1-17
まずはエレナの所に行かなくては…だけど、僕は彼女の部屋を知らない。
二階まで上がったが、廊下には誰もいない。
「シンディに訊くか…」
一旦、執務室に行く事にした。
執務室に入ると、大きなあくびをしたシンディと目が合う。
「ふあ…し、失礼しました」
「あ.、いや…」
そりゃ、あくびも出る。時間を持て余しているんだ。
「あの、エレナの部屋を教えてほしいんだけど」
「エレナ隊長の部屋は、隣です」
「隣か、ありがとう」
「いいえ…リアン様はご一緒ではないのですか?」
「うん、リアンは…」
そうシンディは尋ねる。彼女にもリアンと先生やヴァネッサとのやり取りを言っておくか。
今、リアンは自分の部屋にい事、そうしている理由を話した。
「そうですか…」
シンディは心配そうな表情を見せる。
「シンディはリアンの過去の事情は?…」
「知っています。ウィル様は?」
「さっきヴァネッサから聞いたよ。聞いた手前、どう接するべきかちょっとね…」
「出来るだけ普通したほうが良いかと思います」
そうだろう。だけどそう出来るか、正直自信はない。
「…努力するよ」
苦笑いを浮かべつつ、そう言った。
「エレナの所に行ってくるよ。アクセを渡したいんだ」
「わたくしも行きます。他の方々の部屋を案内しないといけませんので」
と言うので、一緒に執務室を出た。
エレナの部屋はすぐ隣。
「ここだね?」
「はい」
ノックをしようとしたその時、部屋の中から、ドンッとなにか重いものを落とした様な音がした。
「え?…」
「たまにこんな音が鳴る事があります」
「そ、そうなんだ…」
少し気後れしつつ、ノックをする。
が、返事がない。
もう一度、ノックをしつつ呼んでみた。
「エレナ。あの、ウィルだけど…」
ドアが少し開けられた。
「少し待って下さい」
と言ってドアを閉められる。
「あ、はい」
程なくして、ドアが開いた。
「先ほどは失礼しました。何かご用でしょうか?」
「用ってほどの事じゃないんだけど、これを配っているんだ。女性限定で」
アクセを袋から取り出し見せる。
「もしよかったら、エレナも一つどうかな?」
「はあ…」
気のない返事が返ってくる。興味なしか。
「リサ達にもあげたんだ」
「わたしくもいただきました」
そばにいたシンディが話す。エレナはシンディをちらりと見た。
エレナは口数は少なく、表情が読みづらい。
「わかりました。いただきます」
特に迷う様子もなく、僕の手から一つ取る。
「これを」
「うん。いいよ」
これで行き渡ったか。残り数個となった。
「ちょっと、訊きたい事があるんだけど…」
「何でしょうか?」
「さっき、僕がドアをノックする前、何か物音がしたけど、あれは?」
「あ、あれは…」
エレナは僕から視線を外す。
「魔法が失敗した時の音です…」
「そうなんだ。リサの時とは違うけど」
「強力な魔法ではないので…失敗してもさほど影響はありません」
「そう」
魔法の研究はどの様にするのか興味あったが、シンディの案内もあるし、リアンが気になるので別の機会に訊く事にしよう。
「これで失礼するよ」
「はい」
エレナの部屋を離れた。
エレナの部屋の隣はライア、その隣がミャンとなっている。
ここで廊下が十字になる。
真っ直ぐ行けば、見張り塔に、右に曲がって左側が書斎。で廊下は切れ壁となる。
左にまがると右側にヴァネッサの部屋、その奥がシュナイダー様の部屋。その正面がリアンの部屋。
「この部屋は?」
ミャンの部屋と廊下を挟んで反対側。
「こちらはソニアさんの部屋です」
「ソニア?」
初めて聞く名前だ。
「はい。彼女はリアン様の幼馴染でして…」
「そう。今はいないんだよね?」
「はい」
ソニアという人物は女性で、普段シュナイツに居なく年に数度帰ってくるのだという。
「今はどこに?」
「さあ…」
シンディは首をかしげる。
特に行き先も決めず、シュナイツを離れ年に数度帰ってくるのだとか。
「世界を見て回る、というのが彼女の希望だそうで、それはシュナイダー様もお認めになっていましたし…」
シュナイダーが認めているのか。
「それにシュナイダー様はソニアさんの土産話を楽しみしているようでした」
とシンディは話す。
「それともう一つ、ここシュナイツは王都から遠いので情報収集も兼ねているとシュナイダー様から聞き及んでおります」
なるほど。
麓の町に買い出しには出るが、情報収集なんて時間もないだろうし、そもそもあそこは王都周辺から来る人は少ない。
探しだすのは一苦労だ
わざわざシュナイツにまでくるなんて僕ぐらい。
「ですが…リアン様はここに居てほしいみたいです」
「どうして?」
「これはわたくしの想像なのですが…気兼ねなく話せる友人がソニアさんひとりだからではないかと」
リアンと近い歳の女性は確かにいるが、立場等を考えたら、本音を話せる人はいない。
ヴァネッサとは本音で話せるようだけど、また違うだろう。
僕自身、本音で話せる友人は少ない…。
普段いないソニア代わりに、僕が本音を話せる仲になればいいけどかなりの時間がかかるだろう。
「ソニアはシュナイダー様が亡くなった事は?…」
「当然、知ないかと…」
だろうね、当たり前か。
シュナイダー様の件について国に手紙を出したばかりだ。それが
到着して発表なれば、それをソニアが聞き、急いで帰って来るかもしれない。
どこにいるかはわからないが、王国内にいれば比較的早く帰ってくるだろう。それなりに日数がかかるが…。
「国外なら…いつになるか…」
それしても女性一人旅とは、なかなか肝が据わっている人だ。
魔法士のリサが南の国から一人でシュナイツまで来た。彼女は明るく語っていた株式会社がが、もう一度やれを言われたら二の足を踏むだろう。
「彼女が怪我をしたりとかは?」
「見た事はありません。彼女は剣術の才があるそうで、ライア隊長も一目置いてました」
「へえ。そうなんだ」
だからと言って安心はできないが、ライアが一目置くという腕なら大丈夫だろう。
無事に帰って来る事を祈るしかない。
次にリアンの部屋へと向かう。
彼女の部屋の前。
ノックをしようとした時、ドアが開いた。
「や、やあ…」
「え…」
リアンは驚いた表情。
「びっくりした…」
「ごめん」
「どうしたの?」
「いや、あの…様子を見に…」
彼女はそばに居たシンディに気づいた。
「シンディにみんなの部屋を案内してもらったんだ」
「ふーん」
「リアン様、お具合のほうは?…」
「具合?」
そう言うと小さくため息を吐く。
「なんともないわ。それより、部屋の話で思ったんだけど、ウィルの部屋どうするの?」
「あ…そうですね。失念しておりました」
「僕はシュナイダー様が使っていた部屋を使わせてもらうよ」
「シュナイダー様の部屋でいいの?」
そうリアンは訊く。
「僕は別に構わないよ」
別の部屋に替えてもいいとリアンは言ってくれたけど、手間がかかるだけ。
どんな部屋なのか、見せてもらう事にした。
部屋にはベッド、チェスト、本棚がある。これはどの部屋もその三つがあるそうだ。
「ベッド、大きいね」
「シュナイダー様は長身でしたので、これくらいないと足が出てしまいます」
ガルド程ではないが、長身で体格のいい方だった。
「あれは?」
部屋の角に置かれた…なんだろう?白い布を被せらた縦長の物。
「あれは、シュナイダー様の鎧です」
「鎧か…」
「倉庫にしまってもいいわ。場所取ってるし」
シュナイダー様はもういないとはいえ、私物を雑に扱っていいものだろうか?
「僕にはどう考えても、サイズが合わないだろうし誰か使える人はいないかな?」
倉庫にしまい込むよりも使われたほうが、シュナイダー様も嬉しいのでは…。
「ガルドはどう?一番シュナイダー様の体格に近いから、もしかしたら合うかもしれない」
「…そうね。今度、本人に訊いて見ましょ」
後日、訊くということにして鎧はそのまま部屋に置いておくした。
一旦、執務室に戻った。
「シンディの部屋は?」
「わたくしは、メイド達と一緒の部屋です」
メイド達とシンディは一階にある大き目の部屋で一緒に寝て、食事もそこでするという。
因みに、マイヤーさんは一人部屋。
トウドウ先生も一人部屋。ミランダ先生とシエラが同室。アリスとジルが同室。ともに一階にある。
「僕の大工道具はどこにしまったのかな?」
「それは…こちらです」
場所だけ教えてもらって自分で取り出す。これ、結構重い。
「また、何か直しに行くの?」
「いや、エデルに地油を持っていく」
そうなった訳を説明した。
「それで直るのですか?」
「どうかな…とりあえず動きは良くなると思う」
当面の間、これで乗り切るしかない。
二人は行かないと言ったので、一人でエデルの所に行く。
エデルは僕がさっき去った時のままでいた。
リサたちもいる。
「持ってきたよ」
「わざわざどうも。ありがとうございます」
彼に地油が入った瓶を渡した、が…。
しまった。地油使うためには小さな小枝か、木片が必要だ。
地面を見渡すが、そんな物は落ちてなかった。
壁の内側は枯れ枝や枯れ葉等はない。掃除でもしてるのだろう。
壁の外ならそのへんに落ちている。
「どうしたんです?」
「小さな小枝が落ちてないかなって。それで地油を絡め取って使うから…」
「ないですね~」
「ないなら、作ればいいんですよ」
そう言ったのはウェインだ。
「どうするのよ」
「ちょっと待ってください」
彼は宿舎の中へ入ってしまった。
さほど待つ事なく、出てくる。
「こんな感じ物でいいですか?」
彼から小さな木片を受け取り確認する。
「ああ、これ十分だよ。…で、これをどこから?」
「テーブルの角をナイフで切り取っただけです」
なるほど。
「マジで?」
「そうだけど?」
レベッカの問いに平然と答える。
「他に木片を手に入れる方法があるなら教えてほしいね」
「ないけどさ…」
レベッカはなんだか納得がいかない表情をしている。
テーブルを少し削ったくらいでは支障はないだろう。
ウェインは臨機応変に対応したと思う。
木片をエデルに渡した。
彼は木片で地油を絡め取り、動きの悪い部分に塗り込んゆく。時どき、動かして確認する。
「作り直した方がいいんじゃないの?」
「金と時間がありゃそうしてるぜ…」
レベッカの言葉にため息まじりに言う。
複雑な仕組み修理にはお金がかかりそうだ。
「かなり複雑な仕組みだけど、特注品?」
「はい。俺の脚に合わせて作ってもらいました」
手持ちのお金をほど全部支払ったという。
「本来なら、膝上で切り落とす予定だったんです」
「え?…」
リサたちも知らなかったようで言葉を失っている。
「切り落とすなんてどうしても納得行かなくて、俺は拒否しました」
「使えなくても、脚があるという実感が欲しかった?」
「ああ、そうだ」
ウェインの言葉に大きく頷く。
「こいつを作ってくれた職人に言われたよ。切り落としていればもっと簡単な物が作れただろうって」
エデルは器具を装着し、立ち上がろうする。
僕は手を貸そうしたが、断れてしまう。
「大丈夫です。慣れるんで」
仕込み杖を使い、立ち上がる。そして、地油を塗った所の具合を確かめた。
動きは悪くないようだ。
「いいみたいだね?」
「はい。これでしばらくは大丈夫そうです。ありがとうございました」
彼が瓶を差し出す。
「それは君が持っていても構わないよ」
瓶はそれほど大きくはない。両手で包んでしまえるほど。
中身も度々使い、半分以下だろう。
「いえ、お返しします。とりあえずは大丈夫ですし、俺が持っているよりもウィル様が持っていた方が役立てると思いますよ」
そうだろうか?。
「…わかった。僕の方で管理するよ。執務室に置いておくから、もし必要になったらいつでも来てくれ」
「はい。ありがとうございます」
エデルは姿勢を正し、敬礼までする。
「それじゃ」
彼に向かって頷き、僕は魔法士隊を後にした。
「敬礼とか大袈裟すぎない?」
「領主がわざわざ持ってきてくれたんだ。それに対する礼だ。当たり前の事だろうが」
「頭を少し下げるぐらいでいいんじゃないの?」
「わかってねえな、お前」
「は?わかってるし」
「ベッキー、エデルさんは間違ってるないと思うよ」
「止めてよ、二人とも。どっちでもいいって」
「立場が上の人敬意を表すのは間違ってない。エデルは軍人だし、そういう事に多少敏感なだけさ。ぼくなら頭を下げるぐらいかな」
「ほらー」
「だから、もういいって…」
魔法士隊を後にし、ミャン達の所へ向かう。
ミャン、ヴァネッサ、ジルが短槍の型というものを作っているらしい。
そばにはライア、リックスもいる。
それを地べたに座り込んで見つめるゲイル。
「隣、いいかい?」
そう声をかけて、特に返事をきかず、彼の隣に座った。
「え?ああ…」
「邪魔だったら…」
「いやいや、そんな事は」
笑顔で答えてくれた。
彼はチラチラとこっちを見る。
「それは何です?」
僕の手元の瓶を指差す。
「これは地油だよ」
「へえ」
それは以上は訊いてこなかった。
ゲイルはヴァネッサ達の方へ目を向ける。
「お忙しそうで」
「え?」
「さっきから行ったり来たり」
魔法士の方を振り返りつつ、話しかけてくる。
エデルの件だろう。
「逆だよ。時間があるんだ、今は」
時間があるからこうして話し出来る。
「今は?これから忙しくなるんですか」
「シュナイダー様が亡くなった事と僕が領主を引き継いだ事が公表されれば、なるだろうね」
「なるほど」
手紙や書類等が押し寄せて処理しなければならない。
もしかしたら、訪ねて来る者がいるかもしれない。
「君は参加しないの?」
ミャンたちを指差す。
「俺は体術だけで、槍は…」
ゲイルは首を横に振る。
そう言うがどっかりと座り込み見つめている。
「ちょっと面白いなって」
「面白い?」
「体術と同じ戦う術ですし、まあ何か参考になればと思って」
そういう事か。
「ヴァネッサはカタ?と作るって言っていたけど、カタって?」
「型っていうのは基本的な構えや動きの事ですね」
基本的なもの。
「いきなり槍を持たされて戦えと言われたらどうです?」
「どうって…どうしていいかわからないよ」
「ですよね。そこで型をまず習ってもらう。それから実践的なものへ移っていく」
「なるほどね…」
僕はここで昔の事を思い出して笑ってしまった。
「なにかおかしかったですか?」
「いや、違うよ。ちょっと思い出し笑い…」
「はあ…」
僕はゲイルに商売の事は爺ちゃんから習っと教えた
「でも、最初は爺ちゃんの後をついて手伝うだけだった。それからしばらく経って突然、自分は辞めるから、お前一人でやれって」
「え?」
ゲイルは驚きの表情を見せる。
「どうしていいかわからないって言ったら、見ていたらわかるだろって」
「はははっ、そいつは酷ですね」
「帳簿の付け方すら教えてくれなかった。安く買って高く売る。それはわかるけど、知識は経験は、長くやっていた爺ちゃんの方が当然ある。人脈だって…。そんな事は一切教えてくれなかったんだ」
「そういう人はいますよ。見て覚えろ、技を盗めって」
「見て覚えろとも言われてないんだ」
ゲイルは肩を震わせ笑う。
「最初にそう言ってくれれば、僕は対処するよ。本当になにも言わなくて…ただついて来いって」
「厳しいっすね。それでどうしたんです」
「わかる、わからないで喧嘩になって…爺ちゃんに僕の立場ならどうなのかと言ってやっとわかってくれて、その後教えてくれるようになった」
爺ちゃんの引退は延期。
僕は延期の間、商売の基本からコツ、爺ちゃんだけが知っている裏情報から人脈まで、出来る限り勉強し吸収した。
「でも、教えてもらってもいざ実践となると難しかったなあ」
「頭ではわかってるんですけどね」
「そう。うまく行かいない事が多かった」
「自分の思い通りに体が動かないんすよ」
「えっと…何の話しだっけ?」
「え…」
二人で笑う。
型の話に戻そう。
「型の種類は一つじゃないよね?」
「ええ、流派の数だけあるかと」
「君は体術の流派をいくつも習ったそうだけど、混乱しないの?」
「そうですね…特に混乱しませんね」
ゲイルは腕を組み、そう言う。
「確か、理想の流派を探してるんだよね?」
「まあ…見つかるかどうかわかりません。見つからないかも」
見つからない?…なら。
「自分で作るというのは?選択肢に入らない?」
ないものは作る
ウェインが言った言葉だ。
「自分で?…」
彼は驚いたように僕を見る。
「君はいくつも流派を学んで知識もあるし、実戦経験も豊富だ。それを生かして自分の理想的な流派を作り上げる」
僕はミャンたちを見た。
型を作る事はできるみたいだ。
でもミャンの場合、半分は見様見真似だと言っていたからゼロからではない。
「やれなくはないだろう?」
「ええ…」
ゲイルは少し口元に笑みを浮かべ頷く。
「俺は…昔、自分流の型、流派を作った事があるんです…」
「そうなの?ごめん…その」
「いいんです。なんというか…いきがって、さほど経験もないのに…調子に乗って」
そう言って、右拳を左手で包み、力を込める。
「当時、恥ずかしいくらいに自信過剰でして…」
「そうなるほどの腕前だったのでは?」
「まあ、そうでした。ある時までは…」
ゲイルは当時、負けるなんてことは極稀で、名も通っていたそうだ。
「自分流の型まで作って、教えたり…いやホントに何であんな事してたのか」
彼は苦笑いを浮かべ、首を振る。
「ある時、妙に強い爺さんがいるという噂を耳にしたんです」
「妙に強い?」
「ええ。何でも今まで負けなしだそうで」
負けなしと聞いては、相手にしたくなる、と言う。
「それで訪ねてみたら、特に体格わけでもない普通の年寄りで」
「普通?何かこう、筋骨隆々じゃなくて?」
「いえ、違いましたね。一見、体術をやってるふうには見えない」
そのお爺さんは一人暮らし。
ゲイルを快く迎い入れ、茶まで出しくれたと言う。
「俺は茶を飲みに来たんじゃない」
「まあ、そう言うな。暇で仕方ないんじゃ、話し相手になってくれ」
「なあ。あんた、相当強いんだってな」
「その話か…最近、来る奴はそんなんばっかりじゃ…」
「俺と勝負してくれ」
お年寄りはゲイルに止めた方がいいと忠告する。
「自信がないのか、爺さん?」
「ほっほっほっ。あるわけなかろうに。だいたい、こんなジジイと戦ってどうする?」
「どうもこうもねえよ。強い奴とやりたいそれだけ。負けなしって噂だぜ」
「…よかろう。暇だしな」
庭へ出て、対峙する。
そのお爺さんは構えずに腕を後ろで組んてるだけ。
「そんな事ってある?これから殴ったり蹴ったりするというに」
「普通は構えますよ」
ゲイルとレスターが試合をした時は二人とも構えていた。
今、そばで体術の自主訓練をしている兵士も構えている。
「構えからどんな流派なのかわかるかもっと思ったんですがね…」
彼は腕を組む。
構えないとなれば、流派なんてわからない。
「それと構えない相手なんて初めてで、どうにやりづらかった」
構えてないと動きが読みづらいらしい
「どうした?若いの。いつでもかかって来てよいぞ」
「…」
ゲイルは構えつつ、お爺さんにゆっくりと近づく。
「まず、初手をどうするか。これに迷いました」
迷った挙げ句、胸元へ突きと繰り出す。
「気がついたら、地面に寝てまして…」
「え?…」
「投げられたんだと思います」
「思いますって…」
一瞬の事で見えなかったと話す。
「ほほっ。だいじょぶか?」
「え…」
「なかなか良い突きじゃったぞい」
ゲイルは立ち上がり、状況を確認する。
「今、何をした?」
お爺さんは答えず、立ち去ろうする。
「待てよ」
ゲイルはお爺さんの肩を掴む…その瞬間、景色が回転し、地面へたたきつけられる。
そして、うつ伏せに抑えつかえられてしまう。
「くそっ」
すぐに立ち上がろうするが出来ない。
お爺さんに腕を捕まえられていた。だが、力いっぱいに掴まれているわけなでもない。
ゲイルは何とか出来ないか、体をねじったりするが、びくともしない。
「なんで!…」
「無理をすると体を痛めるぞ」
「初めての経験でした。関節を極めるとは違って別の力が入っているような」
「別の力?でも、相手がお爺さんなら強引に…」
「そう思ったんですが…無理でしたね」
ゲイルは諦め体の力を抜く。
「参ったよ…」
お爺さんはゲイルの腕を離す。
ゲイルは立ち上がり、掴まれた腕を見る。腕には掴まれた痕はない。
「爺さん。あんた、なにもんだ?」
縁側に座ったお爺さんに話しかける。
「ただのジジイじゃよ」
「そんなわけあるか。どこの流派だ?誰から教わった?」
お爺さんは微笑むだけ。
「もう、ええじゃろ。帰れ」
「暇なんだろ?もう一度だ」
「何度やっても同じじゃよ」
「そいつはわからないぜ。あんたのやり方はだいたいわかった」
「ほう」
「今度はさっきのようには行かない」
お爺さんは微笑んだまま、立ち上がり庭へと出る。
再び対峙する二人。
「いやぁ、こてんぱんにやられまして」
ゲイルは笑いながら話す。
「投げ技だけかと思ったら、打撃も出来て急所に正確に当ててくる」
手も足も出なかったという。
「笑って話してるけども…」
「いやもう、笑うしかない有様で」
ゲイルはお爺さんにはどうやっても勝てないと悟る。
「まだ、やるか?」
「はあ…はあ…」
首を振る。そして跪いた。
「爺さん、いや師匠。その技、教えてくれ!」
両手をつき頭を地面につける。
「はははっ、お前さん調子が良いのぉ。掌返しで教えてくれとな」
ゲイルは上には上がある事を身を持って知ったのだ。
「頼む」
「お前さんは筋がいい。わしが教えんでも、わしぐらいの年になれば、自然と境地に行き着く」
「そんな事は…」
「わしは教えるのが下手での。それは誰かに教わったわけではなく、自分で見い出したモノだからじゃ。教えたとしても、お前さんには使いこなせず中途半端になってしまうだろう」
お爺さんはそう話した。
「どうしても駄目なのか」
「まあな。教えはせんが、忠告を少し。お前さんの動きには迷いがある。自分でもわかっとるだろう?」
「…」
「俺は背筋が寒くなりました。ついさっき会ったばかり人間に心を見透かされるなんて」
「図星だった?…」
「はい」
小さく頷く。
「その迷いを俺は考えないようにしていました。無心で。その方が思った通りに動けるし、相手の動きも見えた」
「迷うことは悪いことではない。わしも迷ってここに行き着いた」
「どうやって迷いを捨てたんです?」
「捨てとらんよ。今も迷うことある」
「まさか」
お爺さんは静かに笑う。
「お前さんはまだ若い。もっと多くを学び、多くを経験し、そして迷え」
「それから迷う事を楽しめと」
「迷う事を楽しめなんてなかなか出来ないよ」
「ですよね。でも爺さんにそう言われた時、迷ってもいいんだと気持ちが軽くなった気がします」
ゲイルはお爺さんのもとを立ち去った。
後日。また訪ねるとお爺さんはいなく、空き家になっていた。
「それからですかね。色んな流派を渡り歩るき始めたのは」
「そうなんだ。…それでどうしてシュナイツに?ここに強い人がいた?」
「いやぁ…金が底ついてしまって。ここは食事と寝床が…」
「ああ、そうだね…」
二人で苦笑い。
「でも、ここに居ても多くの流派を学べないんじゃない?」
「そうですね。でも、まだ時間があるんで…それに…」
彼は短槍を型を作っているミャン達…いや、ジルだろうか?…を見る。
「それに?」
「いえ、なんでもないです」
そう言って立ち上げる。
「ウィル様。時間があるなら、どうです?」
ゲイルは構えた後、突きを出す。
「体術やりませんか?」
「え?…」
Copyright(C)2020-橘 シン




