1-18
僕は立ち上がり、お尻についた土を叩き落とす。
「…やめておくよ」
「そうですか…」
残念そうな彼には悪いがお断りさせてもらった。
「ウィル様は、剣を習う予定だぜ」
そう声をかけてきたのはハンスだ。
「…そうなんすか?」
「ヴァネッサはそうしてほしいって…」
正直、習いたくない。自分の身は自分で守るもの。なんだろうけど…。
剣も体術も相手を傷付けるものだ。
「とりあえず剣持ってりゃ、ビビって近づいて来ないし」
「剣持ってるだけで、安心してちゃ駄目だな」
「剣持ってる奴を襲うバカはいないだろ」
「俺なら襲うね」
ゲイルが即答する。
「襲うんだ…」
「そういう奴だったんだな…簡単にできそうだもんな、お前なら」
「い、いや、襲うって無差別にやるわけじゃありませんよ」
ゲイルは慌てて言い訳する。
「剣なんか使えなそうな奴は、狙われやすいって話です」
「なるほど。僕みたいのが剣を持っていても、君なら特に問題にならないんだ」
なりませんね。とゲイルは頷く。
「剣を抜く前に昏倒させるなんて簡単ですよ」
「見た目で分かんのかよ?ソニアみたいのが…あ、ソニアはってのは…」
「知っている。リアンの幼馴染、でしょ?」
「ええ、そうです。彼女みたいのもいるぜ」
「ソニアは、ライアも一目置く剣の腕前だって聞いたよ」
ゲイルは笑顔を見せる。
「なんとなーくわかるんですよ」
「ホントかよ…」
説明するのは、難しいけど。と話す。
「構え方やバランスの取り方とかで、あ、こいつ慣れてんな。やべえなって」
「さっきのお爺さんの時は?」
僕の問いにゲイルは苦笑いを浮かべる。
「あの時はそういうは全然分かんなくて…いや、もうその爺さんの話はよしてください…」
恥ずかしそうに肩をすくめる。
「わかった。もうよそう」
彼と握手をした。
「何の話です?」
「なんでもねえよ。あーそうだなぁソニアの場合は慣れてるなってわかった。ジルとの組手、お前も見てたろ?迷いがなかった」
「ああ、あれな。いきなり突っ込んでいって…冷や冷やしたぜ」
ハンスはそう言って笑う。
「初対戦の相手にあれはなかなか出来ない」
「やっぱり初めて相手は怖いもの?」
僕自身は、いやみんなそうかもしれいないけど、初対面は緊張するものだ。
「怖いですね。何してくるかわかんないんで」
「様子を見るよな。本人は迷ってどうするの、先手必勝よって」
ハンスの話にゲイルは笑う。
「ホント、いい度胸してるぜ。俺には出来ないな」
その度胸は一人旅で得たものだろう。
僕も独り立ちしてすぐは不安で、仕方なかった。色々経験して慣れていったんだ。
「あー、話がそれましたけど、個人的には体術習ったほうがいいとおもいますよ」
「うん…」
「剣術の予定だって」
「決めるのはおまえじゃないだろ?」
「まあな」
今ここで決めろ、と言い出しそうだ…。
その時、門が動いている事に気づいた。
「なんだろう…」
入ってきたのは、竜が二頭。
スチュアートとミレイだ。
「もう帰ってきた?」
早いなぁ。まだ、昼過ぎなのに。
「手紙を頼んだ竜騎士ですか?」
「ああ」
ゲイルに頷いた。
誰か指笛を鳴らす。ヴァネッサみたいだ。
彼女はスチュアートとミレイに手招きしをした。二人がゆっくりこちらに近づいてくる。「
「ウィル!」
今度は僕が呼ばれ、ヴァネッサのもとへ行く。
「早いね」
「まあ、こんなもんでしょ」
そう言いながらミャン達から離れ、館の方へ近づく。
スチュアートとミレが竜を降り、こちらに来る。
「ただいま戻りました」
そして、敬礼。
「ご苦労さん」
「ご苦労さま。こんなに早いとは思わなったよ」
「特に急いできたわけじゃないんですが…」
そう言ってミレイを見る。
「こいつが飛ばしすぎて」
「え?ぼくはそんなつもりは…すみません」
スチュアートは笑ってミレイの肩を叩く。
「別に怒ってないさ。もう少し足並みを合わせて欲しかったなって」
「はい、気を付けます」
「ミレイ。あんたの竜、また速くなったんじゃないの?」
「クアッ!」
元気に答えたのはミレイではなく彼の竜だった。
「みたいですね…」
「僕はもう追いつけません」
スチュアートは肩を竦める。
「速さだけが竜騎士じゃないからね」
「はい、わかってます」
「賊には会ったかい?」
「いいえ。気配もしませんでした」
会わなかったのはいい事だろう。
ヴァネッサは竜騎士に手を出したら、しっぺ返しを食らうって分かってるから滅多に襲われる事ない。 と話した。
手紙代と渡したお金の残りを受け取る。
「ほんとにお疲れ様。ゆっくり休んで」
「はい」
「ぼくはちょっとお腹が空きました」
二人は昼抜きか。
しまった。二人の昼食を考えてなかった。
手紙代の残りがある。
「これで何か買ってもよかったよ」
「特に指示されてないので、使うわけには…」
「そう?…」
空腹しのぎに、果物を一つくらいなら構わないけど。
「サムなら躊躇なく使うだろうね」
「でしょうね。あいつならやりかねません」
そう言ってヴァネッサとスチュアートは笑ったが、僕とミレイは苦笑いを浮かべた。
「厨房を行ってみなよ、何かあるかもしれない。なかったら、我慢して夕食を多めにてもらうんだね」
「はい。そうします」
スチュアートとミレイが去って行く。
「竜に水をたっぷり飲ませてやりな。それと掛けるのを忘れるんじゃないよ」
「はいっ」
掛ける?
「どういう事、ヴァネッサ。竜に水を掛けるの?」
「あーそれはね、竜は長く走ったりすると体が熱くなるんだよ。あたしらと同じさ」
でもね、と続ける。
「あたしらたちは汗をかくけど、竜は汗をかく事はないんだよ。ほら、竜の足を見てご覧」
彼女は立ち去っていく二人の竜を指差す。
「赤くなってる?」
「そう、あれは走ったり激しく動いた証拠さ。触ると熱くなってる。そこに水をかけて冷ます」
「へえ。大変だね」
馬も大変だけど、竜も大変だ。
爪、牙、鱗で怪我しそうだし。
「それは慣れれば、滅多に怪我なんかしないよ。馬よりずっと楽だと思うけどね、あたしは。なんせ水だけで生きていけるし」
「え?どういう事。水だけ?水を飲ませておけば死なない?」
「死なないね」
彼女は笑顔で答える。
なぜ水だけで生きられるのか、なぜそうなってしまったのかは誰にも分からないらしい。
「鋭い牙や爪を持っている意味がないような…」
それらを使い他の動物を襲うわけじゃない。
「賊を襲う時に使ったりするから無駄じゃないけどね」
爪で切り裂いたり、頭を噛み砕いたりするとか…。
「そ、それはともかく。全然食べないの?そのへんの雑草とか」
「自分から食べてるとこ見た事ないね。目の前に出せば食べたりするけど、催促なんてしないし」
「それって健康なの?…」
「竜の健康って何さ」
「え?…えっと…」
ヴァネッサは答えに悩む僕を笑いながらミャンたちの方へ離れて行った。
ま、まあ水だけいいと言うなら、それでいいか。
「もう帰って来たの?」
執務室の戻り、スチュアートとミレイが帰って来た事を伝えると、リアンは驚く。
シンディも驚いた様子だが、代金の残りを受け取るとすぐ帳簿に記入し始めた。
マイヤーさんはいない。まだ先生の所だろう。
「ヴァネッサがこんなもんって」
「普通って事よね。そんなに速かったかしら?」
リアンは首を傾げる。
速いに越した事はない。
執務室に戻ってからは、何か収入源になるものはないかと、リアンとシンディそれと先生の所から帰ってきたマイヤーさんとともに話し合った。
これといったアイデアも出ず時間だけが過ぎて行く。
執務室の中が薄暗くなってきた。
「暗くなってきたね」
「そうね」
「ろうそく使ってるのかな?」
「使ってないわ。もっと便利なモノがあるのよ」
便利なモノ?
ろうそく以外なら地油かな?でもあれはろうそくより高価だったはず
「そろそろ来る時間よね?」
「はい」
シンディは棚の奥から小さなランプを取り出した。
やっぱり地油なんじゃ…。
と、その時、執務室のドアがノックされる。
「失礼しまーす」
入ってきたのはリサだ。
「いつものお届け物でーす」
お届け物?
「ありがとうございます」
シンディはリサから袋を受け取る。
「あれが便利な物?」
「そうよ」
シンディが僕の所に袋を持ってきた。
「ウィル様はご存知かと…」
何だろう?
袋はちょっと重い。触った感触は何か小さな物がたくさん入っているみたい。
袋を開けると、光あふれて出た。
「うわ…ん?ああ、これか」
中に入っていたのは光る石。
厳密には魔法で光らせた石だ。発光石と呼んでいる。
「なるほど、確かにろうそくより便利だね」
「でしょ?」
これならろうそくや地油を買う必要はない。
「これは非常に助かっています」
出納担当のシンディとしは、ろうそく代が浮いた事は嬉しいだろう。
一つ取り出す。指先ほどの大きさだけど、ろうそくよりは断然明るい。
熱くなっているわけじゃない。なので、火事にはならない
「これはリサが一人でやってるの?」
「いえいえ、魔法士隊のみんなでやってます」
きっかけはエレナの提案だとか。
最初はエレナが一人でやっていたが、魔法士隊に担当が移っていった。
「エレナ様が訓練にちょうどいいと」
さほど魔法力を使わないのでリサたちでも簡単にできる。
石自体は特別なものではなく、そのへんに落ちている石。
「これはいつまで光ってるのかな?」
「明日の朝まで光ってるけど、朝には消えそうになってる」
「ずっと光ってるわけじゃないのか」
石に魔法力を貯め、それを使って発光させるらしい。
魔法力は時間とともに減っていき、なくなれば発光しなくなる。
リサがそう説明する。
「少しずつ暗くなっていきますね…日の出まで間に合うようにしています」
徹夜してなにかをする以外はそれでいいいと思う。
長時間の発光が必要なら魔法士たちに頼めばいい。
発光石は、隊長の自室とメイドたちや医務室などと、宿舎それに領民にも配られている。
石は翌日に回収し、そしてまた夕方に配る。
「もう日課ですよぉ。これやらないと調子が狂っちゃいますねぇ」
リサは笑顔でそう話す。
魔法士隊は結構忙しいようだ。
午後の訓練は禁止だから、時間を持て余しているんじゃないかと思っていた。
リサが執務室を出ていく。と、同時にマイヤーさんが入れ替えで、先生の所から帰ってきた。
「だたいまもどりました」
「おかえり、マイヤーさん」
「チェスの方はどうでした?」
「五分というところでしょうか」
リアンがやるじゃない、と褒めたが、
「かなりハンデをもらって五分ですから、やはり先生はお強いです」
真剣勝負というわけでなく、世間話をしながらだったらしい。
「先生が本気を出したら、勝負にならないでしょう」
「そろそろ夕食よね?」
いよいよ暗くなってきて、ランプ(発光石入)がなければ何も見えない。
「そうだね」
などと話をしていると、隣の多目的室から音が聞こえてきた。
多分、食事の準備をしているんだと思う。
「わたくしも手伝って参ります」
マイヤーが出ていって、すぐにドアが開いた。
「ウィル、ちょっといいかい?」
ヴァネッサが手招きする。
「え?ああ…いいけどもう少しで夕食だよ?」
「分かってる」
すぐに済むからと話す。僕は立ち上がりドアへ向かう。
「どこに行くのよ?」
リアンは若干起こり気味でヴァネッサに訊いた。
「アリスを紹介しないと」
「ああ…。そうね、今がいいかも」
納得した様子で彼女は立ち上がる。
「私も行く」
という事で、リアンとヴァネッサとともにアリスの所へ行く事になった。
シンディも部屋を出る。各部屋のランプに発光石を入れるここで別れた。
執務室から出た時、廊下の様子に驚いた。
廊下の床と平行に壁(部屋側)に白い線が引かれていた。いや、線じゃないんだけど、そんな風に見える。
実際は線は発光してるようだ。暗い中、廊下がよく見える
線の高さは僕の腰あたり。線は各部屋のドアにはつけられていない。
「これも魔法?…」
「そうよ。エレナがやってる」
これは彼女の担当なのだとか。
「これすごくいいでしょ?」
リアンが自慢気に話す。
「夜に部屋から出ることなんてあまりないんだけど、非常時には助かる。あれもね」
そう言ってヴァネッサは廊下の窓から外を指差す。
「あれ?」
彼女が指差した先には丸く明るい物が光を放っていた。
北西の角。防壁の内側、警備通路においてある。
「発光石、だよね?」
「そうだよ、こぶし大くらい」
木を組んで壁よりたかくなるようしてあるそうだ。
松明なんかより断然に明るい。かがり火の代わりに発光石を使っている。
「あ、増えた」
光りだしたのは西側中央のあたりだ。
東西南北と角に計八個設置するという。
「あれもリサ達がやってる?」
「みたいだね」
「みたいって、把握してないの?そんなんで大丈夫なわけ?」
リアンの指摘にヴァネッサは、
「発光石の事は魔法士に任せてるから、やることやってれば、あたしは特に気にしないよ」
そう話す。
これは後で聞いた事だが、エデルは怪我で梯子を登るのが大変のなので、警備通路の発光石は担当していない。
階段は手すりが発光していた。
一階に降りると厨房が騒がしい。
「早くもってけよ!」
「熱っ、押すなって、こぼしたらどうすんだよ!あ、すみません…」
大きな鍋を抱えた料理人が前を通り過ぎて行く。
メイド達も何名か手伝っている。
厨房を通り過ぎ、医務室の前を通って更に先に進む。
医務室の隣がシエラとミラルド先生の部屋。その隣がアリスとジルの部屋。
ジルが自室の前に立っていた。
「待たせたね」
「いえ」
「どこで話そうか?」
「裏手にアリス様を待てせております」
「あいよ」
そのまま廊下の進み、十字路で左に曲がる。
曲がってすぐ左がメイド達と部屋。通路を挟んで正面がマイヤーさんの部屋だいう。
廊下を進むと、小さなドア。かがまないと通れない。
裏手のドアの反対側、宿舎側にもドアがある。こちらは普通の大きさ。
裏手から外に出る。警備通路の発光石で真っ暗ではない。それに執務室から持ってきたランプのおかげもある。
外に出て左にフードを被った小柄な女性。リアンとそう変わらない。
「アリス様、お待たせしました。こちらの方が新しい領主になられたウィル・イシュタル様です」
彼女はフードを取り、顔を見せる。
最初に目が行ったのは左目の黒い眼帯。顔立ちはリアンよりも幼く見える
そしてボリュームのある髪の毛を左右の耳の上の方で束ねていいた。
「初めまして、イシュタル様。私はアリス・ハーヴェイ。どうぞ、よろしく」
胸に手をあて、ゆったりと頭を下げる。その仕草は高貴な感じがした。
「よろしく、アリス。僕を呼ぶ時はウィルで構わないから」
僕は右手を差し出した。彼女も手を出し握手をする。
「はい…ウィル、様」
握手をし終わったアリスにジルが耳元で何かを言う。
「あ、これ…」
アリスは首にかけていたネックレスを見せる。それは僕が配っていたものだ。
「ありがとう…ございます」
「気に入ってもらえた?」
「はい」
「とっても似合っているわ」
リアンの言葉に小さく笑顔を見せた。
「さてと、お互い紹介は済んだけどどうする?」
ヴァネッサが僕を見る。
色々聞きたい事はあるんだけど…。
アリスはネックレスをいじりながら僕をちらちらと見ている。
「ん?どうかした?」
「いえ、別に…」
首を横に振る。
「夜通しで見張りをしてるって聞いたけど、大丈夫?疲れたり、眠くなったりしない?」
「大丈夫です。次の日の朝から寝るので…」
「アリス様は陽の光が苦手なのでこのような生活になってしまって…」
「わたしはこれで構わない。役に立てているから」
吸血族特有の事情。
「あたしらはそれで助かってる。自信を持っていいよ」
ヴァネッサにそう言われたアリスは頷く。
「…その、左目は?怪我かな?」
吸血族は自然治癒力がかなり高く、怪我はすぐに治ると聞いた事がある。
が、アリスが眼帯をしているという事は怪我が治らなかったからだろう。当然、目も見えてないはず。
「これは…」
アリスは眼帯と隠す仕草をしながら視線を泳がせてジルを見る
「左目は、色々事情がありまして…」
「私も知らないのよね。だいたい何で同じ仲間命を狙われたの?」
リアンはアリスとジルの事情をまだ聞いていないらしい。
「その…申し訳ございません。お話しても良いのですが、内容が…」
そう言ってリアンを見る。
「あんたは聞かない方がいい」
「聞かない方がいいって…ヴァネッサたちは知ってるのね?私をのけ者にする気?」
リアンは怒ってヴァネッサを睨む。
「そうじゃないよ。話の内容を聞けば、あんたは気分が悪くなる」
「何なのよっ。気分が悪くなるって」
リアンの気分が悪くなる?…あ。
彼女自信も気がついたみたいだ。
「ああ…そう…」
「リアン…」
「…そうなんだ」
リアンは、わかったと言って裏手のドアを開けた。
「リアン様、申し訳ありません」
ジルが深々と頭を下げた。アリスもそれにならう。
「謝るのは私のほうよ。ちゃんと聞いてあげられなくて、ごめんなさい」
そう言うと中へ入って行く。
「リアン、先に食事をしててもいいから」
彼女にそう声をかけた。うん、という返事だけで行ってしまった。
ジルはリアンの事情については知ってるらしい。
「で、二人の話なんだけど…」
「ああ、うん…」
「とりあえず、中入ろうか」
外は日が沈み、ひんやりとした空気が漂っている。
ヴァネッサに促され館の中に入ろうした時、
「待って、ください」
アリスに止められた。
「わたしは、見張りに就きます…ジル、話はあなたの方から…お願い」
「はい、かしこまりました」
ジルは丁寧にアリスに向かって頭を下げる。
アリスは数歩下がって僕らから離れ会釈した後、音もなく真上へふわりと跳躍した。
彼女を追うように視線を上げる。ひねる様な回転をした後、屋上へ降り立つ。
屋上から手を降っている姿が見えた。つられるように手を振り返す。
アリスが顔を引っ込めた後、僕はヴァネッサとジルを見た。
「あんた、なんて顔してんの?」
ヴァネッサは笑いながら僕の肩を叩く。
「いや、だって…」
もう一度、見上げる。
今、起こった事が信じがたい光景に呆然する。
「ジルもできる?」
「できなくはありませんが、アリス様のように綺麗に飛べません。わたくしでしたら、警備通路に上がってから屋上に上がります」
「上がるって、飛び上がるんだよね?」
「はい」
彼女は事も無げに答えた。
イノシシが出た時も宿舎の上に飛び上がってたっけ。アリスとジルにとっては普通の事のようだ。
「もういいから、中に入るよ」
ヴァネッサに続いて館の中に入る。
「ヴァネッサもできるの?」
「できないよ、あんな事…。できるのはアリスとジル、翼を持ってるライアくらいなもんさ」
吸血族は身体能力がずば抜けて高い。アリスはともかくジル程度ならは何人もいるという。
ライアは翼を持ってるから、屋上上がるなんてのは普通だよね。
ヴァネッサは館に入ってすぐにランプを床に置いた。
ここで話すらしい。ドアを締めて、かんぬきを掛ける。
「じゃあ、頼むよ。概略程度でいいよね?」
「うん、とりあえずは」
「わかりました」
アリスとジル。二人の事情が語られる。
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