9-3
ウィル様達がいない間の話は、ライアがしてくれただろうから私からは特にしない。
私はいつもどおりだった。
領主がいないという経験は私もない。
だけど、ヴァネッサの信じてという言葉を、そのまま受け止めた。
私は私がすべきことをする。いつもどおりに。
まずは、崖崩れを直さなければならかった。
ウィル様が出発した後、一旦雨は上がったが、その後弱い雨が三日ぐらい降り続いたと思う。
雨が上がった後、崖崩れを直す事となった。
崖崩れを直すの私だけだが、隊員達を連れていく。
魔法を実際見てもらうのも、学びの一つだから。
他にレスター以下四名の竜騎士達。
魔法士隊は荷馬車を借り、それ乗っていった。
そして、現場。
場所はシュナイツとポロッサ中間よりもシュナイツ寄り。
山肌が大きく崩れ、土砂が川にまで及んでいる。
崖崩れそのものは珍しくない。
魔法を使うまでもない崖崩れは何度もある。
しかし、今回の崖崩れはかなり大規模だ。
道が土砂に完全に埋もれ、向こう側が見えない。
「周囲、警戒しとけよ。エレナ隊長、どうです?。魔法で直せますか?」
「出来る」
この程度で出来ないなどと言ったりしない。ましては私は二度限界を突破しているのだから。
出来ないとはなれば、人海戦術で土砂を取り除き、道を均す。何日かかるか分からない。
魔法ならば、一日か二日あれば余裕だ。
「エレナ様、どうするんですかぁ?これ…」
リサが崖崩れを上から下を何度見る。
「大きな岩までありますよ」
それと根こそぎもっていかれた木々。
「その岩と木を取り除く」
私は土砂に近づき、魔法の杖を突き刺す。
そして、意識を集中し土砂を魔法力で動かしていく。
まずは、見えてる岩は内側から粉砕。砂利して土砂混ぜる。
幹が太いは利用するので、土砂の向こうの側へ飛ばす。
大規模な土いじりといった感じだろうか。
「おお!」
「すげえ…」
誰か分からないが、そう声が聞こえる。
振動や音がするたびに隊員から歓声が起こる。
「静かにして」
「はい…」
この程度で驚いてもらっては困る…。
ここで休憩。
作業工程としては、半分行ってない。
「大丈夫ですか?エレナ様」
持ってきた水瓶から、木製のコップで水を掬い飲む。
「大丈夫」
「エレナ隊長。今日一日で終わらす必要はありません。三日ぐらいに分けても大丈夫ですよ。ここ通る人はいませんし」
「ええ。でも、食料品の買い出しが迫っていたはず」
「そうですが…今すぐってわけじゃないんで」
「そう…でも、できる限り早く直しておいて損はない」
「わかりました。無理は、しないでください」
「ええ。ありがとう」
しばしの休憩の後、作業を再開。
岩と木を取り除きつつ土砂を、崩れた山肌へ戻していく。
「ふう…」
土砂はあらかた山肌へ戻し終えた。
「木はどうするんですか?」
レベッカが水をくれつつ、訊いてくる。
「山肌の修復に使う」
「それも魔法で、ですよね?」
「当然」
「レスターさん!川向いの林に誰かいます!」
ミレイが叫んだ。
「本当か?」
その場の全員の視線が川向いに注がれる。
私も川向いに視線を移すが、人影は分からない。
「スチュアートとライノは後ろの林を見てろ」
「了解」
竜騎士全員が剣を抜き、周囲を警戒する。
「どこ?」
「いないくない?」
リサとレベッカは林を凝視してる。
「嫌な感じはあるな」
エデルは杖を構えていた。
「エレナ隊長。今日は、この辺で帰りましょう。おれも視線を感じます」
「了解」
致し方ない。
賊がいては集中できないし、ここは帰るのが良い判断と、私も思う。
「障壁を展開して」
「はい」
魔法で障壁を展開し、遠距離攻撃に備える。
順次、荷馬車に乗った。
「手綱は僕が」
ウェインが手綱を取る。
「いいか?」
「いつでも」
「…よし、行け!」
レスターの合図とももにシュナイツへ一目散。
「いた!見えた!」
レベッカが右側を指差す。
「あそこか!」
エデルが、手の中に氷柱を作り出す。
「やめろ、構うな!。刺激すれば、反撃してくるぞ」
「了解…」
矢が飛んでくるとかはなく、無事に館へと戻った。
「なんなのよ…もう…」
レベッカが悪態をつく。
「何してるのか見てただけなんじゃない?」
「それだけ、ならいいけどさ。空気読めっつうの」
「少し日数開けましょう」
「ええ」
レスターの提案を承諾した。
賊へ刺激は控えているが、魔法による崖崩れの修復が彼らへの刺激となった可能性は捨てきれない。
「賊もびっくりの、エレナ様の魔法!」
リサがふざけたように言う。
「やめて…」
私は大道芸人じゃない。…これ、前にも言った気がする。
三日後、もう一度崖崩れ現場へ
今回は、荷馬車を操作するウェイン以外は連れて行かない事にした。
代わりにジルを連れて行く。
彼女は人の気配を敏感に感じとれる事ができる。
賊の警戒に適任。
竜に乗っていくという提案をされたが、断った。…ちょっと、怖かったから。
崖崩れ現場は三日前と変わっていなかった。
やらなければいけないことは、土砂から取り除いた木の処理。
「この木はどうするんですか?」
「太い木は崩れた崖の前に刺して壁にして、また崩れた時に土砂をせき止める」
「なるほど」
「また崖崩れが起きても、ある程度は被害を抑制できるはず」
魔法でも固めて、それとこれで予防策を取る。
太い木を選別し、根と枝を切り落とす。根の部分はどうするか?…。
「土に埋め戻したら、芽がでたりしないでしょうか?」
「分からないけど…試してみる」
自然の生命力を信じたい。
崖崩れの部分だけ木がないのは寂し気がするし、芽が出て成長し元のような林になってほしい。
枝は持ち帰る。乾燥させれば、薪として使える。
比較的細い幹の木は壁を支える支柱にした。
ウェインにも手伝ってもらいながら、諸々の作業を進め、完了する。
「ふぅ。これでいいと思う」
「完璧です」
「お疲れ様です」
ジルが水をくれる。
「ありがとう」
突貫とは言え、我ながらうまくいったと思う。
薪に使えそうな枝を荷馬車に積んで帰る。
私とウェインはぎりぎり乗れたが、ジルは乗れず歩く事になった。
「わたくしは平気です」
夜通し走った事もあるそうで、特に苦ないという。
シュナイツに着き、枝は領民に譲渡。
私の留守番の序盤はこのように始まった。
そして、いつもどおりの隊員への指導、そして自身の研究。
転移魔法については、あいかわらず、進捗状況は停滞していた。
転移魔法から一旦、離れる事にする。
何かの切っ掛けでふと閃く事もあるので、頭の片隅には置いておく
転移魔法に固執してはいけない。それだけが魔法ではないのだから。
魔法の用途は無限大。出来ないものはないと、私は考えている。
そろそろウィル様が帰ってくる時期ではないかと、ライアがやきもきしはじめた。
メイドのカリィともそんな会話が多くなる。
「リカシィあたりにいるんじゃないかって、シンディさんが言ってましたよ」
「日数的にはありえる」
「ライア様みたいに飛べたら、ご無事を確認できるんでしょうけど…」
ライアは自分が行こうと提案したが、危険だからと止められた。
ライアの翼はとても便利そうに見える。逆にリスクも抱えている。
とても目立つ。
その場にいなくても、その事象のみを捉える事はできないだろうか?。
転移魔法が使えるのが最良だが、今はできない。
もっと簡単で、確実に…。
そんな魔法があったような…。確か…えっと…そう、千里眼。
思い出したが、よく覚えていない…。覚えているという事は、講義には出てるのだと思う。
記憶を手繰り、魔法陣を思い出す。おぼろげな物を何とか思い出した。
それを紙に描く。
「こんな感じ…」
適当すぎて、魔法は発動すらしない。
千里眼はかなり便利な魔法だ。今の今まで忘れいたなんて…で、肝心の魔法陣を覚えていない。
「はあ…」
習っておくべきものを習わなかった、自分自身に愚かさにため息をつく。
今更、後悔にしても遅い、遅すぎる。
ここで踏み止まってはいけない。
おぼろげながら魔法陣は覚えてる。後は修正と試験を重ねれば完成できる。
二日でほぼ完成。
実際に発動してみる。
運用するだけなら、問題ない。しかし、まだ負荷が大きい…魔法陣それ自体に無駄が多いのだろう。
そのあたりの修正し、完成させた。
それとも一つ。
私が千里眼で見たものを他の者に見せるための投影魔法も作ってみた。
これはゼロからだが、意外に早くできた。
閃きが冴えいた。
一番閃き欲しい時(転移魔法)に、閃かないのはどうしてだろうか…。
「何をするんだ?」
「千里眼という魔法を使う」
このあたりの話は省く。
千里眼を使ってポロッサを見ていた時の事。
ポロッサは何度見ているが、あの時は少しおかしかった。
ポロッサの地面に薄黄緑色のモヤというか霧状の何かが漂っていた。
地面全部ではない。
しかも、見れるのは私だけ。ライア達には見えない。
最初は魔法陣の不備と思われたが、千里眼は正常に発動している。
どういう事?
あの後も千里眼を使ってポロッサを見ると、同じようにモヤがあった。
魔法士には見えるではと思い、隊員達にも見てもらったが、見えないと言う。
私にだけ見える…。
訳がわからない。
特に支障はないけれど、気になっていた。
ウィル様達が帰って来てからもずっと…。
それが何かわかるのは、もう少し先の話。
そこから転移魔法の開発に繋がった。
その話は、今度にしておく。
今は留守番の時の話だろうし。
私が話すべき事は話した.。これで失礼する。
わたくしは特段話す事はありません。
いつもとさほど変わりませんでしたから。
違ったのは食事時くらいで。
襲撃あるかしれないと、レスターさんとガルドさんは言っていましたが、ありませんでした。
あ、アリス様が少し神経質になっていました。
エレナ様の崖崩れ修復に同行した事がありましたか。
これくらいでしょうか…申し訳ありません。
はい。では、またの機会に。
Copyright(C)2020-橘 シン




