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第二話「それは借り物の力」 Part4 of 4

 消毒液の匂いが廊下側から入ってくる為、開けっ放しにされた窓と木々の間の小道。


「ワン」

「ワァン」

「スピード落としてッ」


 そこを病院が行っているアニマルセラピーの為、”雇われている”犬達と看護婦が駆け抜け行きました。


「借りるね」


 アビーシアは窓の前に置かれた使い古され、痛みが目立ち始めた木の椅子に腰をかけ、両足を振りながら、期待を露わに尋ねます。


「明後日ぐらいには退院出来るんだよね?」

「鼻がつぶれる前に帰してくれ! って言いたいぐらいさ」


 病室のベッドの上で半身を起こしたグレックは力強く、言葉を返しました。


 馬車同士の接触から始まり、道路側の家屋の一部損壊も招いた事故。

 しかし、終わってみれば、驚くほどに被害は少なかったのです。


 今回の騒動の原因となった御者。

 彼はグレックが予想したとおり、心肺停止を起こしていましたが、日ごろの行いがよかったのでしょう。

 路上に投げ出されるも、通りかかった冒険者達の救命措置で無事に息を吹き返しました。

 ぶつけられた側の御者も、路上に叩きつけられた際に腕を折るも、ギブスをつけられると帰宅。

 グレックが助けようとした子供も、彼が身を挺したおかげで、負ったのは多少の怪我だけでした。

 全身にギブスをつけられた馬達は手当ての為に近づく人達に思いっきりの頭突きを浴びせ、噛みつく程に不機嫌ですが、後遺症が残らないだろうと診断されました。


 そして、グレック――。

 建物の下敷きになるも、横転した馬車が覆い被さる形になった為、崩れた壁や屋根に潰されるという事は免れる事が出来ました。

 病院に担ぎ込まれた後、縫合という外科処置と失血処理の為に<造血活性化>の魔法を必要としたものの、骨折は回避。

 けれど――。


「あっ! 私がとるよ」


 グレックがベッド側に置かれたボトルに手を伸ばしたのを見て、アビーシアも手を伸ばすも、タイミングの悪い事に衝突が発生。


「いけないッ!」


 ちゃんと掴む前だった為、ボトルがアビーシアの手を離れて落ちるも――。


「よっと」

「え! 何で、分かったの?」


 石畳の上を滑らせられた事で、酷く裂けた両(まぶた)を覆った包帯。そのせいで見えないはずなのに、グレックの手が軽やかにキャッチしていました。


「んー」


 直に口をつけて一飲みしたのをベッド脇に戻すと、グレックは腕を組んで唸り声をあげはじめます。


「いつもの気配で分かるからさ。手が此処だったら、ボトルの落下地点は此処かなって?」

(え! それって、どういう事? グレイって、そんなに私の事を意識してくれてたの?)


 思わぬ言葉に頬を緩めるも――。


「アビーって、あいつらに似てるのかな」


 怪訝な顔を向けられる中、グレックは楽しげに語り続けます。


「腕や足の動かし方で、次の手を読める奴等とさ」


 漫画であれば背景にクエスチョンマークが描かれるような表情で、アビーシアがその言葉の意味を必死に考えていると――。


「動きが雑だから、分かりやすいんだ」


 そう笑われてしまいました。

 勝手にしていた期待とはいえ、裏切られたうえに、ちょっと小馬鹿にされる。


「何よ! お見舞いにきてあげたのに!!」


 顔を真っ赤にしたアビーシアが勢いよく、椅子から立ち上がるのも、自然な反応でしょう。


「大袈裟だな。そんなのいらないんだよ」

「失礼よ! グレイッ!!」


 何時もの調子で手を振りかざすも、片手を両目を覆った包帯にやっているのを見ると――。


「これだって」


 グレックは言葉を切ると、ゆっくりと包帯を撫でていきます。

 それは少なくない不安を感じている事が見てとれる指の動かし方でした。

 伝播したように、アビーシアの顔も曇ります。


「ねぇ……。本当に大丈夫……なんだよね?」


 振り上げた手をゆっくりと下ろしながら、震える声で尋ねます。


「塞がりきるまでは用心が必要だし、暫くは裂け易くなるだろうから」


 そこまで言って、また、グレックは口を閉じ――アビーシアは言葉の続きを一日千秋の思いで静かに待ちます。


「練習方法も変えないと拙いだろうけど」


 そう語ったグレックの体が僅かながら、震えていた事にアビーシアは気づきました。


(それって……。今までのが無駄になるって事?)


 アビーシアはそう声にして尋ねたくなるも、必死に飲み込みました。

 けれど、グレックは彼女がしなかった質問を感じとったかのように――。


「何かを学ぶ、身につけるっていうのはさ。色々と試して、ゆっくりと、経験を積み上げていくものだろ?」


 そう力強く言うと、ぎゅっと音がしそうな程に拳を握りしめます。

 その言葉が、思いが、意志が心の中を反芻し、アビーシアは顔を苦しそうに歪めました。


(そうだよ。だけど、私は……馬車の下からグレイを救える自分を願っただけで)


 そんな意図は無いと分かっていても、将来、身につけるのだとしても、まだ学んでいない技術や知識を使える。


(昨日、助けてくれた人みたいに、あんな凄い力を)


 確実に成功出来る未来を知れる自分を非難しているように聞こえ、アビーシアは顔を曇らせると目を逸らします。


「だったら、上手くいかなくなって、時間が無駄になる事もあると思う」

(そうだよ。私はパパみたいに上手くケーキを作れないし、今後も作れないかもしれない。自分の才能を、未来を知りたいと思って……)


 アビーシアは胸元の羅針盤をぎゅっと握り締め――。


(何で、ずるをしたみたいな私じゃなくて、頑張ってるグレイが……)


 血が出かねない程に唇を噛みました。


「積み上げた経験が無駄になった。そう思う事もあるかもしれない」


 羅針盤の四方から飛び出す出っ張りが手の内に刺さり――。


(だけど、それを確かめられるってなっても……。私には才能が無かった。そうなるのが怖くて……家に戻っても、試せなかった)


 血が出そうになっても、アビーシアは強く握りしめ続けます。


「けれど、そういう失敗からも、多くを学べると思うんだ」


 グレックはそう元気良く告げると、爽やかな笑顔を向けました。

 自己嫌悪で沈みつつあるアビーシアに向かって。


(痛いはずなのに……。辛いはずなのに……)


 シュッ、シュン。

 色々な思いが心の中を駆け巡るアビーシアの前で、グレックは自身の元気ぶりをアピールせんとばかりに拳を振るいます。


「時にはさ。もう止めたくなる事もあるかもしれない」


 痛みを我慢しているのが分かる表情のグレックを見て、アビーシアは静かに唇を噛みました。


(もっと、早く、間に合っていたら……。違う! もしも、私が羅針盤を投げ捨ててなかったら……)


 声を出して泣きそうになった時、静かにグレックが口を開きます。


「けど、そこで止めたら、一度は積み上げたのが崩れたままだ」


 痛みで顔を歪めながらも、拳を力強くぎゅっと握りました。


「そういう時はさ。もう一度、やり直せばいいんだよ」


 アビーシアは尊敬の眼差しを向け――。


(ほんと、グレイは強いな)


 握り締めた羅針盤に目をやりました。

 綺麗に磨かれた蓋は鏡のように沈んだ彼女の顔を映すも、それは直ぐにナビーシャの顔に変わります。


「グレイが言ったばかりだよね? 失敗からも、学べる事があるって」


 ナビーシャがアビーシアに微笑みながら、そう語ったのは――奇跡? それとも、罪悪感から逃れようという願望が生んだ幻? どちらだったのでしょう。


「アビー?」


 すると、何かを感じとったらしいグレックに、妹を見守る兄のような顔を向けられました。

 その瞳は包帯で隠されていましたが、恐らく――いいえ、優しい眼差しだったのは間違いないでしょう。


「ん? 何?」

「いや……。何か、急に雰囲気が変わったなって」


 アビーシアはあらためて、グレックの感受性の高さに驚きを隠せませんでした。

 そして、あまり聞いた事がなかった自信無げな声。


(グレイもあんな声を出す事があるんだ)


 それは彼の意外な一面を知れたと喜びを感じさせるよりも、元気に振舞ってはいても、精神的には――とアビーシアに気づかせるものでした。


「早く治して欲しいからさ。今日はゆっくりと寝てよ」

「ああ」


 大人しく布団の中に体を押し込んでくれるのを見届けてから、アビーシアは木の扉に手をかけます。


「おやすみ。グレイ」

「またな。アビー」

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