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日本男児は新たな生を享受する

新連載です。

主に連載してるのが他にあるので更新頻度は微妙だと思います。

宜しければブックマークお願い致します。

その青年は、都会の喧騒から逃れるように、薄汚れた路地裏で呆然としていた。

先程まで表の通りにいたのだが、周りの視線に耐えきれず、また突然の事態に頭が働かず、人目を避けて入ってきたのだ。


青年は先程まで自らの瞳に写っていた光景を思い浮かべる。

それは彼が10年近く暮らしていた田舎とは別世界と思えるほど栄えていて、そして田舎育ちの彼でも奇妙に思うほど異常なものであった。


何が異常なのか……それは、表を歩いているのが女ばかり(・・・・)であったという事だ。

稀に男も通っていたように思うが、人口に対しての女性率があまりにも高すぎた。

しかも、多くの女性は青年がテレビでしか見た事がないような美形であった。


彼は混乱する。

都会とは、あんな美女達がわらわらと集まる所だったか。

都会とは、あんなにも視線を集めるものだったか。

何故あの女性達は、飢えた獣のような眼で()を見るのだろうか。


あまりにも珍妙な状況に青年が頭を抱えていると、耐え難い頭痛が彼を襲った。


「ぐっ、がっ…な、なんだ……これっ…!!」


両手で頭を抑えて膝から崩れ落ちる。

青年の混乱は頂点に至った。

次の瞬間、頭痛と共に彼の頭に何か(・・)が入ってくる。

それは誰かの記憶……自分の記憶を想起しているようであり、他者の記憶を覗いているようでもあった。


「ぐっ…うぁ……ぐぅぅぅ………」


痛みに耐えるように唸る。

口の端から泡のような唾が迸った。

頭に指がめり込むほど強く抑える。

そうしなければ無様に倒れ込んで泣き喚いてしまいそうだったから。


やがて、体験した事もないほどの凶悪な苦痛は、何もなかったかのように一瞬で晴れた。

青年は肩を震わせて荒く呼吸をしつつ、自らの心を宥める。


「………そうか、そういう事か。」


青年は一人呟く。

彼は、埋め込まれた記憶から現状を理解していた。


「ここは……()がいる世界であり、()がいた世界とは似て非なるもの、という訳だ。」


彼は深い溜息を零した。








青年の名は逆瀬川武久(さかせがわたけひさ)、現在17歳の高校二年生である。

武久は小学校への入学を目前にして、両親と妹を交通事故で亡くした。

最も近い家族を失った武久は、父親の生家である鹿児島の奥田舎にある祖父に引き取られた。

祖父は自分にも他人にも非常に厳しい人間で、引き取られた武久は幼い頃から"日本男児たるもの強くあるべし"という教えのもと、剣道を中心とした武術を叩き込まれた。


見る者が見れば虐待と捉えられかねないほどの厳しい修練の日々、しかし武久は祖父を恨んだ事はなかった。

暖かい家族を失った彼にとって熱中できるものがあるのは悪い事ではなかったからだ。

また、祖父は厳しい人ではあるが孫に対する愛情はしっかりと持っていた。

武久も幼いながらにそれを理解していた為、辛い修行も耐えられたのであろう。


田舎の学校に通いながらの修練の日々は、彼が17歳になるまで続いた。

だがそんな日々も、ある日突然終わりを告げる。



武久が17歳を迎えて数日後、祖父が亡くなったのだ。

前日まで武久と共に鍛錬をしていた彼が、その実すでに身体的な限界を迎えていたというのは、武久に衝撃を与えた。

もっと労われば良かった、もっと注意して見ていれば、そんなことを考えた。

だが、祖父は孫であり弟子でもある自分の前で、最後まで誇れる祖父であり強い師でありたかったのだろう、と理解した。


いずれにせよ、武久はまたもや家族を失った。

彼はそのまま田舎で一人暮らしをしようと考えていたが、親族はそれを良しとしなかった。

未成年の武久を迎え入れようとしたのは、無き母の兄、すなわち武久の伯父であった。

数度の話し合いを重ね、武久は都会に住む叔父の世話になる事が決定した。



その日(・・・)、武久は伯父の家に向かう途中であった。

だがそんな武久の身を悲劇が襲う。

高層マンションだと思われる建築物の工事中、武久はその前の通りを歩いていた。

それまで暮らしていた田舎とはまるで違う街並み。

キョロキョロと見回して落ち着かない様子。

彼の注意は散漫になっていた。

上空から落ちてくる物体に気づかぬほどに。


痛みを感じたのは一瞬であった。

武久は自らの頭が、匙で押し潰した豆腐のようにぐちゃぐちゃになるのを感じた。

近くにいる誰かの悲鳴。

あまりにも突飛な状況の中で、彼は自然に自らの死を理解した。

落ちてきたものが建材なのか工具なのか人なのかはわからないが、彼が死んだという事実は変わらない。


変わらない……はずであった。



気付けば何事もなかったかのように通りに佇んでいる武久。

頭が潰れたというリアルな感触は残ったまま、彼は五体満足で生きていた。

武久が呆然と辺りを見渡すと、往来の人々が彼を凝視していた。

働かない頭で武久は気付く。

何故女ばかりなのか、何故こんなに見られているのか。

彼は混乱した。

逃げなければ、そう直感した。

ふらふらとした足取りで、武久は路地裏へと入っていった。




ここまでが武久(・・)の記憶である。



そして、頭痛と共に武久の頭に埋め込まれたもう一つの記憶。

それも間違いなく武久(・・)の記憶であった。

パラレルワールド……そんな単語が武久の頭を過ぎる。

この世界(・・・・)の武久も、間違いなく武久であったのだ。

だがその記憶は、現在自分が自分であると理解している武久とは別の武久のものであった。


仮にこのもう一人の武久をタケヒサと呼称する。

武久とタケヒサの境遇はほぼ一致している。

しかし経歴の違いが幾つか、そしてもっと大きな規模の違いが一つあった。


まずは経歴の違いを並べてみよう。



①タケヒサの両親と妹は生きている。

 しかし父親は別居しており、タケヒサの記憶にもほとんど登場していない。


②タケヒサは中学一年生まで母と妹と一緒に都会で暮らしていた。

 だがある事件が起こり、田舎の祖父のもとに身を寄せる。


③タケヒサの祖父は武術を嗜んでおらず、タケヒサも過保護に育てられてきた。


④祖父が亡くなり、伯父に引き取られるのではなく、母と妹の家に戻る事となっていた。

 今日はまさにその日であった。



経歴の主な違いは以上の四点である。

そしてもっと大きな規模の違い……それは、世界的な違いであった。

タケヒサの世界は、人口の大半を女性が占める、あべこべ(・・・・)な世界であった。

サブカルチャーに疎い武久はわかるはずもないが、タケヒサの記憶から、この世界の特異性は理解していた。


世界の違いからなる、常識や観念、事実の違いを並べよう。



①古くから生まれてくる子どもは女児であることが多く、男性は守られる立場として認識されている。


②この世界の男性は男性ホルモンが極端に少なく、性的な感情も薄い。

 闘争本能なども薄く、武久からすると"女々しい男"が普通である。


③その反面、女性は性的な感情や闘争本能が強く、この世界の女性は学生の頃から何かしらの武術を嗜むのが常識となっている。


④生物として男性の方が肉体的に優れているのは変わらない。

 すなわち、性別による肉体的な潜在値(ポテンシャル)は武久の常識に一致する。

 しかし男性は鍛える事を嫌い女性は好むという潜在意識により、優劣が逆転している。


⑤人類の繁栄の為、男性は結婚や性行の義務が課せられているが、代わりに法や経済で全面的に優遇されている。



主な違いは以上の五点である。




ここまでを理解したところで、武久は自らの身体を見下ろした。

見慣れた、よく鍛えられた肉体。

タケヒサの記憶にあるなよなよした枝のような体ではない。

武久の記憶にある、細身ながらも内側にぎっしりと詰め込まれたしなやかな筋肉の鎧を纏っている。


近くにあった鏡を見る。

そこに映るのは、やはり見慣れた厳しい顔。

タケヒサの記憶にある傲慢な笑みを浮かべる美少年ではない。

武久の記憶にある鋭い眼光と無骨な輪郭の青年であった。

しかし両者の面影は重なる。

タイプはまるで違うが、やはり武久とタケヒサの基は同じであるようだ。


そして最後に身長。

タケヒサの記憶では170cmと少しくらいの平均的な身長であったはずだが、鏡に映るのは武久の記憶にある180cmほどのものだ。


つまり、今の身体は、顔も含めて武久のものであるという事だ。

自らを自らとして捉えている記憶……人格も武久のものである。



すなわち『身体と人格は武久のままでタケヒサの世界へ移り、そこにタケヒサの記憶が埋め込まれた』という事である。



武久は空を見上げた。

武久は死んだ。

タケヒサは死んではいないが、ただ"消えた"ということを本能で理解していた。

ならば今の自分は誰なのだろうか。


問いかけても答えは出ない。

ならば、新しい"武久"として生きても良いのだろうか。

神か仏かわからないが恵まれたこの生を、享受しても良いのだろうか。

彼の問いに応えるように、爽やかな風が優しく彼の頬を撫でた。

下記、連載中です。

宜しければご一読下さい。


『出会い系でやっちまった相手が先生だった』

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