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第七話「ラフ・ファイター 解決編」Part1 of 3

 グレックが絡まれた思わぬ理由に戸惑ったものの、男の子達も、本気で疑っていたわけではなかった。

 それを知って、ナビーシャは安堵の一息を吐くも、肝心要――大会出場者が襲われている事件は一切未進展です。


 皆で出そうな場所をまわってた。

 レオンの言葉を思い返したナビーシャの脳裏に、最近読んだ、とあるコメディータッチな推理小説の一幕が蘇りました。


 毎回、お金の力で事件を解決する。

 そんな探偵が主人公の『富豪探偵』に収録されていた一編で、町を埋め尽くすほどの人員を雇う『人海戦術』という話です。


 このジムの大きさは祖父のジムと同じくらい。

 なら、今、居ない人達を合わせても、多くても、会員数は二桁の範囲だろう。

 ナビーシャはそう推測すると――。


(街の広さから考えられる出没候補地の数に対して、人手が足りな過ぎるよ)


 声に出したくなる程に呆れ、溜め息を吐きたくなってしまいます。

 けれど、直ぐに自分の考え違いに気付きました。


(いや、違う。格闘技をやっている人が一人で人気の無い所にいる確率なんて低いんだし、犯人だって、襲う相手を探しているんだから)


 彼らのやり方は運任せのようでいて、実際は理にかなっているのだと分かりました。


(延々とすれ違いが発生する可能性もあるけれどね)


 ナビーシャはそれを差し引いても、遭遇する確率は低くないだろうと計算をします。


「俺は最初の現場のあたりを走ってたけど……。これは出てきそうもないなって、宿に戻る途中に近道した公園でさ」


 タオルの男の子は続きを話し終えると、悔しそうに唇を噛みました。

 最初の事件現場を指差し、地図の上をなぞりながら、四番目の現場で指を止めます。


(この人を見つけたのが、公園に入って行った後だったから? けれど、それまでは住宅街でのみ襲っていたのに、これ以降、何処でもになる。何があったんだろう)


 ナビーシャが口元に手をやって考える仕草を始めると、一人二人と気づいて、自然と三人の視線が集まります。


「帰る時、ついて来てるような人はいなかった?」

「何度か足を止めたからな。もし、誰かが急に隠れたなら……気づけたと思う」


 ナビーシャがそう語った男の子にチラッと目をやった後、テーブルの端に置かれたインク壷を見ると――彼の瞳も、追随するように同じ物を見ました。


(反応が早いから、見落としてないって話を信じると……)

「うーん。じゃあ、どうやって、公園まで尾行したんだろ」


 お手上げと言いたげに、ナビーシャが沈んだ声を出すと――。


「いや。あいつは公園の中で待ち伏せしていて、いきなり、木陰から」

「えっ!?」


 不意討ちは不意討ちでも、後ろからではなくて――進行方向の物陰から。


「なら、公園を通るって確信してて、待ち伏せていた可能性が高いと思うの。不審者以外の誰か(・・・・・・・・)と会わなかった?」


 男の子は腕を組むと、記憶を掘り起こさんとばかりに唇を噛みました。


「屋台を牽いていたチンと会った後、ランニング中だったジョーの奴と会って……。その後に犬の散歩をしていた数人と」

(チンさんって、五番目の被害者の人だっけ)


 頭の中で情報を整理していると、男の子達の会話の中に同じ人名が何度か聞こえた為、自然とナビーシャの小さな耳は彼らに向けられます。


「ジョーの奴、今はどこのジムにいるんだ?」

「ロゴも何も入ってないフードを頭から被ってたからな。自己流でやってるんじゃないか?」

「はッ! フード被った不意討ち野郎がうろついている時に、紛らわしい格好するなんて馬鹿な奴だ」


 そう言って笑い声をあげていた男の子。

 彼に同調した二人も、ナビーシャが彼等の会話を一字一句聞き逃さんとばかりに耳を澄まし、目を見開いている事には気づきませんでした。


(え? 待って、ちょっと、おかしくない!?)

「血の気の盛んな奴に遭っていたら、とりあえず先手必勝で殴り飛ばされても文句言えないぜ」

(この夏場に頭からフードを被る人が何人もいるの!? それよりも、何もしてない人を殴ったら、その人が通り魔だよ!!)


 ボクサーが体重調整の為、夏場だろうと、フードを被ったりする事を不自然と思うか否か。

 それがナビーシャとジムの面々の判断の分かれ目となっていたのです。


「あぁ。実際、急に後ろに誰かが現れたからよ。一発入れてやろうと前へ跳んで、振り向いたらさ……。あれ? ジョー? って気づけてよかったぜ」

「あいつ、運がいいな」

「素人のラッキーパンチは打てない癖にな」


 バンッ。

 ナビーシャが両手をテーブルに叩きつけ、勢いよく立ち上がると、笑い声をあげていた男の子達は――何事? と言いたげに視線を集中させました。


「ねぇ! 待って、待って!! 今の話っておかしくない!?」


 三人はお互いに顔を見合わせるも、何も疑問には思えず。反対に問いかけられた事に不審の目を。


「夏場にフードだよ」

「発汗を促す為だろ?」

「まぁ……この暑さの中では、やり過ぎって気もするけど」

(あれ? グレイはそんな事をしてないけれど……。ボクサーにとって、夏場にフードって自然な事なの?)


 ナビーシャは一度は納得するも――。


「そもそも、根性無しのジョーには似合わないよな」


 男の子の一人が同調する発言をしてくれた事で、あらためて、口を開きます。


「フードを被った不審者がいる時に、そんな紛らわしい格好をする?。あと、知り合いならば、普通、声をかけるよね? 何で何も言わずに急に後ろに?」


 三人が揃って気まずい顔をしたのを見て、何かを感じたが故に――。


「ジョーって誰なの?」


 ナビーシャは愛らしい外見とは真逆の声で尋ねました。


「少し前まで、ここにいた奴だよ。けど、一週間もたないで辞めちまった」

「バイト先を紹介してやったのに、そっちも直ぐに辞めちまったから、大して付き合いは無かったけどよ。こんな状況だからさ。ちょっと立ち話をして分かれたんだ」

「立ち話って?」

「『襲われてるのはキャスクのメンバーばかりだから、辞めたとはいえ……お前も住宅街を走る時は用心しろよ』って話と、『俺達が犯人を捜している事』とか」


 タオルの男の子の日常の一幕的な発言に対し、ナビーシャは――。


「え? ま、待って……。自分を捕まえようとしている事を知ったから、後をつけて襲ったんじゃないの? 状況証拠だけ見れば、そのジョーって人が一番怪しいよ」


 半ば確信を持ったが故に、お世辞にも、名探偵の様にとはいかないものの――もう、謎なんて残って無い! とばかりに声を発しました。

 小説であれば関係者の多数が納得の声をあげ、反論をするのは犯人や少数。

 けれど――現実は厳しいものです。

 男の子達は一瞬、呆然とした表情で口を開けて固まるも、やがて、一人が笑い声をあげると、皆が続きました。


(私、何か、変な事を言っちゃった?)


 困惑する美少女に、男の子達は――分かってないなぁ~と言いたげに呆れ顔を向けました。


「あいつが犯人はあり得ないんだよ」


 やがて、レオンが皆を代表するように冷めた声を出しました。


(辞めたとはいえ、元仲間を疑いたくないのは分かるけど………。グレイを犯人扱いして、突っかかった癖に!!)


 ナビーシャが不愉快を露わに頬を震わせていると――。


「お姉さんは誤解してるようだからさ。言っておくぜ」


 そう言ってから、ぎゅっと握った拳をバンッとテーブルに落としました。


「こいつは不意討ちはするけどよ。一貫して、自分の拳だけを武器にしてるよな?」

「ん? そう……だよね」


 自分が何かを見落としている可能性を考えて、ナビーシャは自信無げに返事を。


「ジョーの奴はちょっと走るだけ、軽くサンドバックを打つだけ。それで直ぐに根をあげるから、まともにパンチを打てないんだよ」

(グレイもそんな事を言ってたっけ……。動ける体になるには、時間が必要だって)

「一時的に身体能力をあげるマジックアイテムを……ってのも、バイトも長続きしない奴だから、金銭的に無理だろうし」


 ナビーシャはそこで、不意に口元に指をやりました。

 何かにはっと気づいた表情をした彼女を見て、レオンは失言に気づいたと言いたげに舌打ち音を鳴らしました。


「もしかして、可能であれば……殴りかかられるような理由があるの?」


 ナビーシャに睨むような目を向けられると、レオンは嫌々だという態度で口を開き――。


「俺はまだ襲われていないけどよ。最初の被害者四人は受け取り方によっては、あいつを馬鹿にするような事を言ってたからな」


 何故、自分が素直に話しているのかを理解出来ない顔で語り続けます。


「ただ、うち以外の奴等も襲われている。やっぱり、ジョーが犯人とは思えない」


 自分達の発言を後悔している――罪悪感に囚われた表情を見て、ナビーシャは考えます。


(かなり疑っているけど、そうじゃないって信じたい。そう言ってる気がするな。けど、最初の四人以外は疑いを逸らす為に襲ったんじゃ?)


 レオンは乱暴に頭を掻き毟ると、何かを吐きださんとばかりに口を開きます。


「そいつが本気で頑張っているかなんてよ……。本人以外には分からねぇのに」


 そう言うと、椅子に深々と腰を沈め――体の中の空気を出ださんとばかりに、ゆっくりと、吐き始めます。


「『男なら、根性見せてみろ』、『おら! 立ち上がれッ!』、『それでも、玉ついてるのか!?』って……。無責任に煽ったんだよ」


 そして、はたと気づいた顔を、顔を真っ赤にしていたナビーシャに向けて――。


「悪い」 


 そう一言だけ告げると、居心地悪そうに俯きました。


**  §  **


 レオンの思わぬ失言――女性を前に言うような単語の為、場が凍りついたようになり、早くも数分が経ちました


(ノエルのは見た事があるけど……。でも、それでも、やっぱり、改めて意識されちゃうとな……。ううんッ。聞かなかった! 私は何も聞いてない!!)


 停まってしまった場を動かさんとばかりに、ナビーシャは何もなかったという態度で口を開きます。


「その人を信じたいって気持ちは分かるの。分かるけど……冷静に考えるべきだと思うの」


 ガタンッ。

 レオンは不快な物を見る目をナビーシャに向けるや、激昂を露わに立ち上がりました。


「おいッ!」

「落ち着けよ」


 タオルの男の子とモップの男の子が同時に声をあげると、レオンは唸り声をあげながら、椅子にドサッと座り込みました。


「あぁッ! クソッ!! グレックに絡んだ事で兄貴に注意されたばかりだっていうのによォ」


 歯軋りをしながらも、必死に落ち着かんとしている。

 そんな姿を見て、ナビーシャも昼間の事を思い返します。


(初対面の印象は最悪だったけど、こうやって、話をしてみると、印象が変わるな。乱暴だし、デリカシーも無い。だけど……仲間思い)


 自己嫌悪に陥ったように、レオンはボソボソと何かを呟き始めました。


「やっぱり、あの時にジョーが後ろに現れたのは」


 タオルの男の子は何処か遠くを見る目で、自信無げに呟くような小声を出しました。


「数発殴ると逃げるのは……それで仕返しに満足したからか?」

「なら、他の奴等が襲われた理由は何だ?」

「チンは財布を忘れた時はツケで食わせてくれるし、恨みを買うはずがねぇ兄貴が襲われた理由は?」


 論争を始めた男の子達を見て、ナビーシャは躊躇いがちに口を開きます。


「最初は仕返しで始めた事だけど、自分を捕まえようとしている事を知って」


 もし、自分の推測が当たっているならば、心に重りを抱え続ける事になりかねない男の子が側にいるが為に。


「仕返しだと思われないように……無関係な人達も襲った」


 タオルの男の子は自分の『好意』が、犯人の『行為』に繋がったと理解すると、気まずそうに唇を噛みました。

 誰もがその答えに納得したように静かになった瞬間、口を開く者が一人。


「正直、ぴったりと当てはまり過ぎている気がする。逆に不自然じゃないか?」


 レオンはジョーを疑いつつも信じたいし、自分の行動の思わぬ余波に悩む仲間に――お前は無関係だった。

 そう言いたげな顔で呟くと、ナビーシャに睨むような目を向けました。


「うん。私のはあくまで推理……。だからさ、私、明日、ジョーさんに会ってみようと思う。何処に宿をとっているかを教えてくれないかな?」


 ナビーシャはそっと、音を立てずに椅子から、立ち上がりました。

 この場から離れたいと言わんばかりに。素早い動作で。


「なら、俺も行くぜ」


 レオンはそう言うや、椅子から勢いよく立ち上がり――後ろにいた男の子達は向かってきた椅子の背を避けました。


「もし、あいつが犯人で……動機が俺達への恨みだって言うなら」


 腕を組んで、葛藤を露わにしながら、レオンは言葉を続けます。


「兄貴の件とかは許せねぇが……。俺達にも非はあるからな」


 後ろの男の子達も同じ思いなのでしょう。

 気まずそうな顔はしていますが、真っ直ぐな目をナビーシャに向けていました。


「俺達の振る舞いを謝った後、とりあえず、一発殴る。その後は……。『付き添ってやるからさ。自首しろ』って説得をしたい。だから」


 ナビーシャはレオンの言葉を聞くや、優しく微笑みながら、即答を――。


「うん。来てくれると助かるな」

(本当はグレイに来て欲しいけど……。お兄さんの事もあるし、自分の手で解決をしたいよね)

「ありがとうよ」


 レオンがそっと手を伸ばした手をナビーシャも握り返すと、微笑みながら尋ねます。


「明日の待ち合わせ場所は此処で。時間は今よりも、少し早め。午後三時くらいでいいかな?」

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