1-19
「事の発端は、アリス様が吸血族の伝承にある”血の導き手”であるという事にあります」
吸血族の伝承には、吸血族が衰退し、滅びようとする時に”血の導き手”が現れ、救済してくれる、とあるらしいとジルは話してくれた。
「そうなんだ…でも、それと追われ身なるのが、わからないな。救済してくれるなら、大事にするのでは?」
「本来ならそうなるべきなのですが…」
彼女はふっとため息を吐いて続ける。
「伝承には導き手に特別な力があると」
「特別な力?どんな?」
「分かりません」
ジルは首を横に振る。
「伝承の中に特別な力の内容については触れていないのです」
伝承そのものが眉唾物であると、ジルは教えられていた。
「そして、どこの誰が言ったのか…導き手の血を飲むと寿命が伸びる、強靭な体を手に入れられるなどと噂が広まり…」
「どうして…伝承にはなにも…」
「自分たちの都合の良いように解釈したんだろうね。特別な力が何か具体的に示されてない以上、救済してくれる、特別な力、なんて聞いたらそう考えてもおかしくない」
「だからってさ…」
正直、納得いかなかった。そんな事でアリスの血を求めなんて。
「アリス様を差し出せ、とハーヴェイ家に迫ったのです。当然ながらハーヴェイ家は拒否。当主あるアリスの様の父君は、特別な力はないと訴えたものの、聞く者は少なく…独り占めするのか、と逆に非難されてしまう始末…」
「…」
族長はかなりの高齢で意思疎通は不可能。騒動を抑える事はできないとジルは話す。
そして吸血族は二分する事になる。
アリスの血を求める者たちと、アリスを守ろうとする者たち。
血を求める者たちの方が数が多かったという。
「話し合いを何度も重ねたのですが、物別れに終わり血を求める者たちは強硬手段に出たのです」
「強硬手段って…まさか無理矢理?…」
「そうです。襲撃を仕掛けてきました」
アリスを守護する側は数で劣り、抵抗虚しく次々と殺されていく。
ハーヴェイ家に仕える者たち、支持する者たちから、その家族まで手にかけらた。
「家族まで…ひどすぎる」
残るはハーヴェイ家のみ…。
「わたくしはアリス様を連れて逃げるようハーヴェイ家当主ある彼女の父君に頼まれ、里を離れたのです」
力なく話す彼女が痛々しい。
「残った人たちは?アリスの家族や君の家族は?」
彼女はだた首を横に振るだけ。
「そう…」
かける言葉がなかった。
「あんたに任せたのは正解だったね」
ヴァネッサはそう話しかける。
「それは、どうでしょうか…」
ジルは苦笑いとともに小さく肩をすくめる。
「アリス様が左眼を失ったのは、わたくしに責任がありますし…」
追手がジルに向かって投げたナイフを、彼女は避けたが、ジルの後ろにいたアリスの左眼に刺さってしまう。
「完全にわたくしの過失です。アリス様がどの位置いるのか把握しておりませんでした…」
ジルの悔やみが表情に出ている。
「避けずに弾いていれば…」
「たらればを始めたらきりがないさ…」
ヴァネッサ自身はシュナイダー様の件と重ねているんだろう。
「あんはよくやったよ。アリス抱えて、八人相手に大立ち回りしてたしね」
「八人?」
「ヴァネッサ隊長たちが助けてくれなければ、長くは持ちませんでした」
シュナイダー様が気づき、ヴァネッサとガルドが助けて入った。
それでそのまま、シュナイツまで同行する。
「君はずっとアリスの護衛を?」
「いえ、わたくしは侍女としてアリス様の身の回りのお世話をしておりました」
「アリスっていいとこのお嬢様なんだとさ」
「そうなんだ…」
ハーヴェイ家は太古の昔から吸血族の族長を排出してきた名家であるという。
なるほど、アリスの雰囲気が高貴な感じがしたのはそこか。
「騒動がなければ、アリス様は族長…いえ吸血族の王となっていたかもしれないのです」
血筋からいえば当然だろう。
「アリス様とわたくしの事情は、お話したとおりでです。大雑把ですが…」
「うん、わかったよ」
詳しく聞くにはもっと時間が必要だろうし、とりあえずはこれでいいかな。
「何か他に言っておく事はないかい?」
ヴァネッサの問にジルは少し考える。
「アリス様は、大事に育てられたので、世間知らずな所があります」
いわゆる箱入り娘というものだろう。
「もしかしたら失礼をはたらくかもしれません。その時はご容赦ください」
「大丈夫。気にしなくていいよ」
僕に対してそうかしこまる必要はない。
ヴァネッサやミャンなんかはタメ口だし、うやうやしくされるのはしっくり来ない。
「それじゃあ、戻ろうか」
「ああ、そうしよう」
廊下を歩き始める。が、十字路でジルが立ち止まった。
「わたくしはここで…」
彼女は少し体を動かしたいと言う。日課らしい。
「食事は?」
「済ませました」
いつもの事だからと、ヴァネッサは気に留めていない。
「そう…わかった」
「それでは、失礼します」
ジルはそう言うと廊下を真っ直ぐ進み出ていった。
体を動かすとは、具体的どんな事をするのか少し気になったが…。
「体調を整えるためにやってんじゃない?」
体調か…。
「ヴァネッサもやってるの?」
歩きながら彼女に尋ねる。
「あたしかい?寝る前にストレッチくらいだね。時々」
「へえ…」
「あんたは何かやってる?」
「別に何も」
「ああ、そう。自分の体調は自分しかわからないからね。気を付けてもらわないと…いきなりぶっ倒れるとか勘弁してよ」
「大丈夫だよ」
と、笑顔で答えが…。実は具合が悪くなって倒れる事が何度かあるし、前兆もなんとなく分かる。が、その事は彼女には言わなかった…。
二階に上がり、多目的室へ入った。
「遅い!」
ミャンがスプーンを握りしめ睨んでいる。
多目的室にはメイド二人とそのそばに台に置かれた鍋と器、手付かずの無醗酵パン。
という事は…。
「まだ食べてない?先に食べてていいって…」
「ダメよ。一緒に食べるって決めたのに。それに領主より先に食べるのは失礼でしょ?」
気にしなくていいのに…。
「うむ、リアン様の言う通りだ。さして遅いとも思えない。ミャンは大げさ過ぎる」
「あなたは、ついさっき来たばかり」
「そうだけど…」
ミャンは項垂れる。
メイド達が準備を始めた。
「僕らでやるからいいよ」
「え?でも…」
「君達は食事まだでしょ?」
「はい」
遅くはないだろうが、待たせたのは事実だ。
僕達が食事を始めなければ、ここにいるメイド二人は食事をできない。
「言わなければ、分からないから。さあ行って」
半ば強引にメイド達を帰した。
「あんたは…」
僕の行動に呆れ気味のヴァネッサにスープをよそった器を運ぶよう頼む。
「私もやる」
リアンにも手伝ってもらいスープを運ぶ。
「これで全員にいったね?」
「ちょ,ちょちょっと!アタシもらってないし。ヴァネッサ、わざとでしょ?」
明らかにわざとだね。
「いるの?」
「いるよ!当たり前でしょ、もう」
全員に行き渡った所で食事となる。
「うっま!」
ミャンがかき込むようスープを飲んでいる。
確かにうまい。イノシシの骨を煮込んで旨味を引き出したスープは濃厚で味わい深い。
「毎日、食べたいっ」
「たまに食べるのがいいんだよ」
ミャンの言葉にヴァネッサが冷静に答える。
毎日これを食べていたら、これが当たり前になるからね。
「食べたきゃ、自分で狩ってくるんだね」
スープは一滴残らず平らげた。
ミャンなんか、鍋に残ったものを舐めてしまう。やりすぎだ、というツッコミも彼女は気にしない。
食が細いというエレナも残さず食べ終えた。
テーブルの上のランプを見ながら雑談に耽る。
「領主一日目の感想は?」
「感想って言われても…」
ヴァネッサの問いに考える。
ないわけじゃないが、今日は色々な事が頭の中に一気に入ってきた。
悦に浸る気分じゃないし、解決しなければならない事柄がたくさんある。
「僕はまだ領主じゃないよ」
「ウィル、あなたは領主よ。間違いなく。書類だって送った」
「それは表向き、公の話さ。みんなは領主として接してくれているけど、僕自身がそう思っていない」
「実感がわかない?」
「うん…まあね。遺書はあったけど最終的には自分で決めたんだけど…」
ヴァネッサに小さく頷く。
「一日足らずで立場を理解し、受け入れるのは難しい」
「実感がないのは、わたし達も同じです。時間が解決すると、思います」
ライアとエレナがそう話した。
「意識する必要はないと思うよん、アタシは」
ミャンは頬杖を付きながら、そう話す。
「良いこと言うね、ミャンしちゃ」
「でしょ?なんたってアタシ自身が隊長を意識してないから。にゃはは」
そう言って笑う。
「あなたは意識しなさ過ぎる」
「同感だ」
エレナの言葉にライアが頷く。
意識しないか…。
「ヴァネッサ、君はどうだった?隊長になった時。失敗談は聞いたけど」
「あたしは緊張したよ」
ヴァネッサはシュナイツに来る前は王都の竜騎士隊に所属していた。
班長(セレスティア王国の軍における最小単位。班長を含め四人で構成される)と努めていた。
ガルド、レスターはその時からの部下。もうひとりは王都に残った。
「いきなり七、八十人は流石に…」
彼女は苦笑いを浮かべる。
「シュナイダー様は君に任せっきり?」
「基本的にはね。時々、助言はもらってたよ」
「シュナイダー様はなぜ君を?…君よりもその…」
「経験豊富な奴にしなかった?」
「うん…失礼かもしれないけど…」
ヴァネッサは笑顔で、別にいいよ、と言った。
「それは多分…あたしのため」
彼女は器の縁を指で擦りながら言う。
「君の?」
「そう、あたしを成長させるため。竜騎士としてね」
成長…か。としても荒療治だなぁ。
「あの人にはあたしに竜騎士のとしての才能があると直感、いや確信があったんだよ」
実際、ヴァネッサは女性ながら竜騎士なっている。
「だから、班長程度の経験しかない、あたしをシュナイツに誘った。あたし以上竜騎士なんていくらでもいたのにね」
「それでシュナイダー様の誘いを受けてシュナイツに…」
「ああ。そうだよ」
「嘘」
リアンがちょっと笑いながらヴァネッサに話す。
「あなたは誘いを何度も断ったって、シュナイダー様は言ってたわ」
「え?本当?」
一度ならず何度も?…。
「マジ?」
「それは初耳」
「意外だ」
ライアたちも知らなったようだ。
ヴァネッサは天井を仰ぎ見ながら
「ああ、もう…」
と、声を漏らした。
「君はシュナイダー様の事を尊敬したいたのではないか?二つ返事かと」
僕もライアと同じく意外に思った。
「リアン、あんたどこまで知ってんの?」
「断った、しか聞いてないけど…なんで?」
リアンの答えを聞くとヴァネッサは、別に、と言ってため息を吐いた。
「誘われた当時、シュナイダー様との関係は良くなかったんだよ…」
なぜ良くなかったは話してはくれなかった。
「まあ、色々あってね…」
最終的には誘いを受けいれる。
「あの人には返しきれなに恩があるから、遅かれ早かれシュナイツには来たよ…多分。そうなるってわかってるから、あたし以外の竜騎士には声をかけなかった。…嫌な人だよ」
そう言うと笑顔のままため息を吐いた。
「それだけ君を高く買っていたって事だよ」
「どうだか…それだけの価値があたしにあるのか、あやしいね…」
そう彼女は言うが、事実シュナイツは今も存在している。それはヴァネッサの竜騎士としての才が支えとなっているからだろう。
シュナイダー様だけではシュナイツは持たなかったかもしれない。
ヴァネッサをシュナイダー様は高く評価していた。
僕はどうだろうか?
誰が評価してくれるだろう?
多目的室のドアがノックされ、マイヤーさんとメイド達がやってきた。
「食後の紅茶はどうでしょうか?」
「いいですね」
紅茶の飲んでいる間に食器が片付けられる。
「ふわぁ~ん」
ミャンが大きなあくびをする。
「眠くなってきた…」
彼女は頬杖から腕枕に変えた。
「あんたは朝から寝てるだろ…何もしないで…」
「今日はいっぱい仕事したし~…」
ヴァネッサは何か言いたげだったが、ため息だけ吐く。
「ウィル様も今日はお疲れになったのではありませんか?」
「ええ、まあ」
そうマイヤーさんに答えた。精神的くる疲れ。
「なら、もう寝た方がいいわ」
「大丈夫だよ。みんなも今日は大変だったんじゃないかな?急に状況が変わって」
「そんな事ないよ」
ヴァネッサは鼻で笑う。
「状況ってのは流動的で常に変化してるから、一喜一憂するんじゃなくて臨機応変に対応するの。日頃から何が起こってもいいように見込んでおくもんなんだよ」
なるほど。さすが竜騎士。
「いや~ヴァネッサもさすがにウィルが領主なるってのは、予想できなかったんじゃないかにゃ~?ねえ?」
「え?ええ、そ、そうね」
話を振られたリアンが戸惑ったように答える。
「遺書にめっちゃ驚いていたし」
「驚いたのはヴァネッサだけじゃない。全員が驚いただろ?」
「まあね~」
ライアの指摘に腕枕で伏せったまま頷く。
僕が一番驚いてるよ。
一杯目の紅茶を飲み干した所で、リアンがあくびをする。それに釣られて僕もあくびをした。
「もう寝ちゃいなよ」
目があったヴァネッサにそういわれる。
「うん…そうしようかな」
「あたしらも部屋に戻るよ」
全員が立ち上がった。
「みんなは夕食の後はすぐに寝る?」
「あたしはとりあえず横になってる」
「ぼくは翼の手入れしてから」
「わたしは魔法の研究を少し」
「…」
ミャンは立ち上がったが、目を閉じたままだ。
「リアンは?」
「私はベッドに入っちゃうかな~。あ、その前に体拭かなきゃ」
お風呂があればいいんだけどね。
ここではお湯を用意してもらって体を拭くぐらいしかできない。それならまだいい方。安宿だったらそれすらない。
連れ立って多目的室を出る。マイヤーさんはカップを片付けるため残った。
「ライア~、一緒に寝ようよぉ~」
ミャンがライアに抱きつき、引きずられている。
「勘弁してくれ…君は寝相が悪るすぎて、たまったもんじゃない」
ミャンにせがまれて何度か一緒に寝たらしいが、その度に蹴られたり、翼を噛まれたりしたという。
「気をつけるからさ~」
「お断りだっ」
ライアに拒絶されてる。
エレナ、ライア、ミャンと順に挨拶を交わし、部屋へ帰っていった。
部屋の前にはお湯が入っている小さな水瓶と桶、それと体を拭く布が置かれいる。
「おやすみなさい、ウィル」
「じゃあね」
「おやすみ」
リアンとヴァネッサと挨拶をして部屋の入る。
「さてと…」
水瓶と桶を中へ入れた。
部屋の中にはランプが一つ。ベッド脇のチェストに置かれていた。
ランプを手に取り、部屋の中を歩く。
気になっていたのは本棚。
シュナイダー様はどうなん本を読んでいたのか。
「超古代文明の謎、消えた文明の遺跡調査報告、失われた超技術、超古代文明と竜の起源…?」
本のタイトルからは中身がわからない
なんだろう?
手に取ろうした時、ドアがノックされマイヤーさんが入ってきた。
「ウィル様、体はお拭きなられましたか?」
「いえ、まだです」
「そうですか。よろしければ背中をお拭きしましょう」
わざわざ…と思ったが、マイヤーさんの好意に甘えよう。
彼に背中を拭いてもらいながら、さっきの本の事を訊いてみた。
「わたくしには難しすぎてよく分からないのですが…はるか太古の昔、今よりもが高度に進んだ文明あったそうです。本棚の本にはその事が書かれいるようで」
「へえ」
「馬のいらない馬車や空を飛ぶ船があったとか」
「馬なしで馬車?どうやって、それと船は海か湖に浮かべるものじゃ…」
「わたくしもそう思います」
マイヤーさんは笑う。
「それはあったという説で証拠はないそうです」
「そうなんですか…想像という事でしょうか?」
「そのようで。誰が考えたのか…変わった人です」
そうですねと言って笑いあった。
本に興味が湧いた。今度読んでみよう。
背中以外は当然自分でふく。
「シュナイダー様の背中も拭いていたんですか?」
体を拭きながらマイヤーさんに尋ねた。
「はい、ほぼ毎日拭いておりました」
シュナイダー様の体には全身に傷痕があったという。
「傷痕を自慢しておりました」
「自慢ですか?…」
傷痕は勲章の様なもので、生き延びた証。仲間と自慢しあうことで生き延びた事を実感できると。
「分からない感覚ですね」
「はい」
マイヤーさんは戦争には参加していない。僕も戦争は知らないし、兵士でもない。
体を拭き終わった頃、マイヤーさんはチェストから何かを取り出した。
「寝間着でございます」
寝間着は丈の長いシャツといった感じだ。丈は膝くらいまである。すでにオーベルさんによる手直しがされている。
下着をつけずに.これだけを着る.
着替え終わりマイヤーさんが片付けをしてる時、ドアがノックされた。
「ウィル?」
リアンだ。
「もう寝た?」
ドアが少し開けられる。
「いや」
「あ。アル」
「では、わたくしはこれで。お二方、おやすみまさいませ」
「おやすみなさい」
「おやすみ、アル」
マイヤーさんが帰っていった。
「着替え中だったのね」
リアンも似たような寝間着を着て、ガウンを羽織っている
ドアの所に立っている彼女に近づく。
「うん。どうしたの?」
少し俯いていた彼女が顔を上げた。
僕の目を見つめた後、視線を左に向ける。つられるように僕も左を向く。
その瞬間、右肩を捕まれ、頬に温かく柔らかい物が触れた。すぐに向き直るとリアンの顔が目の前に。
「リアン?…今…」
キスされた?
そうと気づいた時、顔が熱くなった。
彼女は半歩後ろに下がった。
「ウィル…領主を引き受けてくれてありがとう。これはそのお礼…みたいな?…。私には、こんな事くらいしかできないから…それじゃあ、おやすみ」
そう言って小さく微笑むとドアを閉め、リアンは出て行った。
礼を言われるほどの事は、まだ…何もしていない。
ランプに布を被せて光量を落とす。
頬に残るリアンの唇の感触を思い出しながら、ベッドに潜り込んだ。
「ふぅ…」
明日からどんな日常が待っているのか想像もつかない。
「大丈夫なのか、僕が領主で…」
天井を見つめる。
最終的に決めたのは僕だ。シュナイダー様の遺言書もあるだろうけど。
…案ずるな…
突然、声が頭の中に響いた。
「誰?」
起き上がり、ランプに手を伸ばす。
部屋を見回すが、誰もいない…。
…お前は独りではない…
また…。
知ってる声だ。
「シュナイダー様?」
シュナイダー様の鎧にかけてある白い布が揺らめたように見えた。
僕はベッドから出て、ランプを片手に鎧にゆっくり近づく。
「何故、僕なのですか?」
…私が決めたのではない。お前が決めたのだ…
「あなたの遺書には僕の名前が…」
一歩づつ近づいて行く。
不思議と怖くない。
…遺書などなくても、お前は領主になると決めていた。違うか?…
「わかりません…僕はリアンが…それとシュナイツ事がすごく気になって…それで」
…理由などどうでも良い。そう決めたなら、意志を突き通せ…
意志…意志なんて….。
「僕に領主が務まるかどうか…」
…最初から完璧を求める必要はない…
「シュナイダー様のようになれるとはとても思えない…」
…私を追うな。お前はお前の道を行けば良い…
「僕の道…」
…お前は独りではない。お前を支える仲間がいる。それを忘れるな…
「仲間…リアン…ヴァネッサ…」
他たくさんの顔が脳裏に浮かぶ。
拳を強く握る。
歩き始めたんだ。もう後戻りはできない。
「前に行くしかない!」
…良いぞ。今の、その気持ち忘れるな…
「はい」
…私はもう行こう…
「待ってください、シュナイダー様!もう少し話を…」
鎧に掛けられた布に手を伸ばす。
…シュナイツをお前に預ける。またいつか会える日を楽しみにしているぞ…
「もう少しだけ」
僕は揺らめく白い布を掴み、引っ張った。
鎧があらわになる。
見上げると、シュナイダー様の顔が見えた。
穏やかな表情。
…リアンを責めないでくれ。彼女は自分の気持ちに従っただけなのだ…
「リアンを?どういう事です?」
…さらばだ…
「シュナイダー様!」
シュナイダー様の穏やかな顔が消えて行き、傷だらけの鎧だけが残される。
「はぁ…」
大きく息を吐く。
何だったんだ、今のは…。
本当に化けて出てきた?。
「まさかね、ははは…!?」
突然、肩を掴まれた!。
「ウィル…」
ゆっくり振り向くと…ヴァネッサがだった。
「ヴァネッサか…脅かさないでよ」
「…ごめんよ。あんたの独り言が聞こえてさ」
部屋を仕切る壁は薄いらしい。
「独り言?違うよ、シュナイダー様が…」
鎧を指差しながら直前にあった事を話そうとした。
「いいよ、話さなくて」
彼女は僕の手から白い布を取り上げ、鎧に掛ける。
「でも…」
「シュナイダー様はあんたに言いたい事があるから、出てきた。あたしじゃない。あたしに言いたい事あるなら、あたしの所に出てくるよ」
「それはそうだろうけど…」
あの人はそんな事しないだろうけど…。と笑顔で話す。
ヴァネッサはシュナイダー様に会いたくないのだろうか?。そんなはずはない。
「さっさと寝ちゃいなよ。横になってりゃ、そのうち眠たくななるから」
「うん…」
彼女に促され、ベッドに向かう。
「ウィル」
「何?」
「大丈夫だよ。きっとうまくいく…あたしたちがついてる」
「うん、わかってる」
大きく頷く。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、ヴァネッサ」
彼女は部屋を出て行った。
ランプに布を被せ、ベッドに入った
天井を見つめながら、シュナイダー様の言葉を思い出す。
そう僕は独りじゃないんだ。
爺ちゃんへの手紙になんて書こうか、友人たちに手紙を送った方が良いか、明日は何をすべきか、収入にできる物は作れないか、とか色々考えてるうちに瞼が重くなってきてそのまま眠ってしまった。
「領主としての一日目は、こんな感じだったと思う。印象に残ってるのはね」
「領主をやっていなかったらどうしていたかって?当然、商人を続けていたよ」
「どこかの街に店を構えたかもしれない。それはそれで苦労したり楽しかっただろう。でも…」
「領主としの経験に比べたら、さぞつまらないものだったろうね」
「つまらなく思えるくらいここでの経験は濃いものだったんだ…」
エピソード1 終




