聞かなくて」
エデル、ウェイン、リサが私の元にやって来てそう話す。
「後で聞く。今は出来るだけベッキーから離れて、対魔法障壁を展開して」
「障壁…必要なんですか?」
「大事を取っているだけ。早くして!」
ヴァネッサの指示で兵士達が少しづつ離れいく。
「エレナ!…」
ウィル様が兵士達をかき分け、私を呼ぶ。
「ウィル様、危険です!。下がってください、お願いします」
エデルがウィル様を体で止めた。
ベッキーに近づき、声をかける。
「ベッキー!」
「エ、エレナ様…」
「魔法力を止めて」
「出来ないんです!…どうすればいんですか!…」
彼女の両手の中で魔法が複雑に渦を巻き、膨張と収縮を繰り返している。
「落ち着いて、無理に抑え込もうとしないで、魔法力を切るように…」
「やってるのに…勝手に…力が…」
彼女はうつろな表情になり、がくりと膝をつく。
まずい!
暴走の制御が出来ないと、魔法力が体から強制的に吸われていく。
魔法力を過度に消費すると意識を保てなくなり、そして魔法力がゼロになると死に至る…。
私は障壁を展開し、暴走している魔法を球状に包み込んでいく。
慎重に…確実に…。
漏れがない事を確認してベッキーから魔法を引き剥がすして、彼女から離れる。
解放された彼女はその場に倒れ込んだ。
「ベッキー!」
ナミが叫びつつ駆け寄る。
「ベッキー、ベッキー大丈夫!?」
「彼女を連れて離れなさい。早くっ」
「は、はい」
ナミはベッキーを引きずって離れいく。
十分に離れた事を確認して後、私は背を向ける。
暴走している魔法をベッキーから離したが、収まる気配はない。
複雑に渦を巻く様子に、綺麗なんて不謹慎な事を思っていた。
障壁で閉じ込めたままでは、暴走は止まらない。
どうするか?
自分の魔法力で圧縮して消滅させるか。
いや、少しづつ解放したほうが負担は少ないはず。
障壁の強度を徐々にに下げ、魔法力を空間に解放していく。
元々はベッキーの魔法力で、量は多くない。
すぐに解放は終わる。
「解放完了…確認」
障壁を消し、息を吐く。
振り向くと兵士達みんなが私を見ていた。
意識を失ったベッキーを確認しようと近づこうしたが、ヴァネッサに止められた。
ウィル様も側にいる。
「暴走は止めた。もう大丈夫」
「ああ、みたいだね…」
彼女の表情は何故か厳しい。
「ベッキーは?…」
ベッキーの元へ行こうするが、ヴァネッサが近づいて腕で制される。
「大丈夫だよ」
そう言うと後ろにサインを出した。
それに従うようにベッキーがエデルとウェインに抱えられ運ばれていく。
医務室だろう。ナミとリサも付き添って行った
「もう大丈夫だ。警備は元の位置に戻れ!」
レスターが大声で叫ぶ様に指示をしている。
「エレナ、君は大丈夫かい?」
「私は平気です」
ウィル様に頷いた。
「なんであんな事になったか、説明してもらうよ」
ヴァネッサは腕を組み、眉間に皺を寄せ睨むように私を見る。
「おそらく、二系統の魔法を同時に使ったと思われる」
「二系統を同時?」
「攻撃魔法を二系統同時に発動するのは難しく危険。魔法同士が引き合ったり反発しあったりする。私でもかなりの集中力を要する」
「同時に使うなって言ってあんの?」
「もちろん言ってある」
言わないわけがない。
「言ってあるなら、あんな事にはならないはずだよね?」
「それは…分からない。ベッキーに聞いてみないと、暴走させたのは彼女だから…」
その瞬間。左頬に衝撃が…。
左頬が熱くなる。
一瞬何が起こったのか、分からなかった。
殴られた?…。
初めて殴られた…シンシア先生にも殴られた事はない。
「ベッキーのせいにみたい言ってんじゃないよ!」
「ヴァネッサ!殴らなくてもいいじゃないか」
「あんたは黙ってな」
ヴァネッサは間に入ったウィル様を腕で押しのける。
胸元を捕まれ、持ち上げられた。つま先が地面についない。
「部下の不始末は、隊長であるあんたの責任なんだよ。わかってんの?」
「…分かっている」
急に胸元を離され、お尻をついてしまった。
「分かってないね。あんたは魔法の暴走で二度、失敗してるんだよ?」
「二度?…」
「ヴァネッサ、二度って前にもあったの?」
彼女は大きくため息を吐いて、私を見る。
「一度目はエレナがシファーレンを出るきっかけなったのさ」
その事は思い出したくない。忘れたい…。
「二度目はベッキー。これはあんたがしっかり指導していれば防げたはず…」
「ちゃんと言ってある」
私はジンジンと痛む左頬を押さえながら立ち上がる。
「危険だ、だけけだじゃなくて、あんたがシファーレンでやらかした事は言ったの?」
「言っていない。口外しない方がいいとあなたとシュナイダー様が…」
「下には言わないとだめでしょ。相談してくれれば…ああ、もう」
彼女は頭をかいて腕を組む。
「あんたがやらかした事も言って、暴走は怖いものだ、て言い聞かせないと。自分と同じ轍を踏ませないようにするのも上の仕事なんだよ」
「ごめん、なさい」
彼女の言っている事は至極真っ当で、謝罪の言葉しか出なかった。
「あの、話が見えないんだけど…」
「あー、ごめんよ。そうだね…この機会にウィルにも知ってもらった方がいいね」
今?
「そう?気になってはいたんだけど…」
「ここじゃなんだし、執務室行くよ」
「言いたくない…」
「は?こんないい機会はないよ。さあ」
腕を掴まれ、引っ張られていく。抵抗するが、ヴァネッサの握力が尋常じゃない。
「いや…待って…」
「駄々こねてんじゃないよ。子どもじゃないんだから」
半ば引きずられる形で連れて行かれる。
「ヴァネッサ、今日じゃなくても…いいかな」
「ウィル様の意見を尊重すべき」
「はいはい」
聞き入れられず、館へ近づいていく。
周囲の視線が辛い。
「ヴァネッサ」
ライアが声を掛けてきた。
「ちょっといいかい?。さっきのは?…」
「あれは魔法の暴走だよ」
「そうなのか?」
彼女が私に尋ねる。ただ、頷いて見せる。
「兵士達への説明は?」
「悪いけどあんたからしといて」
「僕から?…それは構わないが、君からの方が良くないか?」
ライアの後ろいる兵士がちらちらとこちらを見ている。
「とりあえず、もう大丈夫だからいつもどおり訓練して言えばいいよ。ほら、竜騎士隊はもう訓練再開してるし」
「そうだが…君はエレナを殴った。それは?」
「エレナには色々事情あってね…全部後で説明させるから」
「分かった…ミャンとジルにも言っておく」
納得はしていないと思うが、彼女は了解した。
「約束は守るよ」
「そうあってほしいね」
ライアは戻って行く。
館に入った所でヴァネッサに声を掛けた。
「ベッキーの様子を見たい…」
「大丈夫だよ」
「僕も気になる」
「わかったよ…」
医務室よって先生にベッキーの様子を聞いた。
「たぶん大丈夫だろう。だが、消耗してるな。それと右手の平が火傷、左手の平に凍傷になっている。症状は軽い。治るまで一週間くらいか」
「そうですか」
ベッキーがベッドに寝かされ、右手左手それぞれ桶に入れている。
「火傷と凍傷の対処は真逆です。火傷した右手は水に入れて冷やし、凍傷した左手はぬるま湯に入れて温めます。症状は軽いので、四日程で治るでしょう」
ミラルド先生が説明しれくれた。
「状況から察するに、魔法力を過度に消費したために意識を失った。っといった所か?…」
「はい。魔法力が回復すれば目を覚ますかと…」
「うむ、なら特にする事はないな」
「はい…」
先生の知識の深さに感心する。
私から魔法士の特性について教えた事はない。
「先生は以前にもこんな経験が?」
ウィル様がそう話かける。
「まあな。戦争には魔法士も参加していたし、レオンの友人にも魔法士がいたから魔法について色々聞いたよ」
「ファンネリア様…」
ヴァネッサがぽつりと呟いた。
ファンネリア様?。
「おう、そうだ。知っていたか」
「いや、まあ…」
彼女は曖昧に答える。
「知り合い?」
「うーん…シュナイダー様の友人で…、ってそんな事よりもういいじゃない?行くよ」
「待って、暴走までの経緯を聞かないと」
ここでリサ達に暴走当時の様子を聞いた。
「暴走に至る経緯を教えて」
「二つの魔法を合わせたら強力な物ができそう、なんて話をしてて…」
「それは禁止と…」
「分かってます。そもそも出来ねえし、ダメだって言われるだろって言ったら…」
「やってみないと分からないと」
なんて事を…。
魔法を軽く考えるべきではない。私自身は分かっているが…。
「若いな」
そう言ってトウドウ先生は笑いながら椅子に座る。
「笑い事じゃないよ、先生。もしかしたらあたしら全員吹き飛んで、ここに居なかったかもしれないんだから」
「すまんな」
ヴァネッサの言葉に先生は笑顔のまま。
「それで、やり始めちゃって…」
火炎系と氷結系を同時に発動させてしまった。
「そう…」
私の指導及び監理不足がまねいた結果である。
Copyright(C)2020-橘 シン




