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家族であっても男と女

空はすっかり赤くなり、遠くの方は薄らと夜に染まりつつある時間。

武久と艶美、千代の3人は、リビングで談笑をしていた。

武久はタケヒサが知らない間の二人の事を聞きたがり、艶美と千代は田舎で暮らしていた時の武久の話を聞きたがった。


武久は自らの過ごした生活をベースとしつつ、タケヒサの知識を活用してこの世界において無理のないようにアレンジして話した。

祖父には過保護に育てられたが、自ら身体を鍛える事を選んだ。

そして田舎の道場に通ったり自己流で修練を積んだ為、男にしては珍しく武術を嗜んでいる…という風に話したのだ。


艶美と千代は明らかに鍛えられた武久の身体の理由に納得した。

家族とはいえ女に優しく、鍛えられた身体を持ち、武術を嗜む無骨な男。

そんなものは漫画やアニメの世界でしか見たことない、と艶美と千代は心中で大層興奮していた。


武久の話の後、彼は二人の話を聞いた。

艶美と千代は剣道の有段者であった。

祖母が日本でもトップクラスの高段者らしく、艶美も指南免状を持っている。

二人が剣道の経験者であるのはタケヒサの記憶で知っていたが、そこまでのレベルである事に武久は驚いた。

そしていつか手合わせをしたいと願った。

艶美と千代は渋ったが、武久たっての願いという事で最終的に了承した。

二人が内心で、手合わせ中に武久と密着する機会があるかもしれない、と期待していたのは、武久には知る由もなかった。



「あら、もうこんな時間。夜ご飯、出前を取ろうと思ってるんだけど、何が良いかしら?」


赤くなった空を見て艶美が言った。


「出前?珍しいね。」


千代が首を傾げる。

艶美は料理が好きで、出前を取る事はあまりない。


「たーくんが帰って来るから、出前の方が良いと思って何もしてないのよ。」


「あ、なるほど。」


二人の会話を聞きつつ、普通は腕にヨリをかけて料理するところじゃないか、と考えた武久はタケヒサの記憶を探り、艶美の言葉の理由を悟った。

タケヒサは母である艶美を嫌っており、彼女の作ったものは食べず、出前や持ち帰りの既製品を好んだのだ。

中学に入ってからは艶美の作ったものは少しも食べないようになっていた。

その記憶を呼び戻した武久は頭を抱え、異なる自分を恨んだ。

家族の愛情に飢えていた武久からしてみれば、母の味を味わう機会を蔑ろにしたタケヒサは筆舌に尽くし難い愚か者であった。



「………どうせなら、母さんの料理を食べたいな。」


我儘だと知りつつも、武久はそう言った。

艶美と千代は目を見開いて武久を見た。


「え、でも……」


「お兄ちゃん、お母さんの料理は食べないって……」


「それは過去の話だ。あの頃の俺は愚かだった。」


武久は静かな口調で続ける。


「今はそんな事はしないし言わない。俺は母さんの料理を食べたい。」


「たーくん……」


艶美が潤んだ瞳で武久を見つめる。

その頬はうっすらと赤く染まり、母というよりも女として見ているようでもあった。


「お兄ちゃん…ほんとに変わったんだねぇ。」


千代がしみじみと言い、微笑む。


「まぁな。という訳で、何か作れないか?急な話だから、無理にとは言わないが。」


「んー…何の準備もないし、簡単なものしかできないけど……」


「母さんが作ってくれるものなら何でも良いよ。」


「た、たーくん……」


「むぅ……」


タケヒサからは決して出なかったであろう言葉に、艶美は再びうっとりし、千代は嫉妬するようにむくれた。



「わかったわ。あるもので何か作ってみるわね。でもあんまり簡単すぎるのもつまらないし、ちょっと時間がかかるかもしれないわよ。」


「俺は構わないけど、千代はどうだ?」


「わたしも大丈夫だよ。先に宿題しちゃおっかな。」


「たーくんはお風呂入ってきたら?もう沸いてるわよ。」


「ならそうするか。千代、一緒に入るか?」


らしくもなく冗談めかす武久。

こういった冗談は祖父の前ではなかなかできなかったが、彼はこういったやり取りに憧れていた。


「ぅえぇぇっ!?お、お兄ちゃんなに言ってるの!?」


一瞬で顔を赤くした千代が狼狽る。


「そ、そうよたーくん!一緒に入るなら私でしょ!」


「ちょっとお母さん!?」


「あっ、いけない…つい願望が……」


「せ、セクハラだよお母さん!」


「いや、セクハラだと言うならむしろ俺だと思うが……」


武久は首を傾げる。


「まぁ……母さん、いつか一緒に入ろうな。」


武久は祖父の背中はよく流していた。

ちょっとした親孝行にでもなれば、と考えていた。


「ほんと!?ぜ、絶対よ!嘘だったとか言われたら、お母さん泣いちゃうからね!」


「あぁ、約束だよ。」


武久が差し出した小指を艶美が両手で握りしめる。

指切りどころか手切りになりそうだが、それほど艶美が興奮しているという事だ。


「ず、ズルいよお母さん!」


「なら、千代も一緒に入ろうか。なんなら今からでも。」


憤慨する千代の頭を武久が撫でた。


「う、うぅ…….きょ、今日は心の準備が……で、でもいつかは…!!」


「わかった、約束だ。」


艶美と違って千代はおずおずといった様子で小指を絡めた。

しかしすぐに嬉しそうに笑った為、武久も安心して微笑んだ。





「ふぅ……良い湯だった……」


入浴後、脱衣所で身体を拭いた武久はまだ湿っている髪をがしがしと拭いながら扉をスライドさせた。

逆瀬川家の風呂は、3人くらいなら簡単に入れるのではないかというほど広いものだった。

つい長く浸かってしまった武久は、頭にタオルを乗せたまま千代の部屋へ向かう。


「千代、風呂上がったから、次良いぞ。」


「はーい。」


扉の外からそう声をかけると、すぐに千代は扉を開いた。

そして武久の姿を見て一瞬で石像と化す。

微動だにしない千代を見て武久は首を傾げた。


「千代?」


「お、お、お、お兄ちゃん……なんで……」


「おい、どうした?」


「な、何で服着てないのぉー!!!」


顔を真っ赤に染め上げ叫ぶ千代。

だが赤面しつつもその目は武久の身体から少しも逸らさず凝視していた。


武久は自らの身体を見下ろす。

履いているのは柔らかい上質な濃灰色のスウェット。

その上にはぎっしりと中まで筋肉が詰め込まれたような引き締まった腹筋。

シルエットを崩さない程度に盛り上がった胸筋。

風呂上がりで暑かった武久は、上半身に何も纏っていなかった。


「………あぁ、そうか。」


この世界の常識から考えて、自分がいかに"はしたない格好"をしているか自覚した武久。

だがこの世界の常識が基礎となっていない武久には、家族に裸を見られたところで羞恥する心など持ち合わせていない。


しかし千代は違う。

兄である前に異性。

家族である前に男なのだ。

あわあわと口を震わせながらも、その裸体から目を離せなくなっていた。



「どうしたの、ちーちゃん!」


千代の叫びを聞いた艶美がバタバタと走ってきた。

そして武久の身体を見て、千代と同じく石像と化す。


「た、た、た、たたたたたた!!!」


否、千代以上に壊れた。


「お、おい大丈夫か、母さん?」


「なっ、な、なん…で……」


「あぁ、悪い。暑かったから後で着ようと思ってな。すまなかった。」


平然とした顔で謝る武久を、手で顔を覆いながら艶美が見つめている。

五指はこれでもかというほど力強く開かれ、もはや顔を覆う意味もない。


「た、た、たーくん!ちゃ、ちゃんと隠さないとっ!!」


「いや、別に良いだろ…家族だし。」


「だ、駄目に決まってるでしょ!!」


「そうか?……俺は気にしないけどな……」


武久の言葉に艶美と千代は愕然とした。

艶美はゴクリと生唾を飲む。


「つ、つまり……見放題…!?」


「……そんなに面白いものか…?」


知識としては知っていても実感のない武久。


「はぁ…はぁ…はぁ……す、凄い……」


「た、たーくん……じゅるっ……」


荒く息をする千代と舌舐めずりをする艶美。


「あー………なんなら触ってみるか?」


「「ぜひっ!!」」


密かに筋肉に自信のある武久の提案に、二人が勢いよく返事した。

そして飛びつくように武久の腹筋を触り始める。


「はぁ…はぁ…はぁ……ごくっ……」


「あ、あぁぁ……こんな事って…こんな事って……んっ……あぁ………」


千代はくっきりと割れた腹筋を一心不乱に撫でて更に息を荒くする。

艶美が腹筋から胸筋へと手を伸ばし、色っぽい声を上げ始めたところで、武久はそろそろ終わるべきかと考えた。


「えっと……そろそろ着るから。」


「「あっ……」」


名残惜しそうな声をあげる二人を置いて、脱衣所へ戻る。

用意していた薄手のインナーシャツの上にセットのスウェットを着た。

そして戻った武久を、顔を赤くしたままの艶美と千代がうっとりと眺める。

そんな二人を見て武久は苦笑しつつ首を振った。



「また今度、な。」


「「ぜひっ!!」」


武久は世界の違いを実感した。

鍛えている人なら自分の筋肉を誇りたい気持ちは必ずあると思います。

凄いと言われたら触らせたくなるのが男だよね。

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