種明かしと追手
短いですけどご勘弁下さい。
「いやー、お兄ちゃん凄かったね!あんなに強かったなんてビックリしたよ!!」
「お母さんの言った通りでしょ?」
打たれ屋の一件が終わって帰り道。
結局、すぐに起き上がった打たれ屋に金を渡し、周りの視線や騒めきも無視して帰路に着いていた。
目をキラキラと輝かせて上目遣いに武久を見上げる千代に対して、何故か艶美が得意げに胸を張る。
「あれ、一体何をしたの?ただ打っただけじゃないよね?」
「中国拳法における発勁のようなものだ。呼吸法と筋肉の収縮を応用した技だな。とはいっても、独学で再現したものだから、本来の発勁とは別物だがな。理論的には同じようなものだ。」
「それであんな簡単に倒れるものなの?」
納得のいってなさそうな千代。
あの打たれ屋は小手先の技で倒れるほど軟弱な身体はしていなかったはずだ、と考えているようだ。
「あれがただの強打であったなら、あの人は耐える事ができたかもしれない。だが俺が打ったのは、正確に言えば身体ではない。」
「…どゆこと?」
「俺が打ったのは内臓だ。」
「内臓……"内に効かせる攻撃"ってことだよね?でも、あの人はボクサーのボディブローを耐えたんだよ?」
「そうだな。仮に俺があのボクサーと同じように肝臓や水月を狙っていたなら、やはりあの人は耐えていたかもしれない。」
「じゃあお兄ちゃんはどこを狙ったの?」
「心臓だ。」
武久の言葉に千代が立ち止まってポカンと口を開けた。
「あまり表立って使われる技ではない。ただ強く打つだけでは痛みを与えるのみで意味がないし、使いどころも限られるからな。しかし、正確な角度で内に効かせる事により、一時的に心臓を震盪させる事ができる。」
「え……そ、それって、凄く危ない技じゃない…?」
「使い方を誤れば、死ぬ可能性もある。」
「そんな技を使ったの!?」
「他にもいくつか技の候補はあったが、それらを使えば無傷では済まなかったからな。」
「心臓の震盪って無傷なのかな……」
「後遺症は皆無だ。無傷と言って良い。」
「ん、んぅ……まぁ確かに…」
きっぱりと言い切る武久。
彼の中には武人気質の祖父によって培われた野蛮ともいえる基準が存在している。
過激な事をさも当然といった様子で宣う武久に対し、千代も武人として理解を示した。
「それはそうと……母さん、気付いてるか?」
「えぇ、もちろん。」
武久が隣を歩く艶美に目を向けると、彼女はゆっくりと頷いた。
「え、なに?何が?」
千代が首を傾げる。
「先程から、俺達を追っている者がいる。」
「……え、嘘!?」
武久の言葉を理解した千代が慌ててキョロキョロと後ろを見る。
艶美が額に手を当てて溜息をついた。
武久も思わず苦笑する。
「千代も、そういうところはまだまだだな。」
「ちーちゃん…それは駄目よ。」
「え…え?」
「こういう時は後ろを振り返っては駄目だ。今ので、俺達が相手の存在に気付いてる事を知られてしまった。目的も正体もわからない状態で逃げられたらどうする?」
「あっ……ご、ごめんなさい!!」
「修行が足りないわね。」
「うぅ……」
「修行でどうにかなるものでもないさ。こういうのは経験だ。」
「それはそうだけど……それで、どうするたーくん?」
「俺達が存在に気付いていると知っても逃げないところを見ると、相手はそこまで自分を隠したい訳でもないのかもな。試しに誘ってみるか。」
そう言うと、武久は近くの電柱に背を預けて待機の意を示した。
もし追手に接触の気があれば、姿を現すだろうという事である。
そして数秒後、武久達の前に1人の女性が歩み寄ってきた。