エピソード2 楽園からの追放。そして、行き着いた先で。
ウィル様が領主になられてから約一週間が過ぎた。
領主が変わっても普段の生活は変わりはしない。
「あたし達のやらなきゃいけない事はそう変わないよ。当たり前の事を当たり前にこなす。いつも通りにね」
とはヴァネッサの言葉。
しかし、私は少々違った。
転移魔法を研究しなければいけなくなった。
起床、朝食そして隊員たちに挨拶、注意事項の伝達して部屋へ戻る。
部屋には、試験的、実験的な魔法陣書いた紙が机の上に置いてある。
魔法を発動する際、魔法陣を使う事がある。
今、リサ達が扱う程度の魔法なら必要はない。
複雑な魔法を扱うには必要。
魔法陣を紙に書いたり地面に書いて、魔法力を注ぐと発動する。
慣れてしまえば、魔法陣を省略できる。
転移魔法は魔法陣が必要。
転移魔法それ自体は難しいものではない…とウィル様たちには言ったが、知 識ゼロの状態から作り出すのは少々難しい。
「二つの地点の距離をゼロする、もしくは空間を入れ替える…」
言葉にするだけなら簡単。これを魔法で実行しなければいけない。
壁に貼った簡易地図を見ながら考える。
「出発地はいいとして、目的地をどう確定すれば…」
やっぱりイメージする?。
初期の魔法ならイメージと魔法力で発動できる。火球なら火球をイメージ、想像すればいい。
王都と行き来できるのが第一目標だが、王都の位置を把握しなければいけない。
地図上では分かっているが。
転移魔法の場合どうすれば…。
考えにふけっていると、ノックとともにメイドが一人入ってくる。
「おはようございます、エレナ様」
「おはよう」
彼女はカリィという名の私専属のメイド。
メイドなんていらないと断ったが…半ば押し切られてしまった。
シファーレンにいた時は専属のメイドなんていなかったのに…。
逆なら分からなくはないが…。
彼女に不満はない。
むしろ感謝しているくらい。
発光石をろうそく代わりに使うように提案したのは彼女がきっかけ。
ろうそくのランプだけでは光量が足りず、夕食後の片付けが不安という言葉を聞いたから。特に階段が怖いと。
私自身が気づくべきだった。発光石を照明として使うのはごく普通のことなのに…。
カリィは部屋のドアを開けたまま、まっすぐ窓へと向かう。
窓を開けた彼女は小さく よしっ、と言って掃除を始めた。
窓から入った風が部屋を通り抜ける。
風で紙が飛ばないよう杖を置いた。
他に色々研究中がものがあるが、転移魔法が最優先。
転移魔法については実験を何度も試みていた。
成果は芳しくない。
私自身が実験対象となるのさすがに怖かったので、外から拾ってき石を使った。
石は砕けるか、消えて天井から落ちてくる。そして、私の頭に当る。のどちらか。
今の所、この程度の結果しか出てない。
ふと浮かんだアイデアを書き留めようとペンに手をのばす。
その時、視界の端で何か動いた気がした。
視線を動かすとそこには…。
「ひっ…」
蜘蛛が…蜘蛛が…。
「カリィ、来て。早く」
「はい?」
掃き掃除中の彼女を呼ぶ。
「これ、これを…」
ペン先で蜘蛛が逃げないよう誘導する。
「これをどうにかして」
「あー、はいはい」
彼女は慣れた手付きで蜘蛛を掴み、両手で包んで窓から蜘蛛を捨てる。
「さよなら~」
「はぁ…」
小さい頃から虫が苦手。
虫なんてどこにでもいる。
シファーレンにだっている。が、シュナイツは遭遇率が高い。
ここに来た当初、魔法で燃やしていた。それを見たカリィに、
「小さな虫にも命があるんです!殺さずに逃がして上げてください!」
と、すごい剣幕で怒らてしまった。
一応、その時は了承したが…彼女がいない時は燃やしいてる。これは秘密。
蜘蛛のせいでアイデアが頭から消えてしまった…。
私の魔法が役に立つならば、どんな事もしてきた。
意外と好評だったのは魔法で小麦を挽いて粉にするというもの。
本来なら石臼を使うが、大量に挽かないといけないのと、水車を導入できればいいが、それだけの川が近くにない。あるにはあるが距離があるのと、賊よって破壊されてしまう可能性ある。
ということで私の魔法で出来ないかと依頼をうけた。
何度かの実験と試験して完成。
魔法陣を空中に水平に展開し、その上から小麦を投入、下から粉になって出てくるというもの。
しかし、注意点が一つ。
この魔法陣は小麦だけを粉するわけではない。あらゆる物全てを粉にしてしまう。
もし、手を入れたら?言わずもがな。
「こいつはいい脅しに使えるね」
とヴァネッサは笑顔で言っていた。
魔法を研究する事については苦と思った事はない。が
今、隊員達とどうコミュニケーションを取ればいいかに苦悩中。
「もっと話をしたほうがいい」とヴァネッサに言われている。
重要だとは分かってはいるが、どうにも間が持たず、会話が続かない。
どうすれば先生のようにうまく助言できないものか…。
そもそも、私の助言で彼らが成長できるのか…。
ヴァネッサやライア、ジルは隊員達を指導し、成長させている。ミャンは知らない。
私はどうか?。
魔法士は自分自身で成長するものと教えられた。
助言がなかったわけではない。座学もあった。
それは自分で考えるきっかけでしかない。
人に教えるという事が、こんなにも難しいとは…。
「シンシア先生…」
先生の優しげな笑顔が目に浮かぶ。
私を魔法士へと導いてくれた恩人。
シンシア先生のような魔法士なりたいと、近づきたいと何度思ったことか。
「絶対に無理…」
シンシア先生は数多くの魔法士を指導してきた。自身も魔法研究所で研究に励んでいる。
魔法士はある程度の研究成果を出したり貢献をすると 魔道士 となる。
役職を与えられて、地位は約束され報酬も増える。
シンシア先生は限界を二度突破していたし、今頃魔道士となっているだろう。
そうなって当然の人。
余計な事を考えてはいけない。
私にできる事をやらなければ。
魔法だけが取り柄なのだから…。
風で机の上の紙が音を立てている。
「カリィ、窓を閉めて」
「はい」
彼女が窓を閉めると風が止み、部屋が静かになる。
「エレナ様、今魔法使ってますか?」
「いいえ、どうして?」
「あの、窓が震えているんですけど…」
彼女を見ると窓枠に手を触れたままこちらを見ている。
何わけのわからない事を言っているのかと思っていると、机の上からカタカタとと音が鳴り出す。杖が小刻みに震えている。
「これは…」
震えが少しづつ大きくなっていく。
と、同時に魔法力独特の感触が体に伝わる。
魔法士は他者の魔法力を感じる事が出来る。訓練を積めば、魔法士として能力や個人を特定出来るらしいと教わった。
私はそこまでは分からないが、今、体に感じる魔法力が異常なものと分かった。
この異常さは知っている。
まさか!
「カリィ、窓から離れて!」
「はい?」
「早く」
「は、はい」
彼女を呼び寄せ、座らせる。
「振動が収まるまでここに居て」
「はい。何なんですか?これ…」
彼女は不安気な表情を見せる。
しかし、説明している時間はない。
急いで部屋を出て、廊下の窓から外を見る。
魔法士隊の宿舎前、強烈が光が膨張と収縮を繰り返しているのが見えた。
間違い無い。
「エレナ、あれ何?」
廊下に出てきたリアン様が尋ねる。ウィル様は剣術の訓練で外にいる。
「リアン様、執務室の中へ入っていてください」
「だから、何なのよ?」
「説明は後で、早く中へ」
リアン様を執務室に入れ、走って宿舎へ向かった。
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