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第四話「勇気を振り絞っての一歩」 Part2 of 2

 アビーシアは店から駆け出ると、隣の雑貨店が積んでいたのだろう木箱の山の陰に飛び込みました。


「ニャッ」

「きゃッ」


 その陰にいた(まだら)模様の猫を踏みそうになったのに気づいて、慌てて、動かした足首に当たられるも――何とか転ぶのは回避。


「私は、私の可能性を信じる」


 四方から飛び出ているのが手の内に刺さらないように気をつけながら、ぎゅっと羅針盤を握りました。

 そんなアビーシアを物珍しそうに木箱の上に飛び乗った猫が眺めます。


(動物に見られるのってどうなんだろ?)


 魔法の羅針盤をくれた不思議なアンティークショップの店主。人とは思えない美しさの少女の姿が頭を()ぎるも――握る力を更に強めながら、アビーシアは魔法の言葉を唱えます。


「私にも、ママみたいに人を助けられる力がある。ショー・ミー・マイ・ポテンシャル」


 そう呟くと同時に、細い指先が錆びたように動かない方位時針を南に向けると――その全身が七色の光に包まれていきます。


「ファッッッ」


 突然の光に全身の毛を逆立たせ、威嚇の一鳴きをするや、猫は箱から飛び降りて走り去りました。


(ごめんね。脅かすつもりはなかったの)


 罪悪感に顔を曇らせたアビーシアの足元から、吹き上がった熱い何かが体の中を駆け巡ります。


「――ッ」


 思わずあげそうになった声を必死に耐えていると、急速に手足が伸び、その体つきも――十二歳の少女から、十八歳の大人と少女の境へと変わっていきました。

 急速に伸び、母親のようなロングとなった髪は見えない手で巻き上げられると、瞬きの間で夜会巻きに。


 そして、その全身は――。

 瓦礫(がれき)道でも、難なく踏破出来そうな分厚さと滑り止めを有するブーツ。

 負傷者の血液等がとんでも、内部への浸透を防ぎきる分厚さを持つが、重さを感じさせないズボンと外套が一体化した衣服。

 その全てが清潔感溢れる白一色。

 そこにふわっと覆い被さるように、虚空から、更なる純白色のエプロンがかかりました。


 ジャンプスーツ状の白衣にエプロンという奇怪とも言える姿。

 それは多くの人にとっては意味が分からない姿でしょう。

 けれど、それはアビーシアにとっては特別な意味がありました。


 グレックを助けてくれた病院の人達の格好と、母が事故現場へ向かう時の新品清潔なエプロン姿。

 二つが重なった事に満足とも、安堵ともとれる。

 そんな表情を浮かべた後、足元に”現れていた”分厚い皮の四角カバンを握って、ナビーシャは店に向かって走ります。


**  §  **


 積まれた冷たい鉄板の数々。硬い鉄を溶かし、打って形を変える為の無数の器具。

 夏だというのに薄ら寒ささえ感じさせる工房でノエルは、床に倒れ伏して、身動き一つしないデリオに呼びかけを続けていました。


「お爺ちゃ。お爺ゃん」


 タタッタ。

 誰かが駆けてくる音を聞いて、満面の喜色で顔をあげたノエルと白衣の天使となったナビーシャ。二人の目と目が合いました。


「お姉ちゃ」


 全身真っ白の格好に驚いたのか、目を見開いていたノエルの隣でナビーシャは屈みます。


「私はナビーシャ。前に会ったけど……覚えてるかな?」

「ぅん」


 その自信無げな声を聞き――。

 これなら、間近で見られても、正体が弟に知られるという事はないかな。

 そんな安堵でナビーシャは頬を緩ませかけるも、こんな時にと、自己嫌悪で顔を曇らせます。


「ドゥワーフのぅ爺ちゃんが」

「うん。聞いてる」


 足元に置いた分厚い四角カバンを開いた瞬間、手首のところまで包む形式の手袋に指先を通していた。

 まるで何年も学んできたように、次に何をやるべきなのかが分かる。

 その不思議な感覚に戸惑いと安堵を感じながら、ナビーシャは両手を動かし続けます、


「ノエルのお姉ちゃん。アビーに頼まれて来たの」


 片手で呼吸を、もう片手で脈を確かめるべく、顔の下にそっと両手を入れます。


(呼吸……けれど、脈は大丈夫)


 ナビーシャの可愛い顔は一度は沈痛で沈むも、直ぐに喜色に染まりました。


 慎重に右手を頭部に、髪の中に通して、ゆっくりと触診。

 何処も腫れていないのを確認すると、デリオをうつ伏せの状態から、仰向けの体勢に変えます。

 埃まみれで酷い事になっているものの、目立つような外傷はありませんでした。


 街中という事もあってか、デリオは鎧も胸当ても着けていません。

 それでも、鍛冶仕事中の事故に備えてなのでしょう。それなりに厚い皮の服を着ています。

 ナビーシャは一瞬、気まずさで顔を顰めるも――鞄から刃が分厚い鋏を取り出すと、その上着に刃を通しました。


 家族やジムでのグレック以外の男性の半裸姿にドキッとして、動きを止めたのは一瞬。

 鞄から、耳を完全に覆うタイプのヘッドフォンの上部にウサギ耳をつけたような聴診器(マジックアイテム)を取り出し、チェストピース(人体に当てる部分)をデリオの胸部に当てます。


「心臓も動いてる」


 安堵は出来ませんが、デリオの状態の把握は一歩、また一歩と進んでいきます。


「でも、呼吸は」


 不安そうに自分を見つめるノエルの視線を感じながら、ナビーシャは必死に考え――はっ! という何かに気づいた表情をすると、鞄を開きました。

 鳥のくちばしのような形状の器具を見て、顔を赤らめ、手に取るのを一度は躊躇。

 けれど、意を決したような表情をすると、とある開口具を取り出します。


「えぃッ」


 気合を込めた一声と共に、左手の指先をデリオの口を差し込むも、デリオは身動き一つしませんでした。

 次に無理やりに口を開かせ、出来た隙間に右手で握っていた器具を押し込み。

 片手で器具を押さえながら、もう片手で器具のネジを回す。

 そうやって、鳥のくちばしが開くように、器具を上下に開く事で、デリオの口を無理やりに開かせた状態で固定。

 続いて、カバンから、先端が灯る種類の細長いランプを口内に入れ――。


「――ッ!」

「お爺ゃんを助けて」


 明らかに顔色を変えたナビーシャを見て、幼いノエルも何かを感じたのでしょう。涙目で抱きつきます。


「大丈夫。任せて」


 ノエルに伝えるというよりも――自分に言い聞かせる。

 もしくは、自己暗示をかけるようにナビーシャは呟くと、しがみつき続けようとするノエルを半ば強引に離れさせ、立ち上がりました。


「せぇっのォ!」


 ナビーシャはデリオの腹部に手をかけて持ち上げようとするも――なかなか上手くいきません。

 ドワーフは総じて身長が低いという特性を持っている種族ですが、それでも、体重は他の種族の標準的な男性とそうは変わりません。女の子一人で持ち上げるには厳しい重さです。


「――ッ!」


 それでも、必死に踏ん張り、何度か気合の末に持ち上げる事に成功。

 中腰になると、布団を干す時のようにデリオの体を半分に折るように抱きかかえました。


 ゆっさ、ゆさ。

 そんな音をたてるように、ナビーシャが抱えたデリオを激しく揺さぶります。


 それは見方によっては気味の悪い行動に見えるでしょう。怯えたのでしょうか?

 ノエルが部屋の中を、手入れの為の工具や器具が並ぶ鍛冶場の中を走り始めます。


 そんな様子にナビーシャは苛立ちで、危ないから、じっとしてて!――そう怒鳴りたくなります。

 けれど、怖くて、じっとしていられない。自分も、お爺ちゃんを助けたい――と顔に書いてあるが故に優しく語りかけます。

 

「ノエル。手を貸してくれる?」

「ぅん!!」


 その力強い返事に優しげな微笑みを向けた後、デリオを落とさないように片手で必死に抱きかかえながら、残る片手で肩甲骨の間を叩きました。


「背中の此処を。えっと……リズミカルに叩いて」


 それが助ける事に繋がるのだろう――と頭では分かってはいても、人を叩くという事に抵抗があるのでしょう。

 ノエルは握った手をじっと見つめると、固まってしまいました。


「――ッ! お願いッ。デリオさんを助ける為なの!!


 落ちそうになったデリオを抱え直し、あらためて頼むと、ノエルは意を決したような顔で、力強い声を返します。


「ん! 頑ばりゅ!!」


 頭を下にした状態で揺さぶりつつ、背中を叩いて、気道に詰まった異物を押し出させる。

 そんな姉弟が息の合った作業によって、やがて、デリオの口から白い軟体――食べかけの餅が零れ落ちました。


**  §  **


 ガラガラ、パカ。ガラ、パカパカ。

 石畳の段差で蓋を跳ね上げながら、アビーシアの押す台車に乗せられた寸同鍋が走ります。


「ノエル。頑張ったんだってね」

「ぅん」


 誇らしげな弟の姿を見て、姉は優しく微笑みます。


「ナィーシャお姉ぁんと一緒に、ドゥワーフのお爺ゃんを助けた」

「そうなんだってね」

「けど、お姉ゃんは何時の間にかいなくなぁてぃた」


 不満とも、不安ともとれる。そんな、ノエルの声を聞いて、アビーシアの顔は曇ります。


「ナビーシャお姉ちゃんはね。私を探してに来てくれたんだ」


 弟に嘘を言う事に躊躇いを覚えながら、姉は語りかけます。


「だから、入れ替わりに私が店に戻ったでしょ?」

「ぅん」

「ノエルが凄い頑張った! って褒めてたよ」

「うん」


 力強い返事と共に、胸を張って行進をする様に歩き出したノエルを見て、アビーシアは優しく微笑みます。

 右手だけで台車を押しながら、悪路の上を走らせる。

 そんな不用心な行為に躊躇いを覚えながらも、左手で胸元の羅針盤をそっと握りました。


(私、人を助けられた。私もママみたいに、誰かを助ける事を出来るんだ)


 アビーシアは左手を更に強く、ぎゅっと握り締め、満面の笑みを浮かべます。

 そう。自分の未来の姿に喜びを隠せませんでした。


 きっと、気を緩めたタイミングが悪かったのでしょう――。

 ガラ、ガラ、パカンッ。カラン、カランッ。

 一際激しい段差で跳ね上けられた為に、飛び上がった蓋が外れてしまいました。


「いけないッ」


 クル、クルッ、クルン。

 つまみのある表と裏を激しく入れ替えながら、屈んだアビーシアの前で蓋は回り続けます。


「きゃっきゃ」


 その様子が面白かったのか、回転速度が落ちるや、ノエルが再度、力を加えて蓋を回します。


「お料理の道具を玩具にしちゃ駄目よ」


 そう叱ろうと思った時、鍋蓋の表と裏が同時には存在しえない事から――アビーシアはある事を連想しました。

 いえ、正確には、きっと、もっと、もっと前から気づいてはいたのでしょう。

 ただ、見ようとしていなかっただけで――。


 元冒険者の父親のような剣術を身につける。

 矢を正確に当てられるようになる。

 助走無しで、何メートルも跳べるような身体能力を得る。

 誰かを助けられる医療技術を学んでおく。

 どれも習得するのには何年も費やさないと――いえ。本来ならば、もっともっと、多くの時間が必要なはずの事柄。

 アビーシアはぎゅっと手を握ると、不安げに羅針盤を見つめます。


 成功が確約されている未来は四つ。

 但し、そのどれかを選べば、他の道は選べない。

 そもそも――その四つ中から選ぶべきなのか? それとも、別の道を選ぶべきなのか?

 アビーシアの瞳は心の迷いを表すかのように、揺れ動きました。


(それに私が一番選びたいのは……まだ、選べるかは分からないけれど……)

「――ゃん」


 不意のノエルの声で顔をあげたアビーシアの眼前には、薄く汚れた丸型の鉄板がありました。


「もう! 脅かすんじゃないの!!」


 路上で尻餅をついたアビーシアが拳を握って立ち上がると、ノエルは鍋蓋を縦に立てて路上を転がしながら走り出しました。


「こらぁッ! お料理の道具を玩具にしちゃ駄目ッ!! 待ちなさいッ」


 アビーシアも走り去ると、台車に向かって歩き出す人影が一つ。


「やれやれ。騒がしい姉弟だ」


 店先で騒がれるのを嫌がっている声音でありながらも、微笑ましい光景を見るように優しい表情。

 デリオは二人が戻ってくるまで、見張りをしてやろうとばかりに、台車に寄りかかります。

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