第六話「ラフ・ファイター 事件編」 Part1 of 3
カラーン。
モーニングタイムが終わる十一時と、ランチタイムが始まる十二時の間の一時。
それは喫茶店では休憩時間というより、片付けに仕込み、メニューの切り替えを済ませる大切な一間。
そんな時に鳴った来客を知らせるベル。
(CLOSEDの札をかけておいたはずなのに……)
不機嫌顔でアビーシアはカウンターから、その小さい体を乗り出させました。
「すみません。今は」
けれど、入って来た無骨な皮鎧姿の男性――もはやお客さん以外という意味で、顔馴染みとなってしまった衛視の一人。
彼のすまなそうな顔を見ると、アビーシアも可憐な顔を気まずそうに歪めました。
「あのぉー」
慌てて、カウンターを出ると、そぉっと、窺うように小さい声で尋ねます。
「グレイがまた何か、やっちゃったんですか?」
衛視はきょとんとした顔をすると、お腹を抱えて笑い始めました。
アビーシアが困惑していると、彼は笑うのを必死に堪えながら、ゆっくりと顔を上げ――。
「いや、いや。すまない」
ゴホン。
わざとらしい咳をした後、キリッとした顔つきを向けます。
「今回、彼はまだ何もやっていない」
まだ。
その一言が妙に自信無げに聞こえたのは、気のせいでしょう。
「アビー。手伝いに来たぜ」
「グレイ。お客さん」
「やぁ」
「あ! こんにちは」
祖父母宅側の住居用スペースの方から、店内に入って来たグレックは軽く頭を下げると、衛視の所に走りました。
アビーシアは二人を邪魔しないように少し離れ、お客さん達が使い終わった食器を回収を続けながらも、そっと聞き耳をたてます。
「あの……。俺、何もやってませんよ」
そう不安げな声でグレックが告げると、衛視は苦笑をします。
「違う。違うよ。今回は君が何かをやったから、来たわけじゃない」
衛視はそこで一旦、言葉を区切ると、頭を掻き始めました。
「まぁ……正直な話。今回も、君が関わりそうな気はしてるんだが」
それは独り言ともとれる程のか細い声でした。
グレックは一瞬、ムッとなるも――ここ一ヶ月ちょっとの間の事を思い返すと、苦い顔に。
「他にも行かないとならない所が何件もある。手短にいこう」
真剣な顔つきになったのを見て、グレックは大きく、静かに頷きました。
「君も参加している州大会だが、その参加者達が」
衛視はそこで言葉を止めます。
聞き耳を立てていたアビーシアは何事かと二人の方に顔を向けました。
「その様子だと聞いているようだな」
「はい。コーチから」
抜き身の刃のように真剣な顔つき。
そんなグレックの顔を見て、アビーシアは一言も聞き逃さないと耳を澄ませ、息を飲むも――。
「そうか。なら、時間を節約したい。他の人の所に行くよ」
「はい。ありがとうございました」
そう言うや、衛視は足早に歩き出し、グレックは静かに頭を下げて見送りました。
ただ一人、状況を飲み込めない。
仲間外れにされたようで寂しく思う一方で、二人の様子から、プライベートな内容とも感じとった。
だから、迷った末にアビーシアは尋ねます。
「ねぇ。グレイ」
「ん?」
「あの人と二人で勝手に納得しちゃったみたいだけどさ」
「ああ……。ごめんよ」
グレックは申し訳無さそうな顔をすると、頭を掻きました。
「俺が今、参加している格闘技の大会アンダーエイティーンだけどさ」
そこで一旦、言葉をきると、店内を軽く見回しました。
店のオーナーのアビーシアの両親は所用で出かけており、食器の片付けも掃除も終わっていません。
グレックは手近にあった食器を重ね――。
「試合の戦績は就職する時に、おっと」
危うく、滑らせかけるも、無事にキャッチ。洗い場の方に向かいながら、話を続けます。
「俺が目指してる衛視だけでなくさ。モンスターよりも」
グレックは苦い顔で語ります。
「野盗が脅威となった運送業でも、重要視されるから」
憂鬱な表情を浮かべると、アビーシアはモップを手に取りました。
(人を襲う危険な生き物が減ってきたのに、今度は人が人を襲うなんて……嫌だな)
喫茶店を襲った強盗の事を思い出し、アビーシアは顔を曇らせます。
「少しでも、良い戦績を出そうって事なのかな? 対戦相手候補に問答無用で喧嘩を仕掛けてる奴がいるらしいんだ」
「事前に怪我をさせておこうなんて、ずるい! 良い成績を出したいっていうのは、皆が同じなのに!!」
顔から湯気を出しそうなアビーシアに、摩擦で火を起こしそうな勢いなモップ。
「何で、捕まえないの!?」
その様子に苦笑いをしながら、グレックは苦笑いで語ります。
「そりゃ……当然、捕まりたくはないだろうからさ。フードで顔を隠してるらしいんだ」
「卑怯ッ! 正々堂々とやれッ!」
アビーシアは怒り心頭で感情のままに喋り、それに苦笑いしながら、グレックも語り続けます。
「ただ……ダウンさせた後は、人通りのある所に運んでるらしいからさ。そう、悪い奴じゃないんだろうけれど」
躊躇いがちで、そう願っていると言いたげな声でした。
「けど、やってる事は……ただの迷惑だし、ずるじゃん!!」
遂にアビーシアは手に持っていたモップを振り上げ、床に振り落として力強く叫びました。
「アビー。怒ってくれるのは嬉しいけれどさ」
そう言うと、とても申し訳なさそうな顔をしたグレック。
その視線の先にあったのは、あらためて拭き直しになった床。
アビーシアは気まずい顔で掃除を始めます。
** § **
客で賑わうランチタイムが終わり、少しした頃。
とある水路の脇に走り込みをするグレックと、彼についてきたアビーシアの姿がありました。
「え! 何?」
不意に足を止めるや、自分の方に走って来る。
それに驚いて、足を止めたアビーシアの隣をグレックが風のように走り過ぎ――自然と追った目に反対岸にいる一団が写ります。
「待ってよ」
百年以上前に架けられたというだけあって、多少の痛みはあるものの――ドワーフの職人が作っただけあってか、老朽化は感じさせない。
そんな石造りの橋をグレックは駆け抜け、向かいにいた一団に向かって走り寄り、アビーシアが数歩遅れで後を追います、
「こんにちは」
「やぁ。グレック」
街に幾つかあるスポーツジムの一つ、キャスクの厳しい兜のロゴが入ったジャケットを着た男の子達。
先頭のオールバックの金髪の男性は快活に返事をするも、後ろの三名はグレックを無言で睨みました。
彼らの目に妙に険がある事に気づき、グレックは自問自答するも、思い当たる節がありません。
「レオン! それにお前達も挨拶をしないか!!」
先頭の男性が声を荒げると――。
「よぉ。目をやったって聞いてたけどよ。真っ昼間から、女? 連れとは余裕そうじゃねえか」
若干、太り気味なところ以外は先頭の男性に似ているレオン。
彼は追いついたアビーシアを上目遣いに睨むと、グレックに対して歪んだ笑みを浮かべながら、口を開きました。
女という言葉の言い方が疑問系だったのは、アビーシアがスカートではなく、夏物のパーカーにパンツルック姿の為、美少年と見間違えたからでしょう。
「ああ。次も、お前達の誰かとの組み合わせがあると思うけど」
グレックは大きく息を吸い込むと――。
「負けないぜ」
強く握った拳を突き出すと同時の宣言。
グレックとしては軽い挨拶のつもりでも、レオンや、彼の後ろにいた面々には別の解釈をされてしまいました。
「何で、そんなに余裕なんだ? アァ!?」
「こんな真っ昼間から、可愛い子を連れまわしてよー。真面目に練習する必要は無いってかぁー」
(やだ。可愛いって)
状況が状況だというのに、アビーシアは強張らせていた頬を緩めてしまいました。
「その余裕の面は、連日の野良試合の成果か?」
レオンの言葉に先頭の男性は顔を顰めると、唾を飛ばすような勢いで叫びます。
「やめろッ! グレックがあんな事をやってるみたいに言うんじゃない!!」
状況が分からないグレックとアビーシアが困惑の表情を浮かべる中、レオンが再びの咆哮を。
「俺らの世代で、兄貴が仕留め損なう奴なんて、こいつぐらいだろ」
それが呼び水となったのでしょうか――。
「あんなに足にくる一発を放てるのは、グレックぐらいですよ」
「怪我のハンディ分だとしても、後ろから一発入れて始めるのは卑怯だぜ」
次々に声があがる中、レオンが体を前屈みにしてから、アビーシアとグレックを無言で睨みました。
「結果だけを見るならば、俺は判定勝ちも含めて、お前達に全勝してるけど」
グレックは一呼吸をおき、強い力を込めた目で睨み返しながら、口を開きます。
「何時だって、ギリギリで勝てたと思ってる」
その一言をどう解釈したのか――レオンは無言で更に一歩、踏み出しました。
「グレイ」
美少女が甘えるようにシャツを掴んだのを見て、唾を吐き捨てたり、中指を立てたり。男の子達は個性豊かな示威行動に。
それを見て、ロラルドが不快感を強めると同時に、グレックは半ば無意識にアビーシアの盾になるように踏み出していました。
「女の子の前でいいカッコしようってのか!!」
「この野郎ッ、見せつけやがって」
「止めろ! お前達が脅かしたから、グレックは彼女を守ろうとしているだけだろう!!」
ロラルドは血気盛んな一団を抑えようと、必死の形相で呼びかけるも――。
「今までの借りを返してやるぜ」
そう叫ぶや、レオンは止めようとロラルドが伸ばした手を体を捻って避けました。
「――!?」
けれど、その眼前に小さい影が飛び出したのを見ると、無理矢理に足首を捻ります。
「チィッ」
右足を強引に路面に着けて、速度を殺すも――それでも、体はまだ前に進み続けました。
だから、続けて接地した左足で更に勢いを殺した後、スキーで減速する時の様に両足首を動かし、強引に体を止めました。
「グレイは退院したばかりなんだよ!!」
「放せッ」
レオンは「やっちまった」と言いたげに唖然とした表情をするも、足元が覚束ない時に掴みかかられ、反射的に振り払ってしまった後です。
ちゃんと、腰が入っていなかったとはいえ――。
格闘技を学んでいる者が、学んだ技術を使う時のような勢いで――。
「きゃぁ!!」
「アビィッ!」
足をもつれさせながら、路面に向かって倒れていく。
叩きつけられる恐怖で体が竦み、受け身をとらないといけないと分かっていても、動けない。
せめて、迫る石畳を直視したくないと、アビーシアは静かに目を瞑りました。




