第七話「ラフ・ファイター 解決編」Part3 of 3
ナビーシャから聞いたという体で、アビーシアがジョーについて話し終えると、場を重い沈黙が包み込みました。
グレックは気まずそうに髪を掻き、トレヴァーは静かに腕組みを。
「なる程、それで」
何時間にも感じる沈黙を破ったのは、この場では最も、身近にいただろう人物ロラルドでした。
「あんな奇妙なバンテージを」
「包帯?」
自分を――正確には頭に巻いた包帯をじぃっと見るアビーシアに気づと、グレックは拳を握って、すっと突き出します。
「怪我の後に巻く包帯じゃなくて、怪我をしない為に巻く包帯だよ」
その説明で更に困惑顔になったアビーシアと、どう説明するべきかを悩むグレックの様子を見て、助け舟を出したのは――。
「拳闘術が今のようにスポーツの為ではなく……モンスターと戦う為の技の一つだった頃にはな。グローブではなく、手を保護するのに包帯を使っていた」
昔話のように語るも――祖父がその拳で外壁をよじ登って、街に入って来たモンスターを何頭もノックアウトしてきた事。
それを寝物語の一つとして、両親から聞いて育ってきたアビーシアにとって、昔話ではありませんでした。
トレヴァーの説明を引き継ぐように、ロラルドが事件の真相の続きを語ります。
「己が拳を武器にしていた人が、亡くなった後に『宿った』んだろうね。その人が最後に使った包帯の側にいると、語りかけてくるんだ」
「――ッ!!」
自分が死んだ事故現場に現れ、指で指し示して――ここは危険だ! そう教えてくれる忠告者。そういう善良な幽霊もいるものの――。
自分が生前に使用した品に憑き、生きている者に害を為そうとする者、その意図は無くても害を与えてしまう者の方が多いのです。
(あの木箱に入ってたのって!?)
アビーシアが怯えたのを見て、ロラルドは気まずい顔をすると、更に慎重な言葉選びで続きを語ります。
「『俺が体の動かし方を教えてやる。強くなれるぞ。だから、手に巻け』とね」
「つまり、今の……自分に出来ない事を出来るようになる?」
ロラルドはアビーシアの瞬間的な理解に驚きを隠せませんでしたし、アビーシアはまるで自分の事を言われたかのように動揺していました。
「そうだね。本来、身につけるのに数年間が必要な知識や技術。それを使えるようになる」
(将来学ぶ事になるといっても……。まだ知らない知識や、身につけていない技術を使えるようになる。それって、私じゃん)
「だが、それも包帯を巻いている間だけ。外せば、直ぐに出来なくなってしまうだろうね」
(ほんと、何処までも私に似てる)
ロラルドは世の中、そう上手くはいかないよ――と言いたげに苦笑しました。
「一時的にしか出来ん事など、出来るとは言わん」
祖父の辛辣な言葉で、アビーシアの目は無意識に胸元の羅針盤に向かいました。
(変身を解いてからも、少しの間は知識と技術が手触りとして残っているけど……結局は残らない。私も同じだ)
「どうやって、そんなアイテムを手に入れたのかが分からないけれど」
(あれ? 何で、ベルゼちゃん達の事を連想したんだろ……。ちょっと、変わってる人達だけど……こんな危ない事件とは無関係なはずなのに)
ロラルドの言葉でアビーシアの瞼の裏に浮かんだのは――不思議なアンティークショップと人とは思えない美少女店主達の姿でした。
「強くなったと思えた事で、自分を馬鹿にした……。少なくとも、彼にそう思わせた後輩達に不満をぶつけさせた」
付き合いの長さが違うと言っても、同じ後輩であるが故に――ロラルドは出来る限り、中立の立場でものを言おうと努めます。
「正直、そこまでだったら……俺もあいつに同情するけど」
グレックは躊躇いがちに口を開くと、納得がいかないという態度で言葉を続けます。
「ロラルドさんに、他のジムの奴等も襲っているんだろ? 何でそんな事を?」
無関係なはずなのに襲われた一人は語り終えると、何かを見落としているのでは? そう言いたげな顔で静かに腕を組みました。
「強さに酔った事で、もっと勝ちたいと思ったのかもしれないな」
「ふぅーん。俺だったら、リングの上でルールに則って、結果を出したいけれどな」
ロラルドの言葉に釈然としない顔をしたグレック。
そんな二人を見て、アビーシアはジムで聞いた話を思い出します。
あらためてグレックという人物を知る事が出来て、アビーシアはほっと一息を吐くと、頬を緩めます。
けど、次に心の中で静かに浮かんできたのは――。
(今の自分に出来ない事、分からない事。それを出来たり、理解出来るようになっても……結局は一時的なもの。分かっているつもりだけど)
アビーシアは羅針盤をぎゅっと握り締めながら、心の中で湧き出した思いを見ないように努めます。
何時か、自分も彼のようになるのでは? そんな不安を――。
「くだらんッ」
トレヴァーは怒気を露わに吐き捨てるように言うや、拳をテーブルに振り落とし――。
「技術と知識。それを得る過程にも意味がある。結果だけを得る。そんな借り物の力など」
腕を組むと、鼻息荒く語りました、
そんな初めて見た祖父の姿、見知らぬコーチの姿、尊敬する古き拳闘手の思いがけない姿に三人が息を飲んでいると――。
「誰かの助けを借りて……今の自分だけでは出来ない事をする。それは悪い事じゃないと思うけどな」
突然の聞きなれぬ声に驚いてアビーシアが振り向くと、扉の所に黒髪の見知らぬ長身の男性が汗で湿ったシャツ姿で立っていました。
「こんばんは」
「こんばんは。また、お願いします」
「ああ。また、やろう。グレック、君ともな」
「はい。次はもっと、ねばってみせますよ」
(グレイやお爺ちゃんと面識があるって事は、ジムに通っている人? 身長は190センチくらいかな?
体格はグレイに似てるけれど……筋肉の付き方が違う。たぶん……相手の攻撃を避けるんじゃなくて、受け止めるってタイプだ)
先程までの変身の効果がまだ、僅かながら残っていたのでしょうか。
アビーシアは男性を見ただけで、瞬間的に多くを理解する事が出来ました。
(んー。ロラルドさんとも知り合いみたいだから、大会に出ている人? でも、二十歳くらいだよね?)
失礼にならない程度にアビーシアは観察を続けます。
「お前さんのように、それが『借り物の力』だと分かっているならいい。だが、それを自分の力だと勘違いする奴の方が世の中には多い」
トレヴァーはそこで言葉をきると、溜め息混じりに言葉を続けます。
「それと、立ち聞きとは感心せんぞ」
「すみません。声をかけるタイミングを逸してしまって」
祖父達の親しげな会話から、この人を知らないのは自分だけと、アビーシアが除け者にされたような寂しさを感じていると――その男性にすっと手を伸ばされました。
「俺は志鷹継男。君のお爺ちゃん達にお世話になっている駆け出しのレスラーだ」
手を握り返した瞬間、目の前の彼の姿に薄っすらと重なったのは、広場の事件で助けてくれた奇怪なプロレスラーの姿です。
「もしかして、前に助けてくれた人ですか?」
だから、アビーシアの口から出たのは挨拶の言葉ではありませんでした。
怪訝な顔された事で、失言に気づくと、慌てて口元を抑えます。
「前に助けた?」
志鷹は記憶を掘り起こさんとばかりに、頭を乱暴に掻き毟った後、腕を組んで首も傾げました。
アビーシアが何と返事をするかを迷っていると、グレックが助け舟とばかりに――。
「サーカスのテントでエルフ達が騒動を起こした時、俺が物陰に隠れさせていたんです」
その説明に志鷹は納得顔をするとポンと拳で手を叩きました。
「あぁ。暴れ牛の時か」
パズルのピースが嵌ったと言いたげな顔をするも、直ぐに気まずそうに首を掻きます。
「まいったな……。何で、俺だと分かったんだろう」
腕を組むと、難しい顔で唸り声を――。
「あの」
「ん? 何かな」
「さっきの『誰かの助けを借りて……今の自分のだけでは出来ない事をする。それは悪い事じゃないと思うけどな』って、どういう意味なんですか?」
志鷹は一瞬、躊躇うような表情を見せるも――アビーシアが助けを必要としている事を感じたのでしょう。
「そのままの意味だよ。今の俺の力では、どうしようもない時に、ある人の魂が宿ったマスクで」
志鷹の語りを聞き、アビーシアは直ぐにその意味を理解。
(つまり、私やジョーさんみたいに)
更なる質問をしようとすると、祖父がゴッホンとわざとらしい咳払いを――。
「プライバシーは。特に覆面を被るレスラーの秘密は尊重をされるべきだと思うよ」
「アビーだって、人に言えない事の一つや二つはあるだろ?」
更にロラルドにやんわりと制止をされ、グレックの意味深な言葉に、アビーシアはペコリと頭を下げました。
「ごめんなさい。聞いちゃいけない事を訊ねちゃいました」
「悪いね」
志鷹はそう言うと、アビーシアに申し訳なさそうに笑いかけました。




