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ブレイバーズ・メモリー(1)  作者: 橘 シン


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17/102

1-16

「次はこの兵士か…」

「はい」

 傷病兵を診て、優先順位つけ治療を始めた。

「脇腹が酷いな…そっちは?」

「腕に刺し傷。深くはないです。出血も微量」

「よし、そっちは君に任せる」

 腕の傷は学生に任せ、脇腹の傷を処置を開始した。

「ううっ!…」

 うめき声を上げるが、構わず続ける。いちいち気にしていられない。

「我慢してくれ」

「大丈夫ですよ。先生が来てくれましたから」

「先生?…医者か?」

 兵士が突然、先生の肩を掴んだ。

「ああ」

「俺は、いいから…ダチを頼む…」

 そう言って隣を見る。

 隣にはもう手遅れと判断した兵士が横たわっている。

「彼はもうだめだ」

「頼む、俺なんかより…あいつを…あいつには待っている人がいるんだ…」

「そうか」

「…頼む」

 兵士は泣きながら、訴える。

「彼を助ける事はできない。手遅れだ」

「医者、なんだろ?…なんとかしてくれぇ…」

「無理を言わないでくれ。出来ないものは出来ない。彼を治療するよりも君を治療したほうが希望がある」

 兵士は手で顔を覆い、押し殺す様に泣く。

「わたしは一人でも多く助けたんだ。もう手遅れなのに治療をして、その間に君や他の誰かまで死んでしまってはなんの為の治療なのか…わかってくれ」

 そばにいた学生たちも涙ぐんでいる

 わたしは兵士の処置すませ、包帯等は学生たちにに任せた。

 

「友人を助けたいという気持ちは分かる…。わたしだって、逆の立場なら同じ事を言っただろう…」

 きっと、僕も言ったと思う。

 そういう者が何人もいたという。


 傷病兵たちの治療を進め、学生に技術を教えるくらい余裕が出てきた。そんな時だった

 鎧を着込んだ兵士達が入ってきた。

「おい!シュナイダー隊長の治療をしてくれ!」

 入るなり大声で怒鳴る

「おお、やっとシュナイダー様の登場ですな」

「うむ。余計な話が多くて長くなってしまったわい」

「そんな事はないですよ」

 先生の事も、と言ったのだから。

 

「シュナイダー様の第一印象はどんな感じでしたか?」

「第一印象か…若いな、と。それとそのへんの兵士と変わらんかったな」

「そうですか。その頃には英雄と呼ばれてましたよね?」

「ああ。だから、わたしもどんな奴なのかと、興味があったのだが…特に惹き付けるものはなかった。当時はな」


 怒鳴った兵士が肩を貸してもらっているこの者がシュナイダーという竜騎士か。

「早くしろ!何をやっている!」

 学生達が一斉に彼らに近づく。

 それを手で制した。

「待て。怪我の状態を診る」

 シュナイダーの怪我のの状態を診る。.

 太ももに切り傷が一つ。他にはないようだ。

 血は止まっているからいうほどのことじゃないな。

 シュナイダーの後ろにも怪我人が並んでいる。むしろそちらのほうが悪そうに見える。

 確かめようと彼らに近づこうしたが。

「何をしている!」

「怪我の状態を見えなければならない」

「そいつらは後でいい!シュナイダー隊長を先に治療をしろ!」

「彼は後だ」

 優先順位に地位や位は関係ない。

「なんだと!貴様、無礼だぞ!」

 怒り狂った怒鳴り声が耳に響いて痛くなる。

「よさないか。私はあとでいい」

「しかし…。貴様、これは命令だ。シュナイダー隊長を最優先で治療しろ!」

「だから、断る」

「なっ!?…」

「わたしは軍人ではないからな。命令を聞く義務はない」

「なに、どういうこだ!」

 今度は学生達を怒鳴りつける。

「はいっ。先生は町医者であり、招集を受けここに来られということであります」

「町医者だと?」

 シュナイダー様が笑い出す。

「確かに町医者に命令は通じないな。お前の負けだ」

 肩を借りていた部下の胸を叩いた

「先生。彼を先に頼む。一番怪我の状態が悪い」

「そのようだ」

 シュナイダーに貸している反対側の肩から出血し、地面に垂れている。

「自分は大丈夫であります。お先に…」

「私は後で、いや最後でいい。これは命令だぞ」

 そう言うと学生の肩を借り、テントの外へ出ていった。

「命令、だそうだ。奥へ行ってくれ」

 立ちすくむ部下を奥へ行くようと促す。

 歩き方がおかしい。 

「足も怪我しているのか?」

「大したことはない。それより早くしてくれ」

 処置台にどっかりと座る。

 鎧を外しながら、肩と足以外に怪我がないか、診ていく。

「軍医はどこに行ったんだ?」

「朝からいないらしい。逃げたのかもな」

 なぜか、学生たちが謝る。

「この程度の事で、情けない…」

 吐き捨てるように言い放つ。

 肩と足以外に特に目立つ怪我はなかった。

「肩はどうだ?」

「酷いです。よく平静でいられますね」

「慣れてる。いいからさっさとしてくれ」

 処置を始めるが、縫っている最中も眉一つ動かさない。

 処置が終わった途端、出ていこうする。

「待て。経過を診たいから、そこに寝ていてくれ」

 足は本人は大したことないと言っているが、診てみなければ分からない。

「縫ったのなら、もう大丈夫だろう?」

「大丈夫だが…。過信されてもな」

 無理をすれば、縫った所が開いてしまう。

「怪我人が歩き回っていたら、周囲が気を使う。そうは思わないか」

「…」

「君とさっきの上官と逆の立場だったら、どうだ?少しでも休んでほしいと思うだろう?」

「…わかった。だが、明日までだ」

「ああ、それでいい」

 なんとか彼引き止める事ができた。

 残りの怪我人(シュナイダー様以外)は比較的軽症だったので学生たちに任せ、外にいるシュナイダー様を治療する事にした。

 シュナイダー様は木箱に座り、兵士から報告を聞いていた。

 近づく先生に気づき、断りをいれる。

「すまない。少し待ってほしい」

 頷きつつ、すぐに始められるよう器具を出しておく。

「…わかった。ブリッツの隊からの報告は?」

「先ほど伝令が参りまして被害はゼロ。詳細は、帰投後にするとの報告が来ております」

「そうか。向こうに被害がないのは不幸中の幸いか…」

「後方に報告しますか?」

「報告はブリッツが戻ってからでいい」

「分かりました」 

「ご苦労」

 兵士は敬礼をしてから去っていく。

「お待たせした。よろしく頼む、先生」

「ああ」

 応急処置であろう太ももに包帯が巻かれてりいる。多分、学生だろう。

 包帯を取り除き、傷を診る。

 やはり傷は深くなく、血はほぼ止まっていた。が縫ったほうがいいだろうと判断した。r

「縫わなければならない。我慢してくれ」

「やってくれ。その先生…」

「何かな」

「話しながらでも…」

「構わない」

「良かった。気が紛れる」

 シュナイダー様は苦笑いを浮かべる。

「自己紹介がまだだったな。フリッツ・トウドウだ」

「私はレオン・シュナイダー」

「ああ、知ってるよ」

 ですよね、と言って笑う。

 握手のため、右手を出してきたが、お互いに手が汚れていたので後にすることにした。

「先ほどの部下の怪我は?」

「大丈夫だろう。一応経過を診たいので、寝てもらっている」

「そうですか」

「本人はすぐに出ていこうしたが、引き止めたよ。豪胆な奴だな」

 そういう奴ですと笑いながら言う。

「痛っ」

「半分終わった」

「はあ…。先生が来てくれて良かった…」

 ため息とともに話す。

「軍医まで逃げだすとは…がんばってくれていたんですが、こんな状況じゃ無理もない」

「膠着状態だと思っていた。招集が来るまでは」

「お互いに決め手にかけて小競り合いが続いています」

「いつもこんな感じなのか?」

「いや…」

 シュナイダー様は首を振る。

「ここまで酷いのは久しぶりです…原因は自分にある」

「原因?」


 ここの戦場は林の中で、丘がありお互い陣地は見えない。

「とにかく状況が掴みにくい」

 状況が掴めず、シュナイダー様は焦っていた。

「このあたりは王国の領地だったので、なんとか取り返せないかと思って…」

 丘を越えるか回り込めばいいが、それは向こうもわかっているので監視をしているし伏兵もいる。

「自分で確かめようと…」

「自分で?」

 先生は一旦手を止めて、訊いた。

「部下を行かせればいいだろう?」

「そうなんですが、見るのと聞くのとでは違う」

 シュナイダー様はこの陣地来てから、まだ戦場には出ていなかった。

「分かるが、君は指揮する立場だろう?前に出て、もし何かあれば…」

「何かあったら、それまで事。誰かが引き継ぐ」

「君は立場がわかっていないようだな」

 再び傷を縫い進める。

「立場ですか?」

「ああ、そうだ。君は英雄と呼ばれているのを知らないのか?」

「知っています」

 シュナイダー様の表情が暗くなるのが先生にはわかった。

「担ぎ上げられているだけですよ。二、三度だけ作戦が成功したぐらいでどうかと思います」

「それがきっかけでここまで領土を取り戻したし、君がいなかったら、と考えたら…誇ってもいいと思うけどね」

「誇る程の余裕なんてありません。担ぎ上げられた結果、難しい戦場を任されてしまった」

そう言って少し俯く。

「軍内部には、私が英雄と呼ばれている事に不満を持っている者がいるという噂が…」

「内部に?妬みか…それでここに飛ばされた?」

「わかりませんけどね…」


「そんな事できるんですか?」

「さあな。出来るとしら、それなりに上の人間だろう」

「酷いですな」

「…」

「妬む事は人として正常だと思うがな」

 先生はそう言う。

 確かに、僕も商売がうまくいっている人を羨ましく思うことはある。でも、陥れようとは思わない。


 縫い終わった傷口に布を当て、その上から包帯を巻いていく。

「英雄という者を民衆は求めていたんじゃないと、わたしは思っている」

「民衆が?」

 帝国が攻め込んできた当初、王国は負け続け、国内は暗い雰囲気に包まれていた。

「そこに君が颯爽と登場した」

「颯爽…」

 颯爽と呼ばれた本人は苦笑いを浮かべる。

「英雄と呼ばれても全然、不思議ではない」

「そう呼ばれてから、動きにくくなりました」

「そうか?」

「そうですよ。どこへ行っても注目されますし、変に大事されて、気を使われて…」

「さっきの部下のようにか?」

「ええ、そうです」

 シュナイダー様は何度も頷く。

「なら、それを利用すればいい」

「利用、ですか?」

「民衆や部下たちは君を支持している。ここまま英雄として、ぐうの音のでない程の活躍すれば、文句をいうやつはいなくなる。好きにできるぞ」

「そう簡単に…」

 シュナイダー様は首を振る。

「三度の作戦を成功させた。これは偶然ではなく、君の才能でないかな」

「才能…なんてないですよ。私だけじゃない他の同僚や部下のあっての事」

「それを含めて才能なんだ。もしかしたら、その才能でこの戦争を早く終わらせる事が出来るかもしれない」

「終わらせる…」

「君はこの惨状を見続けたいのか?わたしは見たくない」

「…」

 シュナイダー様は手を組み、周りを見る。

 本来なら休んでいなければならない傷病兵たちが必死に働いている。

「もちろん、私も見たくありません」

「なら、君にしか出来ない事をやるべきなんじゃないか?それとも一つ…」

「なんです?」

「戦争が終わってしまえば、英雄なんて見向きもしなくなる…かもしれない」

「本当ですか?」

「さあな。それは自分で確かめたらどうだ?」

 


「戦争が終わっていろんな所に引っ張り出されたと聞いた時は笑ったよ。本人からは、わたしが嘘を言った、と悪態をついておった」

 当然といえば当然だろう。

 各地を周って、盛大な歓迎を受けた。

「私が住んでいた街も来られましたが、すごい歓迎ぶりでした。シュナイダー様もご機嫌が良かったように見えましたが」

「レオンは常識をわきまえているからな。皆の前では英雄として、それらしく演じる。わたしも一度見たが、もうおかしくて見続けられんかった」

 先生は笑い出す。

「実は…シュナイダー様と会ったのはここが初めてではないんです」

「そうなのか?」

「はい。僕は孤児院の出身なのですが…」

「うむ」

「その孤児院に来てくれた事がありました。突然だったので、先生達は慌ていましたが、それを構わず子供達に甘いお菓子やおもちゃを配ったり握手をしたり…」

「そういやそんな事もしてたな」

「僕もお菓子を貰って握手をしました。その時の事はよく覚えています」

 その手は無骨だけと温かい、いや熱かった。

「僕はその他大勢の中の一人だったので、シュナイダー様は覚えていないでしょうけど」

 こんな近くでシュナイダー様を見れた事に感動した事を思い出した。


「先生は、その気にさせるのが上手ですね」

「そうか?」

 包帯を巻き終わった頃、鎧を着込んだ兵士数名が足早に近づいてくる。

「帰って来たか…」

 兵士達はシュナイダー様の前に来ると片膝をつく。全員、竜騎士だという。

「隊長、ただいま戻りました」

「ああ。ご苦労」

 先頭にいた竜騎士がシュナイダー様の太ももの傷に気づく。

「その傷は?…」

「やってしまったよ」

 包帯の上から傷を撫でる。

「具合は?」

「大した事はない。先生が手当してくれた。私より酷いのが中にいる」

「そうですか」

 シュナイダー様が先頭にいた兵士以外に休憩を取るよう指示する。

 竜騎士達は敬礼をして去っていった。

「彼は部下のブリッツ。こちらは今日、着任した治療を担当してくれるトウドウ先生だ」

 お互いによろしくと言葉を交わす。

 ブリッツと呼ばれた竜騎士はシュナイダーと変わらない年齢のようだ。

「助かります」

「医者の務めを果たしているだけだよ」

 先生は器具をしまい込み始めた。

「ブリッツ、お前の言う通りだったよ…」

「だから、言ったでしょう…ここは見守るべきと」

 シュナイダー様自ら偵察隊を率いてに出た結果、敵の偵察隊と鉢合わせ戦闘なる。それだけならまだ良かった。

 敵の伏兵が登場、こちらもすぐに増援を出し、戦闘が拡大。被害を出しつつ、後退した。

「向こうとこちら、鏡合わせようなもの」

「ああ…」 

 力なく頷く。

「お前の方は?怪我人がいない事は聞いている」

「はい。かなりの回り道した甲斐がありました。敵陣の側面に行けるようです」

「おお…ん?ようですとは?」

「敵も側面から近づかられる事は予期しているようで、警戒していますね。わかりやすい落とし穴がありました」

「わかりやすい落とし穴?いや、すまない」

 先生は思わず口を挟んでしまった。

「いいですよ。なんです?」

「わかりやすい落とし穴では意味がないではないかとね」

「あえて見つけてもらって油断させるんですよ」

「その後ろに本命です。また落とし穴か、伏兵か…」

「なるほど」

「自分はここで引きました」

「正しい判断だ。…敵の指揮官は間抜けではないらしい」

 不敵に笑う。

「ブリッツが行けたのなら逆も然りだな?」

「はい、監視兵を増やすよう指示しておきました」

「助かる」

 指示したのはブリッツという竜騎士の独断だろうが、シュナイダー様は咎める事はしない。

 ブリッツという部下をかなり信頼しているようだ。

「報告書にはありのままに書いてくれよ」

 そう言って立ち上がった。ブリッツの肩を借りる。

「わかっています。隊長が部下の意見を聞かず、無理をしたと」

 そうだ。と言って笑う。

「先生、食事は?」

「いや、まだだ」

「どうです。一緒に」

 先生は首を振った。

「まだ診たい怪我人がいる」

「そうですか…良かったら夕食を…酒があるんですよ。どうです、一杯」

 声を抑えて、グラスをあおる仕草をする。

「隊長、飲む状況ではありませんよ。怪我をされているのに…」

「飲みたい気持ちは分かるが、医者としてはやめてほしいね」

 分かりました…と力なく答えた。

「それじゃ、また後で。ありがとうございます、先生」

「ああ」

 シュナイダー様は肩を借りつつ、歩き出すく。

「なあ、ブリッツ。この前、話した作戦覚えているか?あれをもう一度検討したい」

「あれはリスクが高すぎます」

「分かってはいるが、あれ以外思い浮かばない」

「今、この戦力では無理です。他の陣地との連携も…」

「その辺も含めて検討したい。出来ないわけじゃないと思うんだ。頼む」

「…分かりました。やりましょう」

 二人はそのまま話し合いながら去っていった。


「レオンとの初対面はこんな感じだな」

 先生はしみじみと語り終わった。

「シュナイダー様を治療したのは一度だけですか?」

「いや、もう何度やったか…覚えとらんよ」

 シュナイダー様は後方で指揮するよりも、最前線で戦う事が好きなようで出撃のたびに怪我をして帰って来たという。

「竜騎士とはそういうものらしいが、周囲は気が気でなかっただろう」

「先生がいるから安心して前線で戦ったのでは?」

「頼られてもな、限界があるぞ」

 一度、重傷を負い治療したものの、三日経っても眠ったまま意識を回復する事がなかった時があった。

「さすがに覚悟したよ。英雄もこれまでかと、思っていたら…あいつ、目を覚ました途端、看護婦のケツを触りおって」

 先生はため息を吐いた。

「ええ…」

 シュナイダー様は看護婦から平手打ちをもらい、生きている事を実感したという。

「そういう話もあいつを英雄へと仕立てていった。本人は望んでいなかったがな」

 そうなる運命さだめだったのかもしれん。と先生は話す。

 運命さだめか…。

「僕がここにいる事も運命さだめなのでしょうか?」

「ウィルよ。若いうちはそんな事を考えず、ただ前を向いて突き進めばいいんだ」

 そう言って先生が僕の太ももをパンと叩いた。

「はい」

「わたしらのように老いぼれてから、振り返えればいい…なあ?」

「はい、先生のおっしゃる通りこざいます。なぜに主人のご息女に熱を上げてしまったのか」

「若いとは恐ろしいものよ」

「全くです」

 二人は笑う。

 

 笑っている二人の向こうに、リアンが見えた。アクセサリーが入っている袋を持っている。

 彼女はこちらに気づき、近づいて来る。

「おお、復活したか?」

 先生の問いかけに、ちらりと見ただけだった。

「大丈夫のようだな」 

 そう言うと先生はたちあがる。

「わたしは戻る。アル、チェスの相手をしてくれ」

 マイヤーさんは僕を見る。僕は彼に頷いて見せた。

「よろしいですが…わたしくでは相手にならないのではありませんか?」

「ハンデをやる」

「わかりました」

 二人は医務室へと向かう。

「先生、また話を伺っても…」

「ああ。いつでも構わんよ」

 先生は笑顔で答え、マイヤーさんとともに去って行った


「リアン、大丈夫?」

「大丈夫よ」

 彼女の表情を見る限り、平静のようだ。

「これ…」

 彼女からアクセサリーの入った袋を受け取る。

「二人は受け取ってくれたわ」

「そう」

 当然ながら袋の中にはアクセが残っている。

「私、変でしょ?血が怖いなんて…」

「別に変じゃないよ。僕だって怖い」

 リアンは小さくため息をは吐く。

「先生はもうあんな風に言う事はないよ」

「うん…」

 彼女は前を見つめたまま、小さく呟く。

「先生は私のために言ってくれてるって分かってるの…でも…」

「リアン、怖いままでいいんじゃないかな。無理してどうにかしようとか考える必要はない。と思うよ」

 克服したほうがいいのかもれないが、絶対に克服しなければならない状況でもない。

 彼女自身、先生の意図を察している節はある。

「リアン、大丈夫かい?」

 声に顔を上げると、ヴァネッサが立っていた。

「別に、なんともないわ…」

「ほんとに?」

「本当に大丈夫だってば!」

 リアンは勢いよく立ち上がり、この場を去ろうとする。

「自分の部屋にいる…」

 そう言うと館の中へ入って行った。

 ヴァネッサが代わりにリアンが座っていた所に座る。

「で、何があったの?」 

「うん。先生が…」

 さっきあった出来事を話した。

「リアンがおかしいってよく分かったね」

「あんたより付き合い長いからね」

 当たり前か…。


「克服ね…あたしも先生から聞いてる」

「そう。ヴァネッサはどっち?克服したほうがいいのか、それとも克服せずに出来るだけ血とかに触れないようにするのか」

「あたしは先生と同意見」

「そうなんだ」

「どうすればいいのか分からないのも一緒」

 そう言うと苦笑いを浮かべる。

「僕は彼女に無理をしてほしくない。克服したほうがいいんだろうけど…あのヴァネッサ、リアンはなんで…」

「なんで血が苦手なのか?」

 僕の言葉の先を奪うように言う。

「うん…」

「今、聞くかい?」

 僕は頷いた。

「シュナイダー様経由だから、あたしも言うほど詳しくないんだけど。簡単に言うとリアンは両親が殺される所を見てしまった…いや、殺された後だね」

 ヴァネッサの話に僕は言葉を失った。

「そう…なのか…」

「リアンの家系は良い所でね。多分、金目当てに賊にやられた。リアンはクローゼットの奥にいて助かったんだけど、その時に家にいた両親と使用人全員が殺された」

「全員…ひどい」

 リアンの両親とシュナイダー様は知り合い。

 一報と聞きつけシュナイダー様が駆けつけた。

 クローゼットに隠れているリアンを見つけ保護。その際、両親の遺体、その周りの血溜まりに発狂したという。

「実際、見たわけじゃないけどさ。血が苦手なっても仕方がない状況だった…」

「お金目的でそこまでする?」

「シュナイダー様もそう思って調べたらしいよ。でも…」

 ヴァネッサは首を振る。

 犯行は深夜。目撃情報はない。

「目的どころか犯人の手がかりさえなし。何もわからなかった」

「そう…。それで、リアンは?その後どうしたの?」

「シュナイダー様が引き取って全寮制の学校に入れた」

「親戚とかじゃないんだ」

 居なかったわけじゃないが、王都から遠い。シュナイダー様は出来るだけ近くで見守りたいと、強く希望した。

 学校は王都からさほど離れていない。費用はすべてシュナイダー様が負担した。

 その後、学校を卒業。シュナイダー様が用意した家に住んでいたかが、シュナイツに来ないか?というシュナイダー様の誘いを受け、ここシュナイツきた。

「リアンについてはこんなところだね」

「ありがとう。事情は分かった。それにしても…」

 僕は小さくため息を吐いた。

「どうしたの?」

「今日は血生臭さい話ばかり聞いているなって」

「あー…そうだね」

 そう言って彼女は笑う。

「ジルとアリスもそんな感じだからね、覚悟しておきな」

「ほんとに?参ったな…」

 僕も血が嫌いなりそうだ。


「まだアクセ残ってんの?」

「うん。ライアたち渡そうと思うんだけど…」

「今、休憩中だから。行ってみれば?」

 そう言われ、ヴァネッサとともライアたちの所に向かった。


「どうされた?ウィル様」

「これをライアたちに」

 袋の中の見せる。

「なになに?」

 ミャンが袋の中のアクセを覗き見る。

「これ、貰っていいの?」

「いいよ。一つだけね」

 ミャンは革紐で編んだブレスレットを選んだ。ミャンはもとから首に何かを下げている。

「じゃあこれ。ありがとね」

「僕はこういうのは付けないのだが…いただけるというなら頂戴しよう」

 と、言ったが迷っている様子。

「アタシが選んで上げるよ」

 彼女がライアのために選んだ物は、彼女が自身のために選んだ物と色違いの物。

「これね~」

 そう言うとライアに同意を得ずに、ブレスレットを彼女の手首に付けた。

「お揃いだよん」

「なんで、君と同じ物を付けないといけないんだ?…」

 ライアは微妙な表情だが、ミャンは嬉しそうにしている。

 取り替えようか?と尋ねたが、特に好みはないのでこれでいいと言った。


「ジル。君はどう?」

「わたくしですか?…」

 袋の中からアクセを取り出し見せる。

「それ、俺らも貰っていいんすか?」

 ジルとの話に割って入って来たのは、ゲイルだ。

「一応、女性用にって買ったものなんだけど…」

「男でもそういうの付けてる奴いますよ。髪飾りは別として」

 確かにいる。友人にも、ここの兵士達の中にもいる。

「そうだね。でも、みんなに配るほど数はないんだ。女性優先ということで、すまない」

「そういう事なら」

 彼は引き下がる。

「で、どうかな?」

「わたくしは付けないのですが、アリス様にお一つ…よろしです?」

「もちろん」

 彼女が選んだのは、木製のビーズ(染色してる)に革紐を通したネックレス。

「これを頂戴いたします」

「君の分はいい?」

「はい、ご厚意には感謝しますが、わたくしは結構です」

 いらないというなら仕方ない。

「遠慮しなくていいんだよ」

 ヴァネッサがそう話しかける。

「そういうわけでは…」

「じゃあ、どういうわけ?」

「ヴァネッサ、いいよ。無理強いしても…」

 彼女は僕が持っていた袋からアクセを一つ取り出し、ジルの手に握らせる。

「これでいいね?」

「…」

 ジルは戸惑った様子で、僕とヴァネッサを見る。

「あんたは魔法士隊へ行きな」

 そう言うとジルを連れて行ってしまう。その時、彼女に耳打ちした様に見えた。

「ミャン、休憩終わりだよ」

「うげぇ…」

 と、ミャンは声を漏らした。


 ヴァネッサに言われたまま、魔法士隊の方へ行く。

 彼らは宿舎の前で会話をしていた。

「なにか用ですか?」

 そう話しかけてきたのは、エデルだ。

「うん、ちょっとね。用があるのは女性達になんだ。これを配っている」

 リサ達に袋の中のアクセを見せる。

 事情を説明し、よかっかたら貰ってほしいと話した。

「へえ、良いですね」

「ほんとに、いいんですか?」

「ああ、いいよ。一つだけだけど」

「なるほど~、いいセンスしてますね~」

「お前。その言い方、失礼だろ」

 リサの言葉にエデルが窘める。

「あはは…すみません…」

「別に、構わないよ」

 リサたちは一つ一つ手に取り物色する。

「エレナは?部屋かな?」

「ここにいない場合は部屋ですよ」

「午後はいつも部屋で研究してるみたいです」

 レベッカとナミが教えてくれた。

 研究か…。

 エレナは転移魔法の研究をすると言っていた。

「どれにしようかな~」

「りさには赤い色が似合うと思うよ」

 そう言ったのはウェインだ。

「そう?じゃあ、これにしようかな」

 選んだのは、赤く染色した革紐を編んで作ったネックレス。

「付けてあげよう」

 リサとウェインは離れていく。ウェインがリサの首の後でネックレスを結んている。

「あの二人すごく仲が良さそうだど…」

 ナミとレベッカがああ…と言って苦笑いを浮かべる。

「男女の関係かどうか、みたいな?」

「うん、まあ」

 リサが魔法を失敗した時もウェインが真っ先にそばに駆け寄ったのを思い出す。

「ウェインさんはわかりませんけど、リサさんは否定してましたよ」

 ナミが声を抑えて教えてくれた。

「だけどさぁ…」

「ねぇ」

 二人はリサとウェインを見た。リサとウェインは仲睦まじくしている。

「なに?」

 リサが気づく。

「いやあ~、とっても仲いいなって」

「ふ、普通でしょ…」

 レベッカの指摘に若干動揺してる様に見える。

「それより、まだ選んでないの?ウィル様、待ちぼうけしてるじゃない」

「あ、すみません」

 レベッカとナミが慌ててアクセを選んだ。

「大丈夫だよ。それでいい?」

 慌てて選んだ二人に確認を取る。

「はい、これでいいです。ありがとうございます」

 三人が礼を言う。

 礼を言われる品物じゃないんだけどね。

 

 エデルに目を向ける。

 彼は座り込み、怪我をした左膝あたりを触っていた。

「膝が痛いのかい?」

 彼のそばにしゃがみ尋ねる。

「いや、膝はなんともないんですが…金具の調子が…」

 彼の左膝を支えている金具と革はかなり使い込まれているように見える。

 金具の部分は膝の動きに合わせて動くようになっていた。

 調子が悪いのは、その動く部分。金属同士が複雑に絡んでいる。

「動きが悪くて…くそ!」

 エデルは拳で叩いた。壊れるのではないかと冷や冷やする。

「ちょっと、見せてくれないか」

 しゃがんでよく見ると、金属部分が少し錆びている。

「錆びているね?」

「はい。これのせいでしょう。動きが悪いのは…地油あれば、とりあえずは動きが良くなるとおもうんですが…」

「あるよ」

「え?あるんですか?」

 彼は驚いた表情で僕を見る。

 ヴァネッサが午前中、僕がデボラさんの家のドアを直し事を話したが、蝶板の事は言ってなかった。

「ドアの蝶番とかに使う物のなんだけど、それでいいなら」

「蝶番…たぶんそれで大丈夫かと…」

「そう?なら取ってくるよ」

 僕は立ち上がった。

「あの、今じゃなくても、時間のある時で構いません。動かないわけじゃないですし…」

「今が、時間がある時なんだ。重い物じゃないから、気にする必要はないよ。エレナにアクセを渡してから、地油をもってくるよ」

「わかりました」

 彼の言葉に頷いてから、館へと戻った。


Copyright(C)2020-橘 シン


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