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打たれ屋さん頑張る

前回までのあらすじ


武久(タケヒサ)妹の千代(チヨ)母の艶美(エミ)でショッピングヒアウィゴー

→帰りに打たれ屋発見

→ちょっと観ていこうぜ

→お、ボクシングの日本ランカーいるじゃん

→やってみそ

武久の鋭い眼差しの先では、2人の女性が向かい合ってた。


1人は動きやすそうなスポーツウェアの上にパーカーを羽織り、両手にグローブをはめた女性。

年の頃は20代半ばといったところであろうか。

左前半身のオーソドックスな構えだが、全体的な構えの幅がやや狭く、スピード型のインファイターであることがうかがえる。


もう一人の女性は白の道着を着た大学生程度であろう女性。

肩幅に開いた足、オペ前の執刀医のように脇をしめて構えられた両腕。

背中に一本の棒が張ったように軸が立っている。



「琉球空手?」


「…おそらく、上地流(うえちりゅう)だな。」


打たれ屋の特徴的な構えを見た千代が首を傾げ、武久がそれに答えた。


「あら…たーくん、上地流なんてよく知ってるわねぇ。」


艶美が目を丸くして言った。


「母さんも知っているのか?」


「昔、お母様に連れられて見学したことがあるわ。武を志すなら、一度見ておいて損はないって。」


「なるほど。わからんでもないな。」


「お兄ちゃん、その上地流って何なの?」


仲間外れの千代が武久の袖を引く。


「上地流は琉球空手の流派だ。琉球空手の中でも特に長い歴史を持つものの1つでもある。」


「へぇ…何であれがその上地流だってわかるの?」


「あの構えだな。千代にもわかったように、あれは三戦(サンチン)と呼ばれる型で、琉球空手では重要なものとされることが多い。」


「ふむふむ。」


武久の説明に合わせて千代が頷く。

また、千代だけでなく周りの女性たちも武久の説明に耳を傾けていた。



「だが三戦は基本的に握拳で構えるものだ。あのように開掌で構える流派は少数派だ。」


「なるほど?」


「さらに呼吸法にも特徴がある。上地流は三戦の際に特殊な呼吸法を必要としない。むしろ自然に近い呼吸を良しとする。」


「それで上地流だって思ったんだね。」


「ついでに言えば、上地流は五体の鍛錬に費やす労力が他流派の比じゃない。」


「身体をすっごく鍛えてるってこと?」


「特に防御面をな。打撃への耐性や耐久力という面で見れば、上地流に勝るものはそうそうあるものではない。打たれ屋には最適な武術だな。」


「ほぇー……」


千代が呆けたように武久を見上げている。

盗み聞いていた女性たちも目を丸くしていた。




「あ、あの…そろそろ始めても宜しいでしょうか…?」


打たれ屋の女性がいつの間にやら構えを解き、顔を赤くして武久のほうを見ていた。

対面のボクサーも苦笑いしている。


ギャラリーの意識は完全に武久の説明に向けられており、始めるタイミングを逃していた。

また、構え1つで流派を悟られ、割と細かく説明された件の女性は羞恥と不思議な高揚に悶えていたのだ。


それに気づいた武久は素直に頭を下げた。


「失礼しました。珍しい流派だったので、つい口が止まらず……申し訳ありません。」


「あっ…ご、ごめんなさい!」


千代も慌てて頭を下げた。


「あ、い、良いんです良いんです!き、きき気にしないでください!!」


武久()に頭を下げられた打たれ屋が勢いよく首を振る。

いずれにせよ、仕切り直しと相成った。





「…それじゃ、いくよ。」


「あなたが動いた瞬間から15秒スタートです。いつでもどうぞ。」


再び構えた2人が言葉を交わす。

武久たちは静かに見守っていた。



「しっ!」


素早く踏み込んだボクサーの右ストレートが打たれ屋の胸部に刺さる。


「ふっ!」


更に返しの左フックが右の脇腹下部を打った。

その衝撃は並の人間なら一瞬にして悶絶させるであろうもの。

しかし打たれ屋の女性は三戦の構えをとったまま微動だにしない。

いや、眉を顰めた表情から察するに痛みは感じているようだが、現役ランカーの肝臓打ち(リバーブロー)をまともに受けて耐えていることが異常なのだ。


「見事な耐久力だ。」


武久がポツリとつぶやく。

周りの女性たちも感嘆の声を上げていた。

観客たちが一目でわかるほどボクサーの攻撃は鋭く強烈なものであった為、それに耐えた打たれ屋を称賛しているのだ。


ボクサーの女性もやや驚いた顔をしていたが、すぐに次の攻撃に移った。

先ほどより構えを緩くして両手が下がっている。

顔面や顎への攻撃が禁止されている以上、ボクサーが有効な打撃を与えられるのはボディだけだ。

更に単純な打撃に高い耐性を持つ打たれ屋を倒すのであればストレートでは足りない。


「しぃっ!ふっ!」


再度踏み込んだボクサーが先ほどと全く同じ個所に同じ角度で左フックを打つ。

更に腰の返しを利用した右フックが逆の脇腹に突き刺さった。

逆突きでのフックのため左より多くな円を描いているが、そのぶん威力も増している。

打たれ屋の女性ははっきりと顔を歪めたが、ボクサーはまだ連撃を止めなかった。


流れるように左手を腰に引き寄せながら体勢を落とす。

落とした体重を引き上げながら、左手を斜め下から突き出した。

体重の乗った突きが打たれ屋の水月を貫く。

ボクサーは素早く手を引き戻し、下がった。


「良い角度だ。これは苦しいぞ。」


水月を打ち抜かれた時の痛みは並大抵のものではない。

武久は思わず目を細めながら呟いた。



「ふ…くっ……ふぅぅ………」


流石の打たれ屋も体を曲げて悶えるが、膝は落ちない。

観客達が見守る中、やがて呼吸を整えた打たれ屋が顔を上げて小さく笑った。


「時間…ですね。」


「あぁ、そうだね。もう十分だ。」


ボクサーがそう言うと、打たれ屋の女性は安堵の息をこぼした。

観客たちが一斉に歓声を上げる。

千代や艶美も手を叩いて称賛を送っていた。


「よく鍛えられているね。負けたよ。」


「い、いえ!前準備なしで受けてたら、たぶん最初のフックで倒れてました。」


打たれ屋が謙遜するように首を振るが、その言葉は正しくもあった。

これが例えばリング上での変動的な試合であったり、路上での突発的な喧嘩であったなら、ここまで耐えることができなかったのは間違いない。

やはりその道のプロの放つ攻撃は一般人のそれとは隔絶した差があるのだ。

それは実際に彼女の攻撃を受けた打たれ屋が一番理解していた。


ともあれ、打たれ屋対現役プロボクサーの戦いは終わった。

だが、何よりも闘争を愛する武久が、ただの見学で終われるはずもなかった。




「素晴らしかったです。良い鍛錬を積まれているようですね。」


武久が打たれ屋を称賛しつつ前へ進み出る。

その顔はいつも通り冷静なものであるようで、しかし隠し切れない獰猛な笑みが滲み出ようとしていた。


「あっ、は、はい!ああありがとうごじゃいますぅ!!」


打たれ屋は噛みながら礼をする。

慌てた様子で、武久の纏う空気に気づいていない。


「落ち着いてください。……ついては1つお願いがあるのですが。」


「は、はい……お願い…ですか?」


おずおずと伺う女性に、武久はついに隠し切れなくなった笑みを浮かべた。


「俺にも、挑戦させていただけませんか?」


「……………へ?」







周囲の反対を受けながらも、武久は頑として譲らず、いま打たれ屋の女性の前に立っている。

なお、彼の実力を身をもって知っている艶美だけ何も言わずに肩をすくめていた。

打たれ屋が断っていれば武久も諦めていたかもしれないが、男と触れられるチャンスということもあり、曖昧な態度をとってしまったのだ。

結果、武久の挑戦を受けることになってしまった。


「さて、始めても宜しいでしょうか?」


「は、はい!どうじょ!!」


正面から武久に見つめられた打たれ屋は噛みつつも頷く。

武久もそれに頷いた。


「では……」


武久は特殊な呼吸法で全身を弛緩させる。

しかし全身が緩むほど、纏う”気”は逆に濃度を増していった。

強い気を真正面で感じた打たれ屋の額に冷たい汗が流れる。

性別など関係なく、全力で警戒するべきだと彼女の武術家としての本能が告げていた。


「ふっ」


武久が息を吐いた瞬間、打たれ屋は彼の姿を見失った。

いや、彼は目の前にいた。

いつの間に……そんな思いが彼女の脳内を駆け巡る。

だが考えている暇などない。

打たれ屋は本能の赴くままに、全力で衝撃に備える。


「かっ!」


そんな彼女の準備を待っていたかのように、武久の掌底が胸部を打った。

超至近距離からの打掌、しかしその威力は想像を遥かに上回っていた。

打たれ屋の少女は自分の身体が僅かに浮いたような感覚を味わい、声も出せずに崩れ落ちた。


「……ふぅ」


その様子を見て武久は息を落とす。

おそらくは武久自身と艶美以外誰も予想だにしなかったであろう圧倒的な結末。

暫しその場は沈黙に包まれていた。

という訳で久々の投稿でした。

ちょっと忙しくてね……

今後も暇を見つけては頑張ります。

とりあえずこっちを切りの良いとこまで進めて、出会い系のほうも投稿したいっすね。

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