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路地裏の闘争

都会の喧騒から離れた路地裏にて、武久を空を見上げていた。

青い空は記憶にあるものと変わらず、されど何かが違って見えている。


「………ここにいても、仕方ないよな。"(タケヒサ)"は母と妹の家に向かっていた……うん、住所もちゃんと覚えてる。」


武久は通りに向かおうとして、先程浴びせられた女性達の視線を思い出した。

"タケヒサ"はあの手の視線を心底嫌っていた。

その記憶は武久の心にも多少の影響を残している。

だが主人格は武久である為、それも『居心地が悪いな』くらいに収まるものであった。

深呼吸を一つ、意を決して表に戻ろうとする。


だが、そんな彼の眼前に人の影が三つ。


「おいおいおーい、こんな所に男の子が一人で来ちゃ駄目じゃね?てか駄目じゃね?」


ニヤニヤと嫌らしく笑いながら舌舐めずりしているのは、金髪で褐色肌のギャル。

その後ろの二人も茶髪だったり赤髪だったりのギャル達であった。

素材の良さそうな容姿だが、皆一様に欲望に濁った目をしていた。


「………俺に何か用か?」


武久は鋭く睨みつける。

"武久"からすればただ面倒な輩に絡まれたくらいの認識だが、"タケヒサ"にとってはレイプ秒読みの絶体絶命な展開だ。

彼は無意識に心が騒つくのを感じた。


「そんな睨むなってぇの、こんなとこに走って入るから心配して来てやったんだぜぇ?」


茶髪の女が心配なんて欠片もしてないような表情で言った。


「そうか、心配をかけてすまなかったな。この通り問題はない。そこをどいてくれ。」


「お前男のくせに変な喋り方してんな?つーか体でけぇ……これは下の方も期待できそうだ。」


赤髪の女が垂れた涎を拭っている。


「つーかもう我慢できねぇ、やっちまおうぜ!」


金髪の女がジリジリと近寄る。


「……お前達は"敵"という事で良いんだな?」


「あ?なんだそれ?」


訝しむ女に武久は冷静に言い放った。



「"敵"なら……女子供関係なく叩きのめす事ができる。」



それは武久が受けた祖父の教えの一つ。

すなわち、"無闇矢鱈と力を誇るべからず、ただし己の敵は何人(なんぴと)であろうと打ち滅ぼすべし"である。


武久の言を受けたギャル達は暫し唖然とし、やがて肩を震わせて嘲笑った。


「ぎゃっはははは!!こいつ、男のくせに何言ってやがんだ!!」


「ひーひっひひ!漫画の読みすぎじゃねぇのか!?」


「デカいからって調子乗んなよまじで!くははっ!!」


ギャル達が腹を抱えて笑おうとも、武久は眉一つ動かさない。



「遠慮はいらん。かかって来い。」


「ひゃはっ!そんな言うならやってやろうじゃねぇか!!」


金髪が嘲笑から一転、体勢を低くし両手を軽く伸ばして突っ込んでくる。


「…レスリングか。」


"タケヒサ"の記憶にある通り、この世界の女性は格闘技の経験が当然のようにある。

ただの性犯罪者だと思っていれば痛い目を見るのだが、武久には油断など欠片もなかった。

女達の肢体を見れば、何かしらの心得があるのはわかっていた為だ。


「うぉりゃ!!」


武久の腰にぶつかり、引き倒そうとする金髪。

しかし直前に重心を落とし、下半身を固めた武久はびくともしない。

金髪は武久の足に手を伸ばすが、重心を落とす際に片足を下げられており、届かない。

想定外の反応と対応に金髪の動きが止まる。


「ふんっ!」


その隙を武久は逃さなかった。

右腕を振り上げ、無防備な後頭部に肘を叩き込む。

脳を揺らされ倒れようとする金髪の顔面に、引いていた右の膝を突き入れた。


「ぁがっ!!」


後方に倒れ込む金髪。

それを無視して武久は前方へ駆け出す。

茶髪は想定外の事態に混乱して動けていないが、赤髪は多少慣れているらしく、迎え撃つように前へ出た。


両手を握って脇を締めて構えている。

左前の半身、右手は顎の横に添え、左手はいつでも打ち出せるようにまえに出している。


「ボクサーだな。」


武久はそのままのスピードで接近し、直前に減速、赤髪のリズムを崩す。

テンポを崩された赤髪はバランスを取るために足幅を広く構え、いつでもカウンターを打てるようにするが、出た前脚を武久の左ローキックが捉えた。


「はぁっ!」


「ぐっ!」


腿の内側を打たれ苦悶の表情を浮かべる赤髪、更に追い討ちをかけるように、武久の右三日月蹴りが赤髪の水月を深々と抉った。


「っ!!」


武久は蹴り足を地に下ろすと同時に重心をかけ、俯いた顔面をアッパーカットで打ち抜いた。

金髪同様、地に伏せる赤髪。

武久は残る茶髪を睥睨する。


「ひっ、あ、え?」


顔を青白くしうろたえる茶髪にゆっくりと近寄る。


「あとはお前だけだな?」


「あ、あ、あたしは………」


無言で近寄る。

あと数歩で間合いに入る。


「ひぃっ!こ、降参だ!許してくれ!!」


茶髪が両手で顔を覆って震える声で叫んだ。

武久がピタッと止まる。


「……降参?」


「そ、そうだ!だ、だから、許して!」


体を震わせ涙を流す茶髪を見て、武久は構えを解いた。


「ふんっ、そうか。」


そのまま、茶髪の横を通り抜けた。


「……えっ?」


茶髪は呆然として武久を見る。

そして助かったと思い力を抜き、安堵の笑みを浮かべた。


「た、助かった……」




「と思ったか?」


欠片も警戒していない茶髪の喉元に、振り向きざまの足刀が突き刺さった。


「ぇぽっ!!」


白目を向いて崩れ落ちる茶髪。

武久は蔑むように冷たく見下ろした。


「一度敵として俺の前に立った以上、闘争(たたかい)が終わるまでは何があろうと敵のままだ。それに、俺は降参を受け入れると言った覚えはない。」


吐き捨てるように言うと、昏倒した三人をそのままに、通りへ向かって歩き出した。




「無駄な時間だったな……いや、実戦ができると考えれば、この世界も存外悪いものではない…か?」


武久は武人のような祖父に似て闘争が好きだった。

前の世界では腕を試す場は限られていたが、この世界ではそうではない。

先程のように自分()を狙う輩は少なからず存在しているし、前の世界より武術も盛んで闘争を好む者も多い。

法的にも男は有利な立場。

これから実戦を経験する機会はまだあるかもしれない、と武久は好戦的な笑みを浮かべた。



「………っと、今はそんな事を考えている場合ではないな。母と妹が待っているようだし。」


前の世界では失ってしまった家族。

その家族に会える事に、武久は心が高揚するのを感じた。

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