表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/25

第一話「未来に導いてくれる羅針盤」 Part1 of 4

合衆国ではなく、合()国と書いているように、現実によく似ているけど別の世界(並行世界/異世界)を舞台とした作品です。

 アメリカ合()国のとある小さな街にある喫茶店の一つ。

 ケーキが自慢のお店オウランドの二階から、元気溢れる声が一階に向かいます。


「ランニングに行ってきまーす」


 パタ、パタパタ。

 そんな足音をさせながら、夏仕様で薄手の黄色パーカーを(なび)かせ、降りてきた赤毛のショートヘア。

 ひざ丈ズボンの姿もあって、一見、美少年とも見間違えられかねない十二歳の女の子アビーシア。

 その声が調理場に届くと、父親のマイクがフライパンを片手に顔を出しました。


「午後から天気がくずれるらしいから、先に洗濯物を」

「もう干してるよ。パパ」

「ボクも手伝いましゅた」


 トテトテ。

 そんな可愛らしい足音をさせながら、階段を降りてきた父親譲りの金髪の男の子。

 今年の冬、四歳になるノエルが姉の言葉を補足します。


「そうか。なら、いい」


 マイクが顔を引っ込めると、アビーシアと同じ髪の色の母パトリシア(パティ)が顔を出し――。


「いつも言っている事だけど……。ほんと、馬車には気をつけるのよ」


 つい先週も、近くの交差点で人身事故が起きたばかりです。


「はーい。じゃあ、行ってきまーす」


 元気よく宣言するや、喫茶店の出入り口の反対側――住居用の玄関を通って外に。

 と言っても、直ぐに道路には出れません。

 スポーツジムを併設している母方の祖父母宅との共有スペースを通って、ジムと壁の間の狭い通路も通らないといけません。


 防犯の為と分かってはいても、この不便さ。

 アビーシアはこれが嫌いでした。

 そう。過去形です。

 何故なら、今は――。


「おはよう。グレイ」

「よう」


 発汗作用のある黒色のランニングスーツを纏って、立ち屈みの運動をしていた少年であり、同時に青年という十五歳。

 四月からなので、今月でアビーシアの祖父母宅への下宿三ヶ月目となるグレック・デイス。

 彼は元気よく挨拶をすると、黒寄りの灰色の髪を揺らしながら、今度は足を伸ばす運動を始めました。


「ランニングに行くの? なら、私も一緒に」


 立ち上がったグレックは拳を右、左と振りながら――。


「今日は新しい事をやりたいからな」


 同時に足も前後にステップを踏むように動かしながら、会話を続けます。


「アビーの足に合わせてたら、トレーニングにならないぜ」

「そうだねー。私の足についてこれないよねー」


 馬鹿にしたような声に、グレックはむっとした顔を向け、更に両手足を激しく動かしていると――。


「何時も言っておるだろう。闇雲にやればいいってものじゃない」


 真向かいの家の中から出てきた老人。

 髪全体が真っ白だけど、溢れかえるほどにふさふさで、腰もピンとしているトレヴァー・シーアモ。

 アビーシアの祖父が溜め息混じりに渋い顔で言いました。


「すみません。コーチ」

「おはよう。お爺ちゃん」

「おはよう」


 本人が巧みに隠そうとした――息の荒さを老人は見逃していませんでした。


「アビーの安っぽい挑発にのりおって」

「でも」

「素質のあるお前には、若い頃のワシみたいな失敗をして欲しくない」


 グレックは一度は口を開くも、苦い顔をしたコーチを見ると、申し訳無さそうな顔で口を噤みます。


「お爺ちゃん。グレイは今までの試合を全勝してるんでしょ? だったら、この先も」


 その言葉はグレックを信じているから。

 年齢制限の為、実際の試合を見れた事は無いけれど――あんなにトレーニングを頑張っている人が負けるはずがない。そう思っているから。

 だけど、当の本人は――。


「俺よりも強い奴なんて、いくらでもいる」


 世の中、いつも、何でも上手くいくって思っているなんて――やっぱり、子供だな。

 そう付け足して言いたげな顔をしていました。

 アビーシアは気持ちが伝わらないのがもどかしく、むっと頬を膨らませます。

 けど――。

 とても真剣な顔つきのグレックを見ると、色々な事を考えさせられてしまいます。


(グレイはもう、将来を決めてる。衛視という皆を守る仕事に就く為に、実績を積もうって、凄い、頑張っている。夢の為に努力している。歳は三つしか違わないのに……私とは違う。全然違う)


 アビーシアは心の中で呟き、半ば無意識に――。


「私、将来は何になるんだろうなぁ」


 ぼそりとした弱々しいものであり、隣にいたとしても、聞き逃してしまうだろう小声。

 なのに、それは不思議な事に親族である祖父だけでなく、グレックの耳にも届いていました。


「え? おじさんにケーキや菓子作りを習っているんだろ?」


 将来を決めているんじゃないか? と言いたげな声を、驚き顔のグレックに向けられると――。


「教わった通りの分量と焼き方で、時間もぴったりなのにさ」


 アビーシアは元気の無い声で返します。


(まぁ、確かにな……。美味しいが、何かが足りない。そんな味じゃったな)


 トレヴァーは少し前に試食したケーキを思い出しながら、孫に何もアドバイスを出来ない事を悔やみ、両手を後ろで組みました。


「パパみたいに上手く出来ないもん。私、お菓子作りの才能がないのかも」


 グレックは目の前の悩める少女に何か、言葉をかけたいと思っているのに何も言えない。

 そんな、もどかしさに唇を噛み、頭を乱暴に掻きむしり――。


「あのよ。将来なんてさ……。今直ぐに決めなくてもいいんじゃないか?」


 自分を思って、そんな言葉をかけてくれている。

 それが分かっても、アビーシアの顔は曇ったままです。

 だって、彼女がそんな事を悩むのは――。


「気分転換にさ。一緒に走りに行くか?」

(私が誘った時は断ったくせに……)


 アビーシアは声に出したくなったのを必死に堪えると、もやもやを振りはらわんとばかりに、乱暴に頭を振って――。


「仕方ないなぁー。つきあってあげるよ」


 嫌々やるんだぞ。

 そんな顔で微笑んで、元気一杯に返事をしました。


 **  §  **


 数年前から、余程の悪天候の時以外、毎朝走ってきた。

 それが起伏の激しい荒れ道ではなく、石畳で整えられた道だとしても、十キロという短くはない距離を。

 だから、体力に自信はあった。

 あったつもりだった。

 そんなアビーシアは息も絶え絶えの中、必死に声を出してグレックを呼び止めます。


「待ってよー」

「だから、言っただろ」


 呆れているというよりも、無謀を諌めようとする声でグレックが駆け戻ると――同じ事をやりながら、同じ速度で走っていたのに、息切れ一つしない事に妬みと尊敬が入り混じった。そんな目を向けられました。


「俺の真似なんて、余計な事までするから」


 グレックは両肘を脇に構え、右足を踏み出すと同時に右拳を突き出す。

 右足を半歩下げると同時に、左足を踏み出して右肘を引き、左拳を突き出す。

 そんな動作を繰り返しながら、アビーシアを中心とした円を描くように走ります。


 そこに馬鹿にするような意図はない。

 そうは頭で分かってはいても、アビーシアはむすっとした顔で睨みます。


「何事にも時間が必要なんだよ」


 諭すつもりで話している。

 それが分かってはいても――右、左と拳を連打しながら、両の膝を上げ下げ。

 そんな姿では、真面目な話をしているようには思えない。

 故にアビーシアの頬は膨らみました。


「アビーはさ」


 脅しになっていない可愛らしい威圧を受けながら、グレックは言葉を続けます。


「おじさんみたいに上手く出来ないって、悩んでいるけどさ」


 足を止め、きりっとした真剣な顔を向けられると、流石にアビーシアも態度を改めました。


「当たり前なんじゃないかな? だって、おじさんは十代の頃に職人――おばさんのお母さん。お婆ちゃんに弟子入りしたんだろ?」

「う、うん」


 六十を過ぎた今でも、精力的に家庭向けの菓子作り教室の講師を努める。

 そんな祖母のお菓子の美味がアビーシアの口内に蘇りました。


「そこから十年以上かかってさ。今の技を身につけたんだろ?」


 何を言いたいのか?

 今一釈然としない中、アビーシアは無言の頷きで返事をします。


「だからさ。何であろうと、同じ事を出来るようになるには時間が必要なんだ。焦るなよ」


 グレックはそう言い終えるや、再び、足と拳を組み合わせた動きを再開。


「今、俺はランニングをこなせてるけどさ。最初の頃は」


 顔を渋くして逡巡した後、躊躇いがちに口を開きました。


「普通に走るだけでも、結構、息切れしたんだぜ」


 意外な過去の告白に呆然としたアビーシアを前に、グレックは気恥ずかしそうに頭を掻きます。


(そうだよね。グレイは毎日、朝以外にも走ってるんだし……)


 瞼の裏に写るのは――夕方、汗びっしょりで帰ってきた姿や、お使いの時に見かけるランニング姿。


(そっか……。ケーキも同じだよね。今の私がパパと同じ事をやろうとしても、出来ないのが当然だよね)


 別に焦って、悩む事ないじゃん。

 一度はそう思えるも、次に湧き出したのは――けど、もし、本当にお菓子作りの才能がなかったら? という不安。

 アビーシアは自分の才能を見つけ、伸ばしているグレックに様々な感情が入り混じった視線を向け――ふと、その背後に見慣れない店がある事に気づきました。


「こんな店なんか、あったっけ?」


 儚げな顔をしていたアビーシアの顔がふと変わったのに気づき、グレッグは後ろを振り向くと、そう訊ねました。


 一階建てで、お店としては狭くも広くもない大きさの建物。

 なので、街の風景に自然と溶け込んで、気づかなくても、不思議ではない。

 ただ、石材を一切使っていない。火事対策の不燃処理の為、割高になる完全木造の建物があれば、何度か近くを通っていたら、気づいていたはずでした。


(何時、出来たんだろ?)


 違和感を抱いた事で注意力が増していたのか、アビーシアは出入り口側のショーウィンドウの陰に置かれていた『ThousanDream』という看板を見つけました。


「サウザンドとドリームだから……千の夢?」


 そのまま中を覗くと、入り口の側には人を牽き寄せるようなカラフルな石やアクセサリーが。

 奥手に向かうにつれて、如何にもな年代物の人形や古書が並んでいます。

 物陰になっている為、よくは見えませんでしたが、奥には古めかしい鎧らしき何かも置いてありました。


「雑貨屋さん? ううん。アンティークショップかな?」


 つい、雑多屋と言いかけたのを飲み込み、アビーシアは尋ねるも――。


「さて、休憩は充分だろ? ほら、続きをやろうぜ」

「あ、待ってよ」


 二人が店の前を離れた直後、店の奥から、そっと現れた三つの人影。

 顔までが完全な獣のタイプの白山羊と黒羊の獣人達と、その間の赤黒いゴシックなドレスを纏った金髪の少女。

 チッ。

 それは眼前で獲物を逃がした肉食獣のように、悔しそうに顔を歪めていた少女の唇が生んだ音でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ