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第一話「未来に導いてくれる羅針盤」 Part4 of 4

「ほんと、最近は事故が多いよな」


 客達の食べ終わった食器を回収しながら、グレックが嫌悪感を露わに言いました。


「うん。先週も、あの十字路でだったよね?」


 カウンターで伝票を整理していたアビーシアも陰鬱な顔で答えました。

 ただ、今回は幸いな事に事故に巻き込まれた人数は多かったものの、亡くなった人はいませんでした。


 その為、冒険者時代にちょっとした医学を学んだパティと、彼女から応急手当を学んでいたマイク。

 アビーシアの父母は彼女にランチタイムを過ぎた店を任せ、救助活動の手伝いに向かいました。


「でも、グレイが来てくれてよかった」

「二人が飛び出して行くのがさ。ジムの窓から見えたからな」


 アビーシアが喜色満面の顔を向けると、グレイが照れくさそうに返します。

 そんな二人のやりとりを、店の奥の席に座った三人が。

 赤黒いゴシックなドレスを着た美少女と、揃いの燕尾服を着た山羊と羊の獣人二人がニマニマとしながら、眺めていました。


「ボクも手伝いましゅ」


 アビーシアの弟ノエルが意気揚々と宣言するも、残念な事に―― その小さい手はテーブルにギリギリ届くかどうかでした。


「ほら。お客さんだぞ」


 泣きそうになったノエルを見て、頭を掻いていたグレックはタイミング良く、喫茶店出入り口に立った人影を見つけると指を差しました。


「いらっしゃいませって言ってこないと」


 タタッタ。

 そんな可愛らしい足音をさせながら、ノエルが走り出すも――。


 バァン。

 乱暴に店の扉が開け、入って来たのは喧嘩の直後の様な乱れた服装の目つきの悪い男。

 その雰囲気の明らかなおかしさは、幼いノエルにさえ伝わる程でした。


「か、金を出せー」


 男は左手で懐からナイフを取り出しながら、右手で店の扉を閉めると叫びます。

 アビーシアは突然の事態に伝票を落とし、ノエルも事態を理解出来ないまでも―― 恐怖で動けなくなりました。


「おい。強盗なら、ギルドの預貯金窓口に行けよ」


 直ぐに逃げる為には開けておくべきだ。そんな判断さえ出来ていない。

 グレックは強盗を軽口で挑発しながら、冷静にそう観察。

 同時に静かに、気づかれないように腰を落とします。


「こんな喫茶店を襲うなんて迷惑だろ」

「こんなで悪かったわねー」


 アビーシアは非常時だというのに、つい、反射的に手元にあった丸型トレイを放り――。


「いけないッ!」


 自己嫌悪で顔を曇らせたアビーシアの前で、グレックの手がそれを素早く掴みました。


「へへ。グッド・タイミング」


 丸型トレイは一度は止まるも、更なる加速と回転を加えられて強盗に襲いかかります。

 しかも、その勢いに乗るように、グレックがタンタンと床をボクサーのフットワークで蹴って跳び―― 僅か数秒で、相手の腹部目がけて、加速に加速を乗せた拳を振るっていました。


「ヴッ」


 だが、その雷撃の如き一撃は空を裂き―― 腹に拳を受けていたのはグレックの方でした。


「お前…… ボクサーか!?」


 苦痛に歪んだ顔で問いかけるも、強盗は「これが返事だ」とばかりに、無言で追撃を振り落とします。


 そう。全ては一瞬の出来事。

 強盗はわずかに顔を逸らすだけで、飛んできた丸型トレイを易々と回避。

 後ろに退いて、グレックの拳を避けると同時に踏み込んで、カウンターの一撃を叩き込んだのです。


「グ、グレー兄ちゃん」

「やぁぁッ! ノエルッ!!」

「おい! その子を放せッ」


 グレックとの間に距離が出来るや、強盗は近くで固まっていたノエルを強引に抱きかかえ―― その柔肌に向けて、ナイフの切っ先を突きつけます。


「ボクサーなら、拳だけで勝負しろッ!」

「うるさい! 子供に何が分かる!?」


 強盗は握ったナイフの鋭い切っ先をノエルから、グレックに向けました。


「うわぁぁぁん」

「黙れ! 大人しくしろ。刺すぞォ!」


 ノエルからナイフを放した。今がチャンスだ!

 そう思っていたグレックの前で、ナイフは再び、幼子(おさなご)に向けられます。

 グレックは悔しそうに唇を噛みながら、血を絞り出す勢いで拳を握りました。


「お、お金でしょ? 直ぐに出て行ってくれるなら、あげるわ。だから、弟を放して」


 アビーシアは泣きそうな声で必死に叫ぶも、相手の返答は非情なものでした。


「こいつは人質にする。俺が街の外まで出たら、こいつは解放してやる」

「そ、そんな……。ノ、ノエルが一人で街の外に出たら」

「お前! そんな小さな子供をモンスターの犠牲者にしたいのかよ」

「大人には金が必要なんだよ!」


 強盗は唾を激しく飛ばし、ナイフをグレックに向けながら、片手でノエルを高々と掲げました。


「やめてッ! そんな高さから落ちたら!!」

「うるさい! 金だ! 金を出せ!!」


 更に興奮し始めた強盗を前にして、グレックは自分の無力感を悔しそうに噛み締めます。

 アビーシアは無意識に手を握り、偶然にも、ペンダントのようにとめられた胸元の羅針盤を握りました。


「痛ッ」


 羅針盤の四方から、飛び出すような尖りが手の内を刺激。

 その痛みがショック療法のように、泣きはらし、パニックになりかけていたアビーシアの心を落ち着かせます。


「私は」


 アビーシアは逃げるようにカウンターの下に素早く屈み込みました。


「私の可能性を信じる」


 アビーシアが望んだのは弟を助けられる力。


「私にはノエルを助けられる力がある」


 強盗から凶器を奪える自分を想像すると、弓矢を持った姿が漠然と描かれました。

 無意識に力を込め、手の内の刺さるような痛みも必死に堪えます。


「ショー・ミー・マイ・ポテンシャル」


 アビーシアはそう呟くと同時に、錆びたように動かない方位時針を東に向けました。

 と同時に、彼女の全身は七色に包まれ、その体の中を熱い何かが駆け巡ります。


「――ッ」


 思わずあげそうになった声を必死に堪え――。

 弟を何としても救わんという熱い思いと共に、アビーシアがとても勢い良く、立ち上がります。

 その細い首に巻かれた迷彩柄のスカーフが、ふわっと(なび)きました。


 ごめん。パパ。

 カウンターに土足であがる事に罪悪感を感じながら、アビーシアは心の中でそうボソッと呟きました。


「――!?」


 強盗はカウンターに立った美人。

 動き易さを重視したのだとしても、袖丈が無い濃緑色の服を着た美女。

 背中に矢筒を背負った端正な顔立ちの女性に、鋭い矢先を向けられている事に気づき、息を呑みました。

 だが、相手が女性だと気づくや、見せつけるようにノエルに刃を突きつけます。

 下手な動きをしたら、射るより先に、子供を刺すぞ。

 そう言いたげな表情をした時でした―― 一本の矢が放たれていたのは。


 カァッン。


 カウンターに立ち、左手で弓を構えると同時に、矢筒から抜いておいた矢を弦にかける。

 相手に気づかれる前に右手を放して、雷光の如き一矢を放つ。

 自分が半ば無意識に行った早業に、アビーシアは言葉を失いました。


 そして――。

 結果論だけで言えば―― 狙った所を確実に打ち抜けると『知っていた』から撃てた。正解だった。

 人質に即座に危害を加える為の手段を奪えた。成功だった。

 でも―― もし、外れていたら?

 その恐怖で射終えた姿勢で動けなくなります。


 鉄の矢先がナイフを弾いた音が鳴り止まない中、グレックも動いていました。

 突然、現れた迷彩柄のスカーフを靡かせた謎の美人に目を奪われていても。

 意識を半分以上、そちらに向けていたとしても―― ノエルを救うチャンスを見逃す事はありませんでした。


 人質を無視したのではない。

 当てないという絶対の自信があるからこそ、あの状況で矢を撃てたのだ。

 謎の美人射手に冷や汗を流した強盗に、今度は全身に溢れんばかりの鬼気を纏ったグレックが迫ります。


「仕掛けるタイミングが見え見えなんだよ」


 そんな状況であろうと、何年もの実戦経験が体を自然に動かす。

 強盗は今直ぐに、この場から逃げたいという衝動に駆られながらも、足は止めませんでした。

 逃走の障害を一つずつ、確実に排除せんと右手を握ると同時に、左手でノエルを空中に放り投げました。


「――ッ」


 声にならない悲鳴をあげたアビーシアの前で、グレックが強盗の放った拳をサイドステップで避ける。

 と同時に、空中のノエルに向かって両手を伸ばして、その身を確保。

 抱きかかえながら、必死に体を動かして、強盗の追撃を回避。

 そっと、床に降ろすや、即座に体を捻って、店を振るわせる程の雄叫びをあげました。


「拳を悪事の道具に使う奴なんかに負けるかッ!!」


 両の拳を強く、とても強く、グレックは握り締める。


「ガキとは年季が違うんだよ!!」


 立ち上がりと同時に振るわれたグレックの渾身の左のストレート。

 それを屈んで避けた強盗が、立ち上がりながらのアッパーを振るう。


「うっ!」

「グレェェェイッ」


 顎に猛烈な一撃を受けて、体が床から天井に向かって浮き上がる。

 そんなグレックの衝撃的な姿は意識を覚醒させ、アビーシアに悲痛な叫びをあげさせました。


「よくも、グレイを!!」


 強盗をキッと睨み、アビーシアが矢筒から、新たな矢を抜いた時でした。


「負けられないって言っただろッ」


 空中で体を捻って、重心を変える事で着地点をずらす。

 それと同時に、右拳をぎゅっと握っていたグレックの咆哮と右拳がお返しとばかりに、目を見開いていた強盗の顎打ち込まれました。


「――ッ!?」


 受けたのは同じ場所。

 仕掛けたのも同じ技。

 経験の差で言えば―― 強盗の方にかなりの分があった。

 それでも、その差を埋める以上の気合がグレックにはあった。


 先程、打ち上げられたグレックを超える高さに。

 天井近くまで飛び上がった強盗が背中から、床に無防備な体勢でドサリッと叩きつけられます。


「ノエル。怪我は無いか?」

「うっ、うぅっ」

「ちきしょう。酷い事をしやがって」


 遂に涙を零して、泣き出した幼子をグレックが優しく抱きかかえます。


「やっぱり、グレイは優しいな」


 アビーシアがぼそっと呟いたのは、倒れていた強盗が起き上がった時でした。

 足元はふらつき、まともに立てないような状態。

 だが、その血走った目の様子から、今まで以上に危険なのが見てとれます。


「悪いけどさ」


 ノエルは嫌々と泣きじゃくリ、自分を床に降ろそうとしたグレックの上半身に抱きつきました。

 顔色を変えたグレックが無理にでも降ろそうとすると、嫌々と更に強く、しがみつきます。


「このガキがァァッ」


 強盗が別のナイフを。

 最初の物よりも、禍々しいナイフを懐から取り出すや、猛烈な勢いで向かってくる。

 その勢いは先程までとは比べ物にならない。

 なのに、その動きがまるでスローモーションのようだ。

 グレックはその不思議な感覚に驚いた後、避けようとしている自分が実は動けていない事に気づきました。


 焦りを顔に露わにしながら、グレックは必死に考えます。

 今から、ノエルを降ろすのは無理だ。

 かと言って、このままだと戦えない。

 なら……。


 幼いノエルの身だけは守ろう。自分を犠牲にしても。

 そう決意をして、グレッグの背を強盗に向けた時―― 凶刃がグレッグの背に突き立てられる寸前。


 カチャーン。

 再び、放たれた一本の矢が風を切り裂き、今度も強盗の握る刃を弾き落しました。

 カラン、カラン。

 グレックはノエルを半ば無理やりに降ろすと、ぎゅっと拳を握って立ち上がります。

 強盗は床で跳ねる刃にちらりと目をやるも、静かに腰を落とすと、両の拳を握りました。

 カァッン。

 ナイフが最後に跳ねた音を試合開始の宣言としたように、二人は静かに動き始めます。


「頑張れ! グレー兄ちゃん」

「そうよ! グレイ、やっちゃえ!!」

「おう! 任せろッ!!」


 ここはお世話になっているコーチの家族がやっている喫茶店だ。

 そんな店を荒らす奴は許せない。

 綺麗なお姉さんも応援してくれている。

 何より、ノエルみたいな小さな子供を傷つけるなんて!

 だから、俺はこいつには負けられない!!

 グレックは闘志に燃える目で睨みながら、強盗の一挙手一投足に注目します。


 金は別のところで手に入れたらいい! だが、こいつだけは沈めてやるッ!!

 頭では逃げるべきだと思っていても、やられっぱなしで逃げるのは癪に障る。

 けれど、ここに長居するのは無意味。だから――。

 理性と感情に左右から、激しく揺さぶられながら、強盗はグレックに拳を振るいました。


 それは自己過信というよりも、早く、この場から去りたいという焦りからだったのでしょう。

 強盗が大振りの一撃―― 猛風をまとった右の拳を放つも、グレックはそれを僅かな動きで避けます。

 焦った強盗が後ろに跳ぶと同時に、グレックも跳ねるように床を跳んで、着地と同時に右足を動かして、大きく力強い一歩を踏み込みました。


 相手の体が宙にあるうちに打ち上げる! 次で決めてやる!!

 グレイはその思いで、血が出るほどに握った渾身の右の拳を振るいました。


 強盗は足場のない空中で必死に体を動かそうとするも――。

 ガァァァン。

 顎を突き上げられ、高々と打ち上げられます。


 バキィリッ。

 木製のテーブルを派手に叩き割ってから、強盗は床に打ちつけけられました。


 倒れているうちに、もう数発、殴っておくべきだ。

 そう頭で思ってはいても、実行にはうつせない。

 故に起き上がった時に備えて、拳を握り直して腰を深く落としておく。

 そんなグレックの眼前で、強盗が呻き声をあげ、体を右に左に揺らして、立ち上がろうと努力をします。

 けれど、結局、起き上がる事は出来ませんでした。


 **  §  **


「ちきしょう。手こずらせやがって」

「はい。これ」


 息も絶え絶えの様子で床に座り込み。

 口元を拭っていたグレックに、アビーシアは冷水を注いだカップを渡します。


「おう。ありがとうな。アビー」


 その言葉にアビーシアは息を呑みました。

 え? この姿なのに、私だって分かるの?


 顔面蒼白になったアビーシアの目は店の奥に。

 正確には、彼女に羅針盤について警告をした三人に向かいました。


「あれ? 俺、何で、こんな綺麗なお姉さんをアビーって?」


 戸惑いを露わにした言葉に、アビーシアはほっと一息を吐くと――。


「私ってさ。そのアビーって子に似てるのかな?」


 悪戯心を潜ませた笑顔で問いかけました。


「え? ははは。全然違うよ」


 その言葉で安堵をすると同時に、心の中に少なくない不愉快感も湧きあがります。

 気づいて欲しくない。

 けれど、ちゃんと見て欲しい。

 そんな相反した矛盾した感情が。


「アビーはさ。お姉さんみたいに綺麗じゃないしさ。スタイルだって、すご~いお子様だし」


 パン。

 それはアビーシアの首に巻かれた迷彩柄のスカーフが、巻き起こった風で舞う中での事でした。

 そう。彼女は気づいた時には、思わず、グレックを平手で叩いていました。


「女の子の前でデリカシーが無いなんて最低よ! グレイ」

「その……。ごめんな。アビー」


 そう言葉にした後、気まずそうにしながら、あらためて口を開き直します。


「じゃなくてさ。ごめんよ。お姉さん」


 すると、グレックは何か、とても、重要な何かを見落としている事に気づいたような顔になります。

 顎に手をやり、考え事を始めたのを見て、アビーシアも何か、言い知れぬ不安を感じ始めました。


「わ、私さ。もう、行かないと」


 そう言って、調理場に。

 それが逃げ場のない場所だと気づく前に走り出そうとしていたアビーシアの右手が掴まれました。


「さっきはごめん。だから、教えてよ。お姉さんの名前は?」


 振り解こうとしたアビーシアと、とても情熱的な眼差しを向けるグレック。

 二人の目と目が交差した時、彼女は何かに気づきました。

 とても、嫌な何かに気づきました。


「私はアビ」


 アビーシアは口元を慌てて押さえ、必死に頭を回転させます。

 羅針盤(ナビゲーター)だから…… ナビーシア? ううん。そうだ。


「私はナビーシャ」

「ナビーシャさんか。素敵な名前だな」


 とても爽やかな。

 だけど、何故か、凄い嫌な嫌な笑顔をしたグレック。

 胸が苦しくなったナビーシャは強引に手を振り解くや、住居側に通じる通路側に走ります。


「ねぇ。何処に住んでるの? また会えるよね!?」


 スカーフを靡かせ、必死に逃げるナビーシャを追ったグレック。

 普段の彼ならば、それに気づけたでしょう。

 だけど、今の彼は――。

 だから、ベルゼがさり気なく、通路に出していた足に気づけませんでした。


 **  §  **


「はい。これ」


 強盗を引き取りにきた衛視達に事情を話し終え、少なくない賞賛と厳重注意も受けて、疲れきった様子のグレック。

 そんな彼にアビーシアは冷水を注いだカップを渡します。


「おう。ありがとうな」


 けれど、コップを受け取ると、固まったかのように動かなくなると―― 何かを思い出すかのような仕草を始めます。


「アビー」


 数テンポ置いた後、アビーシアは優しく微笑み返します。


「ノエルを助けてくれる為にさ。とても頑張ってくれたよね」

「俺は皆を守る為に衛視になりたいし」


 そこで言葉をきったグレックの視線の先で一人遊びをしていたノエル。

 そんな彼に向けられる優しい笑顔を見て、アビーシアは胸が熱くなりました。


「小さい子を助けるのは当然だろ」

「うん。でも、ほんと。グレイがいてくれてよかった」

「あのさ。ほんと、俺だけの手柄とかじゃないからさ」


 照れくさそうに頭を掻きながら、グレックが楽しそうに語ろうとしている事。

 それが分かるからこそ、アビーシアは胸が苦しくなります。

 止めて! その先を言わないで!! そう叫びたくなります。


「アビーも見ただろ。ナビーシャさんっていう。それは、ほんと、素敵なお姉さんがさ」


 だけど、そんなアビーシアの心情には気づかずに、グレックは言葉を続けます。


「物陰から、スカーフを靡かせて飛び出すと、こうッ! 素早く弓を構えたんだぜ」 

「う、うん。そうだったよね」


 楽しそうに語るグレックの隣で、アビーシアは辛いのを我慢しながら聞きます。

 泣きたいのを必死に隠しながら、英雄譚を話す子供の様な彼に微笑みます。


「それでバン! 二度も強盗のナイフを撃ち落してくれたから、俺も色々と動けたんだ」

「でもさ。グレイがいなかったら」


 必死に感謝の気持ちを伝えようとするアビーシア。

 そんな思いには気づけずに、グレックは夢見心地で言葉を続けます。


「また」


 アビーシアはグレックが次に何を言いたいのか。

 それが本能で分かってしまったが為に、叫びたくなります。


「ナビーシャさんに会いたいな」


 アビーシアは彼に言いたい言葉を飲み込み、零したい涙を必死に堪えました。

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