9-4
「サム!ウィル様達を迎えに行く」
「え?迎えに行くって無事なんでしょう?」
「無事だから、迎えに行くんだ。早くしろ!」
俺はサムを連れシュナイツを出た。
ポロッサへ道を全力で走る。
途中、エレナ隊長が魔法で直した崖を見ながら。
ウィル様達が王都に出発したあの日、俺はヴァネッサ隊長のすぐ後ろを走っていた。
シュナイツの南の山にある警備隊までもう少しだった。
そこで賊の矢が飛んでくる。すぐに並走したが、矢がリアン様の脚に刺さってしまった。
その瞬間を、俺は見ていた。
すぐに並走し壁となり、剣を抜いて刺さった矢を半分に切り落とす。
リアン様に矢が刺さったのは俺の責任だ。
俺は左側に違和感があった。あれは気配か殺気だったかもしれない。
そう気づいた時に動くべきだった。
そうすればリアン様に怪我をさせる事はなかったはずだ。
俺に矢が当たっていかもしれない?。
当たったって構わねえよ。リアン様の盾になって当たるならな。
だが、そうならなかった。
「くそっ!」
あの時の事を思い出して、胸くそ悪くなる。
「ガルドさん、飛ばしすぎっすよ!」
「うるせぇ!」
「いい道じゃないし、転んだらどうするんです?」
「この程度の道で転ぶのはお前ぐらいだ!」
軟弱なやつだ…。
ポロッサへの道は左に曲がりつつ下りだ。どんどん加速していく。
まだか…。ウィル様達の姿は見えない。
もうポロッサを出発してるはずだが…。
シュナイツとポロッサの中間は過ぎてる。
もう少し…いた!。
「ガルドさん!」
「ああ、確認した」
四人の姿見えた。が、なんだ?…竜が三頭?。
速度を落とし、近づく。
「ウィル様が竜に乗ってますよ」
サムが困惑してる。俺もだが。
「なんで」
「わからん」
先頭はミャン隊長だ。彼女がこっちに気づき、笑顔で手をふる。ウィル様とリアン様も手を振ってる。
俺達も手を振り返えした。
「元気そうっすね」
「ああ…」
リアン様も笑顔だ。よかった…。
お互いに竜を止める。
「お待ちしてました。ご無事で…」
敬礼する。
「こんな所で何やってんの!」
ヴァネッサ隊長の怒号があたりに響く。
彼女の前に座っているリアン様が耳を塞いだ。
「お迎えに…」
「あんた達は、シュナイツ防衛が任務でしょ?」
「そうですが…」
「さっさと帰りな。こっちは大丈夫なんだから」
「ヴァネッサ、そんな言い方しなくても」
「そうよ」
ウィル様とリアン様が俺達を庇うように話す。
「僕は迎えに来てくれて嬉しいよ」
「ええ。元気そうね、二人とも」
「はい」
「まったく…」
隊長が俺を睨みながらため息を吐く。
「それにしても、ウィル様その竜はどうしたんです?」
「ああ、これはね…」
サムの興味津々の問いにウィル様が答えた。
「マ、ジ、で!?」
これには俺も驚いたよ。
一発で竜に乗ることが出来たとは…この人は何かを持ってるのかもしれない。 天性的な何かを。
「ウィル様も竜騎士に?」
「いや、そいつは無理だ」
「え?だって…」
「ガルドはわかってるんだね」
「はい、その竜は大人でしょう?」
「うん、そのとおり」
ウィル様が頷く。
「なら、戦う事はできない」
「そうなんすか…残念ですね」
「いや、僕は安心したよ。逆にね。領主と竜騎士両方なん、体が持たないよ」
彼は苦笑いを浮かべる。
「竜の代金は陛下さまのポケットマネーだヨ」
「ええ!?」
「本当ですか!?」
「うん…まあ…僕はいらない、と進言したんけど…どうしてもとおっしゃって」
ウィル様が言うには、陛下のご親友であるシュナイダー様に何も出来なかったかわりにらしい。
何がなんだか…。
「そういう話は帰ってからにしなって…」
「そうだね。行こう」
「お待ちを…」
俺は竜を降りて、竜に乗ってるリアン様の下で肩膝をついた。
「ガルド?どうしたのよ?」
「王都への出発時の件。申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
「出発時のって…矢の事?」
「はい。自分は林の違和感に気づいていました。もっと早く行動していれば、リアン様は…」
「やめなさい」
リアン様は俺の言葉を止める。
「あなたは悪くない」
「しかし…」
「悪いのは、王都に行きたいとわがままを言った私の方よ」
「そうであろうとなかろうと、リアン様をお守りするのが自分の任務です。それを果たせなかった」
「だから、それは…ヴァネッサ、お願い」
「あいよ。ガルド、立ちな」
「はい」
俺は立ち上がり姿勢を正す。
ヴァネッサ隊長は近づくよう手招きをした。
隊長は、近づいた俺の額を中指で弾く。デコピンってやつだ。
バチン!
「くっ!…」
「うへぇ…すんげえ音…」
隊長のデコピンは痛いんだ。
ケツを蹴られるのも痛いが…どっちが良いかって?
究極の選択だぜ、それは…。
「ガルド」
「はい…」
「部下の責任は、上官の責任。分かってるよね?」
「はい」
「なら、こんな所で話を持ち出すんじゃないよ」
隊長は怒ってるわけじゃなく、諭すように話す。
「はい…すみません」
「リアンとは、もう話は付いてんの。あんたはよくやってくれたよ。ね?リアン」
「うん。ガルド、ありがとう」
リアン様は俺に礼を言ってくれた。
「礼など、もったいないです…」
「おでこが赤くなってる。大丈夫?」
俺の額を指差しながら、リアン様が笑う。
「大丈夫です…」
「あのー、何の話すか?…」
事情を知らないサムが手を上げる。
「あのね、賊から毒矢をもらっちゃったのよ」
「ええ!?だ、大丈夫なんですか!?」
「もう平気よ」
リアン様は左脚を叩きながら、明るく話す。
「そうですか…よかった」
サムは安心して大きく息を吐く。
「サム。あなた、知らなかったの?」
「知りません。今、初めて聞いて…ガルドさん、なんで教えてくれなかったんです?」
やつは俺に抗議したが…。
「あたしが言うなって言ったの」
「隊長が?。でも、どうして…」
「もし知ったら余計に心配するでしょ。ただでさえ心配なのに」
「それはそうですけど…」
「もしあんたに言ったら、うっかり喋りそうだし」
「やだな~、言いませんよ。オレ、口は固いすっから」
サムは笑い、ヴァネッサ隊長はため息を吐く。
ヴァネッサ隊長の判断が正しいかったのかどうかは、俺には分からない。
軽症で済んだからいいものの、もし後遺症が残っていたら、俺は自分を許せなかっただろう。
事情を知っていたのは俺とレスターだけだ。
近くにいたアリス隊長とジルも知らない。
平気なわけない。だが、できるだけ平気な顔をし続けた。
それはレスターも同じはず。
俺達はシュナイツを、ヴァネッサとウィル様から預かったんだ。
その俺達が動揺を見せるわけにはいかない。
出来たかどうかは分からねえよ。
出来ていなかったら、それは事件になっていたかもな。
リアン様の件は別として、領主不在はほとんどが経験してるからな。
みんな慣れたもんさ。慣れすぎも怖いが…。
「リアン様の事はこれからも他言無用すか?」
「私は構わないけど」
「本人こう言ってるし、いいんじゃない?」
リアン様とヴァネッサ隊長は隠す必要ないと考えだ。
「僕は言わないで隠しておいてほしいな」
ウィル様はそう言って苦笑いを浮かべる。
「どうしてよ」
「オーベルさんが、リアンを怪我させたら承知しないって」
「ああ…言ってたけど、もう大丈夫なんだから…。私の方から言えば、オーベルは何も言わないと思う」
「そうかなぁ…」
「大丈夫よ。済んだ事だもの。オーベルは許してくれるわ」
「そう?じゃあ、頼むよ」
ウィル様はオーベルさんに苦手意識を持ってるようだ。
俺は苦手じゃないが、年長者だから頭は上がらない。
「さあ、行くよ。ミャン。先行って」
「はいは~い」
ミャン隊長が先頭か…なら。
「サム、おまえは殿だ」
「サム、あんたは殿だよ」
ヴァネッサ隊長と声が重なった。
「やだ、何やってんの」
「はあ…。ガルド、あんたはウィルと一緒に。ミャンに続いて」
「はい」
急いで竜に乗り込む。
ミャン隊長を先頭に、シュナイツへ。
「今日着くってよく分かったね」
「エレナ隊長が魔法で…」
エレナ隊長の魔法を説明した。
「へえ。便利なものだね」
「覗き見し放題ジャン」
「あんたが魔法士じゃなくてよかったよ」
「みんなの様子はどう?」
「特に変わりなく」
周囲を警戒しつつ、ウィル様に答える。
「ウィル様も怪我はないようで」
「うん…運が良かっただけさ」
少し声のトーンが下がった。何かあったのか?…。
「賊の襲撃は?」
「ありません。一度も」
「そう、それは良かったね」
「ほんとかい?」
ヴァネッサ隊長が後ろから訊いてくる。
「姿を見た報告はありました。エレナ隊長が崖崩れを直してる時です」
「見ただけ?仕掛けてくる様子もなし?」
「レスターと他からはそう聞いてます」
「あたしらがいないから、ちょっとかい出してくるかと思ったけど」
俺も予想してたし、身構えてはいたが、襲撃はなし。
「そちらはどうでした?あれ以降」
「あの後、またあったのよ」
「あったネ。森に逃げ込んでさぁ」
「森?…深き森ですか?」
「そうだヨ」
あそこに?。
「一晩野宿したんだ」
「そいつは大変でしたね」
「そのへんの話は後で、たっぷり聞かせてあげるよ」
「マジすか?」
サムが嬉しそうだ。俺も興味ある。
「ロキ、元気だったよ」
「そうですか」
元同僚だ。
近況を聞いた。
子供が生まれたとか。向こうは変わってないようだな。
一番隊の隊長が教官なったとか、他も色々聞いたが、驚いたのは…いや、残念たったのは…。
「ブリッツ教官が辞めた」
「え?」
「なんでです?」
「シュナイダー様の件さ…落ち込んだらしいよ」
ブリッツ教官は戦争時からシュナイダー様の部下としてずっと仕えてきた。
何故かはわからないが、シュナイツには来なかった。
いや、来るなとシュナイダー様に言われたのか。
聞けるわけない。
「別に辞めなくも…」
「みんな、そう思って止めらしいけど、結局ね」
本人の石は固かった。
「シュナイダー様が亡くなって、一つの時代が終わったてさ」
「なんですか、それは?」
「これからはあたしら若いもんの時代だって、教官もね」
押し付けられたようで、俺はいい気分じゃなかった。
「じいちゃんも言っていたよ。若い奴らが頑張らずにどうするってね」
ウィル様は前を向いたまま話す。
「孤児院を出て、じいちゃんの商売を手伝ってた頃。僕は目標とかなくて無気力だった。その時言われたんだ」
「失礼ですが、その今と…」
「ああ、違うね」
彼は自嘲気味に笑う。
「その後、色んな人達を会ってね」
「棟梁とか?」
「そうそう。それからちゃんと、僕自身の生き方を考えるようになった。独り立ちして、食べて行くだけで精一杯だったけどね」
「オレ達は何をすればいいんすか?」
「やれる事をすればいいと思う」
「それだけ?いつもどおりで?」
サムは困ってみたいだ。
「状況は常に変わってる」
「うん」
ヴァネッサ隊長の言葉にウィル様が頷く。
「臨機応変にね」
「そう。だからいつもどおり」
「何か特別な事をしなきゃいけないのかと…」
「あんたに期待してないって」
「ええ…そんな…」
「大丈夫。僕は期待してる」
「うう…ありがとうございます、ウィル様!一生ついて行きます!」
「そう?ありがとう…」
ウィル様が困ってるじゃねえか…。
リアン様は笑いを堪えてる。
「なーんで、年寄りくさい事言うかなぁ」
ミャン隊長は腕を組んで首を傾げる。
「若いもんがって言ってる人は、若い時に言われたんだと思う」
「自分が言われたから、言ってるだけぇ?」
「たぶんね。そんな事言われなくても分かってるよ、なんとなくだけどさ」
ウィル様の言葉に皆が頷く。
「順番が回ってきただけ」
「シュナイダー様は言ってませんでしたよね」
「言ってないね。あの人は直接言う人じゃないから」
「ないんだ」
「全然言わないわけじゃないんだけどね」
「ちゃんと言ってくれればね…」
シュナイダー様はあれこれ言う方じゃなかった。
悪い部分には悪いと言うだけ。あうしろこうしろとうるさくは言わない。
言わない分、こっちは考えないといけない。
竜騎士は自主独立。
シュナイダー様も若い時から、竜騎士となる前からそうしてきたんだ。
俺達にだって、できるはずだ。
「あまり深く考えちゃいけないのね」
「そうだよ。できる事を背伸びせずに確実にやってこう」
「うん」
ウィル様にはシュナイダー様とは違う安心がある。
王都出発前とは何か違う気がする。
「サム、ミャン。あんた達はちゃんと考えるんだよ」
「「はいは~い」」
「はあ…」
呑気に答える二人に、隊長は頭を抱える。
ポロッサとシュナイツの中間を過ぎた。
「あそこが、エレナ隊長が直した所です」
「あそこか…きれいに直したね」
崖崩れ現場の前。
「なるほど、丸太で壁を作ったのか」
「切り株ある。崩れたのに…」
リアン様が指差す。
「あれは切り株だけを埋めたそうです」
「どうして?」
「切り株から芽が出る事を期待してとの事で」
「芽でて育てば元の林になる?…」
「と言ってました。あくまで期待の話らしいです」
「いいんじゃないかな。何もしないよりはいい」
「この辺なんすよね。賊がいたのは…」
「ああ、そうだったな」
「ミャンどう?」
ヴァネッサ隊長がミャン隊長に訊く。
「うーん、いないねぇ」
周囲を見回す。
「そう…シュナイツまですぐだけど、気を抜くんじゃないよ!」
「了解」
「うっす」
シュナイツに無事到着。
「ああ、やっと帰ってきた…」
リアン様が大きく背伸びをする。
「うん…やっとね」
「ウィル様、お疲れ様です」
「ありがとう、ガルド」
ウィル様と騎乗したまま握手をする。
「一時はどうなるかと思ったけど、帰ってこれたね」
「ゆっくり休んでください」
「そうさせてもらうよ」
隊長とは拳を合わせる。
これで一安心なのは、俺達だけじゃなくウィル様達もだろう。
「とりあえず、こんな所か」
「何事もなかったのが…リアン様の事は別にして、幸いだった」
「大変だったのはヴァネッ隊長とウィル様だろうな」
「王都で何をしてきたか聞いたが、陛下と食事とか色々すごいを事してきたようだ」
「それもあってかウィル様の雰囲気が変わった気がするな」
「俺の勘違いかもしれないが…あ、ウィル様」
「終わったかい?」
「はい…ですが、取材?というは初めてなので…これでいいのかどうか」
「あまり考える必要はないみたいだよ。後はうまくやってくれるそうだ」
「そうですか」
「後は僕が引き受けるから」
「はい、では失礼します」
「うん、ご苦労さま」
「この辺りで一旦区切りでしたよね」
「それじゃ、シュナイツに帰って来た時の事を少しだけ」
エピソード9 終
Copyright(C)2020-橘 シン




