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第七話「ラフ・ファイター 解決編」Part2 of 3

 アビーシアが七キロ程の帰路につき、祖父母宅に併設のジムの前まで来ると、ちょうど外に出てきた男性――いつもの衛視と目が合いました。

 鎖で縦横二重の封という、中の物を絶対に外に出さないと言いたげなまでに厳重。

 そんな異様な木箱を脇に抱えていた彼は溜め息を吐き、緩慢に口を開きます。


「女の子が遅い時間まで、一人で行動をするのは如何(どう)かな?」

「すみません」

(途中まで、レオンがナビーシャについて来てくれてたけどね)


 素直な声でペコリと頭を下げられると、衛視は頭をぼりぼりと掻きながら、歩き去りました。


『――』


 去り際に誰かの声が聞こえたような気がして、アビーシアは首を傾げるも、今は、それ以上に気になる事があります。


(何かあったのかな……。誰か、怪我したとかで無ければいいんだけれど)


 不安げな表情で、そっと、窺うようにジムの中を覗くと――。


「よう」

「やぁ。こんばんわ」


 顔の殴打痕が痛々しく、何箇所かの裂傷もあるグレックとロラルド。


「日が暮れる前に帰ってこんか」


 孫を叱る顔の祖父が出迎えました。


(えっ! ロラルドさん、グレイとの喧嘩――じゃないにしても、何かあったの?)


 声を失った表情を見て、グレックとロラルドは同時に口を開きます。


「ア、アビー。勘違いするなよ」

「これは彼とのスパーの痕とかではないんだ」


 唾を飛ばす程の勢いで必死に説明しようとする二人。

 何があったかは理解出来ないまでも、彼らが殴りあったわけではない――と理解を出来ると、アビーは安堵の一息を吐きます。


「この二人のは名誉の負傷だ。わしはロラルドの方をやる」


 祖父はそう言うと、近くのテーブルに置いていた木箱――包帯や磨り潰した薬草を納めた瓶の一つを手に撮りました。


「グレックはお前がやってやれ」

「うん」


 アビーシアはもう一つの木箱を開けると――。


(喉を詰まらてせたデリオさんの時みたいに、変身したいけど……)


 今の自分の知識と技術に不安を持ったが故に、一瞬逡巡した後、包帯と(はさみ)に手を伸ばしました。


(あ、違う。消毒が先だよね)


 チラッと祖父の方を見て、自分の考えが正しかったのを確認すると同時に、変身して得られる知識や技術。

 それは一時的な借り物に過ぎない。時間が経つにつれて薄れ、やがて、失ってしまう。

 今の自分には無いものだという事をあらためて、突きつけられる。

 その現実にアビーシアは顔を曇らせながら、ガーゼとピンセットを取り出しました。


「お手数をおかけして、すみません」

「さっささと頼むぜ。アビー」


 共に手近にあった椅子に腰かけるも、ロラルドとはあまりに頼み方が違い過ぎるグレック。

 それは親しみ(ゆえ)と分かっていても――。


「――ッ! 消毒液が多過ぎる」


 自分への不満を八つ当たり気味に、グレックにぶつけさせる引き金となってしまいました。


**  §  **


 祖父の『二人のは名誉の負傷』という言葉で、何となく――察しをつけながらも、場所を変え、祖父母宅の居間でアビーシアは尋ねます。


「それで、何があったの?」

「ロラルドさん達を襲ってた奴を捕まえたんだよ」


 ガッツポーズを決めながら、宣言をするように力強く答えられて、アビーシアは表情を強張らせました。

 素直に喜んでいいのか、それとも――。


(ううん。ジョーって人が犯人とは限らないんだし、グレイの疑いが完全に晴れるんだし)


 だから、複雑な思いを抱えつつも、アビーシアは喜びで頬を緩めます。


「事件が解決したのはよかったね」


 グレックは気恥ずかしそうに頭を掻きましたが――。


「もう少し、出没場所を絞ってから。そう話しておいただろうに……勝手に始めおって」


 アビーシアの祖父にして、ジムのオーナーであり、自分のコーチ――トレヴァーの溜め息交じりの言葉に気まずそうに黙り込みます。


(出没場所を絞ってから始める? もしかして、お祖父ちゃん達も……)


 アビーシアは昼間、祖父が何かを言いかけていたのを思い出しました。


「あれ? もしかして……偶然? 運よく、捕まえる事が出来たの?」

「ロラルドさん達が襲われたのは住宅街の中が多くて、時間が十七時から二十時の間だけだからさ。ランニングを兼ねて、そのあたりを走り回ってみたんだ」


 グレックが行って、成功させた犯人捕獲方法は、キャスク・ジムの面々が考えたのと同じ方法でした。


「毎日やるつもりだったからさ。初日に出てきてくれて、手間が省けてよかったよ」

「ふぇッ?」


 グレックの思わぬ返事に、アビーシアは変な声を出してしまい――慌てて、口を抑えます。

 力強く、拳を握ったグレックの姿にロラルドは苦笑し、トレヴァーは大きな溜め息を吐いていました。

 小説の探偵の様に知恵を使って、解決をしようとしていた裏で起きていた出来事。

 この結末を素直に喜ぶべきか? を悩むアビーシアの前で、グレックは快活に笑います。

 一瞬の躊躇の後、アビーシアは閉じていた口を静かに開きました。


「誰がやっていたの?」

「俺の元後輩だった」


 ロラルドの苦々しさを感じさせる声で、アビーシアは半ば確信を持ち――。


「もしかして、ジョーさん?」


 ナビーシャとして聞いていた名前を無意識に呟くと、グレックとロラルドが口を開きます。


「アビー。何処でその名前を?」

「彼と知り合いだったのか?」


 自分の発言の拙さを理解すると、アビーシアは苦い顔になりました。


「あ、ううん。ロラルドさん達が通っているジムで聞いたの。じゃなくて、聞いたんだって」


 二人が怪訝な顔をするのを見て、アビーシアは必死に言葉を紡ぎます。


「さっき、ナビーシャさんと会ってね。グレイがある事件の犯人と疑われたって話したらさ。それは酷いって怒ってね。じゃあ、どうしよう?。真犯人を見つけて、レオン達の鼻を明かしてやろうって。まずはロラルドさん達のジムで、詳しい話を聞こうって話になったんだけど。私が行っても、喧嘩になりそうだからって……。代わりに、色々と調べてもらったんだ」


 一気にまくしたてる様に話し終えてから、場が静まり返った事と、皆が自分に向ける奇異な目に気づき――アビーシアの柔らかい頬を一筋の冷たい滴が伝いました。


「そうか。手間をかけさせたな。ありがとうな」

「え?」

(気づいてる? やっぱり、グレイって、私がナビーシャだって気づいてるの?)

「お、お礼はナビーシャさんに言ってよ。私はお願いしただけだし」

「もしも、ナビーシャさんと会わなかったら、アビーが話を聞きに行ってくれたんだろ?」

「う、うん」

「――だから、ありがとうな。アビー」


 一間を置いたグレックの言葉に、アビーシアは何か言おうとするも、しどろもどろに。

 孫ノエルを救うと同時に危険に晒した女性――ナビーシャに複雑な感情を抱え続けてきたトレヴァーは、自分が指導するグレックも救われた事で、(ようや)く、心の整理がついたという顔を。

 この場でただ一人、状況が飲み込めないロラルドは手持ちぶさたにしていました。


(言い方が引っかかるな……)


 一間を置いたグレックに何かを感じ、アビーシアは話題を変えようと口を開きます。


「そうだ! 騒動の原因のジョーさんって」


 けれど、どう尋ねたらいいのか? を考えていなかった事に気づくと、続きの言葉を言えませんでした。


「言い方は悪いが……。彼は無気力なタイプだった」


 ロラルドはアビーシアの心中を察したかのように、重々しい口調で語り始めました。


「格闘技を学ぶのも、本人の意志ではなく……。ご両親の意向だと聞いた」


 知らなかった事件の側面を聞きながら、アビーシアは静かに考えます、


「やる気も無ければ、努力もしない。だが、暴力事件を起こすような人間とは思えなかった。何で、こんな事を」


 そこで言葉をきると、ロラルドは眉間に皺を寄せながら、ブツブツと何かを呟き始めました。


(あれ? レオン達との事は知らないの? どうしよう? 話すべきなのかな?)


 アビーシアはグレックをちらりと見て、迷うも――。


「あの……。レオン達から聞いたんですけれど」


 躊躇いがちにゆっくりと、自分が聞いた話を語ります。

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