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母との再会と家族への愛

「ここか……」


夕方に迫ろうかという時間帯。

武久は天高くそびえ立つ高層マンションを見上げていた。

タケヒサの記憶にある住所は間違いなくこのマンションのものである。

すなわちこのマンションに、それもかなり上の階層に武久の母と妹が住んでいるのだ。


「行くか。」


武久は正面口へ向かう。

警備員の女性が左右に立っていた。

町行く人々ほどではないが視線を感じた武久は、二人に礼をした。


「こんにちは。お疲れ様です。」


「えっ!あ、は、はい!」


「お、おおお疲れ様です!!」


警備員はあたふたと慌てた慌てながらも頭を下げた。


「あ、あの…こ、こちらのマンションの住人の方でしょうか?」


そしておずおずと問いかけた。


「家族がこちらに住んでおりまして、自分も今日引っ越して参りました。」


「そ、そうなんですか!」


武久は笑顔を作る事が苦手な無骨な男であるが、祖父より礼儀に関しても厳しく教えられている。

なるべく無愛想に見えないように、と微笑んだ。

それを受けて警備員二人が頬を赤らめる。

タケヒサの記憶上、こんな風に女性に笑いかける男性はほぼいない。


「逆瀬川武久と申します。これから宜しくお願い致します。」


武久は片手を差し出した。

一瞬固まった二人だが、すぐに頭を下げながら手を差し出す。


「た、た、高橋と申しますぅ!!」


「は、は、橋本と申しますぅ!!」


「高橋さんと橋本さん、ですね。それでは自分は行きますから。失礼します。」


武久が入っていた後も、二人はうっとりした眼でそちらを眺めていた。




武久はインターホンのテンキーを前にして立ち止まる。


「番号は……」


タケヒサの記憶を頼りに番号を押していく。

数秒後、ガチャッという小さな音がして、女性の声が発せられた。


「はい、逆瀬川です。」


「えー……お世話になっております、武久です。」


何と言うべきか考えていなかった武久はつまりながらも丁寧に名を告げる。

マイク越しに息を飲む音が聞こえた。


「た、武久さん?武久さんなのね?」


焦り、歓喜、安堵……様々な感情が入り混じったような声音であった。


「はい、武久です。遅くなってすみません。」


「い、いえ、良いのよ。ちゃんと来てくれたんだから、それだけで……あ、あぁごめんなさい!今開けるわね!!」


大きなガラス扉が開かれる。


「失礼します。」


武久はそう言うと、インターホンを消して中へ入って行った。





武久はエレベーターで上層へ上がり、目当ての部屋の前で番号を確認する。

間違いなくその部屋であると理解した上で、再度インターホンを鳴らした。

するとすぐに部屋の扉が開かれ、中から一人の美女が現れた。

明るめの茶色のミディアムボブがふんわりと揺れている。

特徴的な泣きぼくろを携えた優しい眼をした女性だ。

その瞳が武久の姿を捉え、徐々に潤んでいく。


「………母さん。」


武久が思わず呟いた。

タケヒサが母である逆瀬川艶美(さかせがわえみ)に会ったのは3年前の事だが、それでも記憶にある姿とほとんど変わらない。

高校二年生の子どもがいるとは思えないほど若く美しい女性であった。

彼女を目にした瞬間、どうやって接すれば良いかという武久の悩みは消えて無くなった。

かつて失ってしまった家族、今度こそ一緒にいたい、一緒に過ごしたい、この一瞬でそう思ったのだ。


また、タケヒサは極度の女性嫌いで家族である母や妹ですらぞんざいな扱いをしていた。

武久の思いによって、タケヒサの記憶や家族への思いは"反省"へと昇華した。

つまり、家族と共にありたいという武久の思いとタケヒサの記憶が混じり合い、"どちらの世界でも愛せなかった家族を、今度こそ愛したい"という思いに変わったのだ。



艶美は武久に母さんと呼ばれた事で固まっている。


「母さん。」


もう一度、噛み締めるように母を呼ぶ。

タケヒサの記憶では、このように呼ぶ事など小学生の時ですらしていなかった。

艶美が両手で口を押さえて息を飲む。

その目には涙が溢れてきていた。


「あ、あ………た、武久…さん。」


他人のように呼ぶ艶美に武久は努めて微笑む。

そして、一つのお願いをしつつ両手を広げた。


「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて……幼稚園児だった頃のように、たーくんって、呼んでくれよ。さぁ。」


艶美は止めどなく溢れる涙をそのままに、武久の胸へ飛び込んだ。

武久はそれを優しく、しかし力強く抱きとめる。


「た、たー…くん……たーくんっ!!」


失ったはずの温もりを、今度こそ離すものかと武久は強く強く抱きしめ、あやすように頭を撫でた。


「母さん……ただいま。」


「たーくん……おかえりなさい!」


胸元に母の涙が滲むのも気にせず、武久は暫く彼女の頭を撫で続けていた。




10分ほど経過しただろうか、二人は家に入り、扉を閉めた。


「そ、その、た、たー君……。服、汚してしまって…ごめんなさいね。」


赤くなった目でおそるおそる母が言う。


「気にしないで良いよ、母さん。母さんの涙なら、俺はどれだけ汚されても構わない。というか、汚されたなんて思わないから。」


「うっ…たーくん………」


再び泣きそうになる母を、武久は正面から見据える。


「母さん……今まで悪かった。」


「えっ……た、たーくん……?」


彼女は驚いて目を見開いている。


「今まで、母さんに酷い態度を取っていた……でも、これからはそんな事はしない。俺は、母さん達を愛しているから。その事に、ようやく気付けたから。」


「そ、そんな…たーくん……う、うぅ………」


結局また泣いてしまう艶美の目元を指でなぞり、流れる涙を拭う。


「俺は変わった。前までの……どうしようもなかった俺じゃない。そんな俺でも、母さんは愛してくれるか?」


タケヒサは優しい男とは決して言えなかった。

しかしそれでも母にとっては大切な息子だったはずだ。

武久は、変わってしまった自分を母が受け入れてくれるか、不安であった。

しかし艶美はそんな武久にぎゅっとしがみつく。


「た、たーくんはどうしようもなくなんてなかったわ!たーくんはずっと良い子だったもの!でも、もっと良い子になったっていうなら、愛さない訳がないじゃない!!」


「………ありがとう、母さん。これから、宜しくな。」


武久は再度、艶美を強く抱きしめた。

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