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ラーメン屋での一幕と買い物

「お、おおお待ちどう!バババリカタネギ山!です!」


「ありがとうございます。……おぉ、旨そうだ。」


駅前ショッピングモールの3階。

食べ物屋が並ぶレストラン区画の一つに、先月オープンしたばかりのラーメン屋があった。


豚骨ベースのスープと細いストレート麺。

具はネギとチャーシューのみ。

トッピングできくらげや辛子高菜も無料で提供されていたが、武久はシンプルなラーメンを好んだ。


なお、店内に男は武久一人である。

店員も客ももれなく女性だ。

武久が入店した際、店内にいた全員がギョッとした顔をした。

店員の女性は注文を聞くだけでもオドオドと戸惑い、ラーメンを持ってきた店主でさえ噛みまくっていた。


女性達は、先程からずっとチラチラと武久を盗み見ては、艶美と千代に睨まれて慌てて視線をそらしている。

しかしまたすぐにチラ見して睨まれて…それの繰り返しであった。



武久は周りの視線など意にも介さず、目の前に置かれたラーメンを真剣に眺めている。


「ふむ…見た目は確かに博多ラーメンだ。スープが白濁しすぎていないのも良い。……どれ。」


立ち上る湯気から匂いを嗅ぐ。


「豚骨の臭みが少ない……骨を丁寧に処理して、灰汁抜きを怠らなかった証拠だな。」


レンゲでスープを一掬い。


「粘度は低め。博多の中でもあっさり系か。楽しみだな。」


口に運び、舌で味わう。


「ん……軽めに炊かれたスープ。脂も少ない。やや長浜に近いか。」


割り箸を口に咥えて、片手でパチンと割る。

黄色がかった麺を摘み上げた。


「細い……が、極細という程ではないな。」


口に入れて思い切り啜る。

しっかりと味わいながら咀嚼。


「ふむ、少し薄すぎるかと思ったが、細すぎない麺がスープに絡んで、思ったより食べ応えがある。」


もう一啜り。


「やはりこの麺のお陰で長浜よりも主張の強いものになっているな。これは確かに博多ラーメンだ。」


次にチャーシューを口に入れる。


「ほう、思ったよりしっかりしているじゃないか。味は中まで染み込み、パサつきもない。薄く切られて麺と一緒にも食べやすい。」



「お、お兄ちゃん……」


千代が目を丸くして武久を見ている。


「たーくん…いつからそんなグルメリポーターみたいに……」


艶美も同様に驚いていた。


「む……あぁ、すまない。久々に初めての店で食べたものだから、つい声に出してしまっていた。店に失礼だったな。」


「え、えぇ、まぁわかってるならそれは良いんだけど……本当に好きなのねぇ。」


「あぁ、ラーメンは世界で一番好きな食べ物だ。特に豚骨はな。」


武久がそう言うと、こっそり聞き耳を立てていた店員や客が目を剥いて驚いた。

周囲がざわざわと小煩くなる。

家族連れとはいえ男性がラーメン屋に来る事さえ珍しいのに、しっかりと味わって事細かに分析し、さらに最も好きとまで言ってのけたのだ。


店内の女性達は色めき立ち、特に店員は涙目でハイタッチを交わす者までいた。

店長に至ってはタオルを顔に押し当てて号泣している。


「お、お兄ちゃん!早く食べちゃお!」


「そ、そうね!早く食べてお買い物行きましょう!」


騒然となる店内に、面倒な事になる前にと焦る2人。


「ん、あぁそうだな。麺が伸びる前に美味しく食べるのが礼儀だからな。」


急ぐ理由は違えども、武久も慌ててラーメンを啜った。

なお、武久の言葉で店長の涙がさらに止まらなくなったのは余談である。






「まったくもう…お兄ちゃん!あんな事しなくて良かったんだよ!」


「別に良いだろう、握手くらい。」


「良くないよ!いきなり押し倒されたらどうするの!?」


「その時はその時で対処するし、あの店主からはその類の邪念は感じられなかったぞ。なにやら変な欲は見えたが。」


「邪念丸出しだったよ!お兄ちゃんの肌の感触を愉しんでたじゃん!」


「それくらいは良いじゃないか。あのラーメンはなかなか美味かった。チップのようなものだ。」


「うぅ…お母さんからも何か言ってよ!」


「んー……まぁ相手を選ぶ必要はあると思うけど、そこらへんはたーくんもわかってるだろうし……。」


「勿論だ。」


「お母さんまで……もう、わかった。お兄ちゃんに何かあったら、わたしが助けてあげるんだから。」


フンスッと気合いを入れる千代。


ラーメンを食べ終えた3人が店を出る際、ちょっとした騒動があった。

会計後、武久が店長に『美味しかったです。また来ます。』と伝えたところ、感激した店長が思わず武久の手を掴んでしまったのだ。

その瞬間、店内の女性達は一斉に緊張した。

それは明らかなセクハラであったからだ。


店長もやってしまったとばかりに顔を青くしていたが、武久は気にする様子もなく、ごく自然に握手に応じた。

おまけに不器用な微笑み付き。

店長は失神した。


ラーメン屋の店長という世の男達から忌避されやすい職業。

ただでさえ男慣れしていない店長は、武久の男らしからぬ鋭い眼と力強い手に圧倒され、さらにギャップの微笑みで一瞬にしてノックアウトされてしまった。


店長に駆け寄る店員達と、血に飢えた獣のような目で武久を見る女達。

その視線から匿うように、艶美と千代は武久を連れて店を後にしたのであった。





その後、3人はモール内を買い物して回った。

日用雑貨類をあらかた買い揃えて、3人並んでベンチに座って一休みする。


ちなみに買い物袋は3人それぞれが少しずつ持っている。

艶美と千代は女性が持つべきだと主張したが、武久はそれを拒否した。

武久の倫理観からすれば、女性に荷物を持たせて自分が楽をするような事はあってはならない事だった。

だからこそ武久は全て自分で持とうとしていたのだが、艶美と千代が持たせて欲しいと懇願した為、折衷案として全員で分ける事になったのだ。

男の武久にだけ荷物を持たせていると、周りの女性には自分達が武久を虐待しているように見える可能性が高い、というのが艶美と千代の主張であった。


「とりあえず、直近で必要になりそうな物は買えたわね。」


「だねぇ………買い物よりも周りの視線で疲れちゃうね。」


チラチラと武久に向けられる視線に気を向けながら千代が溜息を零した。


「すまん、千代。余計な気疲れをさせてしまっているな。」


「え、あ、違う!違うの!お兄ちゃんは悪くないから!」


武久は申し訳なさそうに言うと、千代は慌ててブンブンと首を振った。


「だが……」


「む、むしろ男連れで優越感バリバリっていうか、嫉妬の視線が心地良いっていうか!!」


「ちーちゃん、焦りすぎて変なこと言ってるわよ。」


艶美の冷静なツッコミが入る。

アタフタする千代を見た武久は、ふっと笑って彼女の頭を撫でた。


「千代は優しいな。」


「あ、うっ………と、とにかく!お兄ちゃんは悪くないし、全然嫌とか思ってないから!」


「……そうか。ありがとな。」


「う、うん……」


武久は千代が自分を気遣ってくれているのだと思っているが、実際は違う。

千代は、武久がもう一緒に外出してくれなくなるのではと危惧し、焦っていたのだ。

周囲を警戒しすぎて気疲れするのは嘘ではなかったが、それ以上に折角仲良くなった兄と遊べなくなるのは嫌だった。


必死な娘の胸中を察した艶美が苦笑する。



「さぁさぁ、もう少し休んだら行きましょう。たーくん、他に何か見たい物ある?」


「そうだな…服を見たい。こちらに来る前に、私服はほとんど処分してしまったからな。」


「わかったわ。なら、メンズショップを見てみましょう。」


「メンズは5階だったと思うよ。あんまりお店ないはずだけど。」


この世界の男はネット通販で買い物する者が多い。

人の集まる所では、いまの武久のように女性達の視線を集めてしまうからだ。

武久のように自分の目で見て選びたいという一部の男性の為に、大型のモールには男性向けの店がある事が多いが、それでも数は少ない傾向にあった。



ともあれ、暫し休憩した後、3人は買い物を再開したのであった。

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