エピソード10 領主の帰還
シュナイツに着いた時、領民みんなが迎えてくれた。
昼過ぎだったはず。
やはり、僕が竜に乗っているのを驚いていたね。その話は省く。
「ウィル様、おかえりなさい。」
「ただいま、トムさん」
トムさんと握手をする。
「無事のご帰還。安心しました」
「なんとかね…」
「みんなおいで~。お菓子を買ってきたわ」
「お菓子?」
「やった~!」
リアンが子供達に、ポロッサで買ってきた焼き菓子を配っていた」
「仲良く食べるのよ」
「は~い」
子供達の笑顔にこちらの顔もほころぶ。
ヴァネッサやミャンが領民達と話をしている。
トムさんに補助金についての話をした。
「王国から補助金が出る事になったから、食料については心配ない」
「そうですか。それありがたいですね」
「うん。まずは食べいかないといけないからね。それとこれを…」
ずしりと重い革袋を渡す。
「これは…お金ですか?」
「ああ。食費については今までどおりこちらで。その他、必要があればこれを使って」
「これも補助金ですか?」
「うん…そう」
実はこれはリカシィのギルドに預けてあった僕のお金だ。
その事を言えば、遠慮するだろうから、あえて言わない事にした。
「本来な税を支払う立場なのですが…」
「そうだろうけど、無理なものはしょうがない。それを言ったら、補助金も本来ならもらわないのが最良だから…。ここは受け取ってほしい」
「…わかりました。大事に使わせていただきます」
「うん、ありがとう」
僕らはもう一度握手をした。
「ウィル様、鎧姿が凛々しいです」
「え?…」
デボラさんから思いがけない言葉をかけられる。
「そうですか…借り物なんですが…」
ヴァネッサが笑いを堪えてる様に見える。
「若い頃のシュナイダー様を思い出します」
「いやいや…そんな事はないでしょう」
参ったな…。
「デボラ、褒めても何も出ないよ」
「他意はありませんよ。そう思っただけで」
「何も出ないけど、補助金は出るから。安心して」
何とか話をそらしたい。
「そいつはありがたいな」
領民からは安堵の声が漏れる。
食料に困っていてはその他に事に考えがいかないからね。
これ少し余裕が生まれるはずだ。
領民達と少し話をしてから、館へ。
「ウィル様、おかえりなさい」
「ただいま」
門番から声をかけられる。
「その竜ってウィル様のですか?」
「ああ、そうだよ」
「一回で竜に選ばれたらしいぜ」
「すげえ…」
「戦える竜じゃないけどね」
「それにしたって…」
「そういう話は後にして、早く入りな」
ヴァネッサに促され門をくぐる。
マイヤーさんやシンディの他オーベルさん達メイドまでほぼ全員が僕達を迎えてくれた。
みんなの顔がこんなにも懐かしく思えるとは…。
「おかえりなさいませ。ウィル様」
「ただいま、マイヤーさん」
「無事のご帰還嬉しく思います」
「僕も心底そう思います」
お互いに笑いながら握手をする。
リアンはシンディとオーベルさん三人で抱き合っていた。
荷物はメイドに、竜はサムに預ける。
「こっちは何もなかったらしいですね」
「はい、平和でした」
「マイヤーさんは暇だったんじゃないですか?」
「さほど変わりませんでした。ウィル様様やリアン様の代わりにエレナ様やライア様のお世話をさせていただきましたので」
「そう」
「それから、先生とチェスを」
意外とやる事があったみたいだ。
「ウィル様」
リアンがオーベルさんをつれてくる。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
「オーベルには話したから」
「そう…すみませんでした」
「謝る必要はございません」
と、言いつつも顔は真顔だ。
「四人ともご無事にお帰りになられた。それだけで充分でございます」
「はい」
「ごゆっくりお休みになってくださいませ」
「はい、ありがとうございます」
オーベルさんはそっと腕を触って後、去っていった。
「ウィル様、おかえりなさいませ」
「ただいま」
シンディさんはちょっと涙ぐむんでいる。
「シンディ、泣かなくてもいいでしょ?」
「すみません…安心してつい…」
「気持ちはわかりますよ」
「はい…すみません」
彼女は涙をすばやく拭う。
「補助金の件、話をしてきました」
「それで、どうでしたか?」
「まずは五年。食費分と、それプラス少し出してもらうことになりました」
「そうですか…良かった」
大きく息を吐き、安堵の表情を見せる。
「詳しくは後で」
「はい」
「ウィル様、ご無事で何より」
「おかえりなさいませ」
「お怪我はないようですね、安心しました」
ライアとエレナ。それとジルだ。
「ただいま。三人とも留守番ありがとう」
「ぼくは何もしていない。頑張っていたのはレスターとガルド。それにエレナだろう」
「わたくしもです」
「私も何もしていない」
「何もしていない?崖崩れを直したのはあなたでしょ?」
「魔法士として当然の事をしただけです」
エレナは何でもないように話す。
「遠隔地を見れる魔法を作ったそうじゃないか」
「すごいの作ったわね」
「あれは…まあ、半分出来上がってましたから…」
多少、歯切れが悪いか?。
「今度、見せて頂戴」
「はい、いつでも」
他の兵士達とも話をして、切りのいい所でガルドを呼び出す。
館の東側へ。
「何か用でも?」
「これを返そうと思って…」
僕は腰からショートソードを外し、彼に返した。
「こんな所でなくても…ん?これは…」
ガルドはすぐにショートソードの違いに気づく。
「すまない…君がシュナイダー様からもらった剣は折ってしまったんだ…」
「折れた…どういう事です?」
深き森で起こった賊の襲撃を説明した。
ガルドは驚いた様子だが、怒っているように見えない。
「…ということがあって…」
正直、あまり思い出しなくない。
「…そうですか」
「申し訳無い…」
「いえ、謝る必要はないです」
「でも…」
「剣がウィル様を守ったんでしょう。そして剣としての役割を全うした。ならそれでいいです」
「あの剣はシュナイダー様からもらったものだろう?」
「さほど思入れはないので」
「本当に?」
「はい」
ガルドは表情は変わらない。
「その状況で、よくやったと思います。初陣で賊と討ち取るのはなかなか…」
「やめてくれ」
「え?」
「賊とはいえ、殺めてしまった事を後悔しているんだ、僕は…」
「しかし、そうしなけれなばウィル様が…」
「それは分かっている」
そうしなけれなば、ここに僕はいなかったかもしれない。
僕は大きく息を吐いた。
「君の剣のついて話したかったんだ」
「はい。お気になさらず」
「うん、ありがとう…。この事は口外しないでくれ。特に、リアンには知られたくない」
「分かりました。お約束します」
彼は姿勢を正し敬礼する。
「敬礼はいいから。戻ろう」
「はい」
「盛大に吐いてしまってね…」
「普通ですよ」
「君もそうだった?」
「吐きはしませんでしたが、気持ち悪るさというか、なんというか…表現しがたいですが」
「ああ…」
わかる気がする。
ガルドにもそんな事があったとは。当たり前か。彼だって人なんだ。
「そういうのが嫌で辞める奴もいます」
「そう…」
「よお、帰ってきたか」
フリッツ先生だ。
「ただいま戻りました」
「うむ」
先生は笑顔で僕の頬を軽く叩く。
「多少は精悍になったか」
「どうだろう?」
僕はガルドを見上げる。
「こいつに聞くな。精悍の塊みたいな奴だぞ」
確かに。
「ウィル様は戦う人じゃないんで精悍さは必要ないかと」
「そうだが、領主としての威厳はもう少しほしいな」
「それはしばらくかかりそうです」
「催促してるわけじゃないからな、忘れて kくれ」
笑顔で肩を軽く叩く。
「先生、リアンなんですが…」
「ああ、聞いたよ。大丈夫だ、本人はすこぶる元気だしな」
先生の言葉で安心する。
みんなが集まっているので、補助金について報告。
「給料は出せないけど、食事には困らないから。そこは安心してほしい」
「腹いっぱい食えますか?」
「大丈夫だと思うよ」
「作る身になってくれよ…」
料理長のグレムは気乗りしない様子だ。
「お前らを腹いっぱいするには倍作らないいけないんだぞ」
「仕込みも倍っと」
「休みなしで仕込みだな」
料理人達も滅入ってるみたいだ。
「自分で作ったらどうだ?」
「いやそれは…得意じゃないから…。ちょっと多くするくらいでいいです…」
作る量が増えれば、手間も増える。料理人の負担となってしまう。
メイドも助っ人に入るが、厨房に入れる人数に限界もある。
「待ってヨ!お腹いっぱい食べれないの!?」
「あんたは散々食べてきたでしょ…」
ミャンには我慢してもらう。
「報告はこれくらいで…」
「まだあるじゃないですか?」
「いや、これだけだよ」
「竜とか、陛下と食事したって聞きましたよ」
「それは…聞いたのならいいんじゃない?…」
それ以上に語るものはない。
「詳しく話してたら切りがないよ」
全くしなかったわけじゃない。次の日以降、宿舎に食事時にお邪魔して話をしたよ。
「僕の方が、留守中の事を聞きたいな」
「何もなかったんですが…」
「笑っちゃうくらいなさすぎて」
やはり何もなかったか。平穏無事すんだのなら、それでいい。
「何もないからって、だらけてたんじゃないの?」
ヴァネッサが腕を組み見回す。
「報告は上がってるよ」
彼女の言葉に兵士達が顔を少し伏せる。
「何もなかったから、今回は咎めないけどさ」
安堵の声が漏れた。
お咎めって、蹴られるのだろうか?。
「とりあえず、このへんでいいんじゃない?休ませてほしいわ」
リアンが肩をすくめながら話す。
「わたくしもそう思います。ウィル様達は大義をはたしました。まずは休むのが懸命かと」
大義は大袈裟だよ、オーベルさん。
「確かに、ぼく達にはできない事をしてくれた」
「仕事は今日で終わりでない。英気を養うべき」
ライアとエレナからも言われ休む事にした。
「さあ、解散だよ」
ヴァネッサの号令で皆が散って行く。
皆が散って行く中、レスターがこっちに向かってくる。
「ウィル様、お疲れさまでした」
「ああ。レスターもありがとう」
「礼を言われるほどの事は…。あの、親父とレオ、二人に会ったそうで…」
「会ってきたよ。驚いたよ、君が貴族だったとは」
「すみません。隠すつもりはなくて…」
レスターは頭を下げる。
「いや、いいんだ。ヴァネッサから聞いたよ。華やかな所は苦手なんだってね」
「表側の華やかさだけなら、貴族でもいいんですが…。下衆い所も…」
彼は眉間に皺を寄せた。
「媚びへつらったり、されたり…袖の下とかも」
「なるほど…」
レスターは裏側を見て拒絶反応が出てしまった。
権力者に媚びへつらうのは普通の事だろう。
僕だって商人をしてた時はそうしなけれなばいけない事は何度あった。
いい気分じゃないのは確かだ。
王都でマリウス卿その他の元老院議員と会ったが、その時にだって何度も頭をさげたし褒めたり下手に出た。
僕は領主なって日が短く経験不足だ。
向こうから見えれば、下の下だろう。
でも、そうする事で円滑に事が運ぶならそうするしかない。
印象を悪くしては、利ならず害にしかならないから。
例えそれが本心でなくても…。
「君の気持ちは分かるよ」
「はい…」
「僕は、君がマリウス卿のご子息で良かったと思っている」
「良かった、ですか?…」
「ああ。そうでなければ、マリウス卿と知り合う事は難しかった」
「そうですか…」
レスターにしてみれば複雑な心境だろうな。
彼は貴族には生まれた事を悔やんでいるだろうし。
「君としてはいい気分じゃないだろう…ダシにされたわけだから」
「それは別に構いません。それくらいなら俺を使ってください」
彼はそういうが、本心はわからない以上、彼の貴族としての人脈を使うつもりはない。
マリウス卿と知り合えたからね。これで十分だ。
「家を継ぐ事はないとヴァネッサから聞いたんだけど…」
「それは絶対にありません」
彼はきっぱりと答える。
「あたしが保証する」
ヴァネッサがレスターの背中を叩いた。
「痛って…」
「ね?」
「はい…。ヴァネッサ隊長が言うには親父は諦めたと」
「ほんと?」
リアンは疑うように問いかける。
「はい。それは誓って…」
レスターは膝をつこうしたが、僕はすぐに彼の腕を掴んで止めさせた。
「そういう事はしなくていいから。信じてるよ」
「ありがとうございます」
「リアン」
「ごめんなさい。その、悪気はないのよ…」
彼女は申し訳無さそうに頬を掻く。
「いいんです。副議長の息子なんていう立場が…」
「レスター」
僕は彼の言葉を切った。
「君はシュナイツの竜騎士だ。自身の立場を聞かれたら、そう言って欲しい」
レスターは驚いた表情を見せた後、姿勢を正し敬礼する。
「はい」
「今日まであんた達に任せるからね」
ヴァネッサがレスターの肩を掴む。
「了解です」
レスターは敬礼して、ガルド達の方へ去った。
「ぼくらも仕事に戻るか」
「ええ。私にお任せを」
「ありがとう」
ライアとエレナもそれぞれの隊に向かって行った。
この後、軽く食事をして仮眠。
起きたら、アリスも起きたらしく挨拶した。
夕食はいつもどおりの六人に加えて、アリスとジルも一緒だった。
ここ一ヶ月くらいの事を話題して食事をした。
「これくらいかな」
「大事がなくて安心したよ。お互いにね」
「今思えば、王都から帰って来てからが、領主として本番だと思う」
「やることは王都の行く前とそんなに変わらないんだけど」
「少しづつ仕事が増えていった」
「こちらから聞きたい事があるんだけど」
「この取材で、君は得る物はあるのかな?公開しない約束なんだけど、それでいいの?」
「構わないんだ…。個人的な興味…。変わってるね」
「公開しても、君の他に興味を持つ者が何人いるか…」
「え?嫌なら止める?嫌じゃないよ。恥ずかしいだけさ。公開するなら死んでからにしてほしい」
「ウィル様、お食事の時間でございます」
「ああ。今行くよ」
「続きは…最近、忙しくてね。少し後になりそうだ。こちらから連絡するよ」
「うん、ありがとう。また今度」
エピソード10 終
ブレイバーズ・メモリー(1)完
Copyright(C)2020-橘 シン
ブレイバーズ・メモリー(1)はこれで完結となります。
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