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第一話「未来に導いてくれる羅針盤」 Part2 of 4

 ランチタイムの十二時を半ば過ぎたというのに、その日、喫茶店オウランドの客席十六席中、埋まっているのは数席だけでした。


(たまには、そんな日もあるよね)


 そう頭では分かっていても、やはり、感じるのは寂しさ。

 アビーシアは食器を洗い続けながら、ランニング中に見かけた店の事を両親と話していました。


「千の幻想なんて、素敵な名前じゃない」

「そっかー。ドリームって、そういう意味もあるよねー」

「アンティークショップっていうのは、アビーの感想なのよね?」


 母パティは長い髪を揺らすと、まだ見ぬ店を想像しながら、娘に訊ねます。


「うん。中には入らなかったけれど、如何にも古そうなのとかが見えたよ」

「そういう広告も見なかったから、大手商会の系列店ではなくて……個人経営かな」


 父マイクは自信無げに言うと、冷気を発するマジックアイテム使用の保冷ケースの前に屈みました。


「これと……これに」


 そう言いながら、取り出したのはベイクドとレアの二種類のチーズケーキ。


「うちの看板ケーキだね」

「ああ」


 エプロンを片手に、客席から調理場に入ってきたパティ。

 彼女も手を洗い終えると、保冷ケースの前で屈みました。


「じゃあ、あとは」


 そう言って、トングで掴んだのはストロベリー・ショートケーキ。

 白雪の中に咲いた花――薄く切った苺を並べて作った薔薇が特徴の逸品です。


「パパの自慢のもね」


 その言葉にマイクが気恥ずかしそうにしたのを見て、アビーシアも娘として、気恥ずかしくなると同時に羨まむ目線も向けました。


「アビー。後で、うちからのご挨拶として、これを届けてくれないか」


 マイクはドライアイスとケーキを喫茶店のロゴをあしらった小箱に詰めていきます。


**  §  **


 ランチタイムが終わりに近づいた頃、アビーシアは小箱を片手に街を歩いていました。

 グレックを誘いたかったものの、ケーキを手に走るわけにはいかず――なので、ちょっと寂しげな表情で。


「あっ!」


 先程はかかっていなかった「OPEN」の掛け看板。

 それを見つけ、喜色満面でアビーシアはサウザンドリームのノブに手をかけました。


「――ッ!」


 陽光を浴びている木製のドアノブなのに、温まっていないどころか――妙に冷たい。

 それを不思議に思うも、先程見かけた光景。店内への興味に駆られるように足を踏み入れます。


 出入り口近辺には甘い蜜で虫を誘う花の様に、煌びやかなアクセサリーが載せられたテーブルが。

 その一つ先からは、種類ごとに分けられた品々。

 整然と分かり易く並べられているはずなのに、何故か、不統一性を感じさせる不思議な並べ方でした。


「――?」


 次に感じたのは、この場から、直ぐに逃げた方がいい――という直感めいた警告。

 それに従って、アビーシアが半ば無意識に後退りをした時でした。


「いらっしゃいませ」


 誰もいなかったはずの背後からの突然の声。

 しかも、左右から同時に話しかけられたかのような不思議な聞こえ方。


 思わず、驚きでアビーシアは右手で持っていた小箱を落としかけるも――左手が無事に間に合って、せっかくのケーキが台無しという事故は回避を出来ました。

 恐る恐る、ゆっくりと振り向いた彼女の後ろに立っていたのは、揃いの燕尾服を着た白山羊と黒羊の獣人二人。

 しかも、まるで、逃げ道を絶たんとばかりに、ちょうど出入り口を塞ぐように立っています。


 もし、仮に威圧する気が無かったのだとしても、背の高い見知らぬ男性達に見下ろされる。

 そんな状況では十二歳の女の子が恐怖を感じるのも、仕方がない事でしょう。


「ようこそ。サウザンドリームへ」


 二人はまるで、鏡写しのように同時に口を動かし、まったく同じ事を喋りました。

 異様な雰囲気に呑まれそうになりながら、アビーシアは手に持っていた小箱をそっと差し出します。

 まるで捧げ物をするかような仕草に、二人は困惑顔を向け合いました。


「えっと。あの、私……。同じ町内でオウランドという喫茶店を経営している家の……アビーシアです」


 トン。

 そんな音が背後から、不意に聞こえたのは、アビーシアが若干の震えを感じさせる声でおずおずとと挨拶した直後でした。

 但し、今度は可愛らしい皮靴の音だった為に、彼女はあまり怖がらずに振り向けました。


「何だ。『お客さん』じゃなかったんだ」


 そう心底つまらなそうな声を出したのは、赤黒いゴシックなドレスを纏った金髪でセミロングの美少女。

 但し、彼女は――。


(うわぁ。凄い綺麗! まるで人じゃないみたい!!)


 そんな、美しい()立ちをしていました。


「あの。これ、うちのパパがお店で出してるケーキです」

「ありがとう。私は店主のベルゼ・@!#$%&。ご近所同士、仲良くしてね」


 美少女に優しく微笑まれて、アビーシアも微笑み返しはしたものの――。


(え? 今、何て? 女の子はちょっと口に出来ない。そんな言葉が聞こえたような……)


 内心、かなり、戸惑っていました。

 けれど、アビーシアには小さい頃からの、喫茶店での接客経験があります。

 発音出来ないような複雑な名前を聞いたり、東洋の漢字という記号が書かれた名刺を預かる事もありました。

 だから――。


(あっ! そうか!! 大陸外の人なんだ! 母国語だと、きっと、普通の家名なんだよね!!)


 慎重に衣服に目を向け、何処の国の出身か? を考えます。


(失礼な事を思っちゃったな……)


 結局、出身国は予想すら出来なくても、一度納得してしまえば、気にはなりませんでした。


「歳も同じぐらいだよね?」


 その言葉はアビーシアに州都に行ってしまった同世代の子達の懐かしい姿を思いおこさせました。


「アビーちゃんでいい? もっと、くだけた言葉でお話しようよ」


 そう言うや、いきなり左手を握られたアビーシアは――。

 暖かいのに、氷よりも冷たい。

 瑞々しくて、干からびている。

 複数人と同時に握手したような不思議な感触に驚くも、それ以上に――。


(私と同じくらいの歳なのに、もう、お店の代表なんだ。いいなぁ)


 純粋に羨む目を向けながら、必死に頭を働かせます。


(馴れ馴れしすぎると失礼だよね? でも、そういう話し方を求められたんだから……)


 返事に困っている様子が面白いとばかりに、ベルゼはじぃっとアビーシアを観察するように見つめます。

 背後なので、見えませんでしたが、獣人達はニヤニヤと楽しそうに見ていました。


「う、うん」


 結局、散々悩んだ末に、消極的な肯定。

 そんな曖昧な返事と共に、アビーシアの右手はベルゼにそっと小箱を渡します。

 すると、獣人二人が足音もなく近づき、一切の気配もさせずに通り越しました。


「ほんと、美味しそうな匂いですね」


 まったく同じタイミングで、開けられた小箱に鼻先を寄せた獣人二人。

 そして、やはり同じように口を動かして、言うのも同じ感想。

 アビーシアは流石に何か、言葉に出来ない妙な不自然さを感じ始めていました。

 けれど――。


「私の好きなショートケーキがある! しかも、この綺麗な薔薇って、苺で作ってあるんだね!!」


 小箱から広がった甘い香りを前にして、人とは思えない美しい()の少女があげた可愛らしい歓喜の声。

 そして、パパ自慢の逸品を褒められた事の嬉しさに頬を緩めます。


「チーズを使った逸品。人類の誇るべき発明の一つ」


 そして、獣人二人がまたも、鏡に写したように異口同音に語るも、続いた褒め称える対象は――。


「ベイクド・チーズケーキ」

「レア・チーズケーキ」


 今回ばかりは異なりました。

 だから――。


(鏡写しみたいに同じ行動をするのが怖かったけど……接客担当として、そういうキャラクター作りをしているのかな?)


 そう勝手に解釈し、納得した事で、緊張が解け、アビーシアはあらためてお店の中を見回します。


(どれも高そうだけど、お小遣いで買えるのもあるよね?)


 物欲しそうな目を隠しながら、アクセサリーに目をやるも、値札が見当たりません。

 一つ、二つならば、陰に隠れている。

 そういう事もあるでしょう。

 けれど、一つも値札が見えないという事は――。


「あの……。忙しい時に来ちゃって、ごめんなさい」


 そう言って恥ずかしさで逃げるように、(きびす)を返したアビーシアに、獣人二人は顔を見合わせます。


「まだ開店準備が済んでなかった時に」


 その言葉に納得顔をすると、二人は握った右拳でポンと左手の平を叩きました。


「いえいえ。お店の準備は整い済みです」

「『お客様』を歓迎する準備は整っております」


 二人の言葉に戸惑いを隠せない。そんなアビーシアに助け舟を出さんとばかりに、ベルゼが口を開きます。


「値札がついていないのはね」


 ワンテンポを置いてから、獣人二人が説明を引き継ぎます。


「サウザンドリームは『お客様』の叶えたい夢、願い、希望を聞いて」

「それを実現出来る品に見合う『対価』を払ってもらう」


 アビーシアが必死に彼らの話を理解しようと努める中、二人はこれで説明が終わりだとばかりに告げます。


「そういうお店だからです」

(つまり……時価? ううん。交渉次第って事? 正直、分かるようで、分からない説明。お客さんは困らないのかな?)


 戸惑いの表情が楽しくて仕方がない――ベルゼはそう言いたげに、何故か、見る者を不安にさせる笑みを浮かべます。

 獣人達も営業スマイルにしては、何故か、毒を感じさせる。そんな嫌な笑みを浮かべていました。


「どれも、マジックアイテムなんだ」


 アビーシアは最初に外から覗いた時にも、素敵なアクセサリーがあると思っていました。

 そして、中に入ってみると、更に多くの魅惑的な品が並んでいました。

 けれど、魔法が込められた品となれば、小さな髪飾り一つでも最低で百ドル程。

 気軽に買えるような代物ではありません。

 しかも、見た目で値段を計れません。


(綺麗なアクセサリーばかりだけど……我慢! 無駄使いしちゃ駄目なんだから!)


 頭で納得は出来ても、心では――そんな思いで表情を曇らせます。


「お小遣いを貯めても、買いに来るのかは厳しいかな」


 だから、無意識にボソリと口にしていた事に気づきませんでした。


 ああゆうのが欲しかったのにな……。

 そう言いたげに、髪飾りやブローチが並ぶ一画を寂しげに見ていたのを見て、獣人二人は獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべます。

 そう。今にも、口元から涎を垂らしそうな品の無い笑みを。

 但し、背の高さが違い過ぎるが故に、彼女は見上げなければ気づけない事でした。


「こんな素敵なケーキを届けてくれたんだからさ。ちゃんと、お礼はしないとね」


 獣人二人程、露骨ではない。

 けれど、よく注意して見れば――それに気づけただろう。

 ベルゼも、そんな嫌な笑みを浮かべながら、アビーシアに甘く囁きます。


「願いの大きさによっては無理かもだけど」


 何を言っているの? そんな訝しげな表情を向けられる中、ベルゼは昆虫を香りで誘う食虫植物のように誘い続けます。


「うちの品を一つだけ、アビーちゃんに譲ってあげるね」

「え。いいよ。そんなの」


 過度な返礼なんて受け取れないと困るアビーシアに、何としても『お礼』を受け取らせよう。

 獣人二人はベルゼの意を汲むと、揉み手をしながら、走り寄りました。


「――ッ!」


 それはアビーシアが思わず悲鳴をあげかける程に素早く、正に雷光の如き動きでした。

 体を強張らせる彼女を間に挟んで、獣人達は同時に口を開きます。


「さぁ! あなたの夢、願い、希望。それを仰ってください」


 唱えられた異口同音の迫力に負けたように、やがて、アビーシアはおずおずと口を開きました。

 ここで願いを口にしてはいけない。

 頭の中に何故か、そんな警鐘が鳴り響いていたのに――。


「私は」

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